417 コンブラーダ (2)

「この依頼、追加報酬が一〇日まで、となっているが、その根拠は?」

「地図に載っておる坑道は八日もあればすべて歩ける。二日分はおまけじゃな」

 何とも安易な町長の言葉を聞き、俺は即座に首を振った。

「問題外だな。魔物を警戒しつつ、時に戦闘を行いながら歩く速度が、安全が判っている状態で歩く速度と同等なわけがない。そもそも、八日で歩けるのは、坑道に慣れた鉱夫じゃないのか?」

 ダンジョンを経験していて、かつ身体能力の高い俺たちなら、鉱夫が歩くのと同等の速度で探索できるかもしれない。

 だがシャリアたちは、魔物のことがなかったとしても、通常よりもゆっくりとしか移動できないだろう。

 それに加えて、かなり不明確な魔物の情報。

 冒険者パーティーが二つ未帰還――いや、かなり高い確率で全滅していることを考えれば、単なるゴブリンとは考えづらく、強い魔物がいるか、それ以外に危険な何かがあるか。

 当初からハイリスク、ローリターンだとは解っていたが、詳しく聞けば想定した以上に厄介な依頼と思えてきた。

「……なぁ、シャリア。この依頼、断った方が良いかもしれないぞ?」

 安全性を優先するなら、それも真剣に検討すべき。

 そう言う俺に、メアリとミーティアは平然と頷いたが、シャリアたち三人は驚いたような表情になり、町長は焦ったように目を剥いた。

「で、でも、ここで断ったら、ギルドからの評価が下がるんじゃ……」

「そうじゃ! おぬしらはこの条件で既に引き請けたのじゃろう!」

「そんなことはないぞ? 冒険者にとって著しく不利な情報が依頼票に書かれていない場合、依頼を断ることはできるし、それによるペナルティーはない。もちろん、報酬は貰えないから、それまでに浪費した手間暇がペナルティーと言えるかもしれないがな」

 もちろんギルドに対する事情説明は必要だが、依頼票に書かれていた魔物と実際にいた魔物が違う、などの場合は十分な理由として認められる。

 これを認めなければ、依頼主は極力情報を隠して依頼を出す方が得ということになり、それによって危険に曝される冒険者はもちろん、所属する冒険者を失いかねないギルドとしても大きな不利益となるのだから。

 冒険者は自己責任、事前に情報収集してから依頼を請けるべきという考え方もあるが、採取依頼ならまだしも、このような依頼で情報を隠すことが常態化してしまえば、冒険者は事前調査に多大なコストを払うことになるだろう。

「そんなことになれば、この手の依頼は請ける冒険者がいなくなるか、依頼料が大幅に高騰するか。結果的に依頼者も困ることになるだろ?」

「うん、嘘の依頼はダメだよね」

「なるほどです~。正直に情報を提供した依頼者の方が損をする、それじゃ困りますよねぇ~」

「わ、儂は嘘などついていないぞ!」

 状況が悪いことを理解しているのか、町長の顔には脂汗が浮かび、顔色も悪い。

 町の様子を見るに、現状ではまだ大きな問題にはなっていないようだが、ほぼ鉱山のみに頼っているこの町では、長期間の閉山は致命的。

 町長として、今回の問題を早期に解決することは急務であり、今回の依頼を断ることによるダメージは、俺たちより町長の方が確実に大きい。

 そのことを念頭に、俺は交渉に移る。

「嘘は書いていなくとも、表現を曖昧にしたり、判っていることを書かなかったり。報酬も安すぎるだろ、これ」

 今回に関して言えば、確実とは言えないのに『ゴブリン』と書いたことはまだしも、冒険者が二パーティー未帰還であることは明確な事実。

 これが依頼票に書いてあれば、この依頼料で請ける冒険者はいなかっただろう。

「……斃した魔物によって、適正な討伐報酬を払うとは書いてあるじゃろ?」

「その一文がなければ、ここにすら足を運んでいないな」

 この町長、決して無能だったり、悪党だったりはしないのだろうが……冒険者としては良い依頼者とは言い難い、ってところか。

「もしこの依頼を請けるのなら、俺としては条件を三つ、付け加えたい」

 まずは報酬。

 現状では掃討に何日かかろうとも最大六万レアだが、これを日数にかかわらず八万レアとすること。

 基本報酬に加え、およそ一六日分の追加報酬といったところ。

 鉱夫がすべて歩くのに八日かかる坑道と考えれば、まあまあ妥当な額だろう。

 次に掃討の判断。

 すべての通路を一度歩けば問題ないと見なし、俺たちが掃討した通路に、後から魔物が入り込んだ場合には俺たちの責任の対象外とすること。

 極力そんなことがないように努力するが、坑道はいくつもの枝道があり、そこに入っている間に、他の枝道から掃討済みの通路へ魔物が移動することも考えられる。

 完璧にやろうとすれば、分かれ道ごとに人を立たせるなり、何らかの方法で掃討済みの通路を封鎖するなりする必要があり、当然ながらまったく手が足りない。

 そこまで求めるなら、もっと報酬を出して人を集めるべきである。

 三つ目は魔物に関して。

 坑道内で遭遇したのがゴブリンであれば確実に斃すが、それよりも強い魔物だった場合、それを確認して撤退してきたとしても依頼成功と見なす。

 とてもじゃないが、ゴブリンレベルの報酬で、オーガーなんかは相手にしてられないし、それがまかり通ってしまえば、先ほど言ったように正確な情報を提供しようとする依頼主がいなくなってしまう。

「鉱山では一日にどれぐらいの鉱石が掘り出される? それを考えれば、早期に再開できるようにした方が得だと思うが」

 早く終わらせれば終わらせただけ、俺たちの一日あたりの稼ぎは大きくなるし、鉱山の再開も早くなって依頼主にもメリットがある。

 日本であれば、雇用主の都合で仕事ができない場合は、働かなくても給料が支払われるが、これだけの鉱山なら、雇っている鉱夫の一日の給料だけでも今回の報酬以上になるだろう。

 もっとも、それは日本であればの話。この世界の場合、『仕事がないなら給料は払わない』というブラック待遇だったりするため、単純な損失にはならなかったりするのだが、鉱石が出荷できないことによる逸失利益は決して少なくないはずである。

「確かに、これ以上の閉山は避けたい……。解った。その提案、受け入れよう」

「斃せる魔物であれば極力斃すが、その場合は適正な討伐報酬を払ってもらう」

「解っておる。それを値切るつもりはない。そうなれば今後、依頼を請ける冒険者がいなくなるからな」

「賢明な判断だな。シャリアたちもこれで良いか?」

「えっ? あ、ああ、うん。もちろん。報酬が増えたわけだし……」

「私たちだけだと心配だけど、ナオたちがいるから、安心にゃ」

「ナオさんがいてくれて、助かりました~」

 少し戸惑いながらも嬉しそうなシャリアたちに対し、町長の方は重いため息をつく。

「はぁ。報酬はしっかり払うのじゃから、頼むぞ。これ以上、失敗すると……。行方不明の冒険者への見舞金もあり、少々予算が厳しいのじゃ」

「へぇ? 冒険者に見舞金を出したのか?」

「冒険者といっても、この村の住人じゃからな。当然、ここに家族も住んでおる」

 本来、冒険者が依頼に失敗してもそれは自己責任。

 本来は依頼主に責任はない。

 だが、未帰還となった依頼は町長が町のために出したもの。

 残された家族や知人のことを無視もできず、多少の見舞金を支払ったらしい。

「なんで魔物なんか、坑道に入ったのじゃろうなぁ……」

「それはご愁傷様というしかないが……」

 坑道の警備不足か、それ以外の原因か。

 それの調査は俺たちの仕事じゃないが、気に掛けるぐらいはしてやっても良いかもしれない。

 見舞金を出しているあたり、悪い人じゃなさそうだし?

「でも、不幸中の幸いなの。この程度の依頼料じゃ、普通、ランク六の冒険者は動かないの」

 ミーティアがさらりと口にした言葉に町長が一瞬固まり、その意味を理解して信じられないとでもいうように目を見開いた。

「――ランク六!? お前たちが?」

「あぁ。ギルドカード、見るか?」

 俺たちの場合、町の出入り以外ではほとんど使うことがないギルドカードであるが、その信用度はなかなかに高い。

 引っ張り出したそれを町長に差し出せば、彼はそこに刻まれたランクの記号を指でなぞり、口元を震わせた。

「本物じゃ……じゃがこれなら……さ、早速契約書を作ろう!」

 ランクからすればかなり安価な依頼料。

 この機会を逃してなるものかと思ったのか、町長は速やかに新しい契約書を作成。

 それにシャリアがサインした後、どこか肩の荷が下りたように、ホッとした表情になった町長の下を後にしたのだった。

 ――まぁ、ランク六は俺だけなんだけどな。

 嘘は言っていないぞ?

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