418 坑道の中へ (1)

 町長から提供された宿泊場所で一泊して英気を養った俺たちは、翌日、坑道へと足を踏み入れていた。

 現役で稼働している鉱山だけに坑道は支柱などでしっかりと支えられ、崩落の危険性は低そうだが、閉山中であるため明かりはなく、通路を照らすのはタニアの持つランタンのみである。

 光量は控えめだが、鉱山の坑道はダンジョンに比べると明らかに狭く、全員がそれなりに夜目が利くこともあって、その程度の明かりでもさほど困らない。

 ルーキーであっても、そのあたりはさすが獣人っぽい。

 可燃性ガスのことを考えるなら、俺が『ライト』を使った方が良いのだろうが、今回はあまり魔法を使わないという方針もあるし、ここは稼働中の鉱山、新たにどこか掘り進めるわけでもないので、危険性は低いだろう。

 継続的に危険なガスが噴出しているなら、採掘なんかできないだろうし。

 そういえば、元の世界には可燃性ガスの中でも爆発する危険性がない安全灯というランタンがあったな……もしかして、真似して作ったら売れる?

 ――いや、構造が簡単だし、こっちでもすぐに真似されて終わるか。

 本当に危険なら、魔道具という選択肢もあるわけだし。

「け、結構、肌寒いね……」

「う、うん」

「き、気合いを入れていくにゃ」

 三人がかなり緊張しているように見えるのは、おそらく昨日冒険者ギルドで集めた情報が影響しているのだろう。

 ランク一とランク二。

 それが未帰還の冒険者パーティーのランクだった。

 ルーキーであるランク一はともかく、ランク二の冒険者パーティーが、一人も逃げ帰ることができない何か。

 それがこの坑道内に存在すると考えれば、ランク一でも下の方に位置すると思われるシャリアたちが緊張するのは当然。

 むしろしない方が不自然である。

 対してあまり緊張した様子がないのが、メアリとミーティア。

 初めて入る大規模な鉱山に、興味深そうに周囲を見回している。

「ダンジョンとは、雰囲気が違うの」

「そうなの? ボクは正直、ここもかなり重苦しく感じるんだけど……。メアリも同じ?」

「はい、表現に困るんですが、何というか空気が軽いです」

「感覚的なものだが、確かに違う気はするな」

 ダンジョンだけに入っているときには判らなかったが、こうやって似たような場所に来ると、なんとなくだが違いがあるように思える。

 空間に漂う魔力とでもいうのだろうか。

 気のせいかもしれないが、ダンジョンの方が重圧を感じたような気がする。

 狭さは別にして、長期的に滞在(?)するなら、こちらの方が精神的疲労は少なくなるんじゃないだろうか?

「ふーん、そうなのにゃ? 私たち、行ったことないからにゃあ」

「いつかは行きたいと思ってるんですが……」

「ん? そうなのか?」

「うん。今は力量が足りないと思うけど、将来的にはね! やっぱり、稼げるから」

「ダンジョンで一攫千金は、冒険者の夢にゃ!」

「一攫千金か……」

 気持ちは解らないでもないが、かなり難しそうである。

 俺たちだけで独占できる避暑のダンジョンですら、『一攫千金』と言えるほどの収穫は未だない。

 原石などは高く売れたが、『一生遊んで暮らせる』には程遠く、冒険者の装備に必要なコストを考えれば、それなりに大きなボーナス、ぐらいだろう。

 とはいえ、宝くじだって買わないと当たらない。

 冒険者として夢見るのは仕方ないところなのだろう。

「ナオさん、参考までに、私たちがダンジョンに行くために必要なのは、何だと思いますか~?」

「必要なことか……そうだな、一番必要なのは忍耐力だろうな」

 避暑のダンジョンには屋外と見紛うばかりの階層も存在するが、どちらかと言えばそれは少数派。暗くて狭い通路が続くのが、ダンジョンのデフォである。

 ここよりは広いとはいえ、そんな場所で長期間寝泊まりするにはかなりの忍耐力が必要だし、苦手な人には耐えられない苦行だろう。

 それに加えて、生活環境もかなり悪い。

 まともなトイレもなければ、身体を清めることもできない。

 水に乏しく、食事だって劣悪、眠る場所だって地面の上で安眠も難しい。

 それに耐えられる強靱な精神がなければ、ダンジョン探索なんてとてもできない。

「ははぁ。そうだよね、やっぱ大変だよね。メアリとミーティアもそれに耐えてやってるんだ? 凄いなぁ」

 そう言ったシャリアはもちろん、アーニャとタニアからも尊敬したような視線を向けられ、メアリが気まずそうに視線を逸らす。

「い、いえ、私たちは……」

「ハルカお姉ちゃんたちがいるから、全然問題ないの!」

 何故か自慢げに、ハルカの名前を出すミーティアだが――。

「ミーティア、それじゃ判らないだろ」

「えっと、覚えてるよ。ナオの恋人だよね?」

 一度ぐらいしか名前を出していないはずなのに、シャリアは案外記憶力が良かった。

「そこは忘れて良い。――ハルカは魔法が使えるからな」

「困ったことは、魔法で全部解決してくれるの!」

「まぁ、全部とは言わないが、清潔さや水なんかに関しては、苦労しなくなるな」

 当然俺たちに不潔で劣悪な環境に耐える忍耐力はないので、魔法やマジックバッグがなければ、今でも猟師の真似事で糊口を凌いでいたと思われる。

「だから、魔法を使える仲間を見つけるのも、一つの手だな。光魔法や水魔法がお薦めだ」

「それは難しいよ~。獣人で魔法を使える人って、いないもん」

「ヴァルム・グレを拠点にしてたら、たぶん無理にゃ」

「エルフの仲間でも探さないと、難しいです~」

 少し非難するような口調で反論され、俺は言葉に詰まる。

「うっ、そう言われてしまうとそうなんだが……ダンジョンに入った経験がある、魔法使いがいないパーティーに話を聞いてみるのも良いかもな」

 精神力と忍耐力だけでなんとかしているのか、何かしら対処方法があるのか。

 俺たちには関係ないこともあって、そのあたりについては、あまり調べていなかったりする。

 利用価値の高いダンジョンについては、ギルドが転移装置を設置したりするようなので、もしかするとそのへんで凌いでいるのかもしれない。

「……まぁ、お前たちがダンジョンに入るとしても、当分先のことだろう? それまでに考えれば良いさ」

 冒険者の集まるダンジョン都市に行けば、魔法を使える人も少なからずいるはず。

 人数が少ないだけに仲間にできるかは判らないが、ヴァルム・グレで探すよりはまだ可能性があるだろう。

「それよりも、今はこの坑道の探索だ。この程度もできないようじゃ、ダンジョンに入るなんて、死にに行くようなものだからな」

「そ、そうだよね! この坑道だって危険はあるんだし。――このどこかに、行方不明になった冒険者がいるのかな……?」

「どちらかと言えば、痕跡が残っている、だろうな」

 ギルド職員には、『可能なら救助をお願いします』と頼まれたが、未帰還となって一週間以上。常識的に考えて彼らの生存は絶望的である。

 ダンジョン探索を目的としていたのならまだしも、坑道の調査は日帰りを想定していたため、装備もそれなり。

 俺たちのような例外を除けば、大量の食料を持ち込んでいるとは考えにくい。

 であれば、見つかるのは死体か、その残骸か。

 どちらにしても、かなり悲惨な代物となっているのは想像に難くない。

 俺たちだけでは持ち帰ることも難しいだろうし、冒険者の家族には申し訳ないが、見つかって欲しくないというのが俺の正直な気持ちである。

「うん、遺品が見つかれば御の字かなぁ……。さて気を取り直して。どこから行こっか?」

「どこも何も、端から探していくしかないのにゃ」

「凄く広いですし、できるだけ同じ場所を二度通らないよう、効率的に回りたいですね」

「地図があるから、マッピングがいらない分、マシだとは思うけど~」

「それはかなり難しいよね? できるの?」

 鉱山の坑道というものは、ダンジョンとは違い、入り口からの距離という点ではそこまで長くない。

 何故そうなっているかといえば、鉱山の目的を考えればすぐに判るだろう。

 入り口から仕事場まで一日がかり、なんてことになれば、働きに行くのも泊まり掛け、掘り出した鉱石の運搬も泊まり掛け。

 採掘を目的とするには、どう考えても効率が悪い。

 現代であれば車や電車のような交通手段を整備して、何十キロも深い場所まで掘り進めることも可能だが、この鉱山の場合、移動はすべて徒歩。

 そのため一番深い場所でも、入り口から半日ほどで往復できるよう、掘り進められている。

 ただし枝道の数はかなり多く、町長の話から予測するに、坑道の総延長は数百キロに及ぶと思われる。

 それらが網の目状に走っているため、上手く道を選べば効率的に調査できるが、最低効率だと歩く距離は総延長の二倍――いや、場合によってはそれ以上か。

 ナビゲーターの腕が試されるところであるが、そんなナビゲーターに選ばれたのは、メアリとアーニャの二人だった。

 何故そうなったかと言えば、この坑道の広さが関係している。

 大人二人が十分にすれ違えるだけの幅はあるのだが、その程度と言えばその程度。

 メアリとアーニャの武器は両手剣であり、それらを使って戦闘を行えば、横に並ぶことも難しい。

 結果二人は、戦力的には控えに格下げとなってしまい、ナビゲーターを任されることになったのだった。

「メアリちゃん、期待してるの~。ダンジョン探索で鍛えた技術を是非に~」

「えっと、マッピングはユキさんに頼ってたので、そんな技術は……」

「最適経路を求めるのは難しいからなぁ」

 高等教育を受けていてもたぶん無理。

 『最短距離ですべての経路を通る』なんて問題、PCを与えられても俺には解けそうもない。

 そもそも地図自体がどれほど正確かも不明なのだから、必死で考えるだけ無駄である。

「いいよ、いいよ。ボクだってできるとは思えないし」

「そうにゃ。同じ場所を何度もループするとかじゃなければ、もんだいないにゃ! 気軽に決めるにゃ」

 気軽にポンポンと肩を叩くタニアに、メアリは安心したように頬を緩める。

「解りました。では、まずはこちらへ向かいましょう」

 そうして俺たちは、メアリの指さす方向へと歩き始めた。

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