416 コンブラーダ (1)

 俺とメアリ、ミーティア、それにシャリアたち三人は、ヴァルム・グレから一路北へ、鉱山町のコンブラーダを訪れていた。

 この依頼のことはハルカたちにも話しているが、他の用事があると全員が不参加、六人だけでの行動である。

 自身の腕を磨くためと、剣術道場に入門したというトーヤはともかく、何故かハルカたちは、しばらく料理教室に通うことにしたらしい。

 何をどうしたら部屋探しをしていたハルカたちが料理教室に? と思って尋ねてみれば、内見に行った建物で料理教室をやっていて、それが彼女たちの興味を引いたのだとか。

 ハルカたちの作る料理は十分に美味しいのだが、『こちらの料理も覚えておきたい』と言われては、あえて反対する理由もない。

 アエラさんにもいくつか料理は習っているのだが、彼女の料理はその多くが、ちょっと高級なお店で作るような料理。

 それに対して、その料理教室で教えてもらえるのは、ごく普通の家庭料理らしい。

 一般的な食材で、それなりに美味しい物を作ることを目的としているとか。

 まぁ、仮にハルカたちが暇だったとしても、この依頼に全員で参加してしまうと明らかに過剰戦力。報酬も見合わないので、連れてくることはなかっただろう。


「さてシャリア、まずはどうする?」

「え、ボクが決めるの? 一番高ランクのナオじゃなくて?」

 不思議そうなシャリアに、俺は首を振る。

「今回は、お前たちのパーティーに臨時で参加する形だからな。基本的には、サポートに徹するつもりだ」

「……そっか。そうだよね。ナオに任せたらボクたちが寄生みたいになっちゃうし。なら、まずは依頼主、町長のところへ行こうかな?」

「となると、庁舎か」

 村であれば村長の家となるのだろうが、これぐらいの町であれば行政施設ぐらいは存在するはず。

 シャリアの提案に従い、俺たちは町の人に道を尋ねながら、繁華街を抜けてゆく。

 その道中、周囲を見回していたタニアが不思議そうに首を捻った。

「なんだか……昼間から酒場が盛況だにゃ?」

「この前もこんな感じだったの」

「鉱山が閉山になっているからでしょうね」

 コンブラーダは鉱山で成り立っている町だけに、そこが止まってしまうと、鉱夫はもちろんのこと、それ以外の周辺作業で働く人たちの仕事もなくなってしまう。

 都会であれば、そして人数が少なければ、短期の仕事を請けて働くこともできるだろうが、この町のこの状況では十分な働き口など、あるはずもない。

 結果、ただ無為にだらだら過ごすか、酒場で飲んだくれるか。

 何らかの自己鍛錬に励む人もいるかもしれないが、酒場の様子からして、大多数は酒に走ったのだろう。

「毎日飲んでるのかな? 結構な日数が経ってるはずなのに、良くお金が続くよね。冒険者なんか、毎日働かないと厳しいのに……」

「きっと、鉱夫の賃金はそれなりに高いのでしょう。――庁舎も立派ですし」

 そう言ったアーニャが指さしたのは、三階建てのなかなかに大きな建物だった。

 町の規模からすると少し大きすぎるようにも思えるが、それだけ仕事が多いのか、それとも色々な施設を一つに纏めているのか。

 中に入り、受付らしき場所で依頼を請けてきたことを伝えれば、俺たちはすぐに町長の下へと案内された。

「よく来てくれた! 私が町長のクラークじゃ」

 俺たちが通されたのは、執務室と思われる場所だった。

 軽く目を走らせれば、内装にもそれなりにお金が掛かっていそうで、建物の立派さも併せて考えれば、アーニャの予想通り、鉱山の収益でこの町はかなり裕福なのだろう。

 そんな豪華な執務室で待っていたのは、少々腰の曲がった老爺。

 少し厳しめの表情に真っ白の髪、顔に刻まれた皺からは長年の疲れが感じられるが、俺たちの顔を見て破顔したのは、懸案の解決が見えたからか。

「代表のシャリアです。依頼を見てきました」

 俺たちの中からシャリアが一歩出てそう自己紹介すると、クラークは俺の顔をチラリと見たが、俺が特に反応もせずそれを黙殺すると、シャリアの方へ視線を移した。

「早速ですが、依頼の詳細を聞かせてください」

「うむ。始まりは一ヶ月あまり前、鉱夫が四人帰ってこなかったことじゃ」

 この鉱山、管理はそれなりにきちんと行っていて、始業時は中に入った人数、終業時には外に出た人数を記録しているらしい。

 その日もいつも通りにチェックしていたのだが、入った記録のある鉱夫が四人、いつまで経っても出てこない。

 チェック漏れかと町の方で探してみても、やはりいない。

「鉱山での仕事は危険が多い。事故や怪我で帰れなくなることもある。慌ててその四人が担当している場所へ人を向かわせたのじゃが……四人を見つける前に、逃げ帰ってくることになった」

 五人ほどで向かったが、その途中でゴブリンと遭遇、這々の体で戻ってきたらしい。

「慌ててこの町の冒険者ギルドに坑道の調査と、可能なら行方不明者の救出を依頼したんじゃが、二パーティーを送り込んでも、そのいずれもが戻ってきておらん」

 それによってこの町では依頼を請ける冒険者がいなくなり、ヴァルム・グレへ依頼を出すことになったようだ。

「何というか、想像以上に……」

 依頼票から受けた印象よりも酷い状況に、話を聞いていたシャリアたちが顔を顰める。

「それって、本当にゴブリンだったにゃ? 逃げ帰ってきた人たちは、ゴブリンを見たことあるのにゃ?」

「見た者はゴブリンと言っていたな」

 町長の奥歯に物が挟まったような物言いに、タニアはため息をついた。

「それじゃ信用できないにゃ」

「タニアさん、どういうことですか?」

「普通、町に住んでたら、ゴブリンを見る機会なんてないのにゃ」

「……そう言えば私も、冒険者になるまでは見たことありませんでした」

 タニアの言葉に、メアリがハッとしたようにウンウンと頷く。

 子供でも知らない者がいないほど人口に膾炙するゴブリンであるが、実際に見たことがある者は、ほとんどいなかったりする。

 当たり前だが、壁に守られた町の中にゴブリンが侵入することは、まずあり得ない。

 そんな町から一歩も出ずに一生を終える多くの人にとって、実際にゴブリンを見る機会などあるはずもない。

 魔物事典を読めば絵も載っているが、これまた一般人があえて読むような本でもない。

 つまり、普通の人がゴブリンを見極めるには、話に聞く特徴と一致するかどうかで判断するしかないわけだ。

「たぶん、ゴブリンの上位種でも判らないの」

 ミーティアがそう言えば、シャリアたちも同意するように頷く。

「ホブゴブリンでも判らないよね。さすがに、オークやオーガーと見間違えることはないと思うけど……」

「遠くから見ただけなら、可能性がゼロとは言えないにゃ」

「そもそも、普通のゴブリンなら二パーティーが全滅するなんて、ないですよねぇ」

 オークやオーガーはゴブリンとは全然大きさが違うが、ゴブリン自体を知らず、坑道という薄暗い場所、かつ無事に逃げ帰れるほどに離れた位置から視認したとなれば、『ゼロとは言えない』どころか、それなりに可能性がありそうで怖い。

「う~ん、その冒険者の人数とランクは判りますか?」

「六人と五人じゃな。ランクは知らん」

「……後から冒険者ギルドで確認してみましょう」

 シャリアの問いに、町長は少々無責任な答えを返す。

 それを聞いたアーニャが困ったようにため息をついたが、それも当然だろう。

 シャリアたちの経験を考えれば、未帰還のパーティーはいずれも彼女たちと同等か、それ以上のランクである確率が高い。

 普通に考えれば、あまりにも危険度が高い依頼なのだから。

「えっと、坑道の地図は貰えるんですよね?」

「もちろん提供する。すべての坑道を確認してもらう必要があるのじゃからな」

「ですよね。後は……ナオ、何かあるかな? 経験豊富な先達として」

 思いつくことはすべて聞いたのだろう。

 こちらを振り返ったシャリアにそう尋ねられ、俺は少し考えてから口を開いた。

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