397 翳る月 (2)

 数時間後、再度ヤスエの家に集まった俺たちだったが、全員その表情は暗かった。

「結果は?」

 尋ねるハルカに、首を振って最初に口を開いたのはナツキ。

「やはり私はダメでした。グレスコ熱の治療薬はもちろん、オッブニアもありませんでした」

「あたしも同じ。さっぱり。『置いているわけねぇだろ!』とまで言われたよ……」

「チェスターさんたちも、やはり薬は見つけられなかったそうよ。今は食堂の方で仕事をしてるけど……」

 チェスターとしても、本当は子供についていてやりたいのだろうが、収入を考えるとそうもいかないのが現実。

 その上、チェスターがいても、ヤスエの精神的な面以外ではほとんど役に立たないのだから、それも仕方ないだろう。

「俺たちの方は、あまり芳しくはないな。もしかしたら、という場所は訊いてきたが、それだけだな」

「ディオラさんに訊いてみたら、とは言われたが、どうする?」

「どうするも何も、できることをするしかないでしょ。手分けしましょ」

「なら、オレとナオで、ケトラさんから訊いた場所に行こう。ペトラス川に潜ることを考えると」

「『水中呼吸ブレス・ウォーター』が使える俺と、頑丈なトーヤが最適か」

 ペトシーはもういないと思うが、あの川にハルカたちを潜らせるのはちょっと不安。

 その点トーヤなら、呼吸さえできれば、ペトシーの腹の中からでも生還してくれそうな信頼感がある。

 俺? 俺は無理。

 魔法だけ担当して、潜るのはトーヤに任せるつもり満々である。

「私はユキとメアリ、ミーティアを連れてラファンに戻るわ。ナツキはここに残って、ヤスエを助けてあげて。一人じゃ不安でしょうし」

「解りました。気を付けて」

 ハルカの言葉にナツキが即座に頷けば、ヤスエが不安と安堵が混ざったような表情をナツキに向ける。

「いいの? 私としては助かるけど……」

「はい。魔法やスキルの面からも、残るのであれば私になるでしょうし」

「ナオたちが首尾良く見つけられたら、薬を作れる人がいないと意味ないもんね」

 ユキが言う通り、薬に加工できるナツキが残っていなければ、俺たちがオッブニアを持ち帰っても意味がないし、俺たちの帰還を待って出発するのなら、手分けをする意味もない。

 ヤスエも【薬学】スキルは持っているが、スキルを取っただけでこれまで練習もしていない彼女に任せるのは、さすがに危険だろう。

「それじゃトーヤ、行くか。ハルカたちも、急ぐのはもちろんだが、安全にも気を付けてくれ」

「解ったわ。ナオたちも気を付けて」

 俺たちはそう言って互いに頷き合うと、すぐに行動を開始した。


    ◇    ◇    ◇


「トーヤ、どうだ?」

 ペトラス川の水面から、短剣片手に顔を覗かせたトーヤに訊ねてみれば、トーヤは渋い表情で首を振った。

「ダメだ。それっぽい物はまったくない。幸い、モンスター・イールの姿もないが」

「川底はどんな感じだ? 探せば可能性はありそうか?」

「基本的には砂地だな。泥も堆積してねぇし綺麗ではあるんだが、水草は生えてねぇな」

「流れがある川だと、生えづらい、のか……?」

 蓮の花なども、川ではなく池のような、水の流れがあまりない場所に生えている。

 それを考えれば、ここで頑張ったところで見つかる可能性は低いのかもしれないが……。

「トーヤ、もう少し探せるか? できれば水が淀むような場所を中心に」

「任せろ。水が淀んでいる場所だな?」

 サムズアップして再び水に潜るトーヤ。

 だが数十分後、再び戻ってきたトーヤの手に収穫物はなく、その唇は青くなって身体はガタガタと震えていた。

「す、すまん。ダ、ダメだった」

「いや、お前、言ってる場合か!? 身体が冷えすぎだろ! 早く上がれ」

「お、おぅ……」

 まだ春先。

 山から流れてくる澄んだ水はかなり冷たく、肉体派のトーヤであっても、長時間水の中で活動するのは、やはり厳しい。

 おぼつかない足取りで水から上がったトーヤにやや熱めのお湯をぶっかけて、用意していた焚き火にあたらせる。

「うぅ、寒っ! 多少湯をかぶったり、この程度の焚き火じゃ、身体が温まらねぇよ。なんかもっと強力に温まる魔法とかねぇの?」

 俺しかいないからか、完全に素っ裸になって下着を絞っているトーヤに、俺は「うむ」と頷き、手を構える。

「取りあえず、『火球ファイアーボール』で良いか?」

「いや、良くねぇよ!? それで温まるのは表面だけ! つか、温まるというより、こんがり焼けるだけ!」

「表面こんがり、中は生焼け。それじゃ食えないな」

「そうそう。遠赤外線で中までしっかり火を通さないと腹を壊すからな……って、違うわっ! 冗談じゃなく、マジ寒いんだけど!」

「つってもなぁ……」

「『水中呼吸ブレス・ウォーター』の魔法、息継ぎが不要になるのはすげぇけど、寒さはなんとかならねぇの?」

 苛立ちからか、それとも寒さからか地団駄を踏んでいるトーヤを見ながら俺は考える。

 ドライスーツのように断熱もできればそりゃ便利だろうが、俺にそこまでの技術はない。

 ここは面倒でも、時々上がってきて身体を温めてもらうしか。

 海女さんとかも、寒い時季には焚き火にあたりながら漁を繰り返すらしいし……あっ!

「『防冷レジスト・コールド』の魔法があったわ。これ、水中でも効果あるのかな?」

 冬場には時折お世話になっていた魔法だが、基本的に気温が低いときに使用する魔法。

 今の気温自体は春先の快適な温度なので、失念していた。

「良いのがあるじゃん! 水中はともかく、今は効果があるはず。かけてくれ!」

「了解。『防冷レジスト・コールド』」

「……ぉお。寒くなくなってきた!」

「なるほど、意味はあるのか。これなら、水中でも使えるか?」

 気温ではなく、体感……いや、体温かも? で、効果が出るらしい。

 であるならば、水中で体温が下がれば温めてくれる効果も期待できそうだ。

 その分、魔力消費、つまり持続時間は少なくなりそうだが。

 空気よりも水の方がずっと熱伝導率が高いわけだし。

「ふぅ。人心地ついた」

「だったらさっさと服を着ろ。粗末な物を見せつけるな」

「おっと。オレのトマホークを晒したままだったな。失敬、失敬」

「とまほーくぅ?」

「な、なんだよ、トマホークだぞ? 現役選手だぞ? 大活躍だぞ?」

「別にお前のが、トマホークでも、パトリオットでも、ペンシルロケットでも、俺はどうでも良いんだが、命中率は?」

「いや、それはない……ってか、当たったらマズいだろうが! ついでにいえば、ペンシルでもない!」

 力強く反論するトーヤだが、いそいそと下着を穿いているその姿はちょっと情けない。

 なので、これ以上イジってやるのは止めてやろう。

 頑張ってくれたのは間違いないので。

 ――見たくもないものは見せられてしまったが。

「……よしっ、収納完了。それで、どうする? もうちょっと探索を続けるか? 『防冷レジスト・コールド』があれば、まだいけそうだが……」

「いや、この先の森にあるという泉を目指そう。見つかる可能性は低そうなんだろ?」

「そうだな。水生生物に食べられているのかもしれないが、痕跡もねぇしなぁ……」

「であれば、泉を探す方がまだ可能性がありそうだな。川を渡ろう」

「つーことは、また川に入らないといけねぇのか。せっかく、だいぶ乾いたのに。しかも向こうには焚き火とかねぇし」

 ややうんざりしたようにため息をついたトーヤだったが、何を思ったか、俺の方を見て「クククッ」と笑う。

「今度はナオも濡れることになるな? 橋もねぇし。一緒に裸族になろうじゃないか!」

「何だ、そんなことか」

 先ほど揶揄われたのを根に持っているのか、肩をポンポンと叩くトーヤに、俺は肩をすくめて首を振る。

 俺はトーヤと違って、トマホークを見せつけるつもりはないのだ。

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