381 月を待つ (2)
「なんだ、やっぱテンプレはなしか」
「テンプレ? よく解らねぇが、ここは俺に免じて許してやってくれ」
少し残念そうに、ぼそりと言ったトーヤのことに首を傾げつつ、謝罪するサイラスに、俺はチラリとミーティアを見て頷く。
「実害はなかったので良いですが……」
「すまねぇな。フレディ、コイツらは滅多に顔を出さねぇが、新人じゃねぇ。既にランク六の冒険者だ」
おっと、サイラスに言った覚えはないが、ランク六に上がったことを知っていたらしい。
もっとも、ケトラさんは俺たちのギルドカードを見て知っているし、サイラスは支部長の護衛を任されるほどの冒険者。情報が共有されていてもさほど不思議でもないか。
だが、フレディの方は信じられなかったようで、訝しげな表情で俺たちを順に見る。
「え、マジっすか? サイラスさん。こんな若蔵が? サイラスさんを疑うわけじゃありやせんが、さすがにそりゃぁ……」
成人したばかりの男二人に、明らかに未成年の女の子が二人。
しかも一人は十にもなっていない。
ハルカたちがいないので勘違いするのも仕方ないだろうが、この面子でランク六の冒険者と言われても信じられないのも仕方がないだろう。
「いや、コイツらは若いが、なかなかのものだぞ? 盗賊討伐に始まり、サトミー聖女教団の首謀者の捕縛、姫様の護衛で余所の領まで同行、ピニングでは誘拐事件の解決までしている。領主様からの信頼も厚く、ギルドにもかなりの利益をもたらした。まぁ、ランクが上がるのも当然だな」
こうやって列挙されると、この一年半で俺たちも色々やったものではある。
そこまで派手に動いていたつもりはなかったんだが……もしかして俺たち、結構な有名人?
……ないか。
人口を考えると、ご町内の一部でちょっと話題って程度かな。
そこまで誇れるほどの実績でもない気がする。
サイラスがしっかり把握しているのも、ギルドに関係しているからだろう。
だが、そんな俺の思いとは裏腹に、フレディは目を瞠って声を上げた。
「コイツらが!? そんなには見えねぇっすけど……」
「一応言っておくが、オレたちの他にあと三人、パーティーメンバーがいるからな?」
「私と妹は、ランク六じゃありませんし」
「ってことは、お前とそっちのエルフがランク六か。サイラスさん、コイツら、腕の方も?」
「当然だろう? 戦えない冒険者がなれるほど、ランク六は甘くないぞ?」
冒険者ランクと戦闘力は、直接的には関係ない。
単純に強いだけではランクが上がらないのと同様、強くなくても信頼が置けてギルドに益があるならばランクは上がる……らしい。
それ故、フレディはサイラスに訊ねたのだろうが、さすがに四以上とかになってくると、その強さに差はあっても、戦えない冒険者なんて存在しない。
「お、そうだ。お前ら、訓練に明け暮れてるってぇ聞いてるぞ? 良い機会だから、フレディとやってみねぇか?」
「この人と……?」
他の人と訓練をする機会はあまりないので、それも良いかと思った俺だったが、目を剥いたのはフレディの方だった。
「ちょ、サイラスさん! コイツら、ランク六なんすよね!? 俺じゃ無理っすよ!」
「フレディ、お前もたまには必死になってみろ! 限界を決めて、小さく纏まってんじゃねぇよ」
「小さいって、嫌みっすか!?」
確かにフレディは小さい。
具体的にはメアリとさほど変わらないほど。
だが、サイラスが言っているのは、そういうことではないだろう。
悪い奴ではないのだろうが、訓練もせずに昼間から酒を飲もうとしているあたり、向上心に乏しいように思える。
この年齢まで生き残っているのだから、それなりに無難にやれているのだろうが、サイラスとしてはもっと頑張って欲しいとか、そんな感じだろうか。
「どうする、トーヤ、メアリ、ミーティア?」
「良いんじゃね? はっきり言って、暇だしな、オレたち。俺たち以外との対人戦の経験は、メアリたちの糧にもなるだろうし」
「私も問題ありません。もっと頑張らないと、トーヤさんたちには追いつけませんし」
「ミーも頑張るの!」
「よく言った。それじゃ、訓練場に移動しようか」
「ちょ、俺はまだ同意してないっすよ!?」
あっちに、と俺がギルドの裏手を指させば、オレたちが高ランクと知ったからか、微妙に小物っぽい物言いになったフレディは、慌てたように手を振る。
だが、その肩にはサイラスのがっしりとした手が置かれ、逃げ出すことは不可能である。
「おい、フレディ。まさか逃げねぇよな? 俺の面子を潰すつもりか? お?」
「ま、まさか。サイラスさんに恥をかかせるわけがありやせん。へへっ」
「なら良いんだ。お前もこの町じゃ中堅。無様を曝すんじぇねぇぞ?」
サイラスとフレディ、共に笑ってはいるがその表情は対照的。
獰猛とも思える笑みのサイラスと、引きつったように笑うフレディ。
その身長差もあり、第三者から見たら、どう見てもフレディが恫喝されているようにしか見えない。
「つーわけで、ケトラ、ちょっとコイツらと遊んでくる。ウィリアムには後で行くと伝えておいてくれ」
「解りました。サイラス、あなたが怪我するのは一向に構いませんが、間違ってもトーヤさんたちに、特にメアリちゃんとミーティアちゃんに怪我をさせないでくださいね? もし怪我をさせたら……解ってますよね?」
「お、おう、もちろんだ」
ニコリと微笑むケトラさんを見て、サイラスはさっきまでの機嫌の良さそうな笑い顔を引っ込め、神妙に頷いた。
◇ ◇ ◇
訓練場に移動した俺たちは、それぞれが普段使っているものに近い模擬武器を手に、軽くウォーミングアップ。
身体が温まったところで、実際に模擬戦を行ってみることになった。
「まずは……フレディとトーヤ、やってみるか?」
「オレか? ナイフ二刀流は初めて相手をするな」
「へへっ、これでそれなりに経験はあるんでね。簡単には負けないっすよ!」
サイラスの言葉を受け、トーヤとフレディが前に進み出る。
トーヤはいつもの盾と木剣、対してフレディが両手に持つのはナイフ型の木剣。
構えや体格からして、スピードを生かした戦い方なのだろう。
「準備は良いか? ――始め!」
サイラスが合図をするなり、フレディが飛び込む。
その動きは俺が思った以上に速かったが、トーヤはそれを落ち着いて剣で捌き、近寄らせない。
二刀流相手の戦いに少し戸惑いもある様子だが、魔物などは無手でも両手に武器を持っているようなもの。
小さくて速い魔物なら、スタブ・バローズなどもいるし、それだけで崩せるほどトーヤは弱くない。
「思った通り、トーヤはなかなかやるな」
「フレディも結構強いな。なんか小物っぽい印象だったが……」
「アイツ、言動で損してんだよなぁ……。あんなんでも、この町じゃ上の方なんだぜ?」
サイラスとそんな話をしている間に、トーヤとフレディの模擬戦は終了。
予想通りと言うべきか、勝ったのはトーヤである。
その後も休憩を挟みつつ、俺、メアリ、ミーティアの順でフレディと模擬戦を行ったのだが――。
「ナオは問題外か。相性が悪ぃな。……近付ければなんとかなりそうか?」
苦笑しながらサイラスが言う通り、槍の間合いで戦えば、フレディはさして怖くはなかった。
完封されて埒が明かないと思ったのか、一度捨て身で飛び込んできたフレディだったが、その程度で慌てるほど、俺も経験不足ではない。
「速すぎるっすよ! 多少近付いても、普通に殴られたっす!」
「一応、棒術も使えるしな、俺」
槍に比べるとスキルレベルは高くないが、俺も【棒術】のスキルも持っているのだ。槍を棒として扱うことなどお手の物。
近付かれた程度で戦えなくなっていては、複数の魔物を相手にするときに怪我をするのだから。
「しかし、俺相手は微妙だったが、メアリ相手にはなかなか頑張ってたよな」
「こっちも相性が悪かったな。別の意味で。曲がりなりにも戦えているだけ、すげぇよ?」
両手剣を振り回すメアリとナイフ二刀流のフレディ。
一対一で模擬戦を行ったときにどちらが有利かと言えば、技量に差がなければフレディの方だろう。
魔物などの大きな敵や硬い敵を相手にする場合には両手剣も有利なのだが、小回りが利きづらいのが難点。
結果、二人の模擬戦はフレディに軍配が上がったのだった。
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