380 月を待つ (1)

 ケルグに居を移してしばらく。

 俺たちは暇を持て余していた。

 いや、正確に言うなら、俺とトーヤ、それにメアリたち姉妹か。

 ハルカたちは、宣言通りにヤスエの手助けをしていたので。

 当初、ヤスエの仕事を三人でカバーするのだから楽勝、と思われていた手伝いであるが、そこはサールスタットでも男性客を集めまくっていたナツキたち。

 次第に訪れる客の数が増え始め、ヤスエが給仕をしていたときの客数をあっさりとオーバー。なかなかに忙しい日々を送っていた。

 だが、新しい給仕を雇い、ハルカたちが徐々に手を引くことでその客数も程々に落ち着く。

 結果、今現在は比較的暇にしている三人ではあるが、本来の目的は出産のサポートと、それらに関する経験を積むことである。

 遠出をすることなんてできないし、町の中でできることといえば、メアリたちの父親が葬られている神殿を訪問したり、本屋などの店を見に行ったりすることぐらい。

 基本的にはヤスエの食堂にいたり、俺たちが借りている宿で待機したりしている。

 対して、そのような制約がない俺たち四人ではあるが、重要な回復役&『浄化ピュリフィケイト』要員であるハルカたち抜きに泊まりがけの依頼を請けることはできず、日帰りの気軽な依頼を熟してお小遣いを稼ぐ程度で、基本的には冒険者ギルドの訓練場を借りて訓練で日々を過ごしていた。


    ◇    ◇    ◇


「こんにちは、トーヤさん、ナオさん。それに、メアリちゃんとミーティアちゃん。今日も訓練場ですか?」

 ここ最近、通い慣れた冒険者ギルド。

 中に入って最初に挨拶してくれたのは、カウンターに座っているケトラさんだった。

 ケルグを訪れるのもかなり久しぶりな俺たちなのに、先日も顔を合わすなり『お久しぶりです』と挨拶してきたあたり、たぶん、とても有能な人。

「おう! なんか良い依頼があれば請けたいとは思うけど……なんかある?」

「今日もあまり変わらず、ですねぇ。皆さんの興味を引くほどの物はないかと……。もちろん、受けてもらえれば嬉しいですけどね」

「はは、そのへんは依頼料と相談して?」

「ですよねぇ~、皆さんぐらいのランクになると。気が向いたら、よろしくお願いします」

 両手を合わせてウィンクをするケトラさんに、俺は苦笑を返し、一応とばかりに掲示板を見に行く。

 ラファンに比べれば幾分かマシだが、それでも少々寂しい依頼の数。

 時間帯も影響しているとはいえ、ざっと見たところ、あまりめぼしい物はない。

「メアリ、ミーティア、何かやりたい物はあるか? 興味があるのがあれば、請けても良いぞ。毎日訓練だけってのも飽きるだろうし」

「だな。こっちだと、孤児院にも遊びにいけねぇしなぁ」

 ラファンの孤児院とは違い、この町の孤児院の管理者、つまり神官とは、俺たちもあまり親しくない。

 神殿の方には何度か訪れて多少の賽銭も入れているため、神官の顔ぐらいは知っているのだが、イシュカさんほど押しの強くない彼らとは軽く挨拶をする程度で、孤児院について話題に出ることもなかったのだ。

 それに加え、この町の孤児院はサトミー聖女教団の混乱で子供の数が増えている。

 その中にはメアリたちの知り合いがいる可能性もあるのだが、そのことが逆にメアリたちの足を遠ざけていた。

 メアリたち姉妹を俺たちが保護することになった経緯や、現在の立場の違いなどを考えれば、近所に住んでいた子供とでも再会してしまうと、メアリたちも色々と複雑だろう。

「んーっと……。あんまり興味深いものはないの」

「討伐依頼でもあればと思いましたが……請けられそうなのは、あまり割の良くない、採集依頼だけですね」

「それなら――」

「おい! お前たち。見ない顔だな?」

 いつも通りに、と言おうとした俺の後ろから、声が掛けられた。

 振り返ってみれば、そこに立っていたのは小柄ながら少し強面の若い男。

 ただし、若いとはいっても、二〇代半ばは超えているだろう。

 冒険者としてみれば、中堅ぐらいになるだろうか。

 視線はなかなかに鋭いが、俺とトーヤの身長からすると、下から見上げられるような形になるので、あんまり迫力はない。

 ただ、男よりも少し背の低いミーティアからすると少し怖かったようで、こそこそっと俺の後ろに隠れてしまった。

 意図しているのかどうかは知らないが、可愛いミーティアを怖がらせるのは止めてほしいものである。

 そして逆に興味深そうな表情になって、俺に耳打ちをしてきたのはトーヤである。

「(ナオ、これはもしかして、一年と数ヶ月、ついにテンプレの発生か?)」

「(パターン的にはそれっぽいが、やるか? この場で? このシステムで?)」

 俺たちはあまり気にしていないが、普通の冒険者ならランクはかなり重要。

 そのランクの判断がギルドの裁量で行われ、ランクダウンも普通にある以上、ギルドの建物内でトラブルを起こすことなど百害あって一利なし。

 多少腕っ節が強かったところで職員に睨まれてしまえば、冒険者として成功することなど不可能なのだから。

「何ごちゃごちゃ言ってやがる? 新人なら、まずは先輩に対して挨拶が必要だろうが」

「こんにちは、なの」

「お、おう、こんにちは。……じゃねぇよ! 挨拶っつったら、酒だろうが!」

 ぴょこんと顔を出して、言葉通りに挨拶をしたミーティアに、男も毒気を抜かれたように挨拶を返したが、すぐに慌てたように声を荒らげ、それを聞いたミーティアも、再び隠れてしまう。

 メアリの方も、姉としての責任感からか後ろに隠れたりはしていないが、少し顔が強ばっている。

 そんな物を見てしまえば、応える俺の声がやや粗く、視線も鋭くなってしまうのも仕方のないところだろう。

「何の用だ? 挨拶が必要などと聞いた覚えはないが?」

 低くなった俺の声に、男も少し気圧されたように身を引くと、まるで俺を宥めるように両手を動かし、愛想笑いを浮かべる。

「お、おぅ……そう尖るなよ。ちょっと、酒でもおごってくれねぇか、という話だよ。この町にいる先輩冒険者に、さ?」

「………」

 今の懐事情を考えれば、コイツ一人に酒をおごるぐらい、大した出費でもないのだが、舐められてたかられるのは、正直面白くない。

 どうしたものかとトーヤに視線を向ければ、トーヤの方も少し面白くなさそうな表情。

 無言で頷き合い、追い払うことに意見が一致したその時。

「フレディ、お前また新人に集ってんのか?」

 割り込むように聞こえてきたのは、そんな言葉だった。

「サ、サイラスさん!」

 少し気まずそうな表情を浮かべ、振り返った男の視線の先にいたのは、かなり大柄で筋肉質な壮年の男。

 どこか見覚えのある顔に、男の呼んだ名前とその容姿から記憶を辿るが、俺よりも先に答えを出したのはトーヤだった。

「あんたは確か、あの引き渡しの時にいた……」

「おう。覚えていてくれたか。わりぃな。コイツも別に悪い奴じゃねぇんだが……」

 苦笑しながら男の背中をバンッと叩いたサイラスは、俺たちの近くに来て軽く頭を下げる。

「悪くねぇって言われてもなぁ……」

「いきなり集られたんですが。先ほどの言葉からして、常習なんですよね?」

「そうなんだけどよ。けど、酒の一、二杯でも飲ませてやりゃ、この町で冒険者をやるのに必要なことを教えてくれる。それなりに使える奴なんだよ」

 聞けば、このフレディという人、不慣れな新人冒険者を見つければ声を掛け、酒を酌み交わしながら、冒険者の心得を教えるようなことをしているらしい。

 ある程度は経験もあるため、アドバイスが必要になったときにも、酒の数杯で相談に乗ってくれたりと、それなりに先輩らしいこともしているとか。

 決して、因縁を付けて金を巻き上げたりするような、悪質な人ではなかったらしい。

 ならば声のかけ方を考えろ、と言いたいが、冒険者的にあまり下手に出られないとか、そういうことなのかもしれない。

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