382 月を待つ (3)
「ミーティアとはかみ合っていたな。どちらも速度重視だし」
「速度はミーティア、手数はフレディだったな」
「経験の差で、フレディが勝ちを拾った感じだな。おい、フレディ、情けねぇぞ?」
かなりの僅差だったので、ミーティアは最初にちょっと怖がっていたのも忘れたように、「むぅぅぅ~~!!」と、地団駄を踏んでかなり悔しがっていた。
だが、フレディは休みを挟みつつも連戦していたので、万全の状態で戦えば、もう少し余裕を持って勝っていたんじゃないだろうか。
そんなフレディは、さすがに疲れがピークに達したようで、息も上がり、今は地面に倒れ込んでしまっている。
「勘弁してほしいっす、サイラスさん。そっちのランク六はまだしも、女の子二人もかなり強いっすよ?」
「確かにな。けどよ、コイツら、冒険者になって一年ほどだぞ?」
「マジっすか!? それ、超ヘコむんすけど……。しかも、まだ未成年っすよね? 当然ながら」
「指導者が良いんだろう。自己流で技を磨き上げるのも、それはそれですげぇとは思うが、効率は悪ぃからなぁ」
「指導者に関してはなんとも言えないが、一応言っておくと、訓練時間も違うぞ? メアリたちは。そのへんの冒険者と比べれば、確実に何倍もの時間を費やしている」
普通のルーキーの場合、朝から晩まで働いて日銭を稼がなければ、泊まる場所、食べる物にも事を欠く。
必然的に訓練に費やせる時間などほとんどなくなるのだが、その点、俺たちは違う。
効率良く稼げている上に蓄えもあり、かなりの時間を訓練に費やす余地があるし、俺たちというスキル持ちの指導者もいる。誰かに指導を受けて身に付けた技術ではない分、俺たちの指導力に疑問符は付くが、少なくとも正しい動きを見せ、模擬戦で鍛えることはできる。
ついでに、訓練時に怪我をする危険性。
蓄えの乏しい新人の場合、もし訓練で怪我をして働けなくなれば、それ即ち、命に関わる。こちらに来た最初の頃、俺たちが恐れていたように。
しかしメアリたちは、ハルカたちの治療があるおかげで、骨折レベルの怪我すら恐れる必要もなく、激しい訓練ができている。
相手は小さい女の子、最初の頃は俺たちも遠慮があったのだが、本人たちの希望もあり、訓練で骨折させてしまったことも一再ではない。
そのような訓練を続けているのだから、その密度と時間は普通の冒険者とは比較にならず、結果に大きな差が出るのも当然だろう。
それに加えて、俺がさりげなく疑っているのは、俺の持つ
神様がくれたのだから、その効果がトーヤたちに及んでいることは間違いないはずだが、メアリたちには無意味かといえば、おそらくそんなことはないだろう。
この世界の経験値とは単なる数値ではなく、俺たちの行動の結果が数値として表されたものである。
つまり、経験値が増えるということは、それ即ち、戦闘や訓練で得られる経験が増えるということ。
まさか、その影響範囲から、メアリとミーティアだけ除外するなんてケチなこと、アドヴァストリス様がするとは思えない――と断言できるほどアドヴァストリス様を知らないが、そうとでも思わなければ、メアリたちの成長の早さは説明できないような気がする。
もっとも、この世界の標準なんて知らないし、獣人の身体能力を以てすれば、このぐらいできることなのかも、と考えなくもないのだが。
「よし。フレディ、お前はそっちの嬢ちゃん二人と訓練しろ。トーヤとナオは俺とやろうぜ?」
「ええっ!? 続けるんっすか?」
やっとこさ立ち上がったフレディが顎を落とすが、サイラスはそんなフレディの肩に手を置くと、男臭い笑みで激励をする。
「俺は以前から、お前がもう一段上に行ける奴だと思ってたんだよ。ここで終わるのは勿体ない。そうは思わないか?」
「本当……っすか? 行けると思うっすか?」
「もちろんだ。だが、それにはお前の努力が必要だ。経験を積め! 技術を磨け! そんなところで立ち止まってんじゃねぇ!」
「サイラスさん……。俺、やるっす! 見ていて欲しいっす!」
「おうっ! 頑張れ!」
目を輝かせるフレディの背中を叩いて、メアリたちの方へと送り出すサイラス。
半ば巻き込まれるような形になっているメアリたちの方は、俺たちへ窺うような視線を向けてきたが、俺が頷くと真剣な表情になってこくりと頷く。
ミーティアなんて、「今度は勝つの!」と鼻息も荒い。
勝てるかどうかはともかく、吸収すべきところはあると思うから、ミーティアたちにも良い経験にはなるだろう。
「サイラス、俺たちは今日も訓練の予定だったから、別に構わないんだが……アイツ、良いのか? 仕事とかは」
「アイツがこの時間にギルドにいるなら、暇してんだよ。それに、判ったとは思うが、アイツは完全な自己流。それであそこまで腕を上げたのはすげぇと思うが、正当な剣術を知る経験もあった方が良いからな。あの二人はそれに都合が良い」
「正当な剣術、か。そう見えるか?」
「違うのか? 確実になにかしらの流派の動きに見えたんだが?」
「違わない、と言うべきだろうな」
メインでミーティアに教えているのはナツキで、メアリはトーヤ。
ナツキの教える技術は、元の世界で習っていたものをベースとしているだろうし、トーヤはスキルとして得た技術が元。おそらくそれは、きちんとした剣術なのだろう。
「それで俺たちの相手は、サイラスが?」
「俺も、まぁ、時間があるからな。お前たち、対人戦はあまり経験がないだろ?」
「判るか? 基本、パーティー内での模擬戦だけだな。オレたち、大半は魔物相手に戦ってるし」
「ネーナス子爵の領兵の訓練に参加したことはあるが、その程度かな」
それも、あんまり強くはなかったしなぁ。
たぶん領兵の一般兵なら、フレディでも勝てるだろう。
「普通の冒険者ならそれでも構わねぇんだが、ランクが上がると、盗賊の討伐やら護衛の依頼やら、人を相手にすることも増えてくる。経験を積んでおいて損はねぇぜ?」
「そういうことなら、胸を貸してもらうか。楽しませてくれるんだろ?」
「お、トーヤからか? ま、それなりにはできるつもりだぜ?」
ニヤリと笑って剣を構えたトーヤに、サイラスの方もどこか嬉しげに剣を構えた。
「……はぁ。双方、怪我をしないようにな? 特にトーヤ。手加減……と言うか、今日は寸止めを忘れるなよ? 治してくれるハルカはいないんだから」
俺とやるとき、トーヤは普通に折ってくるからな、骨を。
たまにはやり返したいのだが、残念ながら筋肉に包まれたトーヤの骨を折れるほど、俺とトーヤの技量に差はない。武器の差と、本質的な肉体強度の差は大きい。
そのお返しに、程々に魔法で焼いてやっているんだけどな!
「わーってるって。骨は折れないように加減する。サイラス、打ち身程度なら良いよな?」
ポンポンと木剣で肩を叩きつつ、気軽にそんなことを言ったトーヤに、サイラスは鼻白んだ様子を見せながらも頷く。
「打ち身ぐらいはもちろん、構わねぇけどよ……お前ら、普段は骨折するような訓練をしてるのか? 毎日? そりゃ、嬢ちゃんたちも強くなるわ」
「さすがに毎日は骨折させねぇよ? たまにだよ、たまに」
させられている俺の感想としては、全然たまにじゃないのだが、それを今ここで言っても仕方ない。
「準備は良いか? サイラス、トーヤが骨折するのは構わない。思いっきりやってくれ。むしろ折ってやれ」
仕方ないのだが、ちょっとした意趣返しぐらい、良いよな?
「マジで?」
「ちょ――」
「あぁ。帰ったら治してもらえる。それじゃ、始め!」
トーヤの抗議を聞き流して開始の合図をすれば、二人は間合いを開け、武器を構えて対峙する。
だがそれも僅かな時間。
すぐに互いに踏み込み、二人の武器がぶつかり合い、大きな音を訓練場に響かせた。
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