375 海辺にて (6)

 結局、追加のシーフードはフライング・ガーの串焼きになった。

 川から飛んできたフライング・ガーが“シーフード”かどうかは議論の余地があるが、味的には海魚っぽいし、美味いので問題なしである。

 そんな料理を一通り食べ終え、一息ついたところで、マークスさんがコップのお酒を飲み干すと、真剣な表情になり、口を開いた。

「さて、美味い物を食い終わったところで、少し真面目な話をしようか」

「この海のこと、ですよね?」

「ああ。俺もしがない支部長だからな。こうして確認した以上、上に報告をしないわけにもいかない」

「国に、ですよね?」

「そうだな。俺が報告書を送るのはこの国のギルド本部だが、そこから国に対して報告されることになるだろうな」

 通常であれば、ダンジョンに関する情報はその所有者――大抵の場合は領主に報告され、その中で重要な情報を領主が国に報告することになるのだが、このダンジョンは領主の所有ではない。

 そのため今回は、地方のギルドが手に入れた重要な情報という形で本部に報告を送り、本部の判断で国に情報が上げられることになるらしい。

「本部が情報を上げない可能性もゼロじゃないが……たぶん、報告するだろうな」

「ネーナス子爵には報告しなくても?」

 ハルカに問われ、マークスさんは悩むように唸る。

「難しいところだな。俺が本部に報告するのも義務じゃないから、そのへんはもう、配慮するかどうかって感じだろうな。逆にギルド経由じゃなく、子爵経由で情報を上げるって方法もある」

「伝えておいた方が……良いよな? やっぱり」

「そうでしょうね。一応、私たちの後ろ盾だし、心情的にも」

 自分の領地にあるダンジョンの情報が、別の所からもたらされたりすれば、きっと気分は良くない。

 義務がないからと無視するのは、人と人のお付き合いとして違うだろう。

「であれば、ギルドの方から時期を見て伝えておこう」

「助かります。――この情報が国に伝わると、どうなると思いますか。やっぱ面倒なことに?」

「場合によっては、な。この国はかなりマシな国だが、それでも利権の大好きな貴族には事欠かない。制度上、無理矢理取り上げるなんてことはないだろうが、面倒くさい“交渉”をしようとする奴らは出てくるだろうな」

「“交渉”、ですか……」

 まともな話し合いじゃ、ないんだろうなぁ。

 そのとき、矢面に立つのは、たぶん俺。

 ナツキやハルカのサポートは受けられるにしても、貴族相手の交渉なんて、できればやりたくない。

 ネーナス子爵相手に仕事の話をするのにすら緊張したのに、貴族相手に利権の絡む事柄の交渉とか、成功する目が見えない。

 その辺の破落戸相手の“お話交渉”なら、トーヤを押し出しておけば適当に片が付くだろうが、まさか貴族相手にやるわけにもいかないだろう。

 そんなことを思って深くため息をついた俺を見て、マークスさんが意味ありげにニヤリと笑う。

「ナオ、良いことを教えてやろう。交渉ってのはな、相手と話せて初めて可能なことなんだぞ?」

「それは、つまり……」

 交渉できないように、身を隠せ、と?

 確かに相手と会わなければ、そして連絡も付けられない状態なら、交渉する必要すらなくなる。

「だが、所有者と交渉ができないからと、勝手に所有権を奪われる、なんて危険性は?」

「それも問題ないだろう。貴族の権利を保障しているのは国法だ。それを蔑ろにしてしまえば、自らの立場も危うくなる。この程度のことに絡んできそうな木っ端貴族ほど、そんな危険は冒さない――と、ディオラが言っていた」

 受け売り情報だった。

 まぁ、平民であるマークスさんと、曲がりなりにも貴族であるディオラさん。

 情報源として信頼できるのは圧倒的にディオラさんだし、問題はない。

「そもそも、この海で得られる利益はさほど多くない。投資も必要になるし、横紙破りをして、危ない橋を渡るほどじゃないだろうな。国益という面を除けば、な」

 国益という観点では、『海がある』という事実に意味があるが、それから利益を得るためには、相応にリスクもある。

 所有者が平民だから『簡単に奪える』と思えば手を出してくるが、コストに見合わないと思えば手を引く。

 その程度の物らしい。

 ただ、下手にし、まかり間違って相手の顔を潰してしまうと、利益を度外視したになることもあるため、注意が必要らしい。

 うん、とても面倒くさい。

 そんなことからも、相手と俺たちが直接顔を合わせず、しばらくほとぼりを冷ますのが一番ということのようだ。

「一応、ネーナス子爵の後ろ盾もあるんだ。あまり派手なことをするわけにもいかないだろうし、適当に移動していれば、捕捉される確率はかなり低いだろう」

 もし見つかっても、犯罪者というわけでもない俺たちを拘束することはできないし、遠方と即時に連絡を取り合う手段がほとんどないこの世界では、ちょっとした連絡でも数ヶ月かかることはざら。

 気の休まらない逃亡生活、みたいなことにはならないようだ。

「もっとも、俺にはどうするのが一番良いのかは判らない。結果的に、このままラファンに留まっている方が良かった、なんてこともあるかもしれん。そのあたりは、自分たちで判断してもらうしかない」

 それは……そうだろうな。

 アドバイスを求めることはできても、決断するのは俺たちで、結果の責任を取るのも俺たち。

 俺たちに後ろ盾はいても、保護者はいない。

「難しいところだが……少し遠出するのも、あり、か」

 観光的に、とポツリと漏らす俺に、ハルカたちも小さく頷く。

 先日の護衛依頼で俺たちも少しは自信が付いたし、この町をしばらく離れることは、そう悪くない選択に思える。

 生活の質は多少落ちるだろうが、俺たちには魔法もマジックバッグもある。そこまで悪化はしないだろう。

 面倒な交渉から逃げている面がないとは言わないが、俺が下手な交渉をするよりも、おそらくしない方がマシな結果になるんじゃないだろうか。

 それに、せっかくの異世界、一地域に閉じこもってばかりというのも、少し勿体ない。

 そう考えれば、これは案外、良い機会だったのかもしれない。

 俺たちがそれなりに乗り気なのを見て、マークスさんは少し安堵したように表情を緩めると、よいせっと座り直して唐突に話を変えた。

「ところで、俺は帰ってから、今回のことを報告書に纏めることになるんだが、これが結構面倒でな? 何日も残業して書き上げることになるかもしれない」

「――? はい」

「だが……嫁の機嫌が良ければ、早めに仕事を切り上げて、家に帰ろうという気分になるかもしれない」

「ふむ?」

「逆に機嫌が悪ければ、遅くまで働くことになって、仕事が捗ってしまうかもしれない」

「……なるほど」

 理解した。

「話は変わりますが、マークスさん。このダンジョンって、果物も採れるんです。俺たちだけでは食べきれませんし、せっかくですから持って帰りますか? 奥さんに食べさせてあげてください」

「え、ミーならいくらでも――モゴモゴ」

 何か言いかけたミーティアの口を、メアリが速やかに押さえる。

「お、良いのか?」

「えぇ、マークスさん、ひいては快く送り出してくれた奥さんにはお世話になっていますから、お裾分けです」

 そう言って俺がニコリと笑うと、マークスさんもまた、ニヤリと笑う。

「ありがたい。ちっとばかし、長期に家を空けることになったからな。助かる。――ちなみに、これまた話が変わるんだが、俺が書き上げた報告書が本部に届くのは、なんやかんやで半年後ぐらいになりそうだな」

 白々しい会話を笑顔で終え、俺とマークスさんは手を握り合う。

 うん、何も問題はない。

 俺たちは単に、この辺りでは手に入りにくい珍しい果物を、知り合いにお裾分けをしただけなのだから。

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