376 旅立ちの前に (1)

 ダンジョンから帰還した俺たちは、急いで町を離れる準備に手を付けた。

 マークスさんの配慮で半年ほどの猶予を手に入れた俺たちだったが、飛行機に乗って高飛び、なんて不可能なこの世界、余裕が多いに越したことはない。

「まずは家、よね。せっかくの新築、放置はしたくないわ」

「はい。人が住まなくなると、すぐに荒れますからね、家屋は」

 既に一年ほどは経っているが、俺たちの気分的にはまだまだ新築の我が家、全員の共通認識として、放置はあり得ない。

 正直なところ、そんな家から離れるのは名残惜しいが、面倒事を避けるためには仕方がないと割り切るしかないだろう。

「そこは、トミーに頼もうぜ。風呂を使っても良いと言っておけば、管理してくれるだろ。大して手間もかからねぇし」

「そうだよね。庭の酒蔵にはよく来てるみたいだし、空気の入れ換え程度でいいもんね」

 『浄化ピュリフィケイト』がある俺たちにとって、多少埃が積もる程度は問題にならない。

 定期的な換気やなんらかの突発的な事態――自然災害による損壊などへの対応を頼むぐらいなら、風呂の使用許可が報酬でも問題ないだろう。

 もちろん、必要な資金については預けておく必要があるだろうが。

「あとは庭か。こちらは放置したら、確実に荒れ果てるが……」

 夏場ほどではないが、今回の遠征でも、帰ってきたら庭が草ボウボウ。

 まともな状態が保たれているのは、ジェイたちが手を入れているであろう酒蔵周りだけである。

「これだけ広い庭、普通なら庭師でも雇うのでしょうが……」

「それなら、孤児院の子たちに頼めば良いの!」

「孤児院か……監督はできないが、大丈夫か?」

 賃金の方は、イシュカさんに前払いしておいて、俺たちの帰還が遅くなるようなら後日精算でお願いする方法もあるだろうが、『適当にやっておいて』で任せられるものかどうか……。

 悩む俺を見て、メアリがちょっと手を上げて発言する。

「サーラちゃんたちなら、大丈夫だと思います。いつも丁寧にやってくれてますから」

「えっと、年長組の女の子、よね? 確か」

 記憶を探るかのようにこめかみに指を当て、ハルカがそう確認すると、メアリはコクリと頷いた。

 俺はよく覚えていなかったのだが、孤児の女の子の中では一番の年長で、そろそろ今後どうするかを考えないといけない時期の子らしい。

「でしたら、家の管理者として雇うのもありかもしれませんね」

「良いんじゃないかな? 家の中は魔法でどうにでもなるけど、庭の管理は大変だもん」

「予想外に、手間かかるよなぁ……」

 しみじみと漏らした俺の言葉に、全員が頷く。

 最初は『広い庭、嬉しい!』だったのだが、冒険者の仕事や訓練の合間を縫って、この庭を管理するのは不可能に近かった。

 ガーデニングとか言っていたユキも、最近はやや諦め気味。

 庭の手入れに家庭菜園、やりたいことはあってもその時間がない。

 仕事を減らせば可能だろうが、俺たちの稼ぎを考えると、人を雇う方が確実にコストメリットがある。

 当初はメアリたちにその役目を期待していたのだが、今となっては大事なパーティーメンバー。家と庭の管理のためだけに残すのは可哀想だし、実力的にも勿体ない。

 冒険者に興味を持っていない孤児を、専属で雇用するのもありだろう。

「そのあたりは、後でイシュカさんに相談しましょ。肥料販売は休止で良いとして、残る問題はアエラさんぐらいかな?」

 肥料の作製は既に代官が事業として行っているため、俺たちが販売しなくなっても影響は少ないが、アエラさんのお店のお肉に関しては、俺たちが供給を担っている。

 最初に『いつか供給できなくなるかも』とは伝えているので、無理に供給する義務はないのだが、アエラさんとは単純なビジネス上の付き合いだけではなく、ディオラさんに次いで親しくして貰っている友人である。

 可能なら、なんとか対処をしておきたい。

「あの、アエラさんにマジックバッグを貸し出すのはダメですか? 私たちなら大量のお肉、集めておくことができますよね?」

「マジックバッグか……」

 アエラさんのお店で消費されるお肉の量は、実のところそこまで多くない。

 朝の肉ポステの販売、昼の日替わり、予約制のディナー。

 利幅が大きいのは、昼過ぎから夕方までのティータイムに多く出る、単価の高いお菓子などらしい。

 バックパックが普及した影響もあり、俺たちの存在を除いたとしても、以前よりも肉の供給量が増えている。

 ある程度の量であれば町の肉屋からも仕入れられるし、薄利多売を止め、客層が女性寄りなこともあって、肉の供給がなくなっても、潰れたりはしないはずだが……。

「オレとしては、肉ポステがなくなるのは残念だなぁ。オレが食うわけじゃないにしても」

「同感。可能なら貸し出したいところだが、どう思う?」

 それなり高級品なだけに、持ち逃げとかされると困るが、アエラさんならそんなことはしないだろうという、信用はある。

「マジックバッグに関しては、以前、改めてディオラさんに確認してみたんだけど、結論から言えば、年に数個程度であれば、売ったりしても問題ないみたいね」

「そうなのか?」

「うん。今なら一応、ネーナス子爵の後ろ盾があるし、専業の“マジックバッグ屋”、みたいなものを始めでもしない限り、大丈夫って」

 こちらに来た当初ならともかく、今ならばある程度冒険者ランクも上がり、自衛も可能。権力を使ったゴリ押しは、後ろ盾次第。

 値崩れを起こすほど供給されると困るが、そうでなければ売っても問題ない、簡単に言えば、そんなところらしい。

 ちょっと考えると年数個でも影響が大きく感じるが、実のところマジックバッグを含め魔道具という物は、家電のような耐久消費財の一種である。

 錬金術という魔法的な物を使っているとは言っても、道具は道具。壊れるときは壊れるし、経年劣化も発生する。

 マジックバッグの場合は、まずはバッグとしての耐久性。

 乱暴に扱えば破れるし、尖った物が刺されば穴が空く。

 そうなれば当然、その時点で魔道具としての効果は失われる。

 もちろんそうならないよう、所有者は慎重に扱うが、物の出し入れをしていればどうしても事故は起きうるし、使っている革などは擦り切れていく。

 もう一つは魔道具としての使用期限。

 マジックバッグの機能は作製した時が最高点、それから段々と落ちていき、最後には普通のバッグへと戻る。

 その期間は作った人の腕次第だが、質の悪い物なら数年ほど、特に良い物であれば数十年程度、実用的な効果を発揮するらしい。

 つまり、マジックバッグを作ったら作っただけ、世の中に存在するマジックバッグが増え続ける、なんてことにはならないのだ。

「まぁ、普通に一般販売したら、面倒なことは間違いないみたいだけど。販売依頼がたくさん来て」

 ちなみに、一番面倒がないのが、数量限定でオークションに掛ける方法。

 ただその場合、冒険者ギルドの仲介がないため、マークスさんが言っていたような、面倒な手続きを自分でやるか、代理人を立てないといけないみたいだが。

「なら、貸しちゃおうよ。お肉、結構貯まってるし、処分に困るよね?」

「この町を離れるとなぁ……」

 当初苦労したこともあり、美味しいお肉と貯め込んでいた貧乏性の俺たちではあったが、実際のところ、一度冒険に出るだけで肉の在庫は膨れ上がる。

 そもそも俺たちの消費量では、一年経ってもオークの一匹すら食べきれないのだ。

 ダンジョンの肉エリアを一度通過するだけで、その何倍もの肉が手に入る今となっては、増えすぎた在庫、そろそろ処分するべきだろう。

 もちろん、冒険者ギルドにも定期的に持ち込んでいるのだが、あまり大量の肉を一度に渡すとギルドに迷惑を掛けることになる。

 それがギルドの役目なので引き取ってはくれるだろうが、持ちつ持たれつ、迷惑を掛けるのは極力避けたい。

 これから行く先々のギルドで売るという手もあるが、融通の利くディオラさんがいないとなると、面倒事の種にもなりそうな気がする。

 それを考えると、アエラさんの所に置いていくのは、決して悪い手じゃないだろう。

「それじゃ、渡せる範囲のお肉はアエラさんに渡すとして……このぐらいかしら? 手分けして対処しましょ。私は、孤児院でイシュカさんと相談してみるわ」

 ハルカがそう言うと、メアリとミーティアもすぐに手を挙げる。

「あ、私もご一緒します」

「ミーも行くの」

「じゃ、オレはトミーに頼んでくるか。――他にも挨拶をしておきたい人がいるし」

「なら俺は、アエラさんの所か?」

「私もついて行きます。説明、必要でしょうし」

「あたしも。ナオのこと、見張ってないと!」

「何でだよっ!」

 俺、見張られるようなこと、してないぞ?

 ――してないよね?

 むしろしてるのは、トーヤだよね?

 ……あ、もしかして、トーヤを一人で行かせるため?

 トーヤの場合、一人じゃないと挨拶に行けない相手とかいるし。

 そんなことを思いながら、二人の表情を見るが、ニコニコと笑っているのみ。

 よし、藪をつつくのはやめよう。

 俺は君子なのだ。


 その後、俺たちは三日ほどかけて方針通りの準備を整えていく。

 マジックバッグの貸し出しやトミーへの依頼は滞りなく終わり、庭の管理はメアリの推薦したサーラを専属で雇うことになった。

 彼女に関しては、俺たちの帰還した後の状況次第で継続的に庭師として雇用することも視野にイシュカさんと契約し、数年分の給料も預けてある。

 この世界では元々人件費が安いことに加え、未成年ということもあって大した額ではないが、冒険者はできそうにないと、成人後の仕事に困っていたサーラには非常に喜ばれたので、これはこれでありなのだろう。

 そして四日目の朝、ガンツさんやディオラさんなど、知り合いに挨拶を終えた俺たちは、ラファンの町から旅立ったのだった。

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