366 マークス無双 (1)
「ワハハハ! 脆い、脆いぞ!」
「「「………」」」
目的地までの道中は、端的に言って『マークスさん無双』だった。
勿論、寝るときの見張りや転移、治療、その他に関しては俺たちも活躍するのだが、敵が出るとマークスさんは荷物を放り出し、剣を引き抜いて突っ込んでいく。
当初の予定では、大半の移動は転移で行い、魔力回復のために休息する形でいこうかと思っていたのだが、マークスさんの『せっかくだから戦いたい!』、『お前ら、マジックバッグを持ってるだろ? 道中で倒した敵の素材は全部やるから』という言葉、そして、ナツキの『他の人の戦い方を見るのも、勉強になるかもしれません』という意見があったので、転移の回数を減らし、歩きでの移動を増やすことになった。
そんなわけで、かなりの頻度で戦闘が発生しているのだが、マークスさんは余程鬱憤が溜まっていたのか、たぶん出てくる敵の半分ぐらいは、彼一人で斃している。
そして今、ガンガンと壊しているのは、アイアン・ゴーレム。
そう、堅くて面倒くさいアレである。
使っているのは、戦槌――ではなく、彼が持ってきた剣である。
メアリが使っているバスタード・ソードよりも二回りほどは大きく、俺では振り回すことすら難しそうな武器。
それを見事に操り、反撃すら許さずにアイアン・ゴーレムを解体しているのだ。
そしてアイアン・ゴーレムがバラバラになり、動かなくなったところでマークスさんは動きを止め、とても良い笑顔で額の汗をぬぐう。
「ふぅ。やっぱ、たまには体を動かさないとダメだな!」
「凄いな……」
「そうね」
アイアン・ゴーレムの残骸を見て思わずつぶやいた俺に、ハルカも頷く。
インパクト・ハンマーを使って魔石を砕く方がスマートな斃し方だとは思うが、特殊な武器を使わずに斃しているのは、やはり凄い。
トーヤがエルダー・トレント対策に用意した属性鋼の戦斧を使って戦えば、似たようなことができるかもしれないが、マークスさんが使っているのは剣である。
おまけに、あの斃し方であればゴーレムの魔石も回収できる。
その労力に見合う価値があるかは少々疑問だし、真似をしようとも思わないが。
「トーヤお兄ちゃんより、かなり強いの」
「うっ……事実だけどよー。あれ、武器も違うだろ?」
ミーティアの悪気はないながらも痛い指摘に、トーヤが少し不満そうに口を曲げる。
「なぁ、マークスさん。その武器って何だ? アイアン・ゴーレムを容易く……とは言わねぇけど、武器を壊すことなく斃してるけど」
「おう、これか? 俺の一番の財産だぜ! ミスリルの剣だからな!」
「おぉ!? マジで? 初めて見た!」
嬉しそうにニヤリと笑いマークスさんが突き出した剣に、トーヤが目を近づけてコツコツと叩く。
俺にはよくわからないが、言われてみれば確かに、輝きが少し違うようにも見える。
逆に言えば、言われなければ、俺のような素人には判らないのだが。
いや、アイアン・ゴーレムをあれだけ攻撃して、刃こぼれしていない時点で普通の剣でないことは間違いないのだが、買おうと思っても買えないのがミスリルの剣。
元ランク八というのは伊達ではないのだろう。
「いいなぁ……オレも欲しいんだよなぁ」
「コイツは結構配合割合が高いからな、そうそう手に入る物じゃないぞ?」
ちなみにミスリルの剣とは言っても、普通に売られているのは純ミスリルではなく、ミスリル合金である。
純ミスリルの剣なんて、短剣サイズでも国家予算レベル……は言いすぎにしても、個人で買えるような物ではないだろう。
俺がハルカに贈った小さな指輪。
あれの半分はミスリルでできているが、その僅かなミスリルですらめっちゃ高かったんだから。
もっとも、ミスリル合金の剣にしても、『普通に売られている』のは相対的な話であって、金を出せば簡単に買えるって物ではないのだが。
特にトーヤが使っているような一般的なサイズの剣は、騎士や貴族にも人気がある分、手に入りづらい。
人気のない種類の武器なら、見つかりさえすれば剣よりも安く手に入るようだが、人気がない故に作られる数も少なく、遭遇できるかは完全に運である。
以前ガンツさんに見せてもらった、特殊な弓のようなキワモノであれば更に安いが、キワモノはキワモノ。使い道がないのであれば、何の意味もない。
現実的な入手方法としては、時間をかけてミスリルの欠片を買い集め、それを持って鍛冶屋に依頼することだろう。
「すげえだろ? 俺がこれを手に入れたのは、引退の数年前だからな。仲間には、無駄遣いはよせって言われたもんだが……ミスリルの剣は剣士の夢だからな!」
「やっぱそうだよな! 金貯めるしかないかぁ。結婚資金も必要なんだがなぁ」
「トーヤ、買うなら結婚前にしろよ? 結婚したら、嫁は絶対無駄遣いはやめろって言うからな?」
「おっと、マークスさん、それは経験談か?」
「まぁな。この剣も、何度売っぱらえって言われたか! 使う機会もないだろう、って。信じられねぇだろ?」
「それは酷いな! せっかく手に入れたのにな!」
何やら意気投合しているトーヤとマークスさん。
旦那の趣味を家族が理解してくれないという話は聞くが、そんな感じだろうか?
「……ハルカとしてはどう思う?」
「私? 私としては奥さんの気持ちも解るかな? 引退して使わないのなら、お金の方が使い勝手が良いし」
「そうか……」
マークスさんの持つ剣は武骨で芸術品とは言い難いし、使い道のない武器なんて、完全に趣味の品。
とはいえ、俺としては良い武器を持っていたいというマークスさんの気持ちも解るし、苦労して手に入れたという思い入れも加われば、なかなか売れるものではないだろう。
そんな俺の気持ちを察したのか、ハルカはニコリと微笑む。
「でも、こうやってたまには使うのなら、家計が余程苦しくなければ、売る必要はないと思うわよ?」
「そうか。そうだよな、うん」
なら安心。
俺に大した趣味はないけど。
「ナオくん、きっとマークスさんの奥さんも、結婚するまではそんなこと言わなかったと思いますよ?」
俺の後ろでそんなことをぼそりとつぶやき、「ふふふ」と笑いながらフェードアウトしていくナツキ。
「……ナツキ?」
そんな彼女の名前を、ハルカが低い声で呼ぶ。
「何が、言いたいのかしら?」
「いえいえ、私は可能性を提示してみただけの話ですよ? ……そう、可能性です」
「うん、うん、可能性だよね。でも、何か物事を決めるとき、多数決をするなら……二人じゃない方が良いと思わない? ねぇ、ナオ?」
ナツキとユキ、何やら意気投合した様子。
「え、俺? そ、そりゃ、二人で多数決は意味がないよな?」
意見が分かれないなら、決を採る必要もないし、意見が分かれたらフィフティ・フィフティ。二人では何も決まらない。
多数決以外の方法で決めなければいけないのだが……。
「うんうん、だよね? やっぱり、家庭内に味方は多い方が良いんじゃないかな?」
「ですよね。私、理解のある方だと思いますよ?」
「と言われてもなぁ……」
「ちょ、ちょっと、二人とも!」
などと、俺たちが話している後ろでは――。
「(なんだ、あいつら、そういう関係なのか?)」
「(そんな感じみたいだな)」
「(へぇ。まぁ、お前らぐらい稼いでいたら、それもありだよな。けど、あれはどうなんだ?)」
「(普通に、圧倒的多数になるだけだと思うけどな、オレは)」
「(だよな。女同士と男、どっちの味方をするかなんて、考えるまでもないだろ)」
「(当然だな)」
「(結婚して解ることもある。ふふふ、こちら側へようこそ、だな)」
背後でボソボソと、そんなことを言っていた男二人の会話は、俺の耳には入っていなかったのだった。
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