367 マークス無双 (2)
「ここが、ガーゴイルがいた場所か?」
「はい。今は……何もありませんが」
ハルカの言葉通り、そこには何もなかった。
俺たちが回収したのは水晶の大きな欠片だけで、細かい欠片や台座などはそのまま放置していたのだが、それらは既になくなっていた。
俺とユキの『
いずれもダンジョンの修復機能だろう。
「マークスさん、ガーゴイルは復活すると思うか?」
「お前らが持ち込んだ、あの水晶玉も含めてか? それは、たぶんないな。お前たちがここに潜っている限り」
「やっぱそうか」
他のボス同様、時々復活してくれるなら、ボロもうけだと思ったのだが、そう美味い話はないらしい。
まぁ、ダンジョンの仕組みを考えれば、当然といえば当然なのだが。
経験則から予測されているこの世界のダンジョンの仕組みを簡単に喩えるなら、『ポイントの割り振り制』みたいなものだろうか。
弱い魔物は必要ポイントが低く、ボスや水晶玉のような魔道具は高く。
そのポイントの回復量はある程度決まっていて、弱い魔物はすぐに復活するが、ボスなど、強ければ強いほど、なかなか復活しない。
そんな感じ。
ただし、長期間放置されていたダンジョンはポイントが余っているのか、ボスもすぐに復活したりする。
だが、魔物の上限なども決まっているのか、ずっと放置していてもダンジョン内の魔物が必要以上に増えて溢れ出てくる、なんてことにはならない。
なお、このポイント的な物が何かはいろんな議論があるのだが、一般的には『魔素』と考える人が多いようだ。
「二、三年放置するか、もしくは冒険者の出入りが多くなれば、水晶玉も復活するかもしれないが……そのつもりはないだろう?」
「ないですね。アレよりも、他の物が魅力的なので」
「文字通り、美味いダンジョンだもんな、ここって」
一部にアンデッドエリアもあるが、大半の階層では食える物が得られる上に、大半の物は美味い。
たかがガーゴイルと水晶玉のために、数年も我慢するのは勿体ない。
「他の冒険者への開放も、今のところは考えていません。正直、ここまで来られる冒険者を入れても、ダンジョンの回復という面では、逆効果だと思いますし」
「まぁ、そうだろうな。冒険者ギルドとしても、あえて弱い冒険者を送り込むことはできないしな」
先ほど、ダンジョンの仕組みをポイント制に喩えたが、冒険者が多く入るダンジョンは、ポイントの回復量が多くなる、と言われている。
だが、冒険者が多くなることでポイントの消費も増えるため、それが回復量と釣り合うかは、正直微妙だったりする。
弱い冒険者から強い冒険者、まんべんなく入ってくれるなら、若干回復量の方が多いと言われているが、このダンジョンの場合、低階層の魔物とダンジョン周辺の魔物を比べれば、明らかにダンジョン周辺の魔物の方が強い。
つまり、ここまで来てダンジョンに入れる冒険者は、強い冒険者だけ。
他の冒険者に開放したところで、回復が早まって良い物が得られるようになる可能性は低い。
もっとも、これらはすべて仮説なので、実際にやってみると違う結果になることも考えられるのだが、せっかく俺たちにとって都合の良いダンジョン、そんな賭けをする理由は、今のところ存在していなかった。
「ま、そのへんは好きにすりゃ良いさ。このダンジョンはお前らの物だ。冒険者ギルドとしては、要請されれば手伝う立場だからな」
「はい、そのときはお願いします」
軽く言ったマークスさんに、ハルカは笑顔で頷いた。
「ここがお前たちの言っていた、危険な森か」
「あぁ。気を抜くとガツンとやられるんだ、上から」
ガーゴイルの部屋を抜け、森エリア。
俺たちはその前に立ち止まり、マークスさんに森の説明をしていた。
「ちょうど……あの辺りにトレントがいるんだが……マークスさん、どうする?」
『危ないし、迂回して進むよな?』と、そのつもりで訊いたのだが、マークスさんの返答は違っていた。
「他の魔物は、シャドウ・マーゲイやシャドウ・バイパーだったか?」
「あぁ。あと、スタブ・バローズも出てきた。……他にいないとはいえないが」
結局、この森の中を移動したのは、俺とナツキがはぐれたときのみ。
前回はここを迂回して岩山沿いを移動したので、他の魔物が生息している危険性も十分にある。
だからこそ、迂回すべきじゃ、と思っている俺をよそに、マークスさんは平然と頷くと森へ向かって歩き出した。
「ふむ。まぁ、その程度なら問題ないだろ」
「あっ! マークスさん!?」
声を掛ける暇もあればこそ。
マークスさんは、俺が先ほど指さしたトレントにまっすぐに歩み寄った。
そうなれば必然、その頭上にはトレントの枝が振り下ろされたのだが――。
「ふんっ! せいっ!」
スバンッ! ズガンッ!
マークスさんはトレントの枝をあっさりと切り飛ばし、その勢いのまま剣を幹に叩きつける。
大きな音を響かせ、剣が半ば近くまでめり込んだかと思うと――。
ミシッ……バキバキバキッ!
「まぁ、こんな感じだ」
「「えぇ……?」」
「はぁ?」
「なんで?」
「凄いの……」
こちらを振り返り、平然というマークスさんに、俺たちが呆れたような声を漏らしたのも仕方ないだろう。
振り抜いたマークスさんの剣は、三〇センチほどはあるトレントの幹、それをあっさりと破壊して、斃してしまったのだから。
そう、破壊。
間違っても斬ってはいない。
断面を見ても、三分の一ほどは多少切れているのだが、残り三分の二は強引にへし折ったような感じ。
俺が使う『
素材の回収にかかる時間を考慮すれば、トータルでは大した差はないだろうが、その気になれば歩みを止めずに斃してしまえるわけで。
万が一、この森を走って逃げることになれば、マークスさんの能力はかなり有効だろう。
「一応、シャドウ・バイパーとかもいるんだが……」
「そのへんも問題ない。問題になるのは、方向だけだな。そっち方面に関しては、さっぱりだからな、俺は。迷うぞ、確実に」
全然自慢にならないことを、胸を張って主張するマークスさん。
だが、これでマッピングとかそのへんも完璧とか言われると、俺たちの立場がないのでちょっとホッとする。
「それはあたしの担当だから、なんとかなるよ。でも、敵は任せて大丈夫なのかな?」
「おう、任せろ。つーか、むしろやらせてくれ。俺の取り分は、多少の肉で良いからな!」
久しぶりの長期不在で機嫌が悪くなっているであろう奥さんに、お土産として持ち帰るらしい。
人によっては『亭主元気で留守が良い』とか言われたりするのに、マークスさん宅は夫婦仲が良いらしい。
尻に敷かれていても。
「でも、それなら他の素材も持ち帰って、売った方が良いんじゃ?」
「馬鹿野郎! ギルド職員が冒険者の上前をはねるようなことができるか!」
「そういうもんですか?」
「ギルド職員がその立場を利用しちゃ、マズいだろうが」
考えてみれば、今回の俺たちの仕事は“海の存在を確認に行くギルド職員の護衛”。
ギルドからの依頼なので、きちんと報酬も支払われる。
何故かマークスさんは前に出て戦っているが、本来のギルド職員は戦ったりしないわけで、そんな人が『一緒にいるんだから、斃した魔物の分け前をよこせ』と言うのは、確かにマズいだろう。
支部長であるマークスさんとしては、そんなおかしな前例となるようなことはできない、ということらしい。
それなら肉もマズいように思うが……まぁ、『お裾分け』の範囲か。
実際、ディオラさんには時々あげているし。
俺たちに損がないのなら、あえてどうこう言う必要もない。
「よっしゃ! それじゃ、ガンガン進むぜ!」
「あぁっ、ちょっと待って! 方向、ちゃんと考えないと!」
「おう! 方向、指示してくれよなっ!」
慌てて後を追いかけるユキを引き連れ、剣を掲げたマークスさんは、足取りも軽く森の中を進み始めたのだった。
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