365 海の価値とは (4)

「海で得られるのは、こんな物かしら? あまりお金になりそうにないのが、ちょっと残念だけど……」

「一応、苦汁にがりも得られますよ。これがあれば、お豆腐が作れますね」

「豆腐か。個人的にはそこまで食べたいってほどじゃないが……」

 冷や奴や湯豆腐は特別好きというほどでもないし、すき焼きや味噌汁の脇役というか。

 あったら嬉しいが、なくてもそこまで問題はない、そんな感じ。

 と、思ったのだが――。

「あら、ナオ。稲荷寿司、好きでしょ? あれもお豆腐がないと作れないわよ?」

「え? ……あぁ、油揚げか!」

 ハルカに指摘され、思い出す。

 そういえばあれも豆腐から作られるんだったよな。

 醤油もできているし、油揚げがあれば食べられるんだよな、稲荷寿司。

「うん、必要だな、豆腐。重要」

「見事な手のひら返しだな、オイ」

 トーヤから呆れたような視線を向けられたが、俺は気にしない。

 美味い食事は重要なのだ。

「他には豆腐ステーキとか、白和えとかにも使いますね」

「がんもとかにも使うし、さりげなく活躍するよね、お豆腐って」

「どちらにしろ、そこまでお金にならないのは変わらないけどね」

「食生活は充実するかもしれないけどなぁ……引退したら、飯屋をやるのもありか?」

 夫婦で切り盛りする、小さな食事処。

 普通なら飲食店の経営は、決して簡単な仕事ではないと思うが、このあたりでは手に入らない食材を使った料理が食べられるなら?

 これは結構安定して、死ぬまで続けられるお仕事じゃないだろうか?

 そうなると俺も料理ができた方が良いかもしれない。

 いや、味付けなどはハルカに任せて、俺は【解体】スキルを生かして、食材の切り分けなどに専念するのもありか?

「……ナオくんが何を想像しているのか、なんとなく判りますが、それは数十年後にしましょうね?」

「お、おう、そうだな……?」

 ふと気付けば、なんだか生暖かい視線が、俺に集まっていた。

 ――俺、思っていたこと、口に出してないよな?

「まぁ、食堂にしろ、酒蔵にしろ、将来の安定を考えるのは悪くねぇと思うが、今は冒険者だろ? もうちょい、冒険しようぜ?」

「冒険するための副業でもあるのよ? 酒蔵とかは。引き際を誤らないための」

「ですよね。お金に余裕がなければ、先の判らないダンジョンより、安定して稼げる同じ魔物を斃し続けた方が安心ですし」

「そう言われると、反論は難しいけどよー。まぁ、いいや。次は、支部長の護衛だよな? それが終わったらどうする?」

「それは、各自考えておきましょ。ダンジョン都市に顔を出してみるもよし、獣人が多いマーモント侯爵領やエルフが多いスライヴィーヤ伯爵領を訪ねてみるもよし、あそこのダンジョンをもっと探索するもよし」

「護衛が終わったら、そのときに改めて相談する、って感じか?」

「そうね。特別な理由がなければ、多数決で良いんじゃないかしら。そのときのプロモーション次第?」

「なるほど。こりゃ、色々調べてみねぇとな」

 トーヤがそう言って立ち上がり、本棚の方へ向かう。

 余所に行くことで発生するトラブルや危険性、それを上回るメリットを示せるか、行きたい気分にさせられるか、そのあたりが鍵か。

 トーヤはなんだかやる気になってる風だが、俺としては……マーモント侯爵領は少し気になるか?

 侯爵本人がクレヴィリーまで来ていたことを考えれば、道中もそこまで危険じゃないだろうし、観光として訪れるのもありかもしれない。

 スライヴィーヤ伯爵領までエルフを見に行くのも良いが、目の前に可愛いエルフ、いるしな。

 エルフ的常識を持たない俺たちが行くと、何かトラブルとか引き寄せそう、というのもある。

 他にも面白い場所があるかもしれないし、俺もちょっと調べてみようか?


    ◇    ◇    ◇


 支部長が長期間――場合によっては数週間に亘って不在になるのは、それなりに大事だったようで、ディオラさんから予定日の連絡が来たのは、一週間ほど後のことだった。

 それまでの間、俺は、トーヤとトミー、それにミーティアを誘ってノーリア川まで魚釣りに行ったり、アエラさんの所に醤油と味噌を使った試作料理を食べに行ったり、春めいてきた気候に誘われ、ハルカと共にデートに行ってみたりと、なかなか有意義に休暇を過ごしていた。

 まぁ、デートといってもこの世界、町中で遊べる場所なんてないので、弁当を持ってピクニックという、とても健康的な物になったのだが。

 他のメンバーもそれぞれ自由に過ごしていたが、あえて成果を挙げるとするなら、トーヤだろうか。

 以前言っていた、ビリヤード。

 あれを完成させてウチに設置したのだ。

 厳密に言うなら、テーブルはきっちりと水平なのかとか、玉の重心に偏りや重さの違いはないのかとか、ケチを付けるなら付けられるだろうが、目的は遊ぶこと。

 競技をするわけでもないので、まったく問題はない。

 もちろん実際に作業したのは職人で、トーヤは監修しただけなのだが、資金を出したのはトーヤなので、彼が『作った』といっても、間違いではないだろう。

 こんなことをしているから金がないのだと思うが、完成したビリヤードは、俺たちはもちろん、メアリやミーティア、時に遊びに来るトミーにも人気で、結局、トーヤが負担した開発費は、俺たち全員でカンパすることになった。

 そして、ディオラさんから連絡があって更に一週間ほど、俺たちは支部長のマークスさんと共にダンジョンに向かうことになったのだった。


「久しぶりだな、“明鏡止水”。これまで礼を言う機会もなかったが、活躍してくれて、俺としても助かっている」

 ギルドで待っていた俺たちの前に現れたのは、年季の入った、しかしそれでいて丁寧に手入れがされている革鎧を身に着けたマークスさんだった。

 年齢的には五〇近くに見えるが、鍛えられて盛り上がった筋肉に衰えは見えず、現役冒険者と言われてもまったく違和感はない。

 背負ったバックパックに大きな剣が結びつけられ、盾は持っていないところを見ると、戦い方としてはメアリに近いのだろうか。

「いえ、俺たちは好きに活動しているだけですから」

「だとしてもだよ。高ランクが町に住んでいるだけでも意味があるんだ。このバックパックもお前らの功績だろう? これのおかげで、多少だがオーク狩りに行く奴らも出てきたからな。支部長としては感謝してもしたりないぐらいだ」

 俺たちが持ち込む物だけでも大きな利益を上げているが、バックパックの売買や、それに伴う他の冒険者の収益性アップも加わり、去年、ラファンの冒険者ギルドは、マークスさんが支部長になって以来の最高益を達成したらしい。

「それに加えて、今回のことだろう? 俺としては、久しぶりに冒険に出ることができて、万々歳だな!」

「支部長、あまり調子に乗って、ハルカさんたちに迷惑を掛けないでくださいね?」

 はっはっは、と嬉しそうに笑っていたマークスさんだったが、後ろから近づいてきたディオラさんに声を掛けられ、肩をビクリと震わせる。

「お、おぅ。だが、本当に久しぶりなんだ。少しぐらい戦っても良いだろう?」

「そのあたりは、護衛であるハルカさんたちと相談なさってください。現場を離れて長いことは、忘れないようにしてくださいよ?」

「心配するな。衰えないように訓練は欠かしてないからな!」

「それでも、です。後からハルカさんに訊きますからね? 場合によっては奥さんに報告します」

「わ、解ってる! 大丈夫だ! だから、なぁ、解るだろ、ディオラ?」

「迷惑を掛けなければ、問題ありませんよ?」

「くっ……自重する」

 本当に悔しそうに言葉を漏らすマークスさん……恐妻家か。

 それを見てディオラさんは満足そうにうなずき、俺たちの方に視線を向けた。

「まぁ、支部長はこんな感じですが、それなりに強いので護衛の方はあまり気にしなくて構いません。皆さんは普段通りに進んで、戦闘をちょっと手伝ってくれる人がいる、ぐらいな感じで」

「おう、そんな感じで頼むわ。あぁ、それから、言葉遣いは気にしなくて良いぞ? しばらくの間、共に行動するんだ。戦いの最中とか、丁寧な言葉なんぞ、邪魔なだけだからな」

「解りました。ところで、マークスさんはランク八だったんですよね? ソロで冒険に行ったりはしなかったんですか?」

「支部長としての仕事があることも理由だが、ランク八といっても、パーティーを組んでのことだからな。一部の特殊な奴らを除けば、ソロでなんとかなるのは、日帰りが可能な範囲だけだぞ? 寝るのも難しいからな」

 ペアなら交代で見張りをすることもできるが、一人ではそれも不可能。

 魔物があまり出ない街道を旅するならともかく、マークスさんが満足するような魔物に遭遇しようと思えば、森の奥まで行かなければダメなわけで。

 結果的に、戦う機会がなくて欲求不満らしい。

「その代わり、ギルド主催でのオーク退治では張り切ってましたよね」

「暴れられる滅多にない機会だからな! その点だけは、お前たちが来て残念だった点だな」

 オークが街道に溢れるようになると行われる、ギルド主催でのオーク退治。

 あれにはマークスさんやディオラさんも参加して、作業に当たるらしい。

 ただ今回は、俺たちが先回りしてオークの巣をつぶしてしまったので、その機会はなし。

 今後に関しても、バックパックが普及することでオーク退治に向かう冒険者が増えれば、オークが溢れることはなくなり、ギルド主催でオーク退治をすることもなくなりそう、という感じらしい。

「それは……すみません?」

「いや、さすがに俺も、趣味よりは仕事を優先するからな。気にする必要はまったくない」

「そうです。給料も上がってますからね、ハルカさんたちが来て」

「つまり嫁の機嫌も良い。トータルで見れば、圧倒的にプラスだ。そもそもオーク程度じゃ、歯応えもないしなぁ」

 ギルド職員の給与って歩合制だったのか。

 いや、ボーナスなのか?

 どちらにしても、俺たちの行動が役に立っているのなら、少し嬉しい。

「(ま、そんなわけですので、支部長には適当にストレス発散させてあげてください。邪魔にならない範囲で構いませんから)」

「(解りました)」

 苦笑を浮かべつつ、マークスさんには聞こえないよう、コッソリと囁くディオラさんに俺は頷くと、どこかそわそわとギルドの外に視線を向けているマークスさんに声を掛けた。

「それじゃ、出発しましょうか」

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