364 海の価値とは (3)
「あ、でも、ヨットで太平洋横断とかあるよね? そう考えたら……」
ユキがふと思いついたようにそんなことを言ったが、トーヤはすぐに首を振る。
「あれは最新の技術を使った船だからだろ。何メートルもの波が襲ってくるんだぞ? 手こぎボートみたいなので行ったら、一瞬で転覆だな。そもそもそんなヨットでも、鯨にでもぶつかったら沈むし」
「まぁ、それは俺でも想像できるな。安定性に関しては、アウトリガーを使うとか、双胴船にするとか方法はあるかもしれないが、魔物はなぁ……」
水中の敵が相手では使える魔法も限られるし、かなり厳しいだろう。
「解っちゃいたが、せっかくの海なのに、海水浴もできねぇのかぁ」
「別に川で良くない? 去年はノーリア川で遊んだじゃん」
「水遊びなら別に川で良いけどさ、ほとんど泳げねぇじゃん。あそこの川だと」
「上流だったからな。サールスタットあたりならかなり川幅も広がっていたが……」
川港があるほどに水深と川幅があり、比較的流れも緩やか、広めの河岸もあったので、ある意味ではとても川のレジャーに向いている場所なのだが……。
「いや、さすがにそれはなしだよ」
「だよな」
真面目な顔でユキに否定され、俺もすぐに頷く。
川で遊ぶのが普通のことであるならともかく、少なくとも俺たちは、サールスタットの川で遊ぶ人など一度も見たことがない。
真面目に港で働く人たちや、川で漁をする人の横で、暢気にバシャバシャと遊んでいたら――絶対怒られる。
イメージ的に、その辺の人たちって荒っぽそうだから。
「ついでに言えば、あまり他人に水着姿を見せたくはないわね。こちらは、安全とは言いがたいから」
「いや、ハルカたちなら普通に返り討ちだろ、多少悪質なナンパがいたとしても」
「それでも、よ。逆に、加減がわかりにくいじゃない。悪質なナンパなのか、強盗なのか。相手がどこまでやってくるのか。こちらはどれくらいのレベルで反撃すれば良いのか」
「そうですね。難しいですよね」
ハルカの言葉に、深く頷くのはナツキ。
だが、難しいというのは俺も理解できる。
こちらでは『相手が強盗ならぶっ殺せ』が常識。
特に町の外であれば、怪しい行動をした時点で殺されても文句は言えないし、それぐらいの警戒をするべきなのだ。
どちらにしても、なかなかに面倒くさい。
それを考えれば、ハルカの他人がいるところで泳いだりしたくない、というのは、当然の思いだろう。
「ダンジョン内なら、特に“避暑のダンジョン”なら、確かに人は来ないが……」
「泳げるかは、調べてみないとなんとも言えませんね。海岸付近ならそんなに危険がないこともあるようですから」
「海岸の形状としては、海水浴に良さそうだったよね」
「湾になっていたからな」
あのとき、正面に広がっていたのはかなり広い湾。
そこの波は穏やかで、海岸はゴミ一つ落ちていない綺麗な砂浜。
プライベートビーチとしては、最高のロケーションである。
――魔物さえいなければ。
「海の魔物と陸の魔物。一筋縄ではいかないかもしれないが、調べてみる価値はあるな」
「それも夏になってからでしょ。あそこが同じように暑くなるとは限らないんだから」
「……そっちの問題もあったか」
俺たちが避暑のダンジョンと名付けたように、少なくとも二〇層までは外の気温と関係なく、比較的過ごしやすい、涼しいぐらいの一定温度に保たれていた。
二一層に入って少し寒くなったようにも感じたが、この温度も季節に関係なく一定なのか。
もしそうなら、海で泳ぐことなど夢である。どう考えても寒すぎだ。
「そうなると、あのダンジョンの探索はあそこで終わり、ということになるんでしょうか?」
確認するように訊くメアリの言葉に、俺たちは沈黙してしばらく考え込んだ。
これまでであれば、宝箱や転移陣がある場所に次の階層への階段があった。
だが、ガーゴイルの所には、それがなかった。
次のボスと思われるエルダー・トレントに関しては、階段はおろか、宝箱や転移陣すらなし。
パターンから外れているだけに、判断が難しい。
「……どうだろうなぁ? 二一層に関して言えば、今のところ二〇層までのような、物理的な障壁は存在してねぇよな?」
「自然障壁はありますけどね。頑張れば、岩山を超えたり、滝の上に行ったりすることも不可能ではないかもしれませんね」
「先に進むということなら、海岸沿いがまだ歩けそうだったよ?」
トーヤの言う物理的障壁とは、二〇層までにあった、見えるのに先に進めない透明な壁のことだろう。
海岸沿いを進んだり、海をずっと進んだりすると存在するのかもしれないが、今のところは遭遇していない。
その代わりに急峻な自然障壁があるわけだが、こちらに関しては攻略も不可能ではないだろう。
本当に命懸けにはなりそうだが。
「二一層もすべての場所を調べたわけじゃないから、二二層へと続く階段がどこかにある可能性もあるわよね」
「山の上と、川向こうは手つかずだよな」
考えてみれば、俺たちが探索したのはごく一部。
二〇層から降りてきた対岸にも岩山はあったし、探せばあの巨大な滝の方へ向かう道がどこかにあるのかもしれない。
滝の裏にダンジョンが! とか、ありそうなシチュエーションでもある。
そこまで無理をする必要があるかは、別問題。稼ぎという面では、二一層までで十分に得られる。それ以外に先に進む意味があるのなら、頑張る価値もあるが……。
「海か。何かメリットあるか? ディオラさんが言っていた、塩が取れること以外に」
「やはり、海産物でしょうね。この町では、簡単には貝類が手に入りませんし」
「貝……アサリやハマグリみたいな砂浜にいる貝、牡蠣のような岩に付く貝ならともかく、水中は少し怖いな」
アワビやサザエ、あとはウニとか、少し高級そうな海産物。
あんまり食べる機会もなかったし、捕れるなら捕りたいところ。
「そのあたりは、海の魔物をよく調べてから、よね。そもそも、ダンジョンの海に魔物以外の生物が存在するのか、判らないじゃない?」
「あー、それはあるよね。魔物しか生息していないかも?」
「よく解んないけど、美味しければ問題ないの」
「なるほど、正論ではあるな」
「食えりゃ問題ねぇか」
そもそもウニや牡蠣を狙うにしても、元の世界と同じ物がいるはずもなく、似た生物を探すだけのこと。
それに魔石があるかどうかなんて、些細な問題とも言える。
まぁ、曲がりなりも魔物であれば、捕まえるのに苦労と危険が伴いそうではある。
「それじゃ、魚釣りをしても、釣れるのは魔物だけなのかな?」
「その可能性はあるわね。フライング・ガーは美味しかったから、それはそれでかまわないけど、怪我には気を付けないとね」
「あー、それじゃ、安易にトミーを連れて行くわけにもいかねぇか」
「フライング・ガー並みの魔物がいたら、一撃死という危険性もあるからなぁ」
トーヤは少し残念そうだが、トミーの安全性を考えるなら、プレート・メイルでガチガチに固めておかないと不安かもしれない。
そして、魚釣りが趣味と言っていたトミーだって、さすがにその状態で釣りに行きたいとは言わないだろう。
ライフジャケットならぬ、デスジャケット。
足を滑らせたら、確実に死ぬ。
「う~ん、お刺身はやっぱり無理かな? お醤油もできたし、久しぶりに食べたいなぁ、とか思ったんだけど」
「新鮮なら、と言いたいところだけど、寄生虫の問題はどうしても出てくるわよね。一度凍らせれば、大丈夫だと思うけど……」
一時期、アニサキスが問題になったが、寄生虫対策の一番簡単な方法は、一度冷凍してしまうことらしい。
つまり、寄生虫を凍死させてしまうのだ。
味は落ちるかもしれないが、苦しむよりはマシだろう。
「魔物の体内に寄生虫がいるのかとか、それで本当に寄生虫が死ぬのかとか、鰻のように、加熱することで消える毒が含まれていないかとか、色々疑問点はありますが……試してみますか?」
「……トーヤ、お願い♪」
にっこりと笑って両手を合わせるユキに、トーヤは複雑そうな表情を浮かべる。
「オレかぁ? いや、オレも刺身は食いたいし、いろんな意味でオレが最適なのは解るけどよー」
スキル面で一番頑丈ということであれば、ナツキなのだが、ナツキは回復要員。
ハルカがいるとはいえ、バックアップはあった方が安心である。
それに毒があっても、病気になっても、魔法で対処できるのだから、試食実験という面で見れば、こちらの世界の方が安心感はある――かもしれない。
俺はやりたいとは思わないが。
「……いや、待てよ? 試すべきはむしろユキじゃないか? トーヤが大丈夫でも、他のやつが無事とは限らないだろ?」
一番頑丈だからこそ、問題があってもそれが顕在化しないことも考えられる。
それを思えば、一番弱いユキが試す方が理にかなっている。
もちろん、本当に一番弱いのはミーティアだろうが、さすがにミーティアにやらせるのはなしだろう。
そんなことを俺が説明すると、ユキも納得したように頷く。
「そう言われれば、そうだね? ……うん、でも、まずは動物実験からだね。ネズミを探そう!」
自分が食べるとなると、安全策を提案するユキ。さすがである。
「けど、普通のネズミは頑丈そうに思えるが……やらないよりはマシか」
腐っている物とか食べてそうだし。
まぁ本当は、よく判らない物は食べないのが一番なんだけどな。
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