363 海の価値とは (2)

「それだとどうするの? 他の町から呼ぶの?」

「それもありですが、もう一つの方法としては、冒険者を護衛として、ギルド職員が行くか、ですね」

「ギルド職員……」

 ディオラさんの言葉にギルド内を見回すが、はっきり言って、ここにいる職員の数は少ない。

 倉庫にいるおじさんや、表に出ていない職員も少しはいるのだろうが……。

「危険じゃないですか?」

「ついでに言えば、その護衛って、私たちよね? 素人を連れて行くのは怖いんだけど?」

「だよな。俺たち、護衛はあまり得意じゃない――といえるほどにも、経験がないし」

 二一層まで護衛できるような高ランクの冒険者がいるのなら、そもそもギルド職員が行く必要もない。

 戦闘力はあるが、素行が悪くて低ランクって冒険者なら別かもしれないが、そんな人物を護衛にするとか、ちょっとあり得ないだろうし、俺たちもそんな冒険者がダンジョンに入るのは許容できない。

「そこなんですよね。私でも良いんですが、ハルカさんたちの話を訊く限り、さすがに二一層までは厳しそうですし」

「つまりディオラさんは、ある程度戦えるんですか?」

「えぇ、本当に『ある程度』ですが。お金持ちではありませんが、それでも平民よりは裕福でしたから」

 簡単に言えば、身体を鍛えるだけの時間が取れた、そういうことらしい。

 町の外に出れば即危険があるこの世界、余裕があるなら身体を鍛えておくに越したことはないのだ。命に関わるので。

「ですので、ここは支部長に頼むしかないでしょうね」

「支部長というと……一度だけあったことがありますね。マークスさんでしたでしょうか?」

「良く覚えておられますね。そうです、マークスです」

 さすがナツキ。

 一年ぐらい前に一度会っただけなのに。

 俺が覚えていることなんか、支部長の頭の毛が少し後退していたことと、それなりに鍛えられた肉体を持っていたことぐらい。

 正直に言って、顔すらあやふやである。

「あたしたちとはあんまり関わることがないけど、凄い人なの?」

「彼は元ランク八の冒険者です。二一層であっても、十分について行けるでしょう」

「八!? それって、滅多にいないレベルの冒険者だよね?」

「ランク、イコール強さではないですが、かなり強かったのは間違いないようですよ? 引退して何年も経っていますから、今、どれだけ動けるのかは不明ですが」

「なんで、そんな人がこんな場所で支部長を……?」

「いえ、冒険者がギルドで役職を得ようと思うと、そのぐらいのランクは必要なので、そこはそれほど不思議じゃないんですよ?」

「あ、そうなんですか」

 冒険者として有能であることと、ギルドの仕事ができることとは別問題。

 高ランクであれば引退後にギルドの職員として採用される、というほどには単純ではないらしい。

 もっとも、ギルドからの信頼がなければ高ランクにはなれないし、高ランクであれば冒険に関する知識・経験も豊富であるため、就職しやすいことは間違いないようだが。

「でもさ、ランク八だったなら、働く必要とかないんじゃね? 普通に考えて」

 今の俺たちのランクが六。

 それでも当面の生活に不安がないほどには、十分に稼げている。

 ランク八ともなれば、余計にだっただろう。

「トーヤさん、冒険者が全員、皆さんのように計画性があるわけじゃないんですよ?」

「……あぁ、宵越しの金は持ちゃしねぇ、とか?」

「そういう人も多いですね。もっとも、支部長はきちんと貯めていて、それなりにお金もあるようですが……家庭も持っていますからね。お金があるから遊んでいる、なんて、色々とダメでしょう?」

「「「あぁ……」」」

 思わず納得の声を漏らす俺たち。

 奥さんだけならまだしも、子供とかいたらちょっとアレである。

 そう考えると、あまり稼ぎは良くなくても、引退した冒険者でもできる、安全な仕事というのは必要かもしれない。俺の今後の人生にも。

 子供に『お父さんはいつも遊んでる』とか思われたら、ショックだし?

「取りあえず、支部長に相談して予定を確認、改めてハルカさんたちに護衛依頼を出したいと思いますが、請けて頂けますか?」

「それはもちろん……良いわよね?」

「あぁ、良いんじゃないか? 逆に、勝手に入られるのも困るし」

「勝手に入ることはしませんので、ご安心ください。別の方に護衛を依頼するとしても、当然、皆さんの許可が得られなければ、入ることはできませんから」

「なら、安心ね。じゃあ、細かいことが決まったら、連絡してくれるかしら?」

「はい。遅くとも数週間のうちには決まると思いますので、しばらくはあまり遠出をされず、お待ち頂けますと、助かります」


    ◇    ◇    ◇


「まさか、海があるとは、ちょっと驚いたわよね」

「海って、初めて見たの。すっごく、大きかったの!」

 ギルドから戻って、のんびりと居間でくつろぐ俺たちは、改めてダンジョンで見た海について話し合っていた。

 ミーティアはその言葉通り、初めて海という物に触れたようで、興奮したように手を広げ、ジャンプ。何やら海の大きさを表現しているらしい。

 メアリもそれは同じなのだろうが、姉としての矜持か、おとなしく座っている――のだが、微妙にそわそわと尻尾が揺れているあたり、海を思い出しているのだろう。

 対して俺たちは、この世界ではないものの、当然に海を見たことがあるため、興奮というよりも驚きと不思議さの方が勝っている。

「海が存在するダンジョンがある、とは書かれていましたが……」

「うん。まさか、あそこにあるとはねー」

 ごく稀に海のあるダンジョンが存在している、というのは、俺たちの持つダンジョンに関する書籍に記載があった。

 その『ごく稀』がどの程度の確率なのかは書いていないが、ディオラさんも『この国にはない』と言っていたので、かなり珍しいことは間違いないのだろう。

 もっとも、ダンジョン自体がそう多く存在しないのだから、統計的に出現頻度を算出するには少々サンプル数が少ないだろうし、仮に確率を出したところで、正確な情報がどれだけ公開されているかすら不明なのだから、あまり当てにならないような気もする。

「ちなみに、海がある階層って、どうやって先に進むんだ? まさか、泳いで進むってわけじゃねぇよな?」

「さすがにそれはない……と思いたいわね。今持っている本に書いてある範囲で言えば、それ以上先に行った記録はないみたいだけど」

「正確に言うなら、先に行った後、『帰還した記録がない』ですね。船でこぎ出したり、水中に潜ったりした冒険者はいたようですが……」

「魔物がいるからねー」

 この世界の海には、当たり前のように魔物が存在する。

 その強さはピンキリで、普通の魚と大差ないレベルから、船すら沈める脅威まで。

 元の世界でもサメとか、刺されただけで死ぬ有毒生物とかいるし、単体での危険度はそこまで差がないかもしれないが、違いは攻撃性の高さと巨大な魔物の存在か。

 ただ、そんな船を沈めうる魔物の分布には偏りがあるようで、濃度が薄い場所では沿岸での漁も普通に行われている。

 逆に濃度が濃い場所では、大型で丈夫な船が必須。

 それでも遠洋に出てしまうと、遭難する頻度は高いというのだから、この海の危険度は、元の世界の比ではないだろう。

 もっとも、木造船しかなかった時代の遭難率なんて俺は知らないので、その頃と比較すれば大差ないのかもしれないが。

「先に進んでみたいが、大型船は持ち込めないよなぁ」

「さすがに船は……無理でしょ。建物ならまだしも」

「DIYでどうにかなる範囲を超えてますよね」

 シモンさんにプレハブ的な小屋でも発注して、ダンジョン前で組み立ててみようか、と話している俺たちではあるが、さすがに大型船を分解して組み立てるのが無謀なのは、理解できる。

 小屋程度なら仮に倒壊して下敷きになったとしても、今の俺たちであれば、たぶん大丈夫。

 だが、海は無理。

 沈んだら死ぬ。当たり前だが。

「う~ん、マジックバッグに入るような小舟だと、危なすぎだよね」

「無理、絶対。外洋の波、洒落にならねぇぞ?」

 確認するように言うユキに、とんでもないとトーヤが首を振る。

「そうなの? いや、危ないのは想像できるけど、よく考えたらあたし、あんまり船に乗ったことないや」

「まぁ、最近は、あんまり機会がないよなぁ。大型船でも、荒れてるときはかなり……スゴイ」

 乗ったことがあるのだろう、かなりマジな調子で言うトーヤ。

 昔ならいざ知らず、最近の遠距離移動手段といえば、飛行機か新幹線。

 船に乗る機会なんてほとんどないし、日本で外洋を航行する船なんて、かなり少ないと思うが……小笠原諸島にでも行ったのだろうか?

 地味に旅行してるよな、トーヤって。木賃宿とかも経験してたみたいだし。

 まぁ、ダンジョン内の海をというべきなのかは、議論の余地があるかもしれないが、ダンジョンにある海が普通の海より安全と考えるのは、楽観的にすぎるだろう。


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どうぞよろしくお願いいたします。


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