344 成果 (4)

「ご存じないですか? この石の内部に宝石ができているタイプの石なんですが」

「……あぁ、晶洞石ですか。なるほど、それならこの外観も……」

 ナツキは何か思い当たったようで、納得したように頷いたが、俺にはさっぱりである。

「その、晶洞石ってなんだ?」

「えっと……イメージしやすいのはアメシストでしょうか? ほら、観光地に行くとお土産物屋さんに……」

「おぉ! あれか! あれの切る前の物か!」

 理解できていなかったのはトーヤも同じだったようで、ナツキの説明に、ふんふんと激しく頷く。

 確かにあれの外側は、見た感じ、ただの石である。

 なのに中は綺麗。とても不思議。

 あれがこれか。確かにそれは割ってみたい。

 いや、むしろスッパリと切ってみたい。

 そして俺にはその手段がある。

 そう、『空間分断プレーン・シフト』である。

「なぁ、ハルカ――」

「ダメ」

「はい」

 ダメらしい。

 あくまでプロに任せろと。

 そう言われてしまえば否定もできない。

「どうします? これらはギルドに売りますか? 売っていただけるならギルドとしては嬉しいですが、お値段の方はお店に持ち込んだ方が高くなると思いますよ?」

「良いんですか? それでも」

「はい。冒険者の方たちを支援するのも、私たちの仕事ですから。この町でおすすめのお店はですね――」

 そう言って、ディオラさんが教えてくれたお店は――。

「あっ。あたし、そのお店、知ってる」

「……奇遇だな。俺も知ってるな」

「そうなの? 宝石には縁のなさそうなナオが?」

「ああ、だって……、買ったところだからな」

 チラリと俺が視線を向けたのはハルカの指。

 今は手袋をしているので見えないが、その下にはたぶん、指輪があるはず。

 そんな俺の視線の意味はハルカもすぐにわかったようで、照れたように口元をもにょもにょさせながら、視線を逸らす。

「そ、そう。うん、そのお店なのね」

「ご存じでしたか。あそこであれば、きちんと鑑定してもらえますし、宝石にするにも、アクセサリーにするにも信頼ができます。手間をかけるなら、ピニングに行く方法もありますが……」

「ピニングの方が高く売れるとか、技術的に優れているとかはあるのでしょうか?」

「変わらないでしょうね。王都まで足を伸ばせば別ですけど。今すぐ宝石が必要なければ、粗加工だけしてもらって、その状態で持っておく方法もあります。そのあたりは相談してみると良いんじゃないでしょうか?」

 なるほど。それもそうだな。

 別に俺たち、アクセサリーが必要なわけじゃないし……女性陣の様子を見るに、まったく作らないってわけにはいかないかもしれないが。

「ありがとう、ディオラさん。早速行ってみるわ」

「はい。――って、ちょっと待ってください」

 やはりハルカたちも楽しみなのか、手早く机の上の原石を回収して立ち上がろうとした俺たちを、ディオラさんが少し慌てたように引き留める。

「何かしら? アイアン・ゴーレムはきちんと倉庫に置いていくつもりだけど……」

「えぇ、そちらはお願いします。でも、それじゃありません。ハルカさんたちの冒険者ランクのことです」

「冒険者ランク……そういえば、そんな物もあったわね」

 ディオラさんに言われ、ハルカは『あっ』とでもいうように口元に手を当て、頷きつつもとぼけた反応を返す。

 そしてそれはハルカ以外の俺たちも同様。

 前回ランクアップしたのは……いつだったか。

 半年ぐらい前、ダールズ・ベアーを倒した時だったと思うから、春頃だったか?

 あまり気にしていなかったので、よく覚えていない。

 そんな俺たちに、ディオラさんは少し疲れたようにため息をつく。

「忘れないでくださいよ……。ランクを上げることに汲々としている冒険者も多いんですよ?」

「えー、だって、この町にいると、ランクを意識することってないし?」

「掲示板を見ても、高ランク限定の依頼なんてないし」

「ですよね。高ランクだからと言って恩恵も――あ、鑑定料金が安いんでしたね。それは恩恵ですね」

「『高ランクすげぇ!』って言われることもないしなぁ」

「実感、ないよな? そもそも俺たちって、強いの?」

 とても素直な俺たちの感想に、ディオラさんは「うぐっ」と言葉に詰まる。

「……否定できないことばかり言わないでくださいよ。仕方ないじゃないですか。田舎なんですから。そしてナオさん、ナオさんたちは平均的な冒険者より、だいぶ強いです」

「そうなのか……?」

 もちろん、こちらに来た頃よりは強くなったと実感があるし、この辺りで木こりの護衛をしている冒険者よりは上だと思っている。

 でも、イリアス様を護衛していたときに襲ってきた、盗賊もどきの兵士には勝ちきれなかった。

 ここレーニアム王国でも、国軍兵士はネーナス子爵の領兵とは比較にならないほど精強だと聞いたし……。

 ディオラさんに評価されても、懐疑的になってしまう。

 そしてそれはハルカも同じだったようで――。

「平均、ね。それって、日雇いの仕事を請けている冒険者も含まれてるんじゃないの?」

「いえいえ、さすがにまったく戦闘をしない人は省いて、ですよ」

「じゃあ、冒険者の中で一番強い人を一〇〇、一番弱い人を一としたら、どのあたり?」

「………………三、いえ、二五、ぐらい、かも?」

「全然強くないじゃん!」

 結構な時間悩んで出したディオラさんの答えに、俺は思わずツッコミを入れる。

「いや、仕方ないんですって! トップレベルは本当にとんでもないですから! だからこそのランク評価制度でもあるんです。単純に強さで並べてランク付けしたら、みんな一とか二になってしまいますから」

「う~ん、それは確かに、やる気が起きないね」

「ですよね? 強くなくても上がる、それが嬉しいランク制度。メアリさんとミーティアちゃんは、ランクが上がると嬉しいですよね?」

 俺たちじゃダメだと思ったのか、メアリたちに聞くディオラさんだったが――。

「んー? よく解んないの」

「ハルカさんたちと一緒にパーティーを組んでいると、私たちもあまりランクを意識することが……」

「くっ。稼げる冒険者は違いますね、やはり。ランクが上がると依頼主の払う報酬額も増えますから、普通は重要なんですよ? お金がない冒険者には」

 冒険者ランクは戦闘力に加えて、冒険者ギルドからの信頼度も表している。

 そのため、護衛依頼を受けるには最低でもランク三、多くの場合は四以上が必要になるし、ランクが上がれば上がるだけ、護衛の際にもらえる報酬も増える。

 つまり、そのあたりの仕事をメインに行っている冒険者であれば、ランクが一上がるかどうかは、収入に大きく関わってくるのだ。

 ――護衛依頼なんてほぼ受けない俺たちには、まったく関係のない話であるが。

「まぁ、良いです。さすがに皆さんがランク五のままではそろそろマズそうなので、六に上げることにします」

「マズいんだ?」

「えぇ、少々。相変わらずギルドの仕事は請けておられませんが、あれだけダンジョンに潜って成果を出している上に、問題も起こしていない。ギルドにもたらしている恩恵を考えると」

 そのあたりはやはり、バランスというものがあるらしい。

 でも、よく考えたら、高ランクの冒険者なら、貴族相手でもある程度は対抗できるって話は聞いたことがあるな。

 ダイアス男爵の結婚式では、ハルカにちょっかいをかけてきた貴族がいたことだし、ネーナス子爵によるブロックがあるとはいえ、自分たちでも対抗できるようになるのは悪くないんじゃないだろうか?

 今更、貴族に目をつけられないように、ひっそりと暮らす、なんて無理そうな話だし、自衛の手段は多いに越したことはない。

「ちなみにディオラさん、もっとランクを上げるにはどうすれば良いんですか?」

「あれ? ナオさん、興味が出てきました?」

「えぇ、実は先日、イリアス様の護衛依頼で行った結婚式で、ハルカに手を出そうとした貴族がいたので。対抗できるようになれたら良いかと」

「ほほう。愛されていますね、ハルカさん」

 ニヨニヨと笑みを浮かべつつ、ディオラさんから少し揶揄からかうような視線を向けられたハルカだったが、ハルカは一枚上手だった。

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