343 成果 (3)

「あの、ディオラさん? あのダンジョン、一応、俺たちの個人所有なんですが……」

 俺のその言葉に、ディオラさんはパッと顔を上げ、『くっ』と唸った。

「そうでした! いえ、でも、鉄が出るなら――あ、だめですね。すでに王都に登録されていましたね。これはさすがに覆せません」

 アイアン・ゴーレムから得られる鉄の量は、鉄鉱石などとは比較にならない。

 その上、精錬する必要すらなく、熔かすだけで使えるのだから、アイアン・ゴーレムの出てくるダンジョンの価値は、大きく跳ね上がるらしい。

 歴史上、鉄が重要だったとは知っていたが、この世界でもそれは同様だったようだ。

 もし俺たちのダンジョンの所有権が、ネーナス子爵によって認められているだけであれば、『やっぱ、あれなし』と言われることすら考えられるほどに。

 だが今回は、すでに所有権の移転が王都に登録されている。

 これを覆すためには、王が裁可を下さなければ不可能であるらしい。

「ちなみに、それはあり得ることかしら? 戦略物資なのよね?」

 ハルカの問いにディオラさんはしばらく考え込んだが、やがて難しそうな表情で首を振る。

「……現状ではない、と思います。“避暑のダンジョン”はそこまで条件が良いわけではありません。ハルカさんたちのような特殊な冒険者が採掘するか、新たに転移装置を設置して行き来を可能にするか、どちらかが必要ですから」

 うん、鉄は重いもんな。

 帰りだけはボス部屋を越えた先にある転移装置で戻れるが、倒したアイアン・ゴーレムをあそこまで運搬するだけでも一苦労。

 そもそも、あそこの岩山に入るためには、何段もの崖を下る必要があるのだ。

 フライング・ガーの襲撃を退けながら。

 転移装置が設置でもされない限り、普通の冒険者には、なかなかに厳しいと言わざるを得ないだろう。

「その上で、あのダンジョンからこの町までは距離があります。同じコストをかけて鉄の産出を増やすのであれば、既存のダンジョンに投資する方が良いでしょう」

「つまり、問題はない、と?」

「えぇ、まぁ、おそらくは……?」

「なんだか曖昧な言葉ですね、ディオラさん」

「断言はできませんからね。貴族社会は色々と……そう、魔境ですから」

 貴族の一員として苦労しているのか、ディオラさんの表情に影が落ちる。

 現状では『国として』鉄の産出を増やすのであれば、あのダンジョンは価値が低い。

 ただし、『ダンジョンの持ち主としては』鉄が産出するダンジョンには価値があるし、利益も出る。

 国益の問題ではないので、簡単に所有権が覆されることはないはずだが、宮廷工作によってあり得ないとも言い切れない、そんな感じらしい。

「あ、一応言っておくと、ネーナス子爵の方は問題ないですよ。あの方はまっとうな貴族ですし、そもそもの問題として、横槍を入れなくても十分に利益がありますからね、ネーナス子爵領としては」

 地理的な制約上、あそこのダンジョンで産出された物はすべてこのラファンの町を経由することになる。

 もちろん、あえて別の町まで売りに行くことも不可能ではないが、ネーナス子爵がおかしな税金をかけたりでもしない限り、俺たちにそんなことをするメリットはない。

「まぁ、本当に有望なダンジョンなら、『他の冒険者にも開放してくれ』という要求があるかもしれませんが……でも、その際も、入場料を取るなり、中で得られた物から税を取るなり、ハルカさんたちの好きにできますよ。やりましたね! 将来安泰ですよ」

 ニコリと笑って、ぐっと両手を握るディオラさんだが、ハルカの表情は懐疑的。

「それって、中に入ってくれる冒険者がいたら、よね? 来る? この場所――いえ、ここよりも更に遠く、森の奥深くのダンジョンまで」

「ですよね。かなりの条件が重ならないと……ほぼ、皮算用ですね」

「そのあたり、ギルド職員としてどう思うかな? ディオラさん」

 ユキたちに改めて訊ねられ、少し上を見上げて考えたディオラさんは、再びニコリと笑う。

「さて。アイアン・ゴーレムの買い取りをしましょうか。こちらはただの鉄ですから、単純に重量あたりのお値段になります。ある程度なら、ガンツさんの方に持ち込んでも良いかもしれませんね。少し高く買ってくれると思いますよ?」

「……ダメなのね。まぁ、別に良いんだけど」

 あまりにも判りやすい話の逸らせ方に、俺たちは揃って苦笑を浮かべる。

「あはは……。もうちょっと高ランクの冒険者がいれば話は別なんですけど。すみません、変に期待させてしまって」

「構わないわよ。おかげで、荒らされる心配もないわけだし。今後も私たちが持ち込んだアイアン・ゴーレムは買い取ってもらえるのよね? それだけでも十分に利益になるし」

「はい、もちろん。今回のアイアン・ゴーレムは後ほど倉庫に持ち込んでください。そちらで計量しますから。他には何かありますか? お魚とかでも良いですよ。あれ、美味しかったので、それなりに売れますから」

「お魚はダメなの!」

 ディオラさんの提案に、ミーティアが慌てたように口を挟む。

「そうなの? ミーティアちゃん」

「お魚はミーたちで食べるの!」

 ふんすっ、ふんすっと鼻息も荒く主張するミーティアを見て、ディオラさんは微笑むと、俺たちの方をチラリと見て頷く。

「そうなの。ちょっと残念ですね」

「ははは、ディオラさんが食べる分ぐらいなら、またお裾分けしますよ。お酒に関して、頑張ってもらっていますし」

「それはうれしいです。美味しいお魚は、なかなか食べる機会がありませんからね。あれはおつまみに最適でした」

 ディオラさんはその味を思い出したのか、どこかうっとりとした表情を浮かべる。

 あまり酒を飲まない俺には、フライング・ガーがおつまみに向いているのかどうか、判断できないが、確かに美味しい魚であることは間違いない。

 サールスタットの上流で獲る川魚とはまた違う味が……ん?

 フライング・ガーも川魚か?

 滝の上から飛んでくるし、少なくとも、俺たちが落ちた川の水はしょっぱくなかった。

 ――まぁ、美味ければどうでも良いといえば、良いのだが。

「今回はゴーレムばかりだったので、魔石などの魔物由来の物は少ないのよね。その代わり、宝箱は多めにあったんだけど。出てきたのは、これらね」

 俺たちがテーブルの上に並べたのは、一見するとただの石。

 だが、それがただの石でないことはすでに知っている。

「ほほぉー、これは……」

 ディオラさんもそれをいくつか取り上げて観察し、何やら『ふむふむ』と頷いている。

「判るかしら?」

「えぇ。これは……」

「これは……?」

 身を乗り出し、改めて訊ねるハルカに、ディオラさんはじっくりとめて……答えた。

「――石ですね」

 ガクリとハルカの肩が落ちる。

「そうねっ! 石ね! でもそうではなくっ!」

「冗談です。多分、宝石の原石ですよね、これ」

 しれっと言葉を返すディオラさんの様子に、ハルカは「はぁ……」と息を吐く。

「判るのね。この石、全部宝石の原石ってことで良いのかしら?」

「そうですね……これ、割ってみても良いですか?」

「「「えぇっ!?」」」

 ディオラさんが一つの石を指さして言った言葉に、女性陣が一斉に声を上げる。

「ディ、ディオラさん、宝石のプロとか、そういう人なんですか?」

「いいえ、まったく」

「ならダメです! 間違って変な割れ方をしたら……」

 平然と答えたディオラさんに、ユキが慌てて手を振って拒否。

 その返答に、ディオラさんは少し残念そうに石を眺める。

「そうですか。表面に宝石が見えている物は普通に原石だと思うのですが、多分こちらの石はサンダーエッグだと思うんですよね」

「サンダーエッグ……?」

 その不思議な言葉の響きに、ユキは目を瞬いて、小首を傾げた。

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