345 成果 (5)

「えぇ、愛してくれてるのよ。ディオラさんも順調? 婚活は。もしかして、お酒造りを急いでいるのは、そのため?」

「ぐはっ! ハ、ハルカさん。ちょっと揶揄っただけなのに、えぐり込むようなボディーブローを放ってきますねっ!」

 顔色も変えずにハルカから返ってきた言葉に、ディオラさんが胸をおさえる。

「そんなつもりは全然。あ、でも気をつけてね。『悪い顔をしている詐欺師はいない』って聞くから。お金や利権が増えれば増えるだけ、人を見る目が必要になると思うわ」

「それは確かにそうですね。『他人に勧める儲け話は、自分が儲かる話』ですよ」

「うんうん。『とても良い人。騙されたことに気付く、その瞬間までは』だよね」

「三人揃って追い打ちですかっ!? そんなことを言われたら、優しい人がいても結婚できないじゃないですか!」

 あんまりといえばあんまりなハルカたちの言葉に、ディオラさん、若干涙目。

 確かにこんなことを言われてしまっては、優しい人が近づいてきても、警戒心が芽生えてしまうことだろう。

「やっぱり本当に良い人は、お金がなくても、苦しい時でも、支えてくれる人だからね」

「お金があるから結婚しようと言う人はダメだよね~。お金より愛だよ!」

 んん? 俺は以前、『多少愛が目減りしても、安定した生活の方が云々』みたいなことを、ユキから言われた記憶があるのだが?

 それをこの場で口に出したりはしない慎重さは、俺も持ち合わせているけども。

「皆さん、酷いです……ミーティアちゃんたちは……」

 ハルカたちから年少組に視線を向けたディオラさんだったが、こちらの回答も少々微妙だった。

「お金、とても大事だと思います。生活が苦しいと……大変ですから」

「でも、『やしなって』くれる良い人を嗅ぎ分けるには、勘が必要なの!」

 実感が籠もっている。

 うん、余裕がないと、結婚生活も上手くいかないかもな?

 でも、ディオラさんに関しては、まったく関係ない。

 ディオラさんはギルドの副支部長。たぶん、それなりにお金はあるから。

 そしてミーティア、言ってあげるな。

 ディオラさんにそんな嗅覚があれば、すでに結婚できていると思うから。

「うぅ……どうせ私には経験が足りませんよー。もう良いです。さぁさぁ、早くギルドカードを出してください。ランクを上げてきますから!」

 開き直って胸を張り、せかすように手を差し出したディオラさんに、俺たちは苦笑しつつギルドカードを渡す。

「はい、確かに。それでは上げてきますね。メアリさんとミーティアちゃんはまだ実績が足りないので、ランク四までですが」

「それでも十分です。まだまだ私たちなんて、ハルカさんたちがいてこそ、なので」

「大丈夫ですよ。メアリさんたちはしっかりと実力を身につけていますから、成功するタイプの冒険者です。ギルドの副支部長である私が保証します。これでも冒険者を見る目はありますから。――男性を見る目はなくても」

 ディオラさんはそう言って、「フッ……」と笑うと、ギルドカードを手に立ち上がる。

 やや哀愁の漂うその背中を、俺たちは黙って見送ったのだった。


    ◇    ◇    ◇


「……ちょっと、言葉が過ぎたかしら?」

「うん。あの年齢の未婚女性に、ハルカの言葉は致死量。反省するように!」

「ユキもしっかり乗ってたじゃない!」

「あたしは良いの。まだ恋人いないし。ねー、ナオ?」

「……ノーコメント」

 あの後、ディオラさんがギルドカードの更新手続きをしている間に、俺たちは倉庫でアイアン・ゴーレムの売却を行っていた。

 そちらの処理を終え、更新されたカードを受け取った後は、そのままギルドを退出。

 概ね用事が終わっていたこともあるが、それには『改めてお話を』という雰囲気でなかったことも少なからず影響している。

 ギルドカードを渡してくれたディオラさんは笑顔だったが、背後に微妙に闇を背負っていたからなぁ。やっぱり気にしているんだろうか?

「まぁ、ちょっと可哀想には思えたな、オレも」

「だって、ディオラさんが変な男に騙されたら嫌じゃない?」

「はい。お金があるからと近づいてくる男に、ろくなのはいないと思います」

「お酒の事業が上手くいくと、ディオラさんは目立つようになるから、気をつけないと!」

「う~ん、気持ちはわからなくもないが……メアリたちはどう思う?」

「私は……その、あまりよく解りません。周囲の人たちは、近所のお姉さんたちは親が決めた相手と結婚してたので……」

「あぁ、そうか。それが一般的なのか」

「ミーのお父さんは、『養ってくれる相手を捕まえろ。時には力で』と言ってたの!」

「アグレッシブ!? メアリ、そうなのか?」

「そ、その言葉は、私は聞いてませんが、おそらく親同士で結婚を纏めるのが難しいと思ったのかも……。私たちって獣人ですから」

「同族を見つけること自体が難しいのか」

 差別はされなくても、生活習慣の違いなどはどうしても存在する。

 結婚相手として考えるなら、まずは同族となるのは仕方のないところか。

 その点、ディオラさんとは同列に並べられない。

 ハルカたちだって、ディオラさんの結婚を邪魔しようとか、そんな気持ちはまったくないのだろうし、彼女たちの懸念も理解できる。

 貴族とは言っても、低い爵位と多くない資産、それに面倒な家族関係。

 これまではそれらのことで敬遠されてきたみたいだが、そこに資産と利権が加われば俄然、ディオラさんの価値は上がる。

 そもそもディオラさんの外見は可愛い感じなので、実年齢よりも若く見えるし、ネーナス子爵家との繋がりもあるのだ。

 それらを考え合わせれば、本来はかなりの優良物件。

 実家からの横槍があったとしても、これまで何もなかったとも思えない。

 にもかかわらず、今も独身でいるということは、ディオラさんもそれなりの選別眼を持っていると考えて間違いないんじゃないだろうか?

 第一、ディオラさんは俺たちよりもだいぶ年上のお姉さんなのだからして、本来、俺たちが気を揉む必要もないのだ。

 てなことをハルカたちに言ってみたのだが……。

「そりゃ解ってるけどね~。でも、あたしとしては、良い人と結婚して欲しいんだよね、ディオラさんには」

「ディオラさんって有能ですけど、どこか不器用にも見えるんですよね。何だか心配で……」

「良い人だし、お世話になっている人だから。変な男にはあげたくない!」

「いや、ディオラさんは、ハルカの物じゃねぇから」

 キッパリと言ったハルカに、やや呆れ気味なトーヤがツッコむ。

「いいえ、ディオラさんは私の、私たちの女房役! つまりは、嫁!」

「……なかなかに、上手いことを言うな!?」

 女房役の意味は違うけども!

「それに、せっかく順調そうなお酒の事業、おかしな人に関わってこられるのは避けたいですしね」

「それは同意だが……それもこれも、候補が現れてからだろ? 今心配したところで、杞憂ってやつだろ?」

 やれやれと首を振った俺に、ハルカは信じられない物を見たような視線を俺に向ける。

「杞憂って……ナオは酷いことを言うわね。ディオラさんが結婚できる確率が、天地が崩れるほどの確率だなんて」

「比喩だろ、比喩! 実際にそこまで確率が低いとは思ってない!」

「冗談よ。でも、そうね。実際にそんな人が現れたら、私たちでしっかりと見極めてあげましょ。ディオラさんのために!」

「だね!」

「えぇ、当然です。全力を傾けて」

 それはお節介とか、野次馬根性とかいうものじゃないのか、と思ったりはしたのだが。

 しかし、恋バナ(?)をしている女性たちに理を説いても仕方ない。

 それを理解している俺は、それ以上は何も言わず、『どんな男性ならディオラさんにふさわしいか』など、益体もないことを話している彼女たちから一歩距離を置き、トーヤと共に無言で宝飾店を目指したのだった。

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