340 ガーゴイル (4)
「どうしたの?」
「いや、なんか……入らない」
直径三〇センチほどもある水晶玉、それを台座から下ろしてマジックバッグに入れようとしたのだが、なんだか反発するような感触があり、中に入っていかないのだ。
「本当に? じゃあ、私が広げておくから」
「ありがとう。えっと……ぉお?」
「マジで?」
「う、浮いてるの!」
「えぇ……何それ?」
ハルカが広げたマジックバッグの口、そこに両手に持った水晶玉を入れようとするのだが、入り口で水晶玉は停止し、それ以上中に入ろうとしない。
そのまま手を離せば、その状態で浮いたような感じになって……。
「おっと!」
表面を滑るように移動して落ちかけた水晶玉を、再びしっかりと抱える。
「……どういうこと?」
眉を寄せて言葉を漏らすハルカだったが、それに答えられる人はいない。
「それが解るのは、ハルカかナオくん、そしてユキだけだと思いますが……」
「えっと、マジックバッグに入れられない物があるってことだよね? これって」
「そうなるよな? 人間とかは入らないようになっているが……魔道具だからか? いや、快適テントとか、いろいろ入っているよな」
さすがに、この水晶が生き物ということはないだろう。
魔道具だとしても、属性鋼だって一種の魔道具だし、ダンジョンで見つけた魔道具だってマジックバッグを使って持ち運んでいる。
それが原因とは思えない。
「これは、マジックバッグ万能説が崩壊じゃね?」
「その説は初耳だな。だが、言いたいことは解る」
俺たちの冒険者活動の基盤となっているのが、マジックバッグなのだ。
収益が大きいのもこれがあってこそ。
もしこれで持ち運べない物が多くあるのなら、いろいろと困ったことになるのだが……。
「……いえ、あったわね、マジックバッグでは持ち運べない物が」
「知っているのか、ハルカ!」
なにやらわざとらしく、目を見張って声を上げたトーヤに、ハルカがガクリと肩を落とし、真面目な表情から一転苦笑を浮かべる。
「なに、それは……。トーヤだって知ってるはずよ。マジックバッグよ」
「マジックバッグ……? え、何が? マジックバッグに入らないって話をしてるんだよな」
「マジックバッグ……あぁ! マジックバッグか!」
不思議そうな表情のトーヤと共に、俺も首をひねったのだが、ハルカの言いたいことに思い至り、思わず声を上げて手を打つ。
「そうか、マジックバッグにマジックバッグ自体は入れられないんだよな!」
すっかり忘れていたが、マジックバッグにはそんな制限があったのだった。
最近は、当たり前のこととして、意識することもなかったが。
「あたしも忘れてた! でも、この水晶玉はマジックバッグじゃないよね?」
「マジックバッグじゃないが、入らない。……つまり、時空魔法関連の、何らかの魔道具じゃないか、と?」
「判らないけど、可能性はありそうじゃない?」
「確かにな……」
確信を持てるだけの情報はないが、何も思いつかなかった俺が言える言葉はない。
ここは素直にプロに任せるべきだろう。
「よし。持ち帰って、ギルドに持ち込もう。そうすれば、何か判るだろ」
「そうね、それが順当よね。問題は、適当な入れ物がないところだけど……」
俺たちのバックパックはすべてマジックバッグになっているので、当然入れられない。
大物を入れるマジックバッグなどは、バックパックの外に取り付けたポケットに突っ込んだり、紐で結びつけたりしているのだが、水晶玉はそうはいかない。
「素材の分類用に確保してある革袋はあるが……」
これらの革袋は、中に物を入れた上でマジックバッグに入れることを想定しているので、背負うための紐などは付いておらず、持ち運びがしにくい。
マジックバッグに入らない物があると知っていれば、普通のバックパックも用意してきたのだが、今更である。
「それでしたら、私とミーティアが抱えます。手がふさがっても一番問題ないのは私たちですし。良いよね? ミー」
「うん。勿論なの」
「二人とも、もう十分に活躍してくれるようにはなったと思うけど……大丈夫? かなり重いわよ?」
「はい、お任せください」
三〇キロを超えるような荷物を年少組に持たせるとか、見た目的には、ちょっとした虐待である。特にミーティアは、まだ身体が小さいだけに。
けど、魔力を使わない素の筋力なら、たぶんメアリは俺たちの中で2番目に力持ちだし、ミーティアの方もなかなかなんだよなぁ。
戦闘力の分布を考えれば、二人に任せるのが合理的ではあるし、何か良い方法があるわけでもない。
「それじゃ、頼む。厚手の革袋、あったよな?」
そのままでは滑りやすいし、傷もつきそうで怖い。
手持ちの革袋の中から厚手の物を選び、地面に広げて慎重に水晶玉を入れて、口をしっかりと縛る。
「ミーティア、大丈夫か?」
「大丈夫なの! でも、ちょっと持ちにくいの……」
重量的には難なくその革袋を持ち上げてしまったミーティアだったが、体格の小ささは如何ともしがたい。
メアリと異なり、大きな水晶玉をやや持て余し気味である。
「できるだけ早く帰るので、頑張ってくださいね?」
「うん!」
「あとは……あ、魔石とかあるんじゃないか? ガーゴイルにも」
「そういえば、ガーゴイルの死体は調べていませんでしたね。砕けているかもしれませんが、一応見てみましょうか」
可能性は低いか、と思いながらも手分けして調べてみた結果、三体からは無傷の魔石の回収に成功。
ダメだったのは、『
トーヤが相手をしたガーゴイルから魔石が得られたのは予想外だったが、そこは単なるゴーレムとは違うということなのだろう。
最後にもう一度、ボス部屋の中を確認した後、俺たちは奥の扉を開けて先へと進む。
「……うん、やっぱりここか」
見覚えのあるその部屋は、やはり前回俺とナツキが見つけた小部屋だった。
ボス部屋の次にある、いつもの小部屋なのだが、今回はすでに宝箱を空けているので、残念ながら初回討伐報酬はなしである。
「さて、転移ポイントは当然埋めるとして……このまま先に進むか? この通路を行けば、外に出られるが」
外と言って良いのかは判らないが、一応、地下からは脱出できる。
いや、正確に言えば、あそこも地下だとは思うのだが、空っぽい物は見えるので、開放感はある。
「勿論、一度帰るに決まってるでしょ」
「だよな。水晶玉のこともあるしな。解ってた」
俺たちが森の話をしたとき、興味深そうにしていたので、『見てみたいかも』と一応訊いてみただけである。
「それに、宝石のことも気になるしね! 気になるよね?」
「ですね。どんな原石なのか、気にならないといえば嘘になります」
「あれか。まぁ、いくらぐらいで売れるのか、俺も少し気になるな」
――売れるよな?
ハルカたち、売りたくないとか言い出さないよな?
もっとも、マジックバッグを持たない冒険者の場合、現金よりも宝石で資産を持つことも多いようだから、それも一つの手ではあるのだが……。
「そーいや、そんな物もあったな」
「『あったな』じゃないよ、トーヤ! 重大事だからね!」
「お、おう。解った、解ったから迫ってくるな」
ポロリとそんな言葉を漏らしたトーヤに、ユキが下から
これは……うん、当分は売ることにならないかもな。
「それじゃ、帰りましょ。楽しみね」
「はい。どんな物でしょうね?」
「アクセサリとか作りたいよね!」
「ミーは美味しいものが食べたいの」
「ミーも女の子なんですから、もうちょっと興味を持ったら?」
そんな話をしながら嬉しげに笑うハルカたちは、足取りも軽く転移陣へと向かう。
そして俺とトーヤは、苦笑しながらその後を追ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます