341 成果 (1)
ラファンへと無事に帰還したその翌日、例のごとく俺たちは、ディオラさんが暇そうな時間を見計らって、全員で冒険者ギルドを訪れていた。
久しぶりのベッドでの睡眠をゆっくりと楽しみ、遅めの朝食とデザート、食後のティータイムを嗜んだ後での訪問である。
そしてギルドに入ってみれば、案の定、暇そうなディオラさんがカウンターに。
だがそんなディオラさんは俺たちの顔を見ると、バンッとカウンターに手をついて立ち上がると、そこから大きく身を乗り出した。
「皆さん、お帰りになったんですね! お酒、良い感じですよ。これは、かなりの儲けが期待できますよ、えぇ! 新しい酒蔵を作るのはもう決定って感じです。今は土地を見繕っていますから――」
俺たちの顔を見るなり、ディオラさんは興奮したように
その勢いに、ハルカが慌てて両手を挙げて、ディオラさんを押し止める。
「ちょ、ちょっと待って、ディオラさん。私たち、昨日戻ってきたところなの。ゆっくり話を聞くから」
「あ、そうですね。すみません、慌てすぎました」
ディオラさんは「こほん」と軽く咳払いをすると、ニッコリと笑って片手で奥にある小部屋を示して言葉を続けた。
「詳しいお話は、あちらで行いましょう」
「……良いの? カウンター業務は。それにお酒のことはギルドとは関係が――」
ディオラさんの隣に座り、少し呆れた表情を見せているギルド職員。
その視線を気にしながら言うハルカの言葉を、ディオラさんはやや強引に遮る。
「いえいえいえ! ハルカさんたちはダンジョンに行って帰ってきたんですよね? 当然、色々と売却する物とかありますよね? それの相談に乗るのは当然の業務です。えぇ!」
「微妙に気になるけど……」
少し無理のある話の持って行き方に、言葉を濁したハルカだったが、もう一人の職員が苦笑を浮かべながら頷くのを見て、「ふぅ」と息をついた。
「解ったわ。相談したいことが色々あるのは間違いないし、行きましょうか」
「はい。何でも訊いてください! これでも私、副支部長ですからね! 答えられるかは判りませんけど!」
「それは力強く言うことじゃないんじゃないの……?」
とても正直なディオラさんの言葉に、俺たちは苦笑を覚えつつ、個室へと移動、そこにあったソファーに揃って腰を下ろした。
「えっと、まずは私からの報告でよろしいですか?」
「えぇ、聞きましょう。お酒のことですよね?」
「はい、それです。えっと、まずはお酒の方ですが、順調です。失敗した物もありましたが、いくつかは成功しています」
「もうできたんだ?」
「はい。トミーさんが精力的に関わっておられまして。味が良い物に関しては、指示された通り、保存してあります」
今回、俺たちが出かけるにあたり、あの酒蔵に保存庫を一つ設置しておいた。
その上でジェイたちには、『美味い酒ができれば、その
これはもちろん、その醪から酵母を取り出すため。
酵母によって酒の味が異なるらしいので、味のバリエーションを増やすため、渡しておいた米の分だけは仕込みを繰り返すように、と伝えてある。
「トミーさんが問題ないと太鼓判を捺した物を一瓶、叔母様にお送りして飲んで頂いたところ、ネーナス子爵から『この地での米の栽培に向けて努力する。最低でも輸入できるように取り計らう』との返答をいただいています」
「もう? 動きが速いというか……さすがね」
「……そういえば、エールの醸造所の時も動きが速かったよな。ネーナス子爵って、実はお酒好きなのか?」
あの事件の時も、俺たちが水源の調査・報告をして、ピニングを離れるまでの間、その僅かな日数で即座に手を打っていた。
エールが重要な産品であるからこそかもしれないが、予想以上に速い動きに少し驚いたものである。
「どちらかといえば、叔母様の方がお酒好きですね。勿論、子爵本人も好きだとは思いますが、むしろあの方は、領地の財産として見ていると思いますよ、お酒を」
「為政者としては正しい姿よね、それは。私たちとしても、お米が手に入りやすくなるなら嬉しいし……」
「えぇ、それは大丈夫です。何がどうあれ、ハルカさんたちが食べる程度のお米は確保できますから」
「そうですか。それはありがたいです。私たち、あれで調味料なども試作しているので」
ナツキが口にした言葉に、ディオラさんの片眉がぴくりと跳ねる。
ウチに来たときに食べた料理もかなり気に入っていたみたいだし、ディオラさんとしては聞き逃せない、といったところか。
「調味料? それはそれで興味ありますが……また今度、食べさせてくださいね?」
「えぇ、ウチに来られた際にでも」
「ありがとうございます、楽しみにしていますね。――ちなみにですが、あのお酒の名前、“ニホンシュ”でしたか? あの名前には何か由来が?」
俺たちの中で、そしてトミーとの会話の中で出てきたその名前は、すでにディオラさんの耳にも入っていたらしい。
これに関しては、酒造りの話が大きくなった時点でトミーとも話し合っていて、特に別の名前を付けたりはせず、このまま行くことに決めている。
「いいえ、特には。私たちで話し合って、全員で決めた名前よ」
「そうですか……? まぁ、新しいお酒ですし、他のお酒とかぶる名前でもないので、構わないのですが。……何か適当な由来をつけても良いんですよ? エルフの秘伝とか、どこぞの隠れ里で作られていた秘密のお酒とか。売り文句として」
そんなことを言ってニコリと笑うディオラさんだが、それは詐欺に近い誇大広告ではないだろーか?
それに、隠れ里はまだしも、エルフの秘伝とか、普通にバレるだろ。
この国には、エルフの貴族だっているんだから。
「そ、そのあたりはディオラさんにお任せするわ。問題にならない範囲でお願い。問題にならない範囲で」
大事なことなので二度言うハルカ。
「解りました。何か凄そうなのを考えておきます」
しかし、ディオラさんに通じたかは微妙。
良いのかそれで。
――良いんだろうな、ディオラさんが言うのだから。
そして、貴族の後ろ盾があるのだから。
この世界に、適正な広告を審査する機構なんて存在しないのだし。
酒の名前も、好きにつけても良かったのだろうが、それでも俺たちが“ニホンシュ”の名前を残したのには、当然理由がある。
それは、俺たちのパーティー名を“明鏡止水”にしたのに続いての、クラスメイト対策である。
いや、『対策』というよりも、どちらかといえば『メッセージ』か。
今の俺たちはそれなりに稼いでいるし、冒険者としての実績、実力も身につけてきた。
更に貴族やこのあたりの有力者とも、それなりにつながりを持つことができた。
今なら苦労しているクラスメイトが頼ってきても、大銀貨一〇枚とは言わず、金貨一〇枚ぐらいなら渡したところでさほど痛くはないし、真面目に働くのであれば、酒蔵で雇って普通の生活を送らせる程度のことはできる。
それにクラスメイトであれば、読み書き計算は問題なくできるのだから、雇っても損がない。
あとは、まぁ、本当にやばい地雷はすでに自爆してるだろうという思惑もある。
現時点で、特に問題を起こさずに生存しているということは、それなりにまともなクラスメイトであると期待できる……よな?
もしくは、何らかの理由で問題を起こすことすらできない状態にあるか。
スキルの中にはそんな状況になりかねない物もあっただけに……。
まぁ、俺たちにできるのは、助けを求められたときに俺たちに余裕があれば、できる範囲で助けることだけである。
危険を冒してまで助けようとするかどうかは……相手とその危険度次第か。
命を懸けてまで助けたい相手はすでにここにいるが、多少の怪我程度の危険なら冒しても助けてやりたい相手が、他にいないことはない。
「さて、私からの報告は以上ですね。ハルカさんたちの方はどうでしたか? 少し難しい場所とは聞いていますが」
「そこは、なんとか抜けられた、って感じね。用事は色々あるんだけど……まずはこれかしら」
俺とトーヤはハルカに促されるまま、革袋をテーブルの上に置いた。
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