314 待ちの日々 (2)

 その光の源は、帰還ポイントの場所。

 俺が『あー、帰還する時って、外から見ているとこんな感じなのかー』などと思っている間にも光は収まり、そこに現れたのはハルカたち一行だった。

 人数は五人。一人の欠けもない事に俺が安堵していると、ハルカたちは周囲を囲む壁に一瞬唖然とした後、慌てたように武器を構え、その直後、俺たちの姿に気付く。

「おかえりー」

「ただいま……?」

 手を上げて軽く声を掛けた俺に、ハルカは律儀に返事をしつつ、暫し沈黙。

 ハッとしたように俺に詰め寄ってきた。

「え? いや、なに? 待って、どういうこと?」

「全員無事みたいだな。良かった、良かった」

「いや、それはあたしたちの台詞だよ!? ナオとナツキ、落ちちゃったよね? 二人とも、幽霊とかじゃないよね!? どーして、先に戻って、ケーキなんて食べてるの? そもそもこの周囲の様相は何!」

 ユキもまた、俺の身体をペタペタと触りながら、混乱した様子を見せる。

「安心しろ。生身だ。怪我も無い」

「幸い、二日ほど前に戻ってこられました」

 顔を見合わせてそう応えた俺とナツキの様子に、最初に笑みを浮かべたのはトーヤ。

 メアリとミーティアも、驚いた様子を見せながらも、笑顔になった。

「さすがはナオお兄ちゃんなの!」

「ナオさんたちなら大丈夫だとは思っていましたが、それでも安心しました」

「危ない部分が無かったとは言わないが……まぁ、こうして無事だな」

「うー、できるだけ早くナオたちを助けに行かないと、って意気込んでいたのに」

 ハルカたちもやっと落ち着いたのか、不満そうな、それでいて安堵したような、そんな複雑そうな表情で、ハルカが俺のことをポカポカと叩く。

「あー、それは、すまん?」

「はぁ……良いんだけどね。無事に戻ってきてくれたんだから」

「ナオとナツキなら、もしかすると自力で戻ってくるかも、と思わなくも無かったけど、まさかあたしたちより先に、とはねぇ」

「まぁ、運が良かっただけだな。想像は付いていると思うが、俺たちも転移陣で戻ってきたんだぞ?」

「やっぱ、そうだよね。じゃないと、追い越せるわけないよね」

 俺の言葉に、ユキとハルカも納得したように頷く。

 馬鹿正直に岩壁を登ったり、ガーゴイルを斃してダンジョンを逆行なんてしていたら、恐らく数ヶ月単位で時間が掛かったはずである。

 まずはレベルアップから始めないと、どうしようも無かっただろうから。

「それよりも、オレとしてはこの周りの壁の方が気になってるんだが? あと、そこのテーブルとかもな」

「壁はあれだ。安全のためだ。俺とナツキの二人だけじゃ危ないだろ? この周辺の魔物」

「テーブルなどは時間があったから、ですね。ハルカたちはお昼、まだですか? 食べますか? 私たちのお昼は、スタブ・バローズの焼肉でしたが」

「食べたいの!」

「お、良いな。そこのコンロでやるんだろ? 火を熾すな」

 ナツキが言うが早いか、ミーティアが即座に手を上げ、トーヤもすぐに動き出した。

 コンロの中ではまだ炭が燻っているので、準備はすぐに整うだろう。

「はぁ。私たちが神経を磨り減らしていた間に、二人は仲良く焼肉パーティーだったのね。――デザートまで食べてるし」

「あっ!」

 俺の手からフォークを奪ったハルカが、半分以上残っていたケーキにそれをぶっ刺し、やけになったかのように一口で食べてしまう。

「うん、美味しいわね」

「ハルカ、お行儀が悪いですよ。食べたいなら出しますから」

「それは食後に頼むわね。これは、ナオへの八つ当たりだから」

「………」

 少し咎めるように言うナツキに、ハルカは軽く応えて手を振る。

 意識しているならやるなと言いたいが、心配掛けたのは間違いないので、俺は口を噤んだのだった。


    ◇    ◇    ◇


「ダメ押しに鉄砲水まで……なかなかに殺意が高いわねぇ、二一層は」

「ハルカたちの方は?」

「私たちも、真夜中にフライング・ガーが飛んで来たわね、突然。トーヤのおかげで、被害は無かったけど」

 ハルカたちが昼食を終えるのを待ち、俺たちは食後のお茶を飲みながら、互いの状況を報告し合っていた。

 俺たちも夜中にシャドウ・マーゲイが襲ってきたが、ハルカたちの方も、テントで寝ているところにフライング・ガーが突っ込んできたらしい。

 革鎧すら貫くあれが、暗闇の中から突然飛んで来るとか、超怖い。

「テントの方は大丈夫だったのか?」

「えぇ、そちらも問題なく。二日目以降は、きちんと対策してから寝るようにしたしね」

 せっかく手に入れた便利な魔道具だけに、それが無事だったのは朗報だ。

 二一層も、ガーゴイルのボス部屋を抜けた後では活躍しそうだし。

 もちろん、ハルカたちの無事の方が大切な事は、言うまでも無いのだが。

「なかなかに油断できない感じですね。岩壁の方はどうでしたか? あれ以降、崩れたりは……」

「それは無かったよ。あたしもかなり注意して登ったんだけど」

「それは幸いです。問題は、あの時崩れたのが偶然なのか、ダンジョンの罠なのか不明な事ですが……判りませんよね?」

 そう言ってナツキが目を向けたのは、あの時一人上に残っていたトーヤ。

 トーヤ以外は数十メートル下から見上げていただけで、判るとするなら彼だけなのだが、問題はトーヤが罠関連のスキルを持っていないことか。

 それでもトーヤは、あの時のことを思い出すようにしばらく考えてから、口を開いた。

「んー、オレとしては、唐突に崩れたって印象だな。自然に崩れたなら、もう少し予兆がありそうだし、罠じゃねぇか? 本当に単なる印象に過ぎねぇけど」

「そう思いますか……。う~ん、私たちが二一層を進むには、もう少し準備が必要かもしれないですね」

「それは私も思ったわ。せめて落下対策は、もう少し必要よね」

「ナオとハルカは自前で何とかなるにしても、あたしたちはねぇ……」

「俺としては、簡易的なパラシュートでもあれば、と思っているんだが。多少でも速度が緩められれば、俺かハルカが捕まえることもできるだろ?」

 今回、俺がナツキを捕まえることができたのは、ナツキが上から落ちてきたからこそ。

 もしナツキが落下した時に、俺がトーヤの位置にいたとすれば、上手く確保できたかは、かなり怪しい。

 だが、パラシュートがあれば、俺かハルカが『空中歩行ウォーク・オン・エア』で捕まえるだけの余裕が生まれる、かもしれない。

 断言はできないが、無いよりはマシだろう。

「パラシュート……作れなくはないけど、実験できないのが難点……いえ、もしかして、私が実験することになるのかしら?」

 はて? と言うように小首を傾げるハルカだが……。

「他にいないよな。高所から落下して無事なのは。少なくとも俺よりも『空中歩行ウォーク・オン・エア』を上手く使えるだろ?」

「そう、かもしれないけど、できれば避けたい事態ね、それは」

「ガンバレ。俺も練習して『空中歩行』が上手く使えるようになれば、分担するから」

 顔を引きつらせ、冷や汗を垂らすハルカに、俺は苦笑してフォローの言葉を掛ける。

 とは言え、パラシュートの実験ができそうな場所を探す事も、また難しそうではあるが。

「ま、それはとりあえず措いておくとして。収穫の方は?」

「トレントを多少手に入れたのは話したよな? 後は、宝箱から手に入った戦槌ウォー・ハンマーだな。ハルカたちは……大して無いよな?」

「来た道を戻っただけだからね。むしろ、転移ポイントを大量に消費したから、赤字ね」

 俺が確認した時には一つ増えただけだったが、崖を一段上る度に、転移ポイントを設置してきたらしい。

 確かにそれは赤字。

 だが、それに異を唱えたのはユキだった。

「でも、寝ているだけで、フライング・ガーが手に入ったよ?」

「たっくさん、捕まえたの!」

「捕まえたというか、壁に突き刺さっているのを、朝に回収するだけでしたが……かなりの量、確保できました」

 ミーティアとメアリもニコニコと嬉しそうに、マジックバッグから取りだした袋を見せてくれる。

 覗いてみれば……おぉぅ、メッチャ入ってるやんけ。

「これなら、たくさんの干物が作れそうですね」

「焼いても美味しかったの!」

「あぁ、食べたんだ?」

 野営の時に魚を焼く程度の余裕はあったらしい。

 ま、それは俺たちも同じか。

 あの時、森で狩ったスタブ・バローズを焼いて食ってるし。

 仲間とはぐれても平常心を忘れない。

 パーティー名の“明鏡止水”に恥じない行動。良いんじゃない?

 平常心を忘れ、パニックになった人から死んでいく。

 それは、パニックムービーやホラー映画の定番故に。

「――でも、さすがに、テーブルや椅子まで作って、のんびりとケーキでティータイムはちょっとやりすぎかと思う」

「おっと、ブーメランが飛んで来たぞ? ささっ、ナツキさん、ハルカさんにケーキの追加を」

「はいはい」

 ジト目を向けるハルカに、そして、物欲しそうなミーティアたちにもケーキを提供。

「私はケーキ程度じゃ誤魔化されないんだけど」

「まぁまぁ。ほら、あーん」

「もう……」

 俺がフォークで突き刺したケーキを差し出すと、ハルカは少し頬を膨らませ、不満そうな表情を浮かべつつも、パクリと食べる。

 そんなハルカを見て、ナツキは少し微笑みながら、口を開く。

「もちろん、私たちも心配はしていたんですよ? でもそれ以上に、ハルカたちに対する信頼感の方が上回っていただけで」

「そうそう。ハルカたちは落ちたわけじゃないし、十分に戻って来られると」

「……まぁ、そういう事にしておいてあげるわ。ひとまず、ラファンに戻るとして……今日はここで一泊しましょうか。せっかくナオがしっかりした場所を作ってくれたことだし?」

「賛成~。あたしもちょっと疲れた。ここなら安全そう」

 そう言いながら、ユキが視線を向けたのはメアリとミーティアの方。

 昼食とデザートを食べ終え、一見すれば元気そうな二人ではあるが、よく見ればその表情には少し疲れが見える。

 ここ数日、のんびりとしていた俺たちとは異なり、ハルカたちはロッククライミングに明け暮れていたのだ。

 まだ子供である二人にとって、体力的にも、精神的にもかなりの負担だったことは、想像に難くない。

 ――なるほど、そっちが主目的か。それであれば反対する理由も無い。

「了解。それじゃ、出発は明日な。それまではのんびり休んでくれ。この壁の中なら、ほぼ安全だからな」

 ナツキと二人だけでも問題が無かったのだ。

 それが七人になればどうかなど、言うまでもない。


 その後、俺たちは適当に見張りを立てつつ、翌朝まで休息し、ラファンの町へと帰還したのだった。

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