315 仕込みと休息 (1)
ラファンへ戻った俺たちは、一日ほど休息した後、二一層の攻略に向けて準備を始めた。
俺とハルカ、それにユキは魔法の練習、ナツキはパラシュートの試作、メアリとミーティアはロープの調達、そしてトーヤはトミーの所へ、縄梯子の補修やフライング・ガーを防ぐための戸板の相談に行っていたのだが……。
「トミーやガンツさんが、『酒はまだか!』だと」
「……そう言えば、そんな話もあったな」
戻って来るなり、トーヤから伝えられた言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
パーティーの際に、日本酒を造るという話が出ていたのだが、それには俺たちの提供する米と麹菌が必要なわけで。
トミーたちはそれなりに期待して待っていたようだ。
「麹菌を分離するには、ある程度の時間は必要ですが……」
「う~ん、二一層の攻略は急がず、準備と息抜き、半々ぐらいで進めていく? 今は涼しい時期だし」
「オレはそちらに関してできる事が無いからな。ハルカたちに任せる」
ハルカの提案にすぐに応えたのはトーヤだった。
彼の場合、基本的にやるべき事は自身の身体を鍛えることだけ。
魔法の練習が必要な俺たちとは違うし、パラシュート作りにも関われない。
それ故の結論なのだろう。
「あたしは賛成かな? 考えてみれば、護衛依頼を請けて以降、あんまり休んでなかったしね」
「確かに、今ならお金の心配もありませんね。時季的にもお味噌を仕込むのに適しています」
銘木の伐採によって、クレヴィリーで散財した分ぐらいは十分に稼げている。
真夏であれば、避暑も兼ねてダンジョンに潜るのも悪くないのだが、今の時季は比較的過ごしやすいわけで。
少し肌寒い時もあるが、ある意味、レジャーに向いた季節とも言える。
「俺も反対する理由は無いが……メアリとミーティアは?」
「わ、私はどちらでも……」
「美味しい物が食べられるなら、嬉しいの!」
メアリはいつも通りに控えめ。
ミーティアも安定の食いしん坊である。
「ただ、ロープの調達はなかなか難しそうです。在庫が無いみたいで」
「あぁ、それがあるのか」
工業製品じゃないから、簡単に増産することもできないし、他所からすぐに運んでくることも難しい。
だからといって、無理して作らせたりしたら、品質の方が心配。
俺たちの命が懸かっているのだから。
これは、安全のためにも時間を掛けた方が良いか。
「うん、それじゃ、しばらくの間は比較的自由に、各々レベルアップに励むという事で」
俺が簡単にそう纏めると、全員が揃って頷く。
さて。俺は何をしようかな……?
◇ ◇ ◇
「できました!」
ナツキがシャーレを持って現れたのは、それから十日ほど後のことだった。
まずは麹菌が無ければ始まらないと、ナツキを主体として分離に挑んでいたのだが――。
「案外、早かったな?」
「私、これでも【薬学】スキルを持ってますしね」
少し自慢げに胸を張るナツキに、俺は思わずポンと手を叩く。
そう言えばそんなスキル、あったな。
俺たちの場合、高レベルの光魔法があるから、ほとんど出番が無い不遇スキルなんだが。
ちょいちょいと実践を重ねて、色々と作れる薬も増えているようなんだが、それらはすべて万が一のためのストック。
そして幸いなことに、これまでに万が一が起こったことは無い。
そもそも、ナツキ自身が光魔法を使えるのだから、薬に頼る状態なんて、本当にかなりヤバい状況だもんなぁ。
一応、普段使いできる物として、栄養ドリンク的な物も見せてくれたことはあるのだが、俺たち、まだ若いし、そんな物が必要なほど疲れていたら、普通に休む。
そんなわけで、これまではあまり役に立つことが無かったスキルなのだが、こんな場面で使える事になろうとは……ある意味俺たちらしい。
「あとはナオくんたちが作ってくれた加速庫、あれのおかげでもあります」
「おぉ、なら良かった。結構大変だったから、あれを作るの」
加速庫とは、その名の通り、その中の時間を加速させる魔道具である。
基本的には、時間を圧倒的に遅らせる保存庫と同じ構造なのだが、製作難易度はこちらの方が圧倒的に高い。
何故って?
需要が無いから、錬金術の本に載ってないんだよ、この魔道具の作り方が。
使い方次第では便利だとは思うのだが、同じコストを掛けるのならマジックバッグの方が使い勝手が良いわけで。
マジックバッグを差し置いて、加速庫を作ってくれという人がいるはずもない。
それに、長期間かけて洗練されてきたマジックバッグに対し、加速庫の方は効率化がされていないので、加速されるレベルがせいぜい三、四倍程度。マジックバッグの様に劇的ではない。
まぁ、実用面を考えれば、この程度が妥当だと思うけどな。
マジックバッグの時間遅延と同じ様な倍率で時間加速したら、中に入れた物が一瞬でとんでもないことになりかねないから。
「後は、『
「『毒治癒』や『治療』って……」
「ユキとハルカの協力に感謝ですね」
身体張ってるなぁ、おい。
ハルカやユキに視線を向ければ、困ったような苦笑を浮かべている。
魔法と試食(?)、どちらに協力したのかは判らないが、きっとそれなりに苦労したのだろう。
「ちなみに、どうやって麹菌を分離したんだ?」
「えっとですね。麹菌ってアルカリ性でも育成が可能なんです。ですから、米に発生するカビを分離して、アルカリ状態の寒天培地で増やしたり、コロニー毎に別のシャーレに移したり――」
「あぁ、うん、ありがとう。解った」
解らないことが。
「ま、それで米麹が作れるんだよな? ……なんか、黄色っぽいけど、麹ってこんな感じなのか?」
「色々ですね。うちで使っていたのはもう少し白い物でしたが、今回は一番強そうな物を選んでみました。麹によって味噌や醤油、お酒の味も変わりますから、合わないようなら別の物を分離するしかないですね」
「な、なるほど……」
結構面倒なんだな、麹って。
これを使えば、麹関連のなんやかやは全部作れる、って話じゃないのか。
「実際、かなり強力なのよね、その麹菌って。私は標準的な麹菌を知らないけど、蒸した直後のお米に混ぜても生存してるし、
「使わなくても数時間、だよねぇ。その米麹をお粥に混ぜたら、これまた一時間ほどで甘酒ができたの。味の方は――」
「甘くて美味しかったの!」
「はい。飲んだことがない物でしたが、お砂糖とは違う優しい甘さでした」
俺とトーヤには回ってこなかったようだが、メアリとミーティアは味見していたようだ。
ちなみに、メアリの言うお砂糖とは黒砂糖のことなので、かなりねっとり感の強い甘さである。
あれと比べれば麹甘酒の甘さは、サラリとした感じの甘さと言えるだろう。
「インスピール・ソースもそうだけど、この世界の菌って、地味に驚異的だよね」
「有用な菌ってのが救いだよなぁ。人食いバクテ――」
「ちょっと黙ろうか!? トーヤ!」
危ないことを言い出したトーヤの口を慌てて塞ぐ。
フラグになったらどうしてくれる。
活動速度が何倍にアップしたそんな怖い細菌、出てきたらシャレにならん。
……いや、『
だが、もしそうだとしても、怖すぎである。
うん、確率を下げるためにも、アドヴァストリス様に祈っておこう。
俺の【ラッキー!】、仕事してくれるよね?
「ま、ナツキが頑張ってくれたおかげで、たくさんの胞子が採れたから、トミーに連絡しましょ。……たくさん採れたから」
「二回言うほど!?」
「えぇ、言うほど」
聞き返した俺に、ハルカは真面目な表情で頷く。
この麹菌、好適な環境で育成すると、その発生速度は更にドン! って感じらしい。
麹菌の必要量から計算すると、すでにトン単位で米麹が作れそうなほど胞子が得られているらしい。
「なるほどな。それじゃ、オレがひとっ走り行ってくる」
「いや、そこまで急がなくても良いんだけど……」
早速立ち上がったトーヤに、少し戸惑った表情を見せるハルカだったが、トーヤは首を振る。
「いや、正直なところ、トミーに加え、ガンツさんもかなり焦れていたみたいだったからな。早いに越したことは無いだろ。それにオレも、酒には少し興味があるし。じゃ、行ってくる!」
そう言うが早いか、トーヤは家を走って出て行った。
「忙しないわね」
「まぁ、良いんじゃないか? 酒造りに関しては、丸投げなんだし。――ちなみに、この麹菌があれば酒ってできるんだよな?」
俺、酒の造り方なんて、よく知らないけど。
「できるとも言えますし、できないとも言えます」
訊ねた俺にナツキが返した答えは、少々微妙だった。
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