313 待ちの日々 (1)

 刺すような太陽の光。

 それを感じた俺は、すぐ隣にナツキがいることを確認し、安堵の息を吐いた。

「無事に戻れたか」

「はい。あのガーゴイル、思ったよりも強そうな感じでしたね?」

「あぁ、かなり素早かったな」

 飛ぶ速度自体は、恐らくアローヘッド・イーグルの方が速いと思うのだが、ユキよりも大きく、ガッシリとした石の塊が飛んで来るのだ。

 その迫力はアローヘッド・イーグルの比ではない。

 重量が石のままなら、体当たりされるだけで軽く死ねるだろう。

「ま、ガーゴイルの対策はハルカたちも交えて考えるとして、だ。今回はちょっと焦ったなぁ……」

 なかなかにスリリングな体験。

 正にゴム無しバンジージャンプ。

 俺の人生の中で、自分から崖を飛び降りるなんて事を経験するとは、想像もしていなかった。

「そうですね。私も落下した時は、一瞬、ダメかと思いましたから。ナオくん、本当に助かりました」

 それでもナツキなら、何とか生き残りそうな気はするが、無傷とはいかなかっただろう。

「次に行く時は、せめてパラシュートもどきでも準備して行くべきか?」

「もしくは、ハルカとナオくんに、『空中歩行ウォーク・オン・エア』をしっかりと使えるようになって貰うか、ですね」

「ハルカはともかく、俺は厳しいなぁ……。俺の【風魔法】、表記自体はまだレベル2だし」

 色々すっ飛ばして、レベル8の『空中歩行』を練習していたのだから、なかなか物にならないのも当然。

 もっとも、魔力の操作などに関しては、他の種類の魔法と同じわけだから、そのレベル差ほどに隔絶した違いがあるわけじゃないのだが。

 風魔法の基礎がないので苦労しているが、恐らく難易度的には、時空魔法のレベル6とか7の方が難しい。

 同じ時間を費やせば十分に使えるようになるとは思うが、その時間がなぁ……。

「ガーゴイル、いただろう? できればあれに効果がありそうな『爆炎エクスプロージョン』を使えるようになっておきたいんだよなぁ」

 こちらもレベル8の魔法だが、火魔法は順調にレベルを上げているので、『空中歩行』よりは物になりやすいだろう。

「確かに効果はありそうですが、爆発系の魔法を閉鎖空間で使っても大丈夫でしょうか……?」

「む……そう言われると……ヤバそうにも思えるな?」

 ゲームとは違って、味方の魔法でも普通にダメージは喰らうので、そのあたり気を付けておかないと色々と危ない。

 同じ部屋の中で爆発が起きたら、下手したら鼓膜とか破れそうである。

 対してガーゴイルは鼓膜なんて無さそうだし……。

「使うとしても、最初のみ、部屋の中に放り込んで扉を閉めて、でしょうか」

「もしくは、しっかりと実験を重ねて、だな。自分の魔法で全滅の危機とか、怖すぎる」

 スタングレネードなんて物があるように、爆音というのはバカにできない。

 『爆炎』の場合、閃光はさほどでもないかもしれないが、使ったことがないので判らない。使うならしっかりと実験してから。間違っても、ぶっつけ本番はなしだな。

「さて。それはそれとして、ハルカたちは……先に戻ってしまったって事は無いですよね」

「俺たちより早く戻って来られる可能性は……低いと思うが」

 一応周囲を見回してみるが、辺りの様子は俺たちがダンジョンに入った時のまま。

 当然、ハルカたちの姿は見えないし、何らかの目印が置いてあったりもしない。

 もしハルカたちが先にラファンへ戻ったのであれば、ここに何かしらのメッセージぐらいは残しておいたと思われる。

 そもそも、俺とナツキが転落して一日半程度。

 あの位置から二〇層の転移陣まで、何も無ければ十分に登れる距離かもしれないが、背後からの襲撃を警戒しつつ、魔法で防御しながらロッククライミングする事を考えれば、なかなかに厳しいだろう。

 ユキの魔力量的にも、体力的にも。

「では、二、三日、ここで待ってみましょう。それでもハルカたちが戻って来ないようであれば、メッセージを残して、ラファンに戻りましょう。――大丈夫、ですよね?」

「あぁ。ナツキと二人だけなら、転移でそれなりの場所まで行ける。そこからなら、問題なく帰れるだろう」

 ここのダンジョン、かなり深い場所まで潜ってはいるが、実のところ、俺たちがこれまで冒険してきた中で最も強い魔物が出るエリアは、このダンジョン周辺なのだ。

 昨日の森でスタブ・バローズが出てきたことを考えれば、あの辺りでやっと、この周辺の敵に近づいてきた、という感じ。

 まだまだ脅威度は、この辺りの方が高い。

 これまでで最強だったダールズ・ベアーは、あれ以降遭遇していないが、それでも二人で歩くには少し不安。

 そこの部分を転移でショートカットすれば、たぶん俺たちだけでも、無事に町に戻れるはずである。

 もちろん、ハルカたちと合流できるのが一番なんだけどな。


    ◇    ◇    ◇


 ハルカたちを待つ間、俺が最初に取り組んだのは簡易的な砦……とまで言うと大げさかもしれないが、シェルター的な物を作ることだった。

 今回、ダンジョンに入る前に、広場部分は簡単な柵で囲んでいたが、所詮は簡単な柵。強力な魔物を止められるような物ではない。

 その上、今の俺たちは二人だけ。

 身を守るための物は必須だった。

「転移陣で戻ってくるポイント、そこを囲む様に壁を作ろうと思うんだが、どう思う?」

「そうですね、今後のことも考えると、有益かもしれませんね。戻ってきて、即魔物と遭遇という危険も避けられますし」

「だよな」

 これまでのところ、転移陣で戻ってきた際にそこに魔物がいた、という経験はしていないが、あり得ない話では無い。

 この周辺、普通に魔物が跋扈しているのだから。

「まぁ、今現在の危険性に関して言えば、ダンジョン内で過ごすという方法も取れますけど。一層の敵は弱いですからね」

「……なるほど。ここで野営するよりも、ダンジョンに入っていた方が安全なのか」

 そいつは盲点だった。

 基本的に、ダンジョンの魔物は外に出ないし、外の魔物もダンジョンに入らない。

 つまり、ダンジョンの一階層であれば雑魚しかいないということ。

 それこそ、『聖域サンクチュアリ』でも使っておけば侵入を防げる程度の魔物ばかり。

 安全性を考えるなら、ナツキの言うとおりなのだが……。

「いや、やはり壁は作ろう。今後の安全性向上のためにも。あと、明るい方が嬉しい」

「私もそれは同じですね。――雨が降らない限りは」

 テントはハルカたちが持ってるからな。

 一応、タープ的な物は持っているが、それを使うぐらいなら、ダンジョンに入る方がマシだろう。

「えーっと、壁は崖を背にして、コの字型で良いか」

 ダンジョンの入口がある崖。その近くに転移陣の帰還ポイントはある。

 その帰還ポイントを含めるように(ただし、ダンジョンの入口は含めないように)、崖を背にして一辺六メートルほどのコの字を描く。

 大きさとしては、学校の教室よりも一回りほど小さい感じだろうか?

 このぐらいのスペースがあれば、俺たちのパーティー七人が野営するにしても十分だろう。

「防衛のことを考えたら、壁の上に登れる方が良いよな。厚みは一メートルほど、高さは……二・五メートルほどで良いか」

「入口はどうしますか?」

「アーチ型に穴を開けて……いや、扉を作ることを考えれば、四角の方が良いか」

 今後どうするかはまた考えるとして、とりあえずは人一人が何とか通り抜けられる程度の隙間――トーヤだと少しキツいぐらいの隙間を空けておくことにする。

 扉が手に入ったら、その時に大きさを調整すれば良いだろう。

 魔法で作ると、改修が簡単なのが大きなメリットだよな。

 今回は速度優先という事で、素材は奇をてらわない普通の土。

 『土操作グランド・コントロール』で最も簡単に操作できるその辺の土を使って、壁を立ち上げていく。

 壁に土を使った分、外側の土が減って堀のようになるのだが、それもまた良し。

 強度には劣るが、魔力の節約と速度優先。

 それでも壁を作り終わる頃には魔力も枯渇し、その日はそのまま就寝。

 翌日からは、広場を囲む様に作っていた木の柵を置き換えるように、土壁作りに励む。

 こちらはダンジョンの入口を含むコの字型。

 高さを三メートルほどにする代わりに、厚みは五〇センチほどに抑えて、魔力を節約。

 上に登るのは厳しいので、砦としてはやや問題なのだが、対処方法はある。

 それが、ナツキの作っている物見台二つ。

 俺が壁を作っていた間、する事が無かったナツキはそのへんの木を切りだして、『【木工】スキルが身につくかもしれませんし……』などと言いながら、キャンプ場にある様なテーブルや椅子を作っていたのだが、所詮は簡単な造作物。

 椅子なんて、丸太を輪切りにして並べただけなので、一日目にして作業は終了していた。

 そんなナツキが二日目以降に作り始めたのが、その物見台。

 丸太を組み合わせただけの比較的簡単な代物なのだが、人が立つ場所は四メートル近い高さにあるし、二、三人程度なら立てるだけの広さもある。

 周辺の監視や弓、魔法などによる攻撃には十分に使える。

 ちなみに、これの作製は俺も手伝っている。

 さすがにこの範囲の壁を一気に作れるほどの魔力は無いので、適度に休んで魔力の回復をしつつ、ナツキを手伝ったり、昼寝をしたり、ご飯を食べたり。

 ナツキと二人して、結構のんびりと一日半ほど。

 とりあえずの防衛設備が完成した。

 強度自体はそこまでではないので、ダールズ・ベアーが攻めてきたら危ないが、この辺で普通に出てくるキラーゲーターや、スタブ・バローズあたりでは侵入もできないだろう。

 フォレスト・ハイド・スパイダーは……侵入は可能かもしれないが、基本的に木の上にいる魔物なので、木の生えていないこちら側に入ってくることは、たぶん無いだろう。


「これで安心して、ハルカたちの帰りを待てるな」

「ですね。とは言え、さすがにそろそろ戻ってきても良いと思いますが……」

 今日は、俺たちがダンジョンから出てきて二日目。

 俺とナツキは、帰還ポイントの傍に作ったテーブルを使って、昼食を摂っていた。

 暇に厭かせて作った、バーベキューコンロで肉を焼きながら。

 材料は工事中に何度か襲ってきたスタブ・バローズである。

「うーむ、まだ時間が掛かるようなら、小屋でも作るか? ログハウス的な」

「ログハウスですか。作り方が判りませんから、上手くできるかどうか……」

「うん、俺も知らないな」

 俺の持っている知識なんて、木の皮はきちんと剥がないとダメという事と、幹を削って組み合わせていくという事ぐらいである。

 これでは、壁はできても屋根も扉も、作れるはずがない。

「やはり、シモンさんにでも手解きを受けるか?」

「もしくは、組み立てるだけで作れるような小屋を作ってもらうか……あ、ユキに習わせましょうか? 【大工】とか【木工】のスキル、コピーできるかも?」

「おぉ、それは良いな。簡単な小屋ぐらいなら、レベル1のスキルでも作れそうだし」

 考えてみれば、ユキの【スキルコピー】って、知り合いが増えれば増えるだけ、地味に有効だよな。

 手解きを受けられるほど仲良くなるのは、簡単では無いだろうが、冒険者に必要なスキル以外でも、覚えられるわけで。

 長期的に見れば、一番潰しが効くのはユキなのかもしれない。

 いや、ハルカやナツキも【裁縫】や【調理】みたいなスキルを持っているし、トーヤには一応、【鍛冶】がある。

 ……おや? 冒険者を引退して一番役立たずになるのって、もしかして俺?

 ハルカのヒモ確定……?

 ――あ、いやいや、俺には魔法があった!

 氷を作れるだけでもお仕事になるのだ。

 セーーフ! ダメ人間、回避。

 将来家庭を持った時、『お父さんのお仕事ってなに?』と子供に訊かれても、空気が凍るような事態は避けられた! ふぅ。

「ナオくん、食後のデザート、何を食べますか? ケーキでも出しましょうか? テーブルもある事ですし」

「お、良いな。じゃあ、それで」

「では、紅茶も一緒に淹れますね」

 簡単につまめるクッキーや果物に対し、やはりケーキはテーブルとお皿、それにフォークがないと食べづらい。

 ナツキは切り分けたケーキをお皿に載せると、ティーカップに紅茶を注いで俺の前に並べてくれた。

 ちなみにこの紅茶は自家製。

 高級茶葉と比べてどうかは知らないが、それなりに飲めるので問題は無い。

 端から見れば、森の中で優雅にお茶をしている二人。

 何してるんだって感じだが、人目がないので問題ない。

 俺はケーキをフォークで切り分けると、一口パクリ。

「うん、美味い」

「ありがとうございます。お代わりもありますよ」

「うーん、食べ過ぎたら、太らないか?」

「そんな事、気にする必要も無いほど、動いていると思いますけど、私たち」

「ナツキたちも体重は――」

「ナオくん、何か言いましたか?」

「いえっ! 何でもありません!」

 ニッコリと笑ったナツキに、俺は即座に首を振る。

 危ない。

 まったく気にする必要が無くても気にするのが女性だった。

 今はただ、このケーキを味わうことに専念しよう。

 そんなことを思って、再度パクリとフォークを咥えた俺の視界の片隅で、光が生まれた。

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