292 パーティー当日 (2)
そんな俺の悩みを晴らしてくれたのは、ハルカだった。
「ナオ、どうぞ?」
「お、ありがと」
ハルカから差し出されたのは、何種類かの料理がすでに取り分けられたお皿。
ローストビーフ(素材はレッド・タイラント・ストライク・オックス)にハンバーグ、野菜サラダに目玉焼き、そして、ある意味でのメインディッシュ、俵型のおにぎり。
精米機が完成した事は聞いていたのだが、実のところ俺は未だ、その精米機で精米したご飯を食べた事は無かった。
一週目はトーヤと町の外に出ている事が多く、二週目はユキと出かけていたので、タイミングが合わなかったのだ。
「凄いな、米っぽい」
「うん、ちょっと苦労したからね、その、米っぽくする事に」
今回のご飯、以前、俺たちが手作業でひたすら剥いた米とは違い、粒が小さい。
籾摺り、精米に関してさほど難しくなかったが、この小さい粒――具体的には米一粒を四等分する機能に苦労したんだとか。
早速そのおにぎりから口を付けると、ほろほろと崩れるご飯粒の食感が。
「ご飯として食べるなら、これぐらいが良いよな、やっぱり」
「うん。お団子とかにするなら、あの粒の大きさでも影響は無いんだけど、ね」
「こちらは、ナオくんとユキの成果です」
「おぉ、キノコのお味噌汁」
横からナツキが手渡してくれたのは、キノコがたっぷり入ったお味噌汁。
うんうん、おにぎりにはお味噌汁だよな。
「お味噌、モドキだけどね。でも、お米が手に入ったから、そのうち本当のお味噌が食べられるかも?」
「……期待して良いのか?」
インスピール・ソースで食事に関する不満はかなり解消されているが、本物が食べられるのなら是非に食べたい。
やはり、インスピール・ソースで作る物は、『それっぽい』だけなので。
「そのへんは、ナツキ次第かな? ね、ナツキ」
「はい、努力はしてみるつもりです。麹菌さえ分離できれば、後は問題ないはずです。味噌も醤油も」
「作った事があるのか?」
「当家では味噌と醤油の作り方は、母親から娘へと伝えるべき事柄でしたから」
さすが旧家。古風な風習が。
ウチでは、味噌はスーパーで買ってくる物だったぞ?
「じゃあ、古宮家では、味噌や醤油は自家製だったの?」
「いえ、味噌は自家製ですが、醤油の方は教えてもらう際に一度作っただけで、普段は市販品でした。ちょっと手間がかかるので。昔は醤油を搾る業者がいたそうですが、最近はありませんからね」
手作り味噌というのは時々聞くが、手作り醤油を聞かないのはそれか。
そのまま使える味噌と違って、搾ったりする手間が掛かる醤油は、難しそうだもんなぁ。
――火入れも必要なんだっけ?
生醤油とか売ってた事を考えると。
「ちなみに、その試しに作った一回はどうしたんだ?」
「さらしを使って自分で搾りました。専用の道具が無いので、程々にしか搾れませんでしたが、とても美味しかったですよ?」
「自家製醤油か……なんか、聞くだけで美味そう」
お弁当に付いてくる醤油の不味さと、生醤油の味を考えれば、ナツキの言うとおり、きっと搾りたての醤油は美味しいんだろうなぁ。スーパーで買えるレベルの生醤油でも全然違うんだから。
「やはり、和食に麹菌は必須ですから、上手く培養したいところです。日本酒やみりんも作れますし。代用品だと繊細な味が出ないんですよね」
「十分美味いけどな、ナツキたちの作る料理は」
「ありがとうございます。でも、妥協はしたくないんです」
まぁ、テレビの料理番組をチラ見すると、和食の料理って、酒、醤油、みりんで味付けする物、多いしなぁ。
作れるのなら是非作ってもらいたい。
……ん? 麹で酒造り?
「と言うか、何でナツキは酒造りの方法まで知っているんだ?」
酒造りって、規制があったよな?
「だって、当家では……あ、いえ、何でもありません」
尋ねた俺に、ナツキはむしろ不思議そうな表情を浮かべ答えかけたが、途中でハッとしたように口を押さえた。
「え、そこで止める?」
「い、一応言っておきますが、法的にはギリギリ問題ない、ですよ? えぇ、宗教的なお酒造りは許容されますから」
本来、免許を持たずに酒を造る事は禁止されているが、一定の条件下で、神社などで作る場合は密造酒にはならないらしい。
そういえば以前、神社に嫁いだ親族がいたという話を聞いたような……?
その関連か?
「日本酒が造れる、と聞こえました!」
いつから聞いていたのか、そんな言葉と共に寄ってきたのは、ドワーフだった。
「出たわね、酒好き種族」
「ナツキさん、作れるんですか!? 作るなら僕、協力は惜しみませんよ? えぇ、惜しみませんとも!」
「お、おぉぅ、トミー、落ち着け? ほら、ナツキも引いてるから」
知り合いとはいえ、髭面の見た目オッサン(実際は若いのだが)に詰め寄られ、ナツキは俺の背後に隠れるように――いや、むしろ俺を押し出すようにして、トミーから距離を取っていた。
「あ、す、すみません。ちょっと興奮してしまいました」
「いや、良いんだが……トミーは、こっちの酒を楽しんでるんじゃないのか?」
そう言いながら俺は、トミーの持つジョッキを指さす。
彼のジョッキに入っているのは、トミーたちが自分で持ってきた酒。
俺たちの用意した飲み物はノンアルコールが多い上に(人数的に、未成年の子供が最も多かったので)、アルコール入りの方はまだ封が開いていない。
差し入れとして持ってきた物を、むしろ自分たちで飲み干すような勢いで飲むのはどうかとも思うが、俺たちはあまり酒を嗜まないし、彼らが楽しんでいるのなら、まあ、良いのだろう。
「えぇ、まぁ、それなりに美味しいんですが……あまり洗練されているとは言えないんですよね。今回持ってきたエールは、ちょっと良いヤツなんですが。ピニングで美味しいと有名な酒蔵の」
「あぁ……」
もしかしてあそこだろうか?
俺たちが関わって、現在はネーナス子爵が管理しているらしい、あの酒蔵。
「思ったよりも手頃な価格なんですが、手に入りにくいのが難点なんですよね。今回は、シモンさんの伝手で入手できて良かったです」
うん、それっぽいな。
ちなみに、俺たちが用意した方にもそれは含まれている。
報酬として貰った物があるので。
だが、トミーが日本酒造りをしてくれるのであれば、それはそれで助かるかもしれない。
俺はあまり詳しくないが、味噌は仕込みを終わらせれば、後は放置しているイメージ。
それに対して、日本酒って手間がかかる。
たしか、混ぜたりするんだよな?
仕事で何日も家を空ける俺たちには、面倒を見切れないような気がする。
ナツキの方を見ると、彼女の方も少し考えてから頷いた。
「トミー君。麹菌が分離できたら、提供しましょうか? 日本酒の造り方と一緒に」
「本当ですか!?」
ナツキの言葉にトミーは目を輝かせてナツキにグイグイと近づこうとして、先ほどの事を思い出したのか、逆に一歩下がった。
「はい。その代わり、できた日本酒は私たちにも分けてもらいたいですが」
「もちろんです! そもそも、皆さんにお米を提供してもらえなければ、作れませんからね」
それがあったな。
日本酒造りに米は不可欠。
買ってきたのは酒米ではないが……この情熱があれば、きっとなんとかしてくれるだろう。
「あぁ、どうしようか。良い土地が確保できれば良いんですが……」
「いや、トミー。あなた、酒造りのために土地を買うつもりなの?」
腕を組み、何かを考えるように周囲をうろつき始めたトミーの呟きを聞きとがめ、ハルカが驚いたように口を挟んだ。
「はい、もちろん。酒蔵無しにお酒は造れないですから。幸い、皆さんのおかげでその程度のお金はありますからね」
「いきなりギャンブルに走るのは止めなさい。この庭の一角を貸すから。――良いわよね?」
呆れた口調でトミーを止めたハルカの提案に、俺とナツキも頷く。
トーヤとユキも、恐らく反対はしないだろう。
成功するか不明な物――事業に対する投資なんて、そんなものかもしれないが、それでもリスクを下げる事ができるのであれば、そうすべきだろう。
この辺りならさほど地価は高くないが、最初から大規模生産するわけでもなし、小屋程度ならこの庭にも十分建てられる。
「建物の建築コストや必要な道具類に関しては――」
「それらに関しては、もちろん僕が揃えます! お任せください! それに、きっと師匠やシモンさんも協力してくれるでしょうから」
そう言ってトミーが見た方向を見ると、その二人がジョッキ片手に料理をむさぼり食っていた。
まだ壮年と言って良いガンツさんはともかく、老年に達しているシモンさんの健啖ぶりはかなりのもの。
それでいて、お酒もがぱがぱ飲んでいるのだから、酒好きである事は間違いないか。
「それでは、その時にはお願いしますね」
「はい! 期待しています!」
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