291 パーティー当日 (1)

 一周年記念パーティーの当日。

 最初にやって来たのは、アエラさんとルーチェさんだった。

 ハルカたちは料理の準備をしているので、出迎えは俺とトーヤの役目。

「本日は、お招きありがとうございます」

「ありがとうございます。こちら、お祝いです」

「こちらこそ、来てくれてありがとうございます。お店、忙しいだろうに」

 差し出された小さな樽を受け取りつつ、俺もお礼を返す。

 これは、お酒、かな?

 俺たちはほとんど飲まないが、飲む人も来るので、ありがたい。

「何か、お手伝いできることはありますか?」

「えーっと、たぶん大丈夫だとは思うが、ハルカたちの方へ行ってみてくれるか? 台所にいるから」

 俺、それにトーヤがやっているのは、庭にテーブルなどを並べる作業。

 こちらを手伝ってもらうのも何なので、ハルカたちのいる台所を指さす。

 二人は料理のプロと配膳のプロだし?

「解りました。それではまた後ほど」

「失礼します」

 二人が家の中に入ってしばらく、次にやって来たのは、トミー、ガンツさん、シモンさんの職人組。

 こちらもお酒の入った樽を一つ持参。

 アエラさんたちが持ってきた物よりも二回りは大きく、トミーが担ぐようにして持っている。

 三人で一緒に購入した物らしい。

 この三人にはやってもらうことも無いので、適当に座って待っていてもらい、設営の続行。

 料理が並び始めたところで、メアリとミーティアに孤児院へと走ってもらった。

 孤児院の子供たちは二〇人以上。

 その人数の子供たちが、おとなしく待てるかというと……ちょっと疑問だったので、準備ができてから呼ぶことにしていたのだ。

 メアリたちが戻ってくる前に到着したのは、ディオラさん。

 これで孤児院組がやってくれば、招待客は全員である。

「ディオラさん、今日はわざわざありがとうございます」

「いえ、私の方こそ、お招きありがとうございます。一周年でパーティーをすると聞いた時は少し驚きましたが……余裕があるのは良い事です」

「やはり珍しいですか」

「パーティーメンバーだけで、酒場で祝杯を挙げたりはするでしょうが、こんな風に人を呼んだりはしないでしょうね。……そもそも、一年で人を呼べるような家を手に入れている事自体、普通の冒険者では無理ですから」

 ディオラさんはそう言って苦笑を浮かべる。

 まぁ、それは理解できる。

 俺たちが可能なのは、冒険者になった時点で十分なスキルを持っていたからだし。

「お仕事の方は大丈夫ですか? ディオラさん、副支部長なんですよね?」

「大丈夫ですよ。私もたまには休まないと。それに、ナオさんたちには無理をお願いしましたし、お祝いには出させて頂きますとも」

「あれは……まぁ、俺たちの成長にも繋がりましたから」

 少し申し訳なさそうな表情を浮かべるディオラさんに、俺は首を振る。

 ネーナス子爵に関わるあれこれ。

 面倒と言えば面倒だったが、少なくない収穫もあった。

 ダンジョンがもらえた事はもちろん、米を入手することができたし、貴族に関するあれやこれやは、俺たちもいつか向き合う必要があったのだ。

 それを考えれば今回の事は、多少でも有利な立場で交渉が可能だったという面で、渡りに船とも言える。

「そう言って頂けると……。それから、これが届きましたのでお渡ししておきますね。ダンジョン、及びその周辺の所有を認める正式な書類です。そしてこちらは、私からのお祝いです」

 少し高級そうな紙に書かれた書類と、ついでのように渡される一本の瓶。

 瓶の方は、この流れから言って、たぶんお酒。

 ……ん? 瓶入りの酒ってかなり珍しいよな?

 考えるまでも無く、高級品では?

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ~、今後ともよろしくお願いします、ということで。高ランクの皆さんには、お世話になることも多いでしょうし?」

 ニッコリと良い笑顔を浮かべるディオラさんに、少々怖い物を感じる。

 冒険者ギルドの副支部長は伊達ではなく、したたかな所もあるディオラさんだけに。

「ディオラさん、お手柔らかに頼むわね?」

「ハルカ……」

 背後を振り返ると、そこにいたのは苦笑を浮かべたハルカだった。

「もちろんですとも。共存共栄、それが冒険者と冒険者ギルドの関係です」

「そうありたいわね」

 ちょっと肩をすくめるハルカに、ディオラさんから受け取った書類を渡すと、ハルカはそれを開いて確認し、小さく頷く。

 そしてその書類は、興味深そうに集まってきていたナツキたちの方へパスされた。

「間違いないわね」

「はい。国王が正式に認めた所有権ですからね。その土地の内部であれば、かなりの範囲で特権が認められますよ」

「特権ですか?」

「勝手に侵入してきた平民なら、殺してもまったく問題にならないぐらいですね」

 聞き返したナツキに、ディオラさんは平然と、怖いことを言う。

「……そこまで?」

「えぇ。貴族相手ではさすがに無条件に殺すのはダメですが、状況次第では許容されます。相手が下級貴族で、盗掘などしている証拠があれば大丈夫ですね。森での狩り程度ならグレーですが、勝手にダンジョンに入った時点で黒と判断して構いません」

 下級貴族とは、男爵以下の貴族。

 平民相手でも“切り捨て御免”が許されるというのも凄いが、条件付きとは言え、それが貴族相手でも適用されるとは、想像以上にこの“所有権”は凄かったらしい。

「まぁ、一応“許される”だけですから、お奨めはできませんけどね」

「それはそうでしょうね」

 当たり前だが、相手がよほど問題がある人物でも無ければ、そんな事をすれば恨みを買う。

 特に貴族から恨みを買えば、どうなるか、考えるまでも無いだろう。

 まさか、ダンジョン内で一生過ごすわけにはいかないのだから。

「ナオさんたちに“理”と“利”があれば、ネーナス子爵は守る方向で動くと思いますが、“子爵”ですからね。そこまで期待はできません」

「いや、そんな事、する予定は無いぞ? オレたち」

 うん、うん。

 貴族はもちろん、平民だって、ダンジョンに侵入されたぐらいで殺すつもりは無い。

 肉エリアぐらいなら、多少狩られたところで大して問題は無いし。

 果物などを勝手に採られたら嫌だが、その際も拘束して没収、放逐。

 場合によっては、冒険者ギルドに報告。

 その程度だろう。

 だが、ディオラさんは、曖昧な笑みを浮かべ俺たちの顔を見回すと、ゆっくりと首を振った。

「トーヤさん、大抵のトラブルは、予定されていないんですよ?」

「ディオラさん、不吉なことを言わないで欲しいかな? あたしたちの、“今年一年、平穏に過ごせて良かったね”パーティーで」

 ユキの抗議に、ディオラさんは一瞬沈黙、そしてニッコリと笑う。

「……この一年を、平穏と言える皆さんなら、問題ないですよ」

 うん、平穏と言うのはちょっと苦しいな。

 こちらに来たという、一大イベントは措くとしても、色々あったから。

 まさか俺とハルカが、貴族のパーティーに参加させられる事になるなんて、一年前には思いもしなかったし……。

 でも、何とか無事に乗り切っているわけで。

 “平穏”という贅沢は望まないが、次の一年も無事に乗り切れることを願うだけである。


    ◇    ◇    ◇


「本日は、俺たちの一周年記念パーティーに集まってくれてありがとうございます。皆さんのご支援・ご鞭撻のおかげで、無事にこの日を迎えることができています。今後ともご迷惑をおかけする事があるかと思いますが、よろしくお願いします。今日は、存分に食べて、飲んでいってください」

 メアリたちが孤児院組を連れて戻ってきたところで、パーティーは開始された。

 今日の挨拶も何故か俺。

 まぁ、知り合いばかりだから、気負うこともないんだけど。

 俺の手短な挨拶が終わると同時に動き出したのは子供たち。

 向かう先は料理が大量に並べられたテーブル。

 ウチに到着するやいなや、それらに目を奪われていたので、仕方のないところだろう。

 ハルカたちもそれを見越して、そして子供たちが遠慮せずに食べやすいよう、大人組とはテーブルを分けているので問題は無い。

 さて、俺も食べるか。

 何が良いか……俺やトーヤがリクエストしていた料理もしっかりと並んでいるから、目移りしてしまうな。

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