293 パーティー当日 (3)
「ナオ~、飲んでるぅ~?」
「いや、飲んでないが……って、ユキ、大丈夫か?」
トミーがガンツさんたちとの飲みに戻るのを待っていたかのようにやって来たのは、顔を真っ赤にしたユキ。
その後ろからは困ったような表情のディオラさんと、苦笑を浮かべたトーヤが。
「すみません、私が持ってきたお酒を飲んだら、ユキさんが……」
「あぁ、あの瓶入りの。ユキって、酒に弱かったのか?」
そんな俺に答えたのは、ヘロヘロと手を振っているユキ。
「えぇ~? べつに弱くないよぉ~」
「酔っ払いには訊いていない」
ビシリと返答して、ディオラさんに視線を向けると、彼女は苦笑しながら頷いて、持っていた瓶を差し出した。
「飲みやすいお酒だったので、ちょっと飲み過ぎたみたいで……」
その瓶には、すでに三分の一ほどしかお酒が残っていなかった。
一升瓶とは言わないが、ワインボトルよりも大きいサイズの瓶が、である。
俺もちょっとコップに注いで飲んでみるが……うん、とても飲みやすい。
フルーティーな香りがするし、これって、果実酒か?
でも、たぶん、アルコール度数はそれなりに高そう。
「あぁ、これは少し強いですね。日本酒並みでは?」
俺の手からコップをスルリと抜き取り、一口味見したナツキが頷きつつ、そんな事を言う。
うん、なんでナツキが日本酒と比べられるかは、訊いちゃダメなんですね?
日本酒の作り方を知っていたのと同様に。
「ディオラさん、結構良いお値段だったんじゃ無いですか? このお酒」
「……お祝いですから、少しは張り込みましたね」
醸造技術の問題か、この辺りで普通に飲まれているエールはアルコール分がかなり少ない。
そして、蒸留酒は見かけたことが無い。
俺たちがあまり酒に興味が無いからかもしれないが。
「これをこの量飲んだら、弱くなくても酔いますね。すみません、始まったばかりですが、私はユキを寝かせてきます」
「え~、大丈夫だよぉ~」
「ユキ、後から死ぬ思いをしたくなければ、素直に言う事を聞きなさい。ほら行きますよ」
「うー、えー、わかったぁ……」
ナツキに強く言われたからか、ユキは不満そうな表情を浮かべながらも、素直にナツキに手を引かれて家の中に戻っていく。
「すみません、私がもう少し早く止めるべきでした。……思ったより、お酒に慣れていなかったんですね」
謝るディオラさんに、俺たちは首を振る。
「本人の責任ですから、気にしなくて構いませんよ」
「私たち、お酒をほぼ飲まないからね」
「酒よりも美味い料理が良いよな」
「そうね……って言うか、トーヤ、あなたが止めなさいよ。ユキがお酒をあまり飲んでないこと、知ってたでしょ?」
「酒と気付かなかったんだよ。普通にゴクゴク飲んでたから。周囲に酒の臭いが漂ってて、判りにくいしよ」
まぁ、傍ではトミーたちが樽を囲んで宴会をしているからな。
こうなると、子供組とテーブルを離しておいて良かったよ、ホント。
「でも、ハルカさん。ハルカさんなら治療できるんじゃないですか? 魔法で」
「できるわね。ついでに言えば、ナツキも」
そういえば、『
アルコールも毒物だから、それで治せるか。
「なら、治して差し上げれば――」
「ユキには、二日酔いに苦しんでもらって、教訓にしてもらうわ。ナツキも同じ考え方じゃないかしら?」
「……なるほど、そういう考え方もありますね。お酒で失敗している人も多いですから」
「治せても、過ぎた酒量は身体に良くないと思うしね」
それに、常にハルカかナツキが傍にいるとも限らない。
それを考えれば、ハルカの考えも妥当か。
――うん、俺も気を付けよう。
ユキは陽気になってただけで、まだマシだったが、変な酔い方をしたら嫌だし。
泣き上戸とか、人前でなったりしたら恥ずかしさで死ねる。
「でも、ハルカさん。無理にお酒を飲む必要は無いですが、多少は飲めた方が良いかもしれませんよ? 今後のために」
「そういうもの?」
「パーティーに行くと、出ますからね、お酒は。主催者から勧められると、口を付けないわけにもいきませんし。ナオさんとハルカさんは婚礼のパーティーに参加されたのでは?」
「よくご存じですね。あの時は、イリアス様の付き添いでしたからね。軽い物で口を湿らせる程度で、まともに飲んでませんよ」
「それに、そんな機会なんて、そうそう無いでしょ。冒険者なんだから、本格的なパーティーなんて」
「いえ、判りませんよ?」
「「「………」」」
無いはずなんだが、ディオラさんに言われると、不安になるじゃないか。
フラグにならないか、と。
これまでのことを考えると、ディオラさんって、地味に高度なフラグ建築士だし。
そもそも、俺とハルカがそのパーティーに参加することになった遠因は、ディオラさんにあるわけで――。
これは、アドバイス、素直に聞いておくべきだろうか?
「ディオラさんはどうなんだ? パーティーのお酒で何かあったりとか? 貴族なんだよな?」
ちょっとした意趣返しか、トーヤの遠慮の無い問い。
だがディオラさんは、完璧な笑顔でニッコリと微笑む。
「いいえ、まったく。私、酔い潰れたこと、無いんですよね」
「………」
まぁ、確かに、ディオラさんが酔い潰れている姿は想像できないが……そうキッパリと言われると、何か言いたくなるな。
そんな俺の代わりに口を開いたのは、ニヤリと笑ったハルカだった。
「……ちなみにディオラさん、男はちょっと酔っ払っている、女の色っぽい姿に惹かれたりするそうですよ?」
「……はっ!? もしかして、私が結婚できてないのって! ナオさん! 私が酔って、ユキさんみたいになったら、結婚したくなりますか?」
すがりつくように俺に詰め寄るディオラさんを引き剥がし、俺はきっぱりと答える。
「なりません」
目の前にハルカがいるのに、これ以外の答えがあるはずも無い。
「年齢ですか!? 年増だからダメなんですか!?」
「それ以前です! 仮に色っぽく見えても、いきなり結婚とか思いませんから!」
「やはり、焦りが出てしまうのがダメなんでしょうか……」
首を振る俺に、ディオラさんは意気消沈して、項垂れる。
下手に煽ったハルカに非難の視線を向けると、ハルカは困ったような笑みを浮かべて両手を合わせていた。
まぁ、落ち着いたから良いけどさ……。
だが鎮火しかけたところで、油を掛けたアホがいた。
トーヤである。
「けどよ、ディオラさんみたいに、あんまり完璧すぎる女性って、近づきがたい部分はあるよな」
「えぇ!? じゃあ、ハルカさんは何ですか! ちゃっかりナオさんとくっついているじゃないですか!」
再度燃え上がったディオラさんが、ビシリとハルカを指さした。
「いえ、私は別に完璧ってわけじゃ――」
指さされたハルカの方は焦ったように手を振るが、その言葉はディオラさんに遮られる。
「外見! 超美人! 仕事! できる! 稼ぎ! 言う事無し! 料理! プロ並み! 完璧じゃないですか~~。きっと家事もできるんですよね? できなくても光魔法でなんとでもできますもんね!? 私なんて、目じゃないですよね!」
――おや? 否定できないぞ?
惚れた弱みとか、あばたもえくぼとか、そんな事を差し引いても、間違ってないんじゃないか?
稼ぎや仕事に関しては横に措くとしても、他のことに関しては――。
「えぇ、えぇ、解ってるんです。私なんて、中途半端なんですよね。仕事がちょっとできるだけで、容姿も半端、爵位も半端、稼ぎも半端。総じて魅力に乏しいんです……」
うじうじと愚痴り始めたディオラさんから少し距離を取り、トーヤの手を引っ張る。
「(おい、トーヤ。フォローしろよ)」
「(え、オレが? 火を付けたのはハルカだろ?)」
「(油を注いだのはお前だろ? そもそも、俺やハルカがフォローできるか? あの愚痴の内容で)」
「(……無理だな。確実に燃料だ。りょーかい。ま、ディオラさんには世話になってるしな)」
トーヤは軽く肩をすくめると、ディオラさんの方へと近づき、ポンポンと背中を叩いてテーブルの方へと誘導する。
「まぁまぁ、ディオラさん。今日は飲もう! 仕事とか大変なんだろ? オレが愚痴を聞くから、今日は全部吐き出そう! な?」
そんなトーヤに、ディオラさんは顔を上げ、少し救われたような表情を向けた。
「うぅ、トーヤさんは優しいですね。トーヤさんみたいな人に、一〇年前に出会いたかったです」
「あ、オレ、獣耳のお嫁さんをもらうので」
おいっ!!
お前が獣耳好きなのは知ってる!
知ってるが、この場面でそれを言うか!?
「うわーん! 私なんてぇぇぇ。獣耳が生えれば結婚できるんですかぁぁ!?」
……ディオラさん、酔わないって言ってたけど、実は酔ってるんじゃないだろうか?
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