S020 毎度の無茶振り (1)
今日は久しぶりにハルカさんたちがお店にやって来た。
どこか遠くの町まで、仕事で出かけると言っていたから、そこから帰ってきたってことだろう。
その手に持っているのは、小さな袋。
もしかして、僕にお土産?
お仕事なんだから、気にしなくて良いのに。
でも、くれるって言うなら、遠慮するのも悪いよね。
ありがたくいただこう。
この世界でお土産となると、食べ物とかかな?
――そんな僕の期待と予想は、半分ほど当たっていた。
ハルカさんたちは確かにそれを、僕に差し出した。
と、共に、こうも告げた。
「お米を見つけたから、精米機を作って」と。
マジですか! と喜びつつ、袋を開けた僕の目に飛び込んできたのは……米?
僕の知っているのと違うんだけど?
ちょっとデカすぎないかな?
これって、食べて美味しいの?
あ、美味しかったと。
普通に食べられると。
ふむ。ならばやらねばなるまい。元日本人として。
もしかしたら、日本酒とか、作れるかもしれないしね。
エール、それなりに美味しいけど、所詮、それなりなんだよねぇ。
ドワーフ的には、美味い酒を造らないわけにはいかないのだ!
さて、米を預けたハルカさんたちは、僕に支払うための『依頼料を稼いでくるから』と再び出かけていったので、僕は一人で機械の設計に取りかかった。
正直、ハルカさんたちから依頼されて作った物は普通に利益が出るし、普段からお世話になってるから、別に依頼料とか無くても良いんだけどね。
材料費をもらえれば、それで十分って感じ。
ミンサーも作るのには少し苦労したけど、十分に利益を出してくれてる。
そう言ったら、『仕事にはきちんと報酬。当然でしょ?』と言われてしまった。
まぁ、おかげさまでかなりの貯蓄ができているから、ありがたいことは確かなんだけど。
……やっぱり家でも建てようかなぁ?
でも、独りで住むのはなぁ。
僕もそのうち、お嫁さんとかもらうのかな?
さて、精米機。
幸い、家庭用精米機自体は見た事ある。
僕の母親が「精米したてが美味しい!」とか言って、家庭用精米機を買ってたから。
構造も単純で、簡単に言えば金属製のザルが回転するだけ。
業務用の精米機の構造は知らないけど、ハルカさんたちの家で使うんだろうから、これで良いよね。
難点は、このサイズのお米でもきちんと機能するかだけど……ま、そのへんは玄米が手に入ってから実験すればいっか。
まずは、それ以前の問題があるから。
それは、籾摺り。
これについては詳しくない。
店で籾付きの米なんて売ってないし、家庭用籾摺り機なんて、寡聞にして知らない。
アイドルグループが米作りをする番組だと、木の臼を使ってたけど、まさか現代の籾摺り機はそんな物を使ってないはず。
ここで実現できそうな物なのだろうか……?
「……あ。そういえば。麦でも籾殻は取るはずだよね? 訊いてみよう」
「あん? 麦の殻? そんなもん取らねぇぞ?」
とりあえず、と師匠に訊いてみたところ、返ってきたのはそんな答えだった。
「え? じゃあ、粉にする時は……」
「石臼で挽いたり、水車を利用して砕いたり、だな。チョイと良い粉はそこから
後からハルカさんたちに訊いてみると、全部まとめて粉にしたのが所謂全粒粉、周りを削ってから粉にしたのが一般的な小麦粉、なんだって。
あんまり料理とかに詳しくない僕でも、全粒粉は聞いた事がある。
色々入っていて、健康に良いとか何とか。
なるほど。毎日食べているパンは健康的なパンだったのか。
……あ、違う。
そもそも黒パンって小麦粉じゃないや。
健康的なことに違いは無いかもしれないけど。
「麦については判ったけど、籾摺りの役に立たないことは間違いないね、これだと」
欲しいのは米粉じゃなくて、米粒。
まとめて砕いてオッケー、とは、なるはずもない。
「木の臼を組み込む? ……いや、さすがにそれはダメかな」
それで良いのなら、僕の所に話を持ってきたりはしないだろう。
ハルカさんたちが持ってきた米の量は一キロあまり。
それの中から数粒取りだして観察する。
「形は正に米。普通に大きくなっただけで、籾殻は少し厚め? 手でも剥けなくはないけど……殻剥きゴーレムとか? ――無いね。それ、鍛冶屋の仕事じゃないし」
両手の平で米を挟んで、ギュッギュッと擦り合わせれば、籾殻も取れなくはない。
けど、数粒程度でも全部綺麗に剥けるまでには何度も擦り合わせないとダメだし、やはり、昔ながらの木臼が一番効率が良いのかも。
殻さえ剥けてしまえば、後は風で籾殻を吹き飛ばし、残った玄米を精米すれば良いのだから。
などと、構想を練っていると、再びハルカさんたちが襲来――もとい、来訪した。
ダンジョン探索を終え、資金面で目処を付けてきたらしい。
「トミー、どんな感じ? もしかして、すでにできていたりするかな?」
「ユキさん……そんな簡単じゃないですよ。未だ構想段階です」
「そうなの? そこまで難しくないかな、と思ってたんだけど。どこが問題になってるのかしら?」
「一番最初の籾摺りですね。木臼でやるしかないかな、と思っているんですが」
ハルカさんたちに、今考えている構造を説明する。
と言っても、単純に錬金術で作れるモーター(モドキ)をハルカさんたちに提供してもらって、木臼の回転を自動化、籾殻を自動で吹き飛ばす、程度の物なんだけど。
簡単に言えば、木臼と唐箕を合体させ、動力を魔力に頼る、ただそれだけ。
構造的には一九世紀である。
「問題は、たぶん木臼の目立てを頻繁にしないといけなくなるかな、というところなんですが。――現代の籾摺り機の構造とか、ご存じありませんか?」
「現代の籾摺り機は、ゴムローラーを使ってますね。簡単に説明するなら、回転速度の違う二つのゴムローラー、その隙間を通すことで籾殻を剥ぎ取るようです」
あまり期待せずに尋ねたことに、あっさりと解答してくれたのはナツキさんだった。
そして、その事に驚いたのは僕だけではなかったらしい。
ハルカさんがちょっと目を見開いて、小首を傾げる。
「ナツキ、良く知ってるわね?」
「精米機の会社に、見学に行ったことありますから」
「……そういえば、お土産もらったね。乾燥したお米。お土産としては微妙だったけど、結構美味しかった」
「アルファ化米ですね。他に適当な物が無かったんですよ。ただのお米よりは良いでしょう?」
「確かに、ちょっと面白かったけどね」
なるほどね。
工場見学に行ったら、そのへんの構造も説明されるか。
無料、もしくは少額で案内を受けられる上に、お土産とかもらえてお得という話は聞いた事ある。
ビール工場とかも、無料でビールが試飲できるとか何とか。
くっ、僕も工場見学に行ってたら、美味しいビールが造れたかもしれないのに!
未成年だったからなぁ……残念。
「ところで、ゴムってあるんでしょうか? 手に入りますか?」
「それは大丈夫。天然ゴムかどうかは別にして、それっぽい物は錬金術で作れるから、提供するわ」
「ありがとうございます。では、それを使って籾摺り機を作ってみますね。精米機の方は、家庭用精米機と同じ構造で良いですか? 簡単に言うと、ザルの中でお米を撹拌するだけですが……」
僕の母親が使っていた物は、量と搗き具合を設定したら自動で止まるようになっていたけど、それは難しそうなので、そのへんは目で見て、自分で止めてもらう必要がある。
もし僕がゴーレムとか作れるようになれば、コンピュータ制御ならぬ、ゴーレム制御の道具が作れるようになるかもしれないけど……無理かなぁ。
「それで構わないわ。あと、できればお米を四分割できるようになれば、なお良いんだけど……」
「よ、四分割ですか……」
なかなかに難しいことを言ってくれる。
でも、言わんとすることは理解できる。
だってこのお米、大きすぎるから。
美味しく食べられたとは言うけれど、炊くことを考えれば、できるだけ僕たちの知っているお米ぐらいのサイズが良いよね。浸水時間や食べた時の食感としても。
「……解りました。頑張ってみます」
「ありがとう、期待してるわ」
職人として妥協はできぬ、と頷いた僕に、ハルカさんがにっこりと微笑んで、お礼を口にする。
うん、とっても眼福だね。
でも、そんな綺麗な顔のハルカさんは、結構容赦が無いんだけどね。
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