S021 毎度の無茶振り (2)

「さて、次は別の仕事になるんだけど、メアリとミーティア、知ってるわよね?」

「――えぇ、もちろん。歓迎会にも参加させてもらいましたし、時々お店にも来ますからね」

 えっと、今、精米機作りに悩んでいた事、ご存じですよね?

 更にお仕事ですか?

 仕事をくれる事自体は、ありがたいんだけど!

「あの二人に白鉄の鎖帷子を作ってあげようと思ってるの。これは……ガンツさんと相談した方が良いかしら?」

「あ、それなら、僕から伝えておきます。師匠が作るか、僕が作るかは判りませんが」

 ほっ。これなら通常業務。

 たぶん、師匠がやってくれるから――いや、やってくれるように伝えるから、僕は大丈夫。

「そのへんは任せるわ。お願い」

「はい。ご注文ありがとうございます」

 でも、日本円にして数百万円レベルの防具をポンと注文するとか、やっぱ冒険者って凄い。

 かといって、今となっては冒険者になりたいとは、あまり思わないんだけどね。

 ハルカさんたちが特別で、大半の冒険者は、そうじゃないという現実を知ったから。

「ついでに、これは新規開発……ううん、もしかしたらあるのかな? これもガンツさんと相談して欲しいんだけど、ロッククライミングに使う道具を作って欲しいの」

「ロッククライミング、ですか?」

「ダンジョン内で必要になったんです。ハーネスやロープ類は私たちで用意できますが、ピックやカラビナ、ロープを掛けるための金具などが欲しいのですが……売っては無いですよね?」

「少なくともお店には並んでませんね」

 岩場を登るという需要が、この世界に存在しないという事は無いだろうから、何らかの道具はあると思うけど、少なくともこのお店では扱っていない。

 師匠に訊いたら何か判るかな?

 そしてたぶんこれは、“ついで”のお仕事にはならない気がする。

 僕の勘では。

「僕、現代的な道具に関しては、良く判らないんですが……ロッククライミングなんてやったことないですから」

「それはあたしたちも一緒に考えるから、心配しなくても良いよ? 技術さえ提供してくれれば。ま、あたしたちもテレビで見た程度の知識なんだけどね~」

 ユキさんがそんな事を言って「あはは」と気軽に笑うけど、それに命を預けることになるんですよね?

 それを作るのは僕なんですよね?

 万が一壊れて誰か亡くなったりしたら……うぅ、胃が痛くなりそう。

 壊れたら命に関わるのは、武器でも同じなんだけどさ……。

「そこまで気負わなくて大丈夫ですよ? 強度確認も含めて、私たちが自分たちの責任で使いますから」

 僕のそんな内心に気付いたのか、ナツキさんは優しく言ってくれるけど、それであっさり『そうですか』と納得できるほど、僕の心臓は強くない。

 ……うん、本当に気を付けて作ろう。

「それから――」

「ま、まだあるんですか!? 正直キャパオーバーなんですが……」

「あぁ、これはお仕事じゃないから心配しないで」

「あ、そうですか、良かった……」

 さすがにこれ以上仕事を積まれると……いや、仕事が無くて暇という状況よりは良いんだろうけど。

「そうそう。あたしたち、パーティーを組んで一年経つでしょ? 無事に生き残れた事も含め、お祝いパーティーでもしようかなって」

「トミー君も、お時間が取れるようなら来ませんか? 多少豪華な料理が食べられるだけで、何があるわけでもないですが」

「もちろん行かせて頂きます!」

 良かった、気楽な話だった。

 そして、ハルカさんたちの手料理を食べられる機会、逃すわけが無い。

 “だけ”どころか、むしろそれが“何”である。

 “微睡みの熊”の料理も美味しいけど、やっぱりハルカさんたちの作った料理の方が美味しいんだよね。

 掛けているコストの違いか、それとも元日本人として味の趣味が似ているのか。

 どちらにしても、万難を排して、参加しますとも。

「でも、もう一年なんですね……」

「えぇ。何とか生き残ったわね、お互いに」

「生活の基盤も、何とか築くことができましたしね」

「僕の場合、トーヤ君も含めて、皆さんのおかげですけど」

 そう言った僕に、ナツキさんたちは首を振る。

「トミー君が真面目にやって来たからですよ」

「そうね、私たちは軽く手助けしただけで」

 そうは言うけど、実際は『軽く』どころじゃない。

 最も高い最初のハードル、弟子入りができたのは、師匠とハルカさんたちの間にある程度の信頼感があり、トーヤ君が骨を折ってくれたから。

 それ以降の仕事に関してもそう。

 弟子入りした直後、どこの誰とも判らない鍛冶師ができる事なんて、普通は師匠の手伝い程度。

 それなのに、ハルカさんたちは僕に直接、割の良い仕事を依頼してくれるから、お金に困ることも無かった。

 でもそれを言ってもハルカさんたちは否定しそうだから、僕はただ一言、「ありがとうございます」と言って頭を下げたのだった。


    ◇    ◇    ◇


 ハルカさんたちから提供されたゴム素材とモータのおかげで、籾摺り機は比較的簡単に形になった。

 ほぼナツキさんから教えてもらった構造そのままで、工夫したのはローラーの隙間を細かく調節できるようにしたところぐらい。

 ハルカさんたちにもう何種類かのお米を提供してもらったところ、種類によってサイズ差があったので、この機能は結構重要。

 でも、基本はローラーが二つ回っているだけである。

 精米機の方は更に単純。

 参考までに、とハルカさんたちが以前作ったフードプロセッサーを持ってきてくれたので、それをほぼそのまま丸パクリ。ちょっと作り替えるだけで終わった。

 予想以上に苦労したのが、米を四分割する道具。

 米を割ろうとすると、砕けちゃうのだ。

 二分割までなら何とかなるんだけど、更にその半分となると、鋭い刃を使ってもかなりの割合で砕けてしまう。

 下手をすると粒よりも粉の方が多くなりかねないレベル。

 一応、投入した量の半分程度は適当なサイズのお米ができるし、副産物の粉の方も『米粉を使った料理を作りますから、構いませんよ?』とは言ってくれたけど、さすがにこれで妥協するのは製作者として負けだよね。

 料理をしない僕でも、毎日食べるご飯と、米粉が同じ量あったら、使い道に困る事は想像が付くし。

 しばらくの間、割るための刃を更に鋭くしてみたり、割る方向を変えたりしてみたんだけど、多少歩留まりが上がるだけで、解決には至らず。

 そもそも鋭すぎる刃は頻繁に研がないといけないから、使い勝手が悪い。

 そんな風に、しばらく行き詰まっていた僕にアドバイスをくれたのは、ハルカさんだった。

 『事前に水に浸けておいたらどう?』と。


 解決した。

 あっさりと。

 事前にお米を一晩ほど水に浸けておく必要はあるけれど、水をしっかりと含んだ米は砕けなくなった。

 もちろん、水を吸い込んでいるので、割った後はすぐに炊かないといけないし、事前に割っておくことはできないんだけど、ハルカさんたちからは『これで問題なし』と太鼓判をもらった。

 そして完成したお祝いに、お米を使った塩おにぎりを食べさせてくれた。

 美味しかった。

 滅茶苦茶美味しかった。

 もちろんお米の品質自体は、日本の方が良いと思う。

 でも、“久しぶりに食べるお米”という思い出補正。

 それに、ハルカさんたち美少女が手で握ってくれたおにぎりという補正……げふんげふん。

 間違えた。

 苦労して自分で作った精米機で、精米したという補正。

 それらが合わさって、すごく美味しかった。

 できればお米を継続的に買いたいところだけど、残念ながらこの辺りでは売ってないみたい。

 遠い町で買い込んできたというハルカさんたちから、少し分けてもらったけど、ハルカさんたちでもそう簡単には買いに行けない場所みたいだから、これは大事に食べることにしよう。

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