290 クライミング! (3)
俺とユキは両手を使えるよう、ロープを安全帯にしっかりと固定し、ピックを使って鉱脈を削り取っていく。
さほど硬くないので、鉱脈を掘り起こす事自体は難しくないのだが、それを取り落とさないようにするのが難しい。
片手を包むように添えて少しずつ削り、革袋の中へ。
レブライト鉱石以外も混ざっているような気がするが、そのへんは使う時に選別してもらおう。
そこを気にしていたら、俺の腕力と体力が保たない。
そんな神経を使う作業を、一時間ほどは続けただろうか。
手持ちの革袋がほぼいっぱいになったところで一息つくと、ユキもまた手を止め、ロープにぶら下がって休憩していた。
「ナオ、お疲れ様。これだけあれば十分だと思うから、降りようか?」
「使うユキが十分だと思うなら、問題は無い。それじゃ降りよう」
こういった岩壁の場合、ある意味では登る時よりも降りる時の方が難しい。
それは目が下についていないため、足場の確認が難しいからなのだが、ロープがあればその点は解消される。
ロープを頼りに壁を下った俺たちは、数分ほどで下に辿り着き、ロープを引っ張って回収する。
残念ながら上に引っ掛けている金具は回収できないのだが、そこは安全性を優先。
お金や環境問題よりも、自分たちの命が大事である。
プラスチックとは違うので、そのうち自然に還るだろう。
「ふぅ。とりあえず、目的達成だね!」
レブライト鉱石の入った革袋をちょっと持ち上げて、ニッコリと笑うユキに、俺もまた頷く。
「器具の試験も含めて、な」
「うん。全体的には良い出来、だったんじゃないかな? しっかり使えたし」
「一種類は壊れたけどな。やっぱ、シンプルなのが強いな」
ロープを固定するのに使った金具。
あれはもう『素材の強度。ただそれだけ』、みたいな物だから、使っていて器具に対する不安が無かったのは確か。
岩が砕けないかという不安はあったが、事前にピックで強度を確認しておけば、まったく問題ない感じであった。
少なくとも、強度を確認して取り付けた箇所から、金具が脱落することは無かったわけで、俺の判断もそう間違ってはいないだろう。
「まぁ、単純な構造だと、想定外ってのは起きにくいよね。その点は、杭を打ち込むのも同じだし」
「それな。――しかし、せっかく杭を打ち込むなら、ボルダリングのホールドを取り付けても良いんじゃないか? 目的は上り下りしやすくする事なんだから」
「あ、それ良いね! 採用! だよね、目的はロッククライミングじゃないもんね」
自分の力で登る事を目的としたスポーツであるロッククライミングに対し、俺たちにとってそれは手段でしかない。
楽できるのなら、積極的に楽をしていきたい。
「あ、それならそもそも魔法で壁を掘って、足場とか作っても良いんじゃ……?」
人差し指をピンと立てて、そんな事を言ったユキに、俺は首を振る。
「いや、それは難しいだろう。普通の岩山ならともかく、ダンジョンでは」
これは、ダンジョン自体に対して魔法が効きにくいという事もあるが、ダンジョンの修復機能も関係している。
例えば魔法攻撃によって、ダンジョンの壁面が傷付いた場合。
その傷は比較的短時間――崩落するようなレベルでなければ、数日ほどで修復されてしまう。
しかし、俺たちが設置した転移ポイントのように、ダンジョンに埋め込んだ物に関しては、長期間放置しない限り、簡単に吸収されたりはしない。
「それを考えれば、魔法で作った足場は、たぶん、普通に修復されるだろ」
「杭を打ち込んでおけば、それは残る、か」
「魔法で穴を開けるにしても、杭の分だけならまだマシだしな」
登ってる途中で魔力枯渇とか、シャレにならないし。
逆に言えば、ここの様な自然の壁面であれば、土魔法を併用することで楽に登れるって事になるのだが――。
「練習には、ならないよな」
「まぁ、あたしとナオが頑張れば、さっきの場所ぐらいまでなら、階段とか作れそうだもんねぇ」
採掘はできても、ダンジョンでの役には立たないのだから、目的の半分は未達成となる。
「それで、どうする? 最初の目的は済んだから、このまま帰っても良いけど……もうちょっと練習する? 今日一日ぐらい」
「急いで帰る必要も無い、か。どうせ練習は必要だし」
「それじゃ、あたしは下でサポートするから、ナオは練習してよ」
具体的にサポートとは、下でロープを保持しておくことで、万が一に滑落した時、そのまま下まで落ちてしまわないようにする事を言う。
ただし、落下を止めるためにロープを引っ張るのだから、下手をすればロープとの摩擦で手の皮がずるむけ、革手袋をしていてもたぶん痛い。
「良いのか?」
「うん。あたしは、ハルカたちと来た時にしても良いしね?」
「まぁ、あいつらも練習は必要だよな……。それじゃ、よろしく。手袋はしっかりとな」
「ほいほい~」
とても軽い返事ながら、ユキはしっかりと自分の仕事を熟し、俺はロッククライミングの技術向上を図る。
まずは先ほど採掘した場所よりもかなり高い位置までいったん登り、そこにロープを掛けて、それを命綱にして、岩壁の上り下りを繰り返す。
同じ場所でやっても仕方ないので、登りづらそうな場所にもロープを設置して練習。
途中二度ほど、落ちかけた事もあったが、ユキのおかげで特に怪我をする事も無く、俺は無事にその日の夕暮れを迎えたのだった。
「お疲れ様。明日は早朝にここを発って、ラファンまで戻ろっか」
「だな。――まぁ、途中で良い感じのキノコを見つけたりしなければ」
「うん、見つけたら採りたくなるよね、キノコ」
俺とユキは顔を見合わせ、揃って笑う。
今は秋。
この時季にキノコを回収しておかなければ、食材として手に入れる事は困難になる。
スーパーに行けば、いつも安定した値段でキノコが買える現代とは違うのだ。
「ところで、ナオ。【登攀】スキルとか、生えてきてない?」
「えーっと……無いな。今日始めたばかりだからな。そう簡単には付かないだろう」
努力はしたし、ここの壁なら問題なく登れるようにはなったが、残念ながらステータスにスキルは追加されず。
練習時間が短すぎるのか、練度が足りないのか。
スキルとして獲得するには、もっと難しい壁に挑戦すべきなのだろうか?
「そっか。残念。――あったらコピろうと思ったのに」
「なっ! それはズルいぞ、ユキ! 俺の努力の成果を」
「【スキルコピー】、それがあたしのアドバンテージですから! 時間の節約だよ」
ユキの言うとおり、パーティー全体の事を考えれば、それは効率的であるし、短時間で全体の利益になるわけだが……苦労している俺としては微妙に釈然としない物がある。
「それに今日一日、あたし、頑張ってサポートしてたよね? ロープの保持とかさ」
「むむむ……」
俺の練習に協力的だったのは、それでか。
謂わば、俺が訓練すればするだけ、ユキのスキルアップにも繋がるわけで。
レベル1まで限定ではあるが。
「そんなわけで、誰かが【登攀】スキルを覚えるまで、あたしはサポートに徹する所存だよ!」
「……しゃあないか」
俺はユキの言葉を否定するだけの材料を、持ち合わせていなかった。
実際、効率的なのだから。
なら仕方ない。
「よし、解った。その時はコピーさせてやる。ビシビシと教えてやるから」
「え? さらっと教えてくれるだけでも、有効化すると――」
「ビシビシ教えてやるから!」
俺の精神衛生上――もとい、ユキの安全を確保するためにな!
そして翌日。
渓谷を出発した俺たちは、案の定と言うべきか、再びキノコ狩りに熱中する事となり、ラファンへと帰還したのは、更にその翌日の事になるのだった。
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