289 クライミング! (2)
「「あ……」」
漏れた声はほぼ同時。
ふわりと空中に浮く俺の身体。
体勢を整える間もなく、すぐさま重力に捕まり落下し……。
「にょわっとぉぉ!」
来るだろう衝撃に咄嗟に身体を丸めた俺だったが、襲ってきた衝撃は思ったよりも小さかった。
「ナイスキャッチ! とは言えないけど、ナイスセーブ?」
「……すまん、助かった」
俺は後頭部をユキの胸に抱えられるような状態で地面に尻餅をつき、ユキもまた同じような状態で尻餅をついていた。
無理に支えようとせずに地面に転がる事で、頭だけを守って衝撃を逃がした、と言ったところか。
なかなかに器用である。
「いやぁ、さすがにこの硬い地面に、頭から落ちると危ないからね。ナオなら、受け身をとれたかもしれないけど」
「いや、無理に体重を掛けた時だったから、ちょっと危なかった」
普通に落下したわけでは無く、意図的に加速度を付けて引っ張った状態だったものだから、バランス的には最悪。
頭をぶつける事は避けられても、足から着地、なんて事はできなかっただろう。
「まさか壊れちゃうとは……えっと、これか」
立ち上がったユキは、壁面から外れて落下した金具を拾い上げ、困ったような表情でその状態を確認する。
「あぁ、ピンが折れちゃってる。実験した時は大丈夫だったんだけど……変な力の掛かり方をしたかな? ナオ、折れたピン、どこかに無いかな?」
「えっと……」
あそこに取り付けて、この辺に落ちてきたから……。
岩の隙間に転がり込んだかと思ったが、丹念に地面を調べると、折れたピンが落ちているのが見つかった。
「これだな」
「どれどれ……う~ん、はっきりとは言えないけど、遊びがあったのがマズかった? 入れやすいようにと思ってたけど……」
「俺には良く判らんが、少なくともこのままじゃ、危なくて使えないな」
「うん、フィードバックして、修正するよ――トミーが」
トミーがかよっ!
……まぁ、専門家に任せるのは当然か。金は払ってるんだろうし。
「それに、もう一つ、本命もあるしね」
「本命?」
「岩に穴を開けて、そこに杭を打ち込む方法。これはまだ準備できてないから、今回は持ってきてないけど」
「ドリルで、ガガガッと?」
「そう。ガガガッと。あたしたちの場合、穴開けはドリルじゃなくて、魔法を使う予定だけど」
テレビで見るロッククライミングでは、岩壁にロープを付けるためのフックみたいなのが埋め込まれているが、あれは当然、以前登った人が取り付けた物。
あまり一般的では無いようだが、この世界でも同様に、壁面に杭を打ち込む事はあるらしい。
ただ、電動ドリルみたいな物は無いので、普通は手作業で穴を開け、そこに特殊な樹脂を流し込んだ上で、杭をハンマーで打ち込む、という作業工程になるようだ。
「その樹脂がラファンだと売ってないんだよね。錬金術で作る物だから、素材さえあれば作れるんだけど、その素材も売ってないし」
そして、その素材を探す過程でユキは、『アジャスト』に必要な素材も売っていない事に気付き、今回、ここに取りに来る事になったらしい。
「錬金術師には、ちょっとやりづらい町だよね、ラファンって」
「人口が少ないからな。ちなみに、そっちの樹脂の方は?」
「ハルカたちが取りに行ったよ。幸い、南の森の奥に行けばあるみたいだから」
ユキは「需要が無いから、採りに行く冒険者もいないみたいだけどね」と付け加え、肩をすくめる。
「面倒ではあるが、必要な物が無事に揃いそうなのは良かったな」
「うん。この器具の不具合も、事前に判ったしね」
壊れた器具を掲げて苦笑を浮かべたユキは、それと折れたピンを袋に入れ、マジックバッグの中に戻す。
「登るのは、これが無くても大丈夫、だよね?」
「もう一つのもあるし、そもそもミスさえしなければ、道具なしでも登れそうな感じだからな」
安全性を考えれば、きっちりとロープを使いたいところだが、それらを使わないフリークライミングでも何とかなりそうなのがここの岩壁。
フリークライミングとか絶対に無理そうだった、ダンジョン二一層の岩壁とは違う。
とは言え、所詮それは原理的には、である。
イメージ的には、一〇階のマンションの屋上から安全帯無しにぶら下がれ、と言われるようなものである。
同じ事をやるにしても、高さ二メートルと二〇メートルでは、心理的な面では全然、全く、別のお話。
俺には絶対に無理。
怖すぎ。
やはり、補助道具は重要である。
「それじゃ、行ってみますか」
「ガンバレ、ナオ!」
ユキの声援を受け、俺は再び岩壁に取り付く。
器具の性能試験が目的だった先ほどとは違い、今回は登る事が目的。
俺はあまりロープに頼らないよう、しかし、万が一落ちた時のために、やや多めに金具を引っかけつつ、崖を登っていく。
普通なら、持ち運べる金具の量を考慮して使うのかもしれないが、それに関しては心配する必要がない分、かなり有利である。
金属製の金具はもちろん、ロープも長くなれば何十キロもの重さになる。
それを抱えて登っていかないといけないのだから、ロッククライミングはなかなかに過酷だ。
……いや、そう言えば、テレビで見た映像では、ロープを別途袋に入れて、途中で引っ張り上げたりとかしてたな?
なるほど、あれはそんな理由があったのか。
普段の生活で、重さを感じるほどのロープを持つ機会なんて無いからなぁ。
運動会の綱引きのロープぐらい? あれは太さからして全然違うが。
「しかし、異世界に来てロッククライミングを体験する事になるとは。得難い経験だな」
これもまた楽しい、と言えなくも無い。
日本にいたら、たぶん、一生経験する事も無かっただろうし。
「三点支持だよな」
ボルダリングを体験した時に習った。
三点、つまり、両手・両足のうち、三つは常に壁に付けておくというやり方。
時間はかかるが、安全性重視である。
そうやって登り続ける事、暫し。
下で見守るユキから声が掛かった。
「ナオ~。たぶんそのへんだと思う。なんか、違う感じの岩がないかな?」
「違う感じって、曖昧だなぁ……」
少しドキドキしつつも、ロープに体重を預けて岩壁から身体を離し、周囲を見回す。
「少し白銀っぽい鉱脈が露出してるって話だった!」
「白銀の鉱脈……あれ、か?」
「見つかった?」
「見てみる。ちょっと待て」
「脆いみたいだから気を付けて!」
俺は了解、と手を上げて、金具を取り付けつつその場所へ移動。
近づいて確認してみれば、岩の表面に幅二〇センチほどの白っぽい層があり、それが四、五メートルほど左右に伸びている。
その色合いは、どちらかと言えば石灰石にも近く、白銀と言うのはちょっと厳しい感じだが――。
「……お、これなら白銀か?」
ピックでその場所を擦ってみれば、表面が削れて何となく白銀に見えない事も無い。
ただ、ユキが言ったとおり、その周辺の岩は脆く、ピックで叩くと簡単に崩れるので、下手にこの辺りに金具を取り付けるのは危険だろう。
「あったっぽい!」
「あたしも上がるから、ロープ下ろして!」
「了~解~」
脆そうな場所を避け、鉱脈がある場所の少し上に移動する。
そこにしっかりと金具を固定、新たなロープを引っかけてユキの所へと垂らす。
しかし、こうして下を見ると……なかなかに高いな。
ユキの事が小さく見える、とまでは言わないが、ちょっと足がすくむ高さである。
その高さをあまり意識しないよう、ユキの方を注視していると、ユキもあまりロープに頼らず、比較的短時間で俺の所まで上がってきた。
「どれどれ~。うん、これがレブライト鉱石、間違いないね。これを削って持ち帰るよ」
「どれぐらいの量、必要なんだ?」
「指輪一個に一掴みぐらいあれば足りるとは思うけど、採れるだけ採って帰ろう。失敗するかもしれないし、たくさんあっても腐るわけじゃないからね」
無機物の鉱石だしな。
いや、マジックバッグを持つ俺たちの場合、食べ物でも数年程度では腐らないのだが。
「それじゃ、ユキはそっち側から削ってくれ。俺はこっちから行くから」
「ほいほーい」
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