288 クライミング! (1)

「でも、ま、助かったよ。この薄暗さで壁を登るのは、さすがに不安だしね」

「素人だしな、俺たち」

「道具無しでも登れる、って言われたけど……少し怖いよね、この高さは」

 幅は一メートルあまりなので、頑張れば両方の壁面を両足で突っ張って、登っていく事もできそうだが、その状態で二〇メートル上までというのは、かなり怖い。

 股関節がピキッとかなったら、普通に死ねる。

「まぁ、オーバーハングしてないし、練習用としては適度かもなぁ」

「ちょっと難易度がアップした、ボルダリング? ……安全装置は無いけど」

 ちなみにオーバーハングとは、壁面が垂直よりも手前側に傾いている状態の事である。

 壁に張り付く事が難しいので、片手で全体重を支えられるぐらいで無ければ、攻略はほぼ不可能である。

 以前やったボルダリングで俺は、普通に落下した。

 片手でぶら下がるだけならともかく、その状態から身体を引き上げるとか、無理だって。

 なので俺はいつも思う。

 映画なんかで、指先だけで引っかかっているのに、とても長時間頑張る人。

 落ちそうな人を片手で掴み、引き上げる人。

 ――いや、それ、無理だろ、と。

 少なくとも、常人の膂力では。

 指先をグリグリとかしなくても、普通に落ちるから!

 鉄棒みたいに掴みやすい物を使っても、片手で懸垂できる人がどれだけいるのかと。

 まぁ、この世界だと、トーヤあたりなら、やれそうなんだけどな。

「今回は道具のテストも兼ねているから、ちょうど良い難易度でしょ」

「正直、それも不安材料だよなぁ……」

 今回、出かけるにあたって、ハルカからはあっさりと許可が出たわけではあるが、目的地も言わずに出てきたわけでは無い。

 俺たちも初めて行く場所故、詳細な場所を伝える事はできなかったが、大まかな目的地と、『その辺りで適当に採取してくる』と言ったところ、『それじゃ、ついでに』と渡されたのが、試作品の登山道具。

 いや、登山道具と言うとなんかイメージが違うな。

 ロッククライミング用品?

 そんな感じの物。

 具体的には、ハーネス、ザイル、ピック、カラビナっぽい物や、ロープを引っかける物、それから岩に挟むなんか良く判らない道具。

 この辺りで岩場を登る時に使われている道具と、ハルカやナツキ、トミーなどが、曖昧な現代知識を引っ張りだし、混ぜ合わせて作り上げたなんやかんや。

 岩場に行くのなら、ついでだからそれをテストしてこいと。

 そういう事らしい。

 ハーネスやザイルはまぁ良い。

 所謂、安全帯とロープ。

 ロープの丈夫さはディンドルの採取の時に確認済みだし、安全帯もハルカたちが縫い上げた物で、素材の丈夫さなどもおおよそ理解できるので不安は無い。

 ピックもまぁ、大丈夫だろう。

 形の違うハンマーというだけの事。

 簡単には壊れないだろうし、万が一壊れても、そこまで被害は無さそう。

 カラビナやロープを引っかける金具も……たぶん大丈夫だろう。

 しっかりと鍛造して、焼き入れ、焼き鈍しもしたとか言ってたから、いきなり破断、なんて事にはならないと信じている――いや、信じたい。

 マジで頼むぞ? これに体重を掛けるんだから。

 しかし、問題は“良く判らない道具”。

 使い方自体は説明を受けてきたんだが……。

 一つ目は、輪っかになったワイヤーの先に、四角い錘が付いたような形状。

 これを岩の隙間に入れて引っかけるらしいんだが、それだけで大丈夫なのだろうか?

 構造自体は単純なので、道具の強度に心配は無さそうだが、引っかける方が崩れないかが心配。

 そのあたりは、対象の岩を選定する俺たちの責任って事になるんだろうが……。

 もう一つは、これまた岩の隙間に挟む物なのだが、先ほどの物よりは大ぶりで、仕組みも複雑。

 岩の隙間に差し込んで下から出ているワイヤーを引っ張ると、先っぽが広がってがっちりと岩の間に固定される――予定らしい。

 不安。

 超・不安。

 他の道具と違って、シンプルじゃないあたりが。

「なぁ、ユキ。これらの道具って、本当に大丈夫なのか?」

「それを調べるために、来たんだよ?」

 不安そうに訊く俺に、ユキはむしろ不思議そうに応える。

 いや、そうなんだけどさ……。

「さすがにダンジョン内で試験するわけにはいかないからね。――おぼろげな記憶で作った物だし(ぼそっ)」

「おい。おぼろげな記憶、だと?」

 すっごく気になる台詞が聞こえたぞ?

「だって、あたしたちの中に、ロッククライミングをやった事ある人なんていないもん。ナオだって無いでしょ?」

「無いな。気軽にできるようなスポーツじゃないし」

「だから、これらの道具って、テレビとか、ネット動画で見たロッククライミングの様子、その時に使ってた道具を何となく再現しただけだから。四人分の記憶だから、そこまでおかしくは無い、と思う」

「むむむ……」

 確かに、ハルカたちなら、俺の記憶よりは信頼できるが……。

「大丈夫、耐久試験は済んでる。どの道具も、五、六人ぶら下がったところで壊れない事は確認してるから」

「なら――」

「しっかりと固定されていればね」

 そこが問題である。

 ちゃんとした道具でも、使い方を間違えれば何の意味も無い。

「とりあえず、落ちても大丈夫な、数メートルの所で使ってみよう!」

「……了解」

 ごねても仕方ないし、実際、ここでテストして安全性を確認しておかなければ、ダンジョンで使うなんてあり得ない。

 俺はユキから説明を受けつつ、道具を身に付け、岩壁に取り付く。

 ――マジックバッグのおかげで、重量をあまり気にしなくて良いのは利点だな。

 軽量化を考えなくて良い分、安全マージンは十分に取れそうだし。

「よし、行くんだ! ナオ!」

「はい、はい」

 本当はこう言うの、トーヤの役目なんだがなぁ。

 身体能力、頑丈さ、そして何より体重。

 俺が使って問題なくても、装備を含めればトーヤは俺の二倍ぐらい重いのだ。誤差と言うには大きすぎる。

「ま、一次試験と考えれば良いか……」

 ビシリと上を指さすユキに見送られ、俺は岩壁を登り始めた。

 と言っても数メートルだけ。

 そこに適当な割れ目を見つけたので、ピックを使ってコンコンと、強度を確認してみる。

「……大丈夫、そうだな?」

 これでパラパラと崩れるようではとても怖くて使えない。

 その隙間に適当なサイズの錘付きワイヤーを引っかけ、そのワイヤーにカラビナを。

「よし、いくぞ」

「いつでも来い!」

 俺が体重を掛けようとしてる下で、ユキが両手を広げて待ち受けているのだが――。

「……いや、避けておけよ」

「大丈夫! 落ちてきても受け止めるから!」

 それは不可能――とは言い切れないか。

 俺たち、見たままの筋力じゃないし。

 落ちても数メートル。潰れる事も無いだろうし、このままで良いか。

「よし……。――ぐっと」

 とりあえずグイグイと引っ張ってみるが、外れる様子は無し。

 更に壁面に足を突っ張って引っ張り、ぶら下がり……問題ないな。

 道具の方はあまり心配していなかったが、岩の隙間の方を確認しても、多少錘の角が岩にめり込んでいる程度……。

「んん? これは問題ないのか? ん~、錘の形状に関しては、一考の余地がある、か?」

 力が一点に掛かるより、広い面積で受け止める方が良いのは当然。

 可能なら少し柔軟性のある物質で錘を包むとか、そういう改良があっても良いかもしれない。

「どうしたの~?」

「あ、あぁ、問題ない。次に行くな」

 下からユキの心配そうな声が掛かり、俺は次の道具――一番の懸案に取りかかる。

「もう少し広めの隙間……これで良いか」

 先ほどよりも少し高い位置にあった隙間。

 そこに少々複雑な機構を持つ道具を挟み込み、操作する。

「ここを広げて……ここにピンを差し込んで固定、っと」

 扇状に広がったその道具にピンを差し込む事で、その状態のまま固定され、引っ張っても岩の隙間から外れなくなる。

 それにカラビナを引っかけ、今度もグイグイと引っ張ってみるが、きっちりと固定されて動かない。

「……大丈夫、か?」

 ロープを引っかけた状態で移動する事も考え、体重を預けた状態で壁を左右に移動。

 更に、少しロープを緩め、一気に体重を掛けてみたり――。


 バキッ!

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