278 二〇層のボスに挑む (1)

 孤児院を訪問した翌日、俺たちはしっかりと準備を整え、再びダンジョンを訪れていた。

 お肉は十分に確保したので、その階層はスキップして、果物やナッツ、ミルクをメインに回収。わずかな日数で、以前引き返したボス部屋っぽい扉の前まで到達していた。

 ちなみに、レッド・ストライク・オックスのミルクは回収していない。

 今の俺たちには、必要性が無いので。

 他意は無いが、俺は元気なので。そして、たぶんトーヤもな。

 これは販売先ができた時、具体的にはディオラさんに依頼された時にでも回収すれば良いだろう。

 このダンジョンが私有地になったおかげで、競争相手の心配も無いしな。

「さて、ここのボス、トーヤの予想だと……なんだっけ?」

「オレ? オレはこれまでの傾向からして、デカい牛かな、とは思ってるけど」

「これまでの傾向……やや例外的なスケルトンを除けば、最初がタイラント・ピッカウだったよな」

「次がゴブリン・ジェネラルね。キャプテンが二匹付いた」

「八層はタイラント・フレイムボアーでした」

「一〇層がリザートゾンビで、十五層がミノタウロスもどきだね」

「マードタウロスな。だが、牛だとマードタウロスと被ってないか?」

 これまでの傾向というなら、別種の敵が出てきそうな気がする。

 この階層の印象と言えば、ストライク・オックスのイメージが強いが、今までのボスはバラバラだったし……この階層に出てきた、他の種類の魔物をベースにしたボスになるんじゃないだろうか?

 だが、そんな俺の予想に、ハルカは嫌そうに顔をしかめた。

「それじゃ、狼系か昆虫系? ……昆虫系はやめて欲しいわね、私としては」

「巨大な狼はちょっと……斃しにくいかも? 可愛いかは判らないけど……」

 ユキは小首を傾げ、そんな事を言いつつ、その視線はトーヤの方へ。

「いや、一緒にするなよっ!?」

「えー、でもトーヤとしては、巨大なモフモフは斃し辛いんじゃないの?」

「さすがに敵は斃すぞ!? ダールズ・ベアーも斃しただろうが!」

「あぁ、アレは巨大なモフモフだったな。……いや、ゴワゴワか。あんま、手触り良くなかったし」

 あれで毛皮がフワフワだったりしたら、是非にもペットにしたかったところ。

 ――凶暴な魔物だけに、無理だろうが。

「ミーは牛が良いの! お肉たくさん!」

「ミーったら。お肉、好きなだけ食べてるでしょ?」

「お肉はいくらあってもステキなの。特に、牛は美味しいの!」

 ミーティアは両手をギュッと握り、鼻息も荒く主張する。

 狩っているのが雄のストライク・オックスだからか、取れる肉はやや硬い赤身肉なのだが、ミーティア的には――いや、トーヤも好きみたいだから、獣人的には?――かなりお気に入りらしい。

 俺なんかは、もう少し柔らかい肉、具体的にはピッカウあたりが好みなんだが。

 ピッカウの霜降りじゃない部分あたりが、がっつりと食べるステーキとしてはちょうど良い感じ。

 そしてその傾向は、獣人以外の全員、同じである。

「ま、何が出てきたところで斃すだけなんだけどな!」

「それはそうだが……」

「間違っては無いけどねー。それじゃトーヤ、開けちゃって!」

「おうともさ!」

 ユキの軽い言葉に、トーヤも軽く応じ、気軽に扉を開け……たりはせず、慎重に開ける。

 ミーティアとメアリは一番後ろに庇い、俺たちもまた武器を構え、トーヤの動きを注視する。

「――っ! オレが当たり! 牛だ!」

 部屋の中にいたのは、象よりも巨大な牛。

 このエリアに生息しているストライク・オックスと比べ、一回りどころではなく巨大である。

 近い大きさの魔物を挙げるならば、俺たちがなかなかに苦戦したダールズ・ベアーだろうか。

 どちらが凶悪そうに見えるかは人それぞれだろうが、その頭に付いた巨大な角は、十分に攻撃力が高そうである。

「レッド・タイラント・ストライク・オックスよ。『レッド』が付いているのは厄介ね」

「名前、長っ!」

 ハルカの口にした名前に、ユキが思わずとばかりに言葉を漏らす。

 俺もまったく同意ではあるが、その苦情は神様に言うべきだろう。

 だが、属性が増える度に名前が追加されるのであれば、名前を聞くだけでどんな魔物か予想がつく分、ある意味で便利とも言える。

「ユキ、今はそんな事どうでも良いでしょ! トーヤ、ブレスに気を付けて」

「おう!」

 レッド・ストライク・オックスがブレスを吐いたのだ。

 こいつがブレスを使ってこないとは、ちょっと考えにくい。

 ハルカが注意を促し、トーヤも盾を強く握りしめて、部屋の中に飛び込む。

 ストライク・オックスの強さが『レッド』の有無でかなり違った事を考えると、『タイラント』+『レッド』というのは……実は結構危なかったり?

 あの巨体から吐き出されるブレスとか、『ちょっと毛が焦げた』程度では済まないだろう。

「私も行きます!」

 トーヤに続き、ナツキもまた薙刀を構えて部屋の中へ。

 ボスのいる部屋は、その巨体が十分に動き回れるだけの広さがあり、薙刀を振るうのにもまったく問題は無いのだが、逆に言えばボスが突進するだけのスペースもあるわけで。

「! ヤバい! 行ったぞ!」

「げっ!」

 扉の位置とボスのいる場所とが少し離れていたのがマズかった。

 トーヤがボスに向かって駆け寄っている途中で態勢を整えたボスは、こちらに向かって突進を開始。

 トーヤはすぐさま横に飛んで、この突進を避けたのだが、ボスが突っ込んできているのは俺たちがいる場所。

 さすがにあの巨体を、トーヤに受け止めろとは言えないが――。

「ユキ! メアリを!」

「オッケー!」

 これまでで最も迫力のある敵の姿に、動きを止めてしまったメアリとミーティア。

 俺はそんなミーティアの腕を掴むと、扉の前から大きく退避。

 ユキもまた同様にメアリを引っ張って退避すると、そこに頭を下げて突っ込んできたボスが、足を止める事もなく壁に激突。


 ズガンッッ!


 広い部屋に響き渡る音と振動。

「……おぉ、メッチャめり込んでる」

 ミーティアの身長ぐらいはありそうな巨大な角。

 それが壁面へと突き刺さり、半ばまで見えなくなっている。

 そのまま抜けなくなるとか間抜けな事は当然無く、ボスが頭を振るようにしてそこから角を引き抜くと、あっさりと壁面が崩れ、一抱えはありそうな岩がガラガラと床に転がった。

「……あれに当たると、さすがに死ぬわね」

「レベルアップによる身体強化があっても?」

「浮気相手が突き刺す包丁とはレベルが違うわよ。――試してみる?」

 包丁の鋭さもなかなかだとは思うが――。

「それはトーヤに任せよう」

「任せるな! ――オラ! こっちだ!」

 俺の言葉に抗議を入れつつも、トーヤは剣を構えてやや大げさに動き、俺たちを見回しているボスを挑発。意識を惹きつけようとしている。

 それに対し、俺たちはゆっくりと動いて、少しずつ距離を取る。

「す、すみません。咄嗟に動けませんでした」

「ごめんなさいなの」

 俺たちに庇われた形になったメアリたちが謝罪するが、俺とユキは軽く首を振る。

「気にするな。そのうち慣れる」

「うん。今回は攻撃は考えず、逃げる事だけ考えてね。危なければ、扉から出て良いから」

 幸いな事に、ボス部屋から出られないなんて制限は無いのだから、その方が安全。

 もちろん、それはボスも含めてなのだが、目の前にいる俺たちを無視して、扉から出たメアリたちを追いかけるなんて事は無いだろう。

「い、いえ! 頑張ります!」

「うん!」

「そうか。ナツキ、どうだ?」

「思ったよりも速いですね。タイミングが難しいです」

 トーヤより少し後ろの位置にいたナツキは、先ほどの突進に合わせて足に攻撃を加えようとしていたのだが、手を出しあぐね、その試みは失敗していた。

 だがそれも仕方ないだろう。

 あの蹄が高速で踏み鳴らされているのだ。

 あの巨体で踏まれれば、恐らく即死。

 引っかけられただけでも大怪我だろう。

 現状、ボスはトーヤの方が気になるようで、そちらに意識を向けているのだが、ナツキが背後から近づこうとすると、牽制するように後ろ足を跳ね上げている。

 牛の視界って、案外広いよなぁ。

 死角から攻撃というのも、簡単ではなさそうである。

「――あ、マズいわ!」

 何かに気づいたハルカが声を上げ、その言葉が終わるか終わらないか。

 ボスは少し首を上げて喉を晒したかと思うと、頭を左右に振りながら一気に息を吐きだした。

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