277 孤児院で授業 (3)

「……まぁ、良いか。それじゃ、魔法を使えるか、確認していくぞ」

「で、ナオ。どうやるつもりなの?」

「うむ。俺が思うに、魔法が使えるかどうかは魔力操作ができるかどうか。延いては、魔力が感知できるかどうか、だと思うんだよ」

「そうね。続けて?」

「つまり、接触状態で魔法を使ってみれば、魔力を感じ取れるかどうかぐらいなら判るんじゃないか、と。こんな風に」

 そう言いながら俺は、ハルカの手を取り、その手の甲に俺の手を重ねるようにして、簡単な魔法――『砂噴射サンドブラスト』を使ってみる。

「……うん、確かに私は魔力の動きが感じられたけど……これで判るかしら?」

 頷きつつも、悩むように首を捻るハルカ。

 俺たちなんかは、そこまで接触しなくても魔力の動きが感知できるしな。

「ま、試してみれば良いだろ。うまく行かなくても、消費するのは俺の魔力だけなんだし」

「私の魔力もね。全部一人ではできないでしょ? 光魔法とか」

「おっと、それがあったか。ご協力、お願いします」

「はいはい。――それじゃ、やってみましょ。期待しているみたいだし」

 簡単な物とはいえ、俺が魔法を使ったからか、俺たちを見る子供たちの瞳がキラキラと輝いている。

 ふっふっふ、これならトーヤより人気者になる日も近いかもしれない。

「よしっ。それじゃ、並べ~。順番にな」

 そうして、実験――もとい、訓練? を始めたのだが……。

「……むむ。これは空振り、か?」

 五人ほど、火、水、風、土、そして光と魔法を体験させてみたのだが、いずれの子供も首を捻るだけで、何も感じ取る事はできなかった。

 件のゴードンも最初に体験したのだが、やはりダメだったようで、『やはり、そう都合良くは行かないですよね』と苦笑している。

 これでは人気者になれないではないか――っと、趣旨がズレてた。

「魔法が使える人間の割合を考えれば、当然とも思えるけどね。――次はレミーちゃんね。手を貸して」

 順番が回ってきたレミーちゃんの後ろに立ったハルカが、流れ作業のように彼女の手を取り、魔法を使う。

 そしてすぐに手を離そうとして――。

「あ、おねぇちゃん、なんか、ほわっとしたものが手に……」

「あら、本当?」

「うん……あ、また!」

 ハルカが少し驚いたように聞き返しつつ、不意打ちのように使った光魔法。

 これまで使っていたのは判りやすいように弱い『ライト』だったが、今度使ったのは『小治癒ライト・キュアー』で、効果が目に見えない魔法。

 魔力を感じ取れる俺には認識できるが、そうでなければ判らないはず。

 でもレミーちゃんは、しっかりと認識できていたようで……。

「おぉ、これは当たりか?」

「当たりというのも変だけど、レミーちゃんが光魔法の魔力を認識できているのは間違いないみたいね」

「ほんと――」

「本当ですか!?」

 少し意外そうに言ったハルカの言葉をしっかりと聞きつけ、即座に飛んできたのはイシュカさんだった。

 レミーちゃん本人の言葉を遮るほどの速度で。

「ハ、ハルカさん! レミーが光魔法を使えそうと、そう聞こえましたが!?」

「え、えぇ。その可能性がある、だけですけど」

 ずいずいと、迫ってくるイシュカさんに気圧されつつ、ハルカは答え、それを訊いたイシュカさんは、正に飛び上がらんばかりに喜びを露わにした。

「それでも凄い事ですよ、これは! あぁ、レミーの将来は神官でしょうか! アドヴァストリス様、感謝いたします!」

 イシュカさんは、言葉通り神に感謝するかのように両手を合わせて笑顔を浮かべ、スキップでも始めそうな感じで歩き回っているが、それを見る俺とハルカは少し引き気味。

「……神官、という事は、神殿は光魔法使いを囲い込んでるんですか?」

 少し揶揄するように訊ねた俺に、イシュカさんは真面目な表情になって、足を止めた。

「いえ、そんな事はありません。ですが、信心深い方ほど光魔法を授かりやすいとは言われていますので、必然的に……」

「信心深いほど……なるほどね」

 少し言いにくそうながらも、そう答えたイシュカさんに、ハルカはどこか納得したように頷く。

 う~ん、でも、関係あるのか? 信仰。

 単純に素質の有無――いや、それを与えるのが神という考え方もあるだろうが……。

「(どう思う?)」

「(えっと……仮にばらつき無く魔法の素質持ちがいるとして、その素質持ちが同じ素質持ちの魔法使いに弟子入りする確率って、どれくらいあると思う?)」

 イマイチ納得できず、そう訊ねた俺に、ハルカはそんな喩えを持ち出した。

 一〇〇人の中に火、水、風、土、光、一人ずつ含まれるとして、偶々その五人が魔法使いになりたいと思い、幸運にも同じ素質持ちの魔法使いに弟子入りできる確率。

 魔法使いの数が少ない人間社会に於いては……。

「(……考えるまでもなく、とんでもなく低いな)」

「(でしょ? でも、孤児の中に光魔法の素質持ちがいる確率は? そして、その孤児院には光魔法を使える神官がいる確率は?)」

 先ほどの喩えであれば、一〇〇人の孤児がいれば一人は光魔法の素質持ちがいる事になる。

 更に光魔法を使える神官はそれなりにいる事を考えれば、そんな神官が孤児院にいる確率は決して低くは無いだろう。

 ちなみに、イシュカさんも光魔法を使えるので――。

「(必然的に孤児院の中から、光魔法を使える魔法使いが出てくる確率が上がるのか)」

「(たぶんね)」

 そして、神官と孤児の関係であれば、弟子入りを断る事はあり得ないだろう。

「(ついでに言えば、孤児じゃなくても、頻繁に神殿を訪れるような信仰心の高い人なら、神官の使う魔法に触れる確率も上がるでしょ?)」

「(それらを総合して考えれば、神殿に関わる人に光魔法の使い手が多く出るのもおかしくない、か)」

 単純な確率論。

 すべての人間を検査すれば、信仰心が関係ない事も判るのかもしれないが、『光魔法の使い手に弟子入りできる確率』で考えるなら、圧倒的に信仰心がある人の方が有利なのだろう。

「えっと……ナオさん? よろしいですか?」

「あ、はい」

 ハルカとコソコソと話していた俺に、イシュカさんが遠慮がちに声を掛けてくる。

「この試験、できれば全員にして頂きたいのですが……ダメでしょうか?」

 レミーちゃんで実績が――と言えるかはまだ確定していないが――できたので、他の子供たちの可能性も確認しておきたいのだろう。

 俺としてはこれが孤児たちの将来に繋がるのであれば、断る理由もない。

「それは構いませんが……さすがに俺たちだけでは厳しいですね。ナツキたちにも手伝ってもらいましょう」

「お願いします!」

 イシュカさんは俺の返答に喜色を浮かべると、大慌てで子供たちを集合させる。

 そして、レミーちゃんが魔法を使える可能性があると伝えた瞬間、子供たちの間にどよめきが走った。

 そして、イシュカさんに誘導されるまま、俺たちの前に列を作ったのだが――。

「結局、二人、でしたね」

「いえっ! 十分すぎる成果です。ありがとうございます」

 ナツキとユキにも手伝ってもらって、チェックを行った結果、レミーちゃんの他にはミロという八歳の男の子が土魔法、アンバーという七歳の女の子が水魔法の魔力に反応を示しただけだった。

 それでもイシュカさんは嬉しいようで、輝くような笑顔で、俺たちにお礼を言った。

「でも、使えるかもしれないだけで、必ずしも冒険者として物になるレベルかは判らないのよね。二人には一応、伝えておいたけど」

 魔法が使える事と、攻撃に使える事はまったく別問題。

 そもそも、未だ魔力が感知できただけで、魔法の発動ができるようになったわけでも無いのだ。

 ミロの方はあまり冒険者に興味が無いようだったが、アンバーの方はかなり喜んでいただけに、少々心配である。

 そもそも、水魔法って、あまり攻撃には向いていないし。

 水魔法が使えれば、どこでも水が手に入るし、氷も作れるから、冒険者の仕事に使うには便利ではあるんだが。

「それでも進路の可能性が広がるのですから、十分な意味があります」

「それなら良いんだけど。まぁ、ミロとアンバーの方は、私たちがここに来た時にでも、軽く手解きするようにしましょ。イシュカさん、弟子入り先の当てって無いですよね?」

「はい、残念ながら。――孤児を受け入れてくれる魔法使いなんて」

 イシュカさんは、悲しそうな表情でため息をつく。

 この町ではあまり感じる機会がないが、やはり孤児に対する差別はあるのだろう。

 残念な事ではあるが。

 それから俺とハルカは、帰宅する時間になるまでの間、ミロとアンバー、それにレミーちゃんを加えて、魔法の教授を行ったのだが、俺たちも魔法を教えるのは初めての事。

 結局、誰一人として魔法を使えるようにはならないまま、その日は終わったのだった。

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