279 二〇層のボスに挑む (2)

 ボスが吐き出した息。

 それは当然の様に炎を纏っていた。

 ターゲットはトーヤ。

 俺たちの方にも多少は影響があったが、十分に避けられる範囲。

 それに対して、中心にいたトーヤの方は――。

「ぬわっっっと!」

 炎に巻かれないようにか、尻尾を丸めて前に飛び込み、その流れでボスの足に向かって剣を振るう。

 しかし――。


 ガツーン!


 響いたのは、なんとも硬質な音。

 だがまったく効果が無かったわけではないようで、ボスは「ブモモモモッ!」と、苛立たしげな声を上げて、ガンガンと足を踏み鳴らす。

 そしてそれを避けるように距離を取るトーヤ。

「無理! ヘルプ!」

 一撃を入れてみて、そう判断したのか、トーヤは即座に俺たちに対して助けを求めた。

「でしょうね。急所が高すぎるもの。素直に遠距離攻撃で斃しましょ」

「だな。ナツキ、トーヤと一緒に牽制を頼む」

「はい」

「ユキは、ブレスの牽制な」

「りょーかい」

 ボスの背後を窺っていたナツキもボスの前方へと移動し、トーヤと共に左右に分かれてボスの注意を惹く。

 トーヤの方へ向かおうとすればナツキが薙刀で切りつけ、ナツキの方に顔を向ければ、トーヤが踏み込んで足を攻撃。

 ブレスを吐こうとすれば、ユキが速度を優先した、低威力の魔法でチマチマと邪魔をする。

 そうやって時間を稼いでいる間に、俺とハルカが十分に魔力を込めた威力のある魔法を頭へと叩き込む。

 だが、頭蓋骨の防御力はなかなかに高いようで、傷を与える事はできるものの、致命傷までには至らない。

 そして当然、顔面に攻撃を続ける俺とハルカに対するヘイトは大きいようで、トーヤやナツキの挑発を振り切って、俺たちの方へ突進してくる事も何度かあったのだが、迫力と速度はあっても、途中で方向転換ができないのであれば、ある程度の距離を保った俺たちであれば容易に避けられる。

 そんな状況で、あまり派手さの無い、じわじわと削り続けることしばらく。

 転換点は、俺の魔法がボスの鼻の穴に吸い込まれた事だった。

 さすがに鼻の穴を閉じる事はできなかったようで、ボスは悲痛な叫びを上げて大きく動きが乱れた。

 それにより、ユキも牽制に留まらない攻撃が行えるようになり、やがてボスは膝を折り、地響きを立てて地面へと横たわったのだった。

「ふぅ……地味に魔力を使った」

「場所が悪いわよね」

 俺が深く息をつくと、ハルカもまた同意するようにホッと息を吐いた。

 デカブツを相手にする時、俺たちの基本戦略としては目や口を狙うのだが、今回のボスはとにかく頭の位置が高い。

 頭を上げている状態では目なんてまともに見えず、頭を下げている時には角が邪魔をしてなかなかに難しい。

 たまに上手く狙えた時も、単純に距離がある為、速度が足りなければ目に直撃なんてしないし、速度優先だとまぶたを閉じられただけでも、案外威力が殺される。

 この牛の皮、地味に防御力、高かったらしい。

 結果、ちょっとずつ削る事になり、ボスの頭はなかなかに酷い状態である。

「全員怪我もせずに斃せたが……なんとも、見所の無い戦いだったな」

 トーヤは全員が無事だった事にホッと息をつきつつも、少々不満げな表情を浮かべる。

「別にトーヤが首を切り落としてくれても良かったのよ?」

「無理に決まってるだろ。むしろ可能性があるのはナツキだろうが……」

「私も無理です。首の骨を両断できるような筋力は無いですし、頸椎の隙間を通せるほどの技量は無いですから」

 トーヤに視線を向けられたナツキもまた、首を振る。

 実際、普通サイズのストライク・オックスですら首の両断なんて厳しいのに、このサイズになったレッド・ストライク・オックスの首を切り落とすなど、少なくとも現状の武器を使っている限り、不可能だろう。

「でも凄いの! こんなに大きいの、斃しちゃったの! お肉たっぷりなの!」

 倒れたボスに恐る恐る近づき、ツンツンしても動かない事を確認したミーティアが、嬉しそうにパシパシと叩きながら笑顔を浮かべる。

「まぁ、一頭だったからね」

「俺たちからすれば、普通サイズが一〇頭来る方が危ないな」

 純粋に手数の問題で。

 逆にいくら巨大でも相手が一頭なら、遠距離攻撃さえあれば、チマチマとダメージを与えられる。

 後はどちらの体力・魔力が先に尽きるか、である。

「でも私だと、とても斃せるイメージが浮かびません」

 メアリもまたボスの死体へと近づき、自分の持つ武器とボスの巨大さを見比べて、困ったような表情を浮かべている。

「それはオレも同じだなぁ……。無理して跳び上がるのも……いや、危ないな」

 フィクションなら、巨大な身体に飛び乗って、上からグッサリとかありがちだが、実際にやるとメチャメチャ危険だろう。

 少なくとも今の俺たちの身体能力でそんな事をすれば、簡単に足を踏み外して転落、踏み潰される事になったはずだ。

 トーヤも似たような事を思ったのだろう。

 自分の身長と倒れてもなお高いボスの胴体を見上げ、大きく首を振る。

「しっかし、このサイズの敵、魔法が無い冒険者ってどうやって斃してるんだ? オレもそれなりに強くなったつもりだったんだがなぁ……」

 少し悔しそうなトーヤは、自分の持つ剣と、先ほど攻撃して跳ね返された箇所を見比べ、ため息をついた。

 一応、ダメージは与えて、血も流れてはいるのだが、どちらかと言えば表皮一枚切っただけ。

 脚の骨を砕くには程遠く、並の攻撃で足を崩す事が難しいのは明白である。

「それは、順当に足から削っているんでしょ。弓とかで牽制しつつ」

「そうですね。倒してしまえば、問題無さそうですし」

「オレがそれなりに力を入れて、あの状態なのに?」

「でもあの時、トーヤは転がりながら切りつけてたよね? ちゃんと腰を入れて切ってたら、もっとダメージを与えてたんじゃないかな?」

「う~ん、そうかも?」

 その時の事を思い出したのか、少し考えてからトーヤは頷く。

「というか、ハルカたちが頭じゃなくて脚を狙えば、もっと早く片が付いたんじゃねぇの?」

 確かに、俺とハルカが硬い頭にこだわらず、一本の足の関節、そこを集中して攻撃してれば、もう少し早く崩れたかもしれないが――。

「え? 脚を攻撃したら、モモの肉が取れなくなるかもしれないし?」

「そうそう。頭は食べる所、無いからな」

 子牛の脳みそを食べる、みたいな話は聞いた事あるが、少なくとも俺たちの中にはそれを食べようと言う奴はいないし、ゲテモノ好きでも無ければ、敢えて頭の肉を食べようとも思わないだろう。

 食事中の絵面がかなりよろしくないし。

 そもそもこの牛の頭はでかすぎる。

 対して、牛のモモ肉は結構美味い。

 たくさん取れる機会を逃すのは勿体ない。

 モモ肉を使ったローストビーフとか、良いよね?

「かぁーー、この二人は、妙なところで息が合うな!?」

「えー、私とナオがお似合いだなんて。褒めても何も出ないわよ?」

「そんな事言ってねぇー! ――いや、似たようなもんか? んん?」

 茶化すように言ったハルカに対し、トーヤは叫んだ後、首を捻って考え込む。

 そんなトーヤを宥めるようにナツキが割って入る。

「まぁまぁ、斃せたんだから良いじゃありませんか」

「そうそう。メアリとミーティアも、モモ肉、食べたいよな?」

「えっと……は、はい」

「牛のモモ肉、美味しいの!」

 トーヤの事を窺いつつも頷いたメアリに、そんな事関係ないとばかりに素直な気持ちを口にするミーティア。

 うん、正直なのは良い事だぞ?

 ステーキで食べるなら、霜降りのピッカウが美味しいのだが、薄切りにするローストビーフ、ミンチにするハンバーグ、燻製にするビーフジャーキーなんかは、赤身の多いストライク・オックスが美味いのだから。

「それじゃ、さっさと片付けましょ。……ダールズ・ベアーを入れた袋に入るかしら? 無理そうなら、ある程度切り分けないとダメだけど……」

「とりあえず血抜きをしている間に準備しましょう」

「だよね。これだけのサイズだと、血の量もバカにならないし……」

 正確なところは判らないが、少なく見積もっても、軽く一〇〇リットルは超えるだろう。

 俺たちは協力して血抜きに取りかかり、その間にマジックバッグを準備。

 血が止まったところで、その巨体を何とかマジックバッグの中に押し込んだのだった。

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