270 続・事件調査 (5)
俺たちは『ひとまず、領主様に相談する』というサジウスと別れ、自分たちの部屋へと戻っていた。
「ふぃ~~。色々疲れたな」
トーヤが息を吐きながら、ベッドへと転がる。
「半端なことになっちゃったし……」
「少し、すっきりしない結果ではあるよね~」
「成果が無かったわけじゃないが……」
探していた行方不明者を発見したという成果。
残りの二人がリストに載っているかはまだ判らないが、それでも二人をバンパイアから解放したという成果。
あとは、バンパイアにダメージを与えたという成果。
しかし、逃がしてしまったので、解決とは言い辛い。
そもそも、行方不明のどれに加地が関与していたのか、はっきりしないのだ。
『男なんか魅了したくねぇ』とか言ってた気がするし、たぶん、男の行方不明には関与していないと思うが……。
「俺たちだけの事を考えれば、さっさと殺しておくのが一番安全なんだよなぁ」
「今回は依頼だったからねぇ。魅了の事もあったし」
それが無ければ、ハルカを魅了しようとした時点で、全力で斃すことになっただろうが、今回は子爵からの依頼、それに加えて魅了されているっぽい人もいた。
バンパイアを殺すことで魅了が解けるのなら問題は無いのだが、そうでない場合、ハルカたちの『
その上、ハルカたちの使える『
なんとか使えるだけの『
それ故に、できれば拘束したいと欲を出したのだが……その結果、逃走を許すことになったので、失敗だったのかもしれない。
「ただ、魅了に効果が無かったのは、助かったよな」
「予想通りではあるけどね。アドヴァストリス様が、そんな強力な能力を与えるわけないもの」
ハルカの言うとおり、恐らく大丈夫だろうとは思っていたのだが、不安が無かったわけではない。
だが結果は問題なし。
一般人相手には効いたのだろうが、一年間、それなりに真面目にレベルアップを図っていた俺たちに効果を及ぼせるほどの能力ではなかったようだ。
サトミーに対しては効いたらしいが、聖女教団が出来たのは俺たちがこちらに来て数ヶ月ほど。
彼女がステータスアップを図っていなければ、効いてもおかしくはないだろう。
「もっとも、努力を重ねたら、効くようになりそうなのが怖いけどな」
アドヴァストリス様、“努力は君を裏切らない”が好きそうだったし。
「でもさ、バンパイアでも、腕が生えたりはしないんだよね? 再生しちゃうなら、強くなって逆襲される危険があるけど、片腕、片足じゃ、今から努力しようも無いんじゃないかな?」
「身も蓋もねぇけど、そうだよなぁ」
「はっきり言えば、あのまま死んでくれるのが平和ではあるよな、俺たちとしては」
逆境からの下克上物、自分がされる側ではノーサンキュー。
てか、完全な逆恨みだから、主人公補正は無いと思いたい。
「でも、あの能力を上手く使えば、冒険者として強くなれたと思うんだけどね、私としては。あの能力って、“命綱”としてはかなり有効だから。ちょっと危ない場所に無理して踏み込んでも、強い敵がいたら逃げ帰れる、かなり有利よね」
「だよな。普通なら、行き帰りを想定しなきゃいけねぇけど、行きだけを考えて、安全に帰れるんだからなぁ」
「それに、服とかも霧になってたよね? どのぐらいの範囲が対象か判らないけど、荷物もたくさん持ち運べたりして?」
「あー、真面目にやれば強いってタイプか」
俺たちがエルフ故に稼げたディンドル。
あれもバンパイアなら、木の上り下りを考慮せずに済み、落下の不安もないのだから、上手くすれば俺たち以上に稼げただろう。
だが、逆に言えば、誘惑に負けると破滅、と。
いや、多少誘惑に負けても、ほどほどにしておけば問題なかったのかもしれない。
強引なことをせず、普通のヒモぐらいな感じで……ダメ人間な事に違いないが。
「あと、気になったのは、高松さん――サトミーを魅了していたという話ですよね」
「確か、『魅了して背中を押した』だったよね? ……むむむ、捕まえたあたしたちとしてはちょっと複雑」
ナツキの提起した問題に、ユキがなんとも言えない表情を浮かべて唸る。
俺たちの立場としては“手配されていた犯罪者を捕まえた”だけであるから、間違ってはいないのだが、ユキの言うとおり、少し複雑ではある。
とは言え、そこまで難しく考えていては冒険者なんてできなくなるわけで。
「そのへんのことは、司法の仕事として割り切るしかないよなぁ。何かある度に、俺たちが調査するわけにはいかないんだから」
「だよな。オレたちが何か言ったところで、意味もねぇしなぁ。首ちょんぱして無かっただけ、マシだと思おうぜ?」
トーヤの言うとおり、手配自体は生死不問だったワケで……もし殺していたら、もっと複雑な気持ちになっていたことだろう。
「けど、今回に関しては、どうかしら? サトミーに主体性が無ければ完全な被害者だけど、あの時の女の子たちの様子、あれを見ると、魅了にはあまり柔軟性が無さそうじゃない?」
「あぁ、主体的な行動はしてなかったよな?」
加地と俺たちが戦っていても、直接命令されるまでは、ぼーっと座っているだけ。
直接命令されるまで動く様子も無かったし、加地が逃げ出してしばらくしたら、また能動的には動かなくなっていた。
言うなれば、音声操作のロボットみたいな。
「認識を書き替える、みたいなことはできないんでしょうか? 『自分のことを好きになれ』みたいなことができるなら、あの状態で行動を起こさないのは変ですから」
「つまり、サトミーに関しても、加地が言ったように『背中を押した』レベルって事か? それならまぁ、腹パンしたオレの罪悪感も薄れるな、うん」
少しホッとした様に言ったトーヤに対し、ユキは「あ、そういえば……」と何かを思い出すように顎に手を当て少し考えると、一つ頷いて口を開いた。
「たぶん、かなりの部分は本人の意思でやってるよ、あれは。だって、ヤスエが『男娼とか呼んで好きにやってた』みたいなこといってたじゃん? 言葉は濁してたけど」
「そういえば、そんな事言ってたな。つまり、少なくとも共犯ぐらいの関係にはあった……?」
完全にサトミーが加地の支配下にあったのなら、そんな事をさせるはずもない。
「それに、彼がこちらに来たのはかなり前ですよね? 聖女教団が潰された事を知らなかったのですから」
「そんな長期間、自立行動はできそうに無いな、うん。あの時の女の子の様子を見れば」
「結論としては、サトミーを捕まえたことは間違ってなかった。それで良いでしょ。私たちの精神衛生上も」
実際がどうか不明な部分はあるが、俺たちの考察は間違っていない可能性が高いし、ハルカの言い分ももっとも。
なので、俺たちの間での結論はそうなったのだった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方の事。
部屋で休んでいた俺たちの下にサジウスの使いが訪れ、俺とトーヤが呼び出された。
その使いに案内されるまま向かったのは、詰め所の一角にある地下。
そこで待っていたサジウスに連れられて入ったのは、薄暗い一室だった。
「これは……」
そこにあったのは一つの遺体。
両腕が失われ、左足も太股の半ばから、右足は足首から下が無い。
俺たちが最後に見た時よりも状況が悪化しているが、それは確かに加地の遺体だった。
「巡回中の部下が、廃屋で発見した」
「廃屋で?」
「あぁ。俺たちだって、お前たちに任せて遊んでいるわけじゃないぞ?」
「そりゃ、そうだよな」
俺たちに依頼が来たのも、サジウスたちがサトミーの捜索に人手が取られるからである。
その捜索の過程で、廃屋の捜索も行ったのだろう。
「コイツが、お前たちと対峙したバンパイアで間違いないか?」
「あぁ、間違いない。……既に死んでいたのか?」
「そう聞いている。血は流れていなかったが……普通なら、この状態で治療もせずに生き延びられるわけがない。そのあたりは人間と同じなんだろう」
「血を流さないのなら、どうやって治療すべきなのかも判らねぇけどな」
「止血とかできないよな」
治療魔法とか効くのだろうか?
「確かにな。だが、憂いが一つ無くなったのは間違いない」
喜ぶべき事、なんだろうな。
犯罪者が1人いなくなったのだから……。
「あ、魅了されていた、女の子たちの方はどうなった?」
「それは――ハルカたちにも話した方が良いだろう。部屋に戻ってからにしよう。すまんが、もう一つ確認してくれ」
そう言ってサジウスに促され向かった先には、布が掛けられた何か――いや、場所を考えれば遺体だよな、絶対。
サジウスが膝を屈め、布をめくると、案の定、出てきたのは男の遺体。
手足が無い以外、状態は悪くなかった加地の遺体に比べ、こちらは多少の怪我の跡が見て取れる。
だが、それだけと言えばそれだけ。
致命傷と言えそうな怪我は無さそうに見える。
年齢的には中年ぐらいで、たぶん、俺とは面識が無い人物。
「どうだ?」
「どうだと言われても……」
「あ、コイツ、グッズって冒険者だ」
サジウスの問いに首を捻った俺に対し、トーヤの方は思い当たる人物がいたらしい。
確か、行方不明の女の子を探していた人物。
彼のおかげで、怪しい家の特定ができたと言っても過言では無いわけだが……死んだのか。
「やはりそうか。コイツは、あの家の一室で見つかった。殴られたような跡はあるが、死因とまでは言えそうに無い。おそらくは、バンパイアの能力で殺されたんだろう」
あぁ、エナジードレインか。
俺たちは触られることが無かったから、どれほどの威力があるのか判らないが、人を殺せるだけの能力ではあるのだろう。
「確認、助かった。それじゃ、戻るか。詳しい話はハルカたちにも聞かせた方が良いだろう」
「あぁ、そうだな。ありがとう。……気を使ってくれたことも含め」
「ま、冒険者でも女性だからな。必要が無ければ、こんな所に呼ぶつもりは無いさ」
サジウスは苦笑を浮かべ、「必要があれば遠慮はしないがな」と付け加えて肩をすくめるが、十分な気遣いだろう。
多少は慣れたといっても、人の死体を見て気分が良いわけがないのだから。
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