271 続・事件調査 (6)

 死体安置所らしい場所を出て部屋に戻った俺たちは、サジウスから、これまでに判っていることの説明を受けていた。

「まず、トーヤたちに確認してもらったが、バンパイアの死体が見つかった」

 サジウスのその言葉に、ハルカたちの視線が一斉に俺たちに向く。

 それに対して、俺とトーヤが頷くと、ハルカたちも少し複雑そうな表情を浮かべた。

「ついでに、あそこの家を捜索した結果、行方不明者を探していたグッズの死体もあった」

「それは……あの家に忍び込んだのかしら? もしかして、私たちの存在が、焦らせた……?」

「かもしれないが、気にする必要は無いと思うぞ? 自分の行動の責任は自分で取る。それが冒険者だろう?」

 ハルカが漏らした言葉に、サジウスは軽く同意しつつも、横に首を振る。

「……そうね」

「まぁ、グッズはついでだ。もう一人、あそこの家には人がいた。行方不明者のリストにあった、一六歳の女だな。こっちは生きている」

「えぇ!? いたの? あそこに? あれだけドタバタやってて、反応が無かったのに?」

 サジウスのもたらした驚きの情報に、ユキが声を上げた。

 俺の索敵にも引っかかってなかったんだが……いや、二階にいた二人の女の子、彼女たちも反応が鈍かったから、気付かない可能性はもちろんあるんだが、他に生存者がいたとは、正に予想外である。

「捜索してみたらな。と言っても、地下室に閉じ込められていた、とかそういう話じゃなく、ベッドに座ってぼーっとしていたらしい」

 あの時の女の子と同じ状態か。

 特に命令を受けていない魅了状態、って事になるんだろうか。

「もう一つ、朗報として、バンパイアが死んだ影響か、魅了が解けたようだ」

 魅了が解けて、女の子たちの状態が普通に戻ったのは昼過ぎ頃。

 俺たちがあの家に踏み込んで、数時間後といったところ。

 その時は理由が不明だったのだが、その後、怪しい死体が見つかったことで、それがバンパイアじゃないか、となったらしい。

「良かった、と言うべきなのでしょうが……女の子たちの様子は?」

「俺たちが連れ帰った三人に関しては、そこまで酷くはない。同種の事件の被害者に比べれば、だがな」

 サジウスの言う“同種”とは、性的暴行や拉致監禁事件の事である。

 領兵だけあって、そう言った事件の被害者と接する機会もあるらしく、まだマシな精神状態らしい。

 やられたこと自体は記憶していても、半ば夢現の状態であり、無理矢理やられたわけではないため、という事のようだ。

「だが、最後に見つけた一人、彼女はかなり錯乱しているな。資料、読んでるよな?」

「えーっと……もしかして、一緒にいた男の方が死体で見つかった?」

「あぁ、それだ。言っていることが支離滅裂なんだが……どうやら、恋人を殺させられたみたいでな」

「「「……うわぁ」」」

 思わず、揃って声を漏らしてしまう俺たち。

 ハルカにも俺を殺せ、とか言ってたし、やりかねないが……シャレにならないな。

 滅茶苦茶トラウマものだよな。

「それは……大丈夫なの?」

「大丈夫、とは言い難いが、俺たちにできる事はない。家族に金があれば腕の良い神官に治療を頼む事もあるかもしれないが……どうだろうな」

 そう言ったサジウスの表情はかなり暗い。

 そういえば、被害者の彼女の家族、話を訊きに行った時もあまり対応は良くなかったな。

 金持ちそうではなかったし、むしろ彼女のことを恥とでも思っている――いや、かなりそれに近いことを言われたことを考えれば、戻ってきた彼女に対してどのような対応をするか……。

「彼女に会うことは、できますか? 本職ほどではないですが、多少は治癒魔法を使えますので、少しは改善するかも……」

 そんな提案をしたのは、額に皺を寄せたハルカ。

 精神系の治癒魔法としては、『狂気治癒キュア・インサニティ』というレベル9の魔法があるのだが、当然これも十全には使えないし、使えることが知られるのも少々面倒くさそうな高位魔法。

 だからといって、放置してしまえば、せっかく助かった彼女の将来は暗い。

 それらを考えた上での提案が、その曖昧な口ぶりなのだろう。

「こちらとしてはありがたいが、良いのか? 普通、治癒魔法を使ってもらうためには、それなりの金が必要になるもんだぞ?」

「関わってしまいましたから」

「ふむ。それであれば許可しよう。ただ、女性だけにしてくれるか? 男が近づくとあまり良くない感じなんでな」

「では、私とナツキ、ユキで行きましょう。良い?」

「はい。構いませんよ」

「うん。ちょっと可哀想だしね」

「判った。では後ほど案内させる。それで、領主様の判断なんだが、これでお前たちへの依頼は完了した、と認めるそうだ。残りの行方不明に関しては、通常の範囲内という判断だな」

「それはありがたいが……良いのか?」

「問題ない。本来は俺たち領兵の領分だしな。サトミーの捜索も、規模を縮小したし」

 “通常の範囲の行方不明”というのも、なんだかなー、という気がするが、そういう物と言われてしまえば、俺たちに言えることは何も無い。

「それから、こちらが今回の報酬だ」

 サジウスは懐から取り出した一つの封書を俺に差し出しつつ、ちょっと上を見上げて口を開く。

「えーっと……『こちらは領主として所有権を認める書類だが、国王より発行される正式な書類は、後日ディオラより受け取ってくれ』って事だ。良く解らねぇが、お言葉、確かに伝えたぞ?」

「了解。ありがとう」

「こっちこそ、今回は助かった。イリアス様の事はもちろん、バンパイアも、な。今後もこの領内で活動するなら、関わる機会もあると思うが、それ以外でもピニングに来た時には声を掛けてくれ。お前たちとの訓練は、俺たちにも十分な価値がある」

 サジウスはそう言うと、俺たち一人一人と握手を交わし、部屋を出て行く。

 俺たちはそれを見送ると、早速サジウスから受け取った封書を開け、中の書類を確認した。

「おー、結構奮発した? ダンジョン、及びその入口から半径六キロの土地を与える、って書いてあるぞ」

「きちんと、ネーナス子爵の署名もあるな……。面積的には、小さな町ぐらいの広さがないか?」

 もちろん、日本に於いて、だが。

 半径六キロの円だと、百平方キロメートルを超えるよな?

 俺たちが住んでいた町――いや、市はどれぐらいの面積があるんだったか。

 色々合併してかなり広くなっているが、昔だったらこのぐらいかもしれない。

「このぐらいの市は普通にあるわね。貴族としての面子……いえ、外聞かしら? 気にした部分はあるんじゃないかしら?」

「一応私たち、イリアス様の命を救ったことになりますからね。それに加えて今回の依頼もありますし」

「どうせ使い道が無いなら、多少大盤振る舞いしてもおっけー、って感じかな?」

 ふむ。

 まぁ、俺たちからしても、そんなに広い範囲をもらっても、使い道が無いのだが。

「とりあえず、家でも建てるか? ダンジョンの入口に。誰に憚ることも無く」

「転移ポイントを安全に置いておけるのは良いと思うけど、そんなスキル無いわよね?」

「そこはほら、プレハブ的に?」

 運搬能力と、一般人以上の力はある。

 魔法も併用すれば、ちょっとした建物ぐらいなら何とかなる、かもしれない。

 そんな俺の提案に、少し困ったような表情を浮かべたのは、ユキとナツキ。

「シモンさんなら作ってくれるかなー? 頼んでみるのは良いけど……」

「問題はお金じゃないですか? 随分、使ってしまいましたから……」

「そういえば、かなり使ったって言ってたか」

「すみません。つい美味しそうな食材が多くて」

「あぁ、いや、構わない。俺たちも食うわけだし。――しかしそうなると、まずは金策か」

 どうやら俺たちは、ラファンの町に帰っても、あまり休みを取ることもなくダンジョンに潜ることになりそうだ。

 具体的にどんなスケジュールで行動するかなどを俺たちが話し合っていると、部屋の扉がノックされ、一人の女性兵士が入ってきた。

 数は少ないのだが、領兵の中にも、一応、女性兵士は存在するのだ。

 サジウスによって寄越された彼女の案内で、ハルカたちが出て行ってしばらく。

 三〇分もしないうちに、ナツキとハルカが、ユキの肩にもたれかかるようにして戻ってきた。

「お帰り。どうだった?」

「……状況はあまり良くないわね。一応、頑張ってはみたけど」

「結果この有様なのですが……」

 手応えとしては微妙だったのか、ハルカとナツキの表情は冴えない。

 十全に機能すれば、失われた腕すらも再生するという『再生リジェネレイト』。

 それの効果が“皮膚表面の傷痕の再生すら覚束ない”という状況では、その1つ下、レベル9の魔法でも、残念ながら、効果のほどは知れているだろう。

「でも、ハルカたちが魔法を掛けたら、少し落ち着いた様子ではあったんだよ? だから、効果が無かったわけじゃないと思うな」

 そんなハルカたちをフォローするように、二人をベッドに座らせたユキが少し明るい声を出す。

 まぁ、本来ハルカたちが気にする必要も無いのだ。

「少なくとも、四人の女性の命は助けることができた、それで良いだろ?」

「割り切らねぇとしんどいよな。ナツキとハルカはできる事はした。それで良いじゃねぇか」

「解ってはいるんだけどね……」

「はい……」

 直接本人を見ていない俺たちとは違い、顔を合わせてきたハルカたちとしてはやはり簡単には割り切れないのか、頷きつつも彼女たちの表情は、しばらくの間、冴えないままなのであった。


    ◇    ◇    ◇


 ピニングの町の片隅。

 崩れかけた廃屋の壁際。

 影になった所に、その男の姿はあった。

 青白い顔色と、肩の所から失われた腕。

 左足も太股の半ばから、右足は足首から下が無い。

 そんな状態で壁にもたれかかるように――いや、崩れ落ちたような状態でそこにいた。

「ふざけんなよ……バンパイアなら、ダメージ回復したりしねぇのかよ……」

 そんな状況に男――加地は悪態をつくが、実際には回復どころが、逆に体力は消耗を続けていた。

 失われた腕と足。

 そこから血が流れていたりはしないのだが、何か目に見えない、生命力のような物がこぼれ落ちていくのを、加地は確かに感じていた。

「これじゃ、全然バンパイアらしくねぇじゃねぇか。あいつらには歯が立たねぇしよぉ……」

 エナジードレインは強力な能力であるはずだった。

 実体化しないと使えないという弱点こそあるが、以前試した時には、相手の手を掴んだ後、数瞬で殺すことに成功したのだ。

 不意を打つ事ができれば最強、それができなくても、蝙蝠になるなり、霧になるなりして相手の背後に回り込めばどうとでもなる。

 加地はそう思っていた。

 だが、対策をしている相手に対しては完全に無力だった。

 正面から掴みに行くなんて言語道断。

 上手く背後に回り込めたとしても、実体化して誰かを掴んだ瞬間、他の四人に斬り殺される。

 そんな状況。

 そもそも、小さい蝙蝠になっても的確に攻撃され、実体のない霧になったと思ったら、焼かれた上に武器攻撃でもダメージを喰らったのだ。

 全くエナジードレインに持ち込む余地も無かった。

「クッソ! なんで魅了が全然きかねぇんだよ」

 これまで全く失敗する事が無かったため、加地は魅了の能力に関しては自信を持っていた。

 むしろ、これさえあれば他の能力が無くてもどうにでもなる。

 そう思うほどに。

 だが、先ほどの戦いではハルカたちに全く効果を見せず、隙を作る事すらできなかった。

 それはなぜか。

 ぼぅっとしてきた頭で加地は考え込み、やがて一つの答えに到達した。

「……あぁ、そうか。レベル差か」

 ステータスにレベルが表記されていない時点で、その事をほぼ忘れ去っていた加地だったが、今更ながら、最初の邪神が『レベルが上がる』と言っていた事を思い出していた。

「ははっ……俺、レベルが上がるようなこと、なーんもしてねぇや……」

 町から町へと移動する時にも、魅了した相手を利用してまったく戦っていないし、当然、戦闘訓練などもしていない。

 やったことと言えば、エナジードレインの練習で、数人の人間を殺しただけ。

「効くわけねぇよなぁ。一年間、冒険者やってた奴に、レベル1の使う能力が」

 実際のレベル差はともかくとして、しっかりとした装備に身を固めたナオたちと、一年間、自堕落に淫蕩にふけっていた自分の差を自覚し、加地は妙に納得してしまう。

 レベルゼロがレベル5に勝てたりするのは、物語の主人公だけ。

 単に自分はそうじゃなかった。それだけのこと。

「はぁ……まぁ、しゃあねぇか。俺はあの時死ぬはずだったんだ。こっちで過ごした一年間はエクストラステージ。あっちでできねぇ経験、随分楽しんだしな……」

 そう呟いて、加地はこの一年間を思い出す。

 魅了で好き勝手やったし、人も殺した。

 日本でやればあっさりと警察に捕まるような事も、色々やった。

「端的に言えば、くずの所業だよなぁ……」

 我が事ながら、と加地はクツクツと笑う。

 因果応報。

 そう思えば、この結末も当然である。

 だが、何もできずに終わるよりも、好き勝手できた、それだけでも満足すべきじゃないか――そんなことを思い、加地は崩れた壁から見える青い空を見上げた。

「ま、悪くねぇ……な……こんな、終わり方、も……な……」

 力が抜けた加地の身体が地面へと倒れ込み、そのまま動かなくなる。

 だが、その顔は、妙に満足そうに口元が緩んでいたのだった。

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