269 続・事件調査 (4)

「うるせぇ! 俺はバンパイア! 劣等種族とは違うんだよ! 蝙蝠化!!」

 加地はなんだか香ばしい台詞を吐きつつ、俺たちにバッと手のひらを突きつける。

 それと同時、その姿は無数の蝙蝠へと姿を変え、手のひらサイズのそれが俺たちの方に向かってくるのだが――。

「ギギッ!」「ギュギュ!!」「グギャ!」

 ジャイアント・バットより小さく、リッパー・ビーよりとろい。

 ただ数がちょっと多いだけ。

 スラッシュ・オウルすら切り落とせる俺たちからすれば、ただの雑魚である。

 サクサクと切り捨てられ、断末魔の叫びを上げつつ落ちていく。

 一応、翼の部分で攻撃してくるのだが、切り裂けるのは服程度。

 その下に着ている鎖帷子には全く歯が立たず、顔などを守っていれば大して問題が無い。

「部屋の中で蝙蝠になるとか、バカだろ?」

「だよな。逃げるためならともかく、弱い物に変身しても駆除されるだけじゃん?」

 俺たちの言葉を聞いた故か、それともあっさりと斃されたからか。

 散らばっていた蝙蝠と、切り捨てられて床に転がっていた蝙蝠が再び集まって、人間の形を取った。

「クソッ、思ったより使えねぇ!」

 悪態をつく加地のその姿は、あちらこちらから血を流し、なかなかに満身創痍。

 切り捨てられた蝙蝠も死体としては残っていないが、全員が一、二匹程度は斃しているはず。

 二〇匹以上に分かれたと思うが、数からすれば、二、三割程度はダメージを与えられているのだろうか?

「素直に捕まった方が良いと思いますよ? あまり抵抗するようだと、私たちとしても手加減できませんから」

「そうそう。単なる特殊能力だけじゃ勝てないよ?」

 一応、捕縛を目指してはいるが、抵抗するようなら殺しても良いとは言われているのだ。

「誰が! 捕まったら処刑されるだろうが!」

 なるほど、処刑されるだけのことはしている自覚がある、と。

「けど、こっちは攻撃できねぇだろ。霧化!」

 ぼやっとした黒い霧に変化する加地。

 次はそう来るよな。

 でもな?

 俺たちが蝙蝠化に驚いていない時点で、対策していると思ってないのか?

「「『火炎放射ファイアー・ジェット』!」」

「ぎゃぁぁぁぁ!!!」

 空気が震える。

 “霧”であるなら、炎が効かないわけがない。

 かなり付け焼き刃な『火炎放射ファイアー・ジェット』だけに、本来の威力からすればかなーり寂しい感じだとは思うが、俺とユキで二人して使えば、ちょっとした火炎放射器ぐらいの威力はある。

 単純な威力で言えば、『火球ファイアーボール』とかの方が良いのかもしれないが、さすがに室内で使ったら家が壊れるし、相手は霧。突き抜けてしまっては効果もあまりないだろう。

 なので、『火炎放射ファイアー・ジェット』。

 近距離しか届かない欠陥品だし、これも火災の危険はあるのだが、『火球ファイアーボール』などをぶっ放すよりはマシだろう。

 それに一応、ハルカが『消火エクスティンギッシュ・ファイア』をスタンバイしているので、悪くても小火ぼやで済むはずである。

「まだまだ行くぜぃ! とりゃ、とりゃ!」

「ぐがっ、げぐっ!」

 トーヤがほんのりと輝く剣を振り回す度、なんの抵抗も無く霧をすり抜けているにも拘わらず、変な苦悶の声が部屋に響く。

 強いと思って使ったんだろうが……対応されれば一気に弱体化する能力だよな、これって。

 武器での攻撃にしても、ただの打撃武器ならすり抜けるだけかもしれないが、俺たちの場合、きちんと『聖なる武器ホーリー・ウェポン』をかけてある。

 霧だけに、『聖火ホーリー・ファイア』ならもっと効果がありそうだが、残念ながらまだ使えない。

 最近、時空魔法の方に力を入れていたからなぁ……。

 このまま斃しきったら、死体はどうなるのかと思ったのもつかの間、霧がベッドの向こう側へと集まり、再び人の身体になる。

 が、その身体は、先ほど以上に悲惨な状態だった。

 右腕は失われ、左足も膝から下が無い。

 なんとか壁にもたれて立ってはいるが、既に戦える状態では無いだろう。

 蝙蝠の時に負ったダメージもそのままであり、やはり物語のような不死性は備えていないようだ。

「こ、こんなはずじゃ……」

 やや茫然としたような様子で、そんな言葉を漏らす加地だが……いやいや、俺が思うにその能力、二つとも逃走用の能力じゃないか? それも、屋外用の。

 特に霧化は、強力な『火炎放射ファイアー・ジェット』が使えない今の俺たちでは、ちょっと対処方法が思いつかない。

 一応、『火矢ファイア・アロー』なんかを連発することでダメージは与えられると思うが、逃げられることは阻止できないだろう。

「ま、諦めろ。な?」

「そうそう。もう無理だから」

「せ、せっかく異世界に来たってのに……」

「能力を悪用せず、マジメにやれば良かったんだよ」

 俺たちの言葉に、加地は悔しそうに顔を歪める。

 しかし、そんな加地が何かに気付いたように、ニヤリと顔を歪めた

 やばっ!

「お前たち! この二人を足止めしろ!」

「「あっ!」」

 加地のその言葉に、今までベッドに座っていた女の子二人が、突如、俺とトーヤに向かって飛び掛かってくる。

 それとほぼ同時に、ナツキたちがベッドに飛び込んだのだが、わずかに遅い。

 これを避けるため、俺たちが加地の注意を引きつけている間、ナツキたちがコッソリとベッドに忍び寄り、女の子たちを拘束するはずだったのだが……。

 ベッドの傍で実体化したら気付くよなぁ。

 霧に実体が無いため、ベッドから引き剥がすことができなかったのが敗因だろう。

「ゴメン!」

「届きませんでした!」

 俺に跳びかかってきたのは、年下の方。

 両腕を掴んで引き剥がそうとするが、その腕は強く握れば折れてしまいそうなほど華奢で、なんともやりづらい。

 単に魅了されているだけなのか、異常に力が強いとか、そんな事は無いのだが、押し返す俺に対して、両手両足で必死にしがみついてきているため、対処が難しいのだ。

 敵であれば、相手が骨折しようとどうしようと、強引に引き剥がせばいい。

 しかし、この女の子はそうではない。

 武器を持っているわけでもないので危険は無いのだが……。

 見ればトーヤの方も似たように絡みつかれている。

「待って、今すぐ――」

「俺たちよりも、加地の方を――」


 ガチャン!


 近づいて来ようとしたハルカにそう応えた時、窓が割れる音が響いた。

 それと同時に、加地が窓から身を躍らせ、その姿を蝙蝠へと変える。

 すかさずユキとハルカから『火矢ファイア・アロー』が飛び、数匹の蝙蝠を落とすが、さすがにある程度は考えているのか、すぐに窓からは射線が通らない場所へと姿を隠した。

「くっ、逃がしたわ!」

「追いかけるのは……さすがに無理ですね」

 一階なら窓から飛び出せるが、ここは二階。

 残念ながら、俺たちの中に空を飛べる人はいない。

「あー、とりあえず、引き剥がすのを手伝ってくれ」

「……そうね」

 色々思うところはあれど、とりあえずはこの娘たちをなんとかしないといけない。

 ハルカたちの手を借りて、怪我をさせないように引き剥がすと、布団でグルグル巻きにした上で、ロープで縛り、拘束しておく。

 多少暴れているが、布団があれば怪我をすることも無いだろう。

 二人の女性の拘束を終え、俺たちは一息つく。

 眠らせる魔法とかあれば無力化できるんだが、そんな魔法、使えないからなぁ。

「はぁ……ひとまず、サジウスを呼んでくるか」

「そうね、報告は必要ね」

 やや憂鬱ながら、報告しないわけにもいかない。

 俺たちがドタバタやっていたのはサジウスにも聞こえているだろうし、待ちくたびれていることだろう。

 俺が下に降り、玄関に向かうと、そこには女性をロープで拘束したサジウスが、つま先で床をトントンと叩きながら待っていた。

 そして案の定、俺の姿が眼に入ると同時に、焦れたように声をかけてくる。

「どうなった?」

「あ~~、とりあえず、その人を連れて上に来てくれ」

「……おう」

 俺の表情で多少は察したのか、サジウスは女性を抱き上げて俺の後を付いてくる。

 上の二人とは命令内容が違うのか、暴れたりする様子は無い。

 二階に上がり部屋に戻ると、簀巻きにされた二人の女の子は、広いベッドの上に転がされていた。

 それを見て、サジウスもその隣に抱えていた女性を寝かせる。

 そうやって寝かされても、女性はされるがまま。特に抵抗もしない。

 女の子たちの方も、俺が部屋を出る時には、もぞもぞと動いていたのだが、今は動かなくなっている。

 まさか……?

「あぁ、大丈夫よ。ちゃんと生きてるから」

 俺が向けた視線に気付き、ハルカがそう答える。

「しばらくしたら動かなくなったんだけど、もしかしたら、命令に期限や影響範囲があるのかもね」

「そうか……、良かった」

 できるだけ怪我をさせないように努力したのだ。

 相手は俺たちよりも若い女の子。

 万が一にも死んでしまった、とかなってしまうと、非常に後味が悪い。

 てか、アイツ、小学生か中学生か判らんような相手を魅了するとか……どうよ?

「それで、どうなった? ここの状況を見れば、おおよそ予想は付くが」

 俺たちとベッドの上の女性たち以外いない部屋の中、そして壊れた窓。

 それらを見てサジウスがそう言い、俺もまた頷く。

「結論から言えば、犯人を逃がしてしまった」

 その言葉に、やはりサジウスは苦い表情を浮かべたが、すぐにため息をついて首を振った。

「……そうか。まぁ、お前たちが無理だったのなら、俺たちでも無理だっただろう。仕方ない」

 俺たちの実力を知っているがための言葉だろうが……。

「いや、最初から殺すつもりだったなら、殺し切れたかもしれない」

「それについても仕方ないだろ。俺たち領兵だって、この状況なら捕まえることを優先する。むしろ、問答無用で殺された方が困る」

「そう言ってくれると、助かる」

「それに、彼女たちの事もあるんだろ?」

「あぁ。なんとか先に確保しようとは思ったんだが……」

 コッソリと、などとやらず、即座に跳びかかった方が良かったのかもしれないが、それも後知恵。

 どっちが良かったかなど、判りはしない。

「敵は、やはりバンパイアだったのか?」

「あぁ。蝙蝠になったり、霧になったりしたな」

 事前にサジウスに伝えていた情報は、“犯人は対象を魅了する能力を持つかもしれない”ということ。

 その一例として、バンパイアを挙げたのだが、サジウスとしてはかなり懐疑的だった。

 それでも実際に操られているらしい女性と出会ったことで、認識を変えたという事だろう。

 この世界に於いて、バンパイアの存在自体はそれなりに知られているのだが、それは俺たちの世界でのバンパイアよりも多少現実的というレベルで、遭遇するような事はまず無いというのが一般的な認識。

 能力に関しても、色々な説があり、明確な定説があるわけでもない。

 もっとも、人間だって魔法が使えたり、剣が得意だったり、力が強かったりと様々なのだから、バンパイアはこんなもの、と型に嵌めることが難しいのは当然だろう。

「一応、片足と片腕は奪えたわ。最後に追い打ちもかけたから、もう少しダメージは与えられていると思うけど……」

「うーむ、普通の人間なら、片腕と片足を失って治療を受けられなければ死にそうだが……どう思う?」

「わからん。腕が無くなっているのに、血が噴き出したりはしていなかったからなぁ……」

 蝙蝠を斃した後に実体化した時は血を流していたから、全く血が出ないという事は無いのだろうが……霧と蝙蝠ではダメージの反映方法が違うのだろうか。

「あと、もう一つ、気になる事を言っていたわ。サトミー聖女教団のサトミー、あれを魅了していた、とかなんとか」

「なに!? ……ふ~む、詳細については詰め所に戻ってから訊こう。この家の捜索もするべきだろうが……それは俺たち領兵がやった方が良いな。まずは、そちらの三人を連れ帰ろう。頼めるか?」

「了解」

 その後、俺たちは、サジウスが一番年上の女性、トーヤが中間、俺が一番年下の女の子を抱え、領兵の詰め所へと戻った。

 その間、周囲からの視線が少々気になったが、先頭を歩いているのが領兵なので特に何か言われる事も無く到着。

 抱えていた簀巻きを他の領兵に預け、サジウスと共に報告書を作成した。

 と言っても、詳細が判るわけではないので、加地がサトミーを魅了していたらしい事、加地の能力や俺たちが与えたダメージとその方法、容姿などを記すに留まったのだが。

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