258 子爵領への帰還 (3)

 パーティーメンバーでの方針を確認し、一息ついた俺たちは、少し冷めてしまったお茶を飲みながら、子爵たちが戻ってくるのを待っていた。

 色々と面倒くさい状況を考慮してくれたのか、部屋の扉がノックされたのは、俺たちが話を終えてからそれなりの時間が経ってからの事だった。

 ノックに返事をすると、部屋に入ってきたのはネーナス子爵とビーゼルさん。

 イリアス様とアーリンさんは戻ってこないようだ。

「話は纏まったかな?」

「はい。いくつかお願いがあるのですが、それに問題が無ければ引き受けさせて頂こうかと」

「ほう。なんだね」

 俺の言葉に、ネーナス子爵が特に気分を害した様子も無い事に安堵しつつ、俺は先ほど話し合った条件を挙げる。

「なるほど、ディオラの。認めよう。早く解決してもらいたいが、冒険者としての付き合いが重要な事は理解できる」

 言ってしまえば『果物を採りに行きたい』という、少々微妙な願いだったにもかかわらず、思ったよりもあっさりと認められた。

 もしかすると、ディオラさんの名前が効果を発揮したのかもしれない。

「エールの方も了解した。最近、良い醸造所を手に入れたからな。良い所をいくつか用意しておこう」

「ありがとうございます」

「面識があるから問題ないとは思うが、領兵の方へ話は通しておく。情報が必要なら訊きに行くが良い。また、今の部屋は自由に使って良い。頼んだぞ」

「かしこまりました」

 俺たちが立ち上がり、揃って頭を下げると、ネーナス子爵とビーゼルさんは足早に部屋を出て行った。

 少々忙しないようにも思うが、色々と問題が頻発しているようだし、かなり仕事が溜まっているんじゃないだろうか。

「さて、思ったよりあっさりと認められた訳だけど……」

「さすが、俺の交渉力だな」

 伝えただけで、なんの交渉もしてないけど。

「そうね、悪くなかったわよ」

「えぇ、立派な交渉でしたよ、ナオくん」

「うん、よく頑張った。さすがナオ!」

 素直に褒められてしまった。

「……褒め殺しですか? 交渉になってなかったの、見てたよな?」

「褒めて欲しそうだから、褒めてあげたんだけど? 褒めて伸ばす。教育の基本よね」

「子供扱いか!」

 よしよしと俺の頭を撫でてきたハルカの手を、ペシリとはたく。

 そんな俺の対応に、ハルカは「ふふふっ」と笑うと、さらっと話を変えた。

「私とナオは、明日の朝一でラファンへ戻るわ。ナツキたちは、本当に無理しない範囲で調査を進めてくれる?」

「了解。踏み込みすぎないよう、注意して調べます」

「ナオとハルカがいないと、魔法の面では半減だからね~。相手が何か判らないけど、今回の護衛任務の事を考えると、油断できないよね」

「さすがに、ユピクリスア帝国がここまで手を伸ばすとは思いたくねぇけど、すぐ近くでは出たからなぁ」

 あの時の事を思い出し、全員が顔をしかめる。

 実感が無いのは、直接対峙していないメアリとミーティアのみである。

「あの、私たちは直接見てなかったんですが、そんなに強かったんですか? その賊は」

 賊が襲ってきたあの時、イリアス様と馬車に同乗していた二人は、当然片が付くまで、そのまま馬車に籠もっていた。

 残念ながら現状では、下手に出てきても足手まといなので、それで正解である。

「オレとナオが相手した奴は、明らかにオレよりも上だったよな」

「ああ。本気で殺しに来られたら、ヤバかったな。たぶんだが、アーリンさんから聞いた情報からすれば、向こうとしても、あまり人員を消耗させるつもりはなかったんじゃないか?」

 敵地の奥深くまで、少数で浸透が可能な兵士。

 今回の件は、そんな兵士を使い捨てにするほどの戦略的価値はなかったんじゃないだろうか。

 犠牲無く斃せる範囲の貴族を狙い、無理そうなら引く。

 攻め方を見れば、その可能性が高いようにも思える。

 であるならば、一人の足を奪われたのは、向こうとしては想定外かもしれない。

「しかもよく考えたら、大怪我の兵士一人を抱えて、しっかりと、かなり素早く撤退を成功させてるんだよなぁ」

「……途中で処分したとかじゃなく、生きたままで?」

「ああ。少なくとも、俺の索敵範囲では全員生きていたぞ?」

 処分とか、ありそうで怖いが、索敵反応は生存状態のまま、人を抱えているとは思えない速度で逃げていった。

 ついでに言えば、吹き飛ばした足まで回収していたのだから、かなり冷静である。

「あの怪我で……あの中に治癒魔法が使える人がいたのでしょうか?」

「う~ん、攻撃が火魔法だったからね。もうちょっと傷口を焼けば、血は止まったかも?」

「うげ……」

 めっちゃ痛そう。

 良かった、俺たちにはハルカとナツキがいて。

「あ、あとポーションという可能性もありましたか。私たちはあまり使いませんが」

「せっかく自前で作れるのにね」

「それでもタダじゃないからね。魔法で治せばタダだから」

 保険的な意味で持っているのだが、実際に使ったのは実験的に使ってみた時ぐらい。

 いつもハルカかナツキがいるので、必要性が無いのだ。

「ま、一応は、敵は私たちよりも強いという前提で動いて。私とナオもなるべく早く向こうでの仕事を終えて合流するから」

「おう。ハルカたちも気を付けろよ? さすがにもう、ヴァイプ・ベアー程度にやられる事は無いと思うけどよ」

 それでも少し心配そうに言うトーヤに、俺とハルカは顔を見合わせて頷く。

「えぇ、そうね、去年は危なかったわよね、トーヤが」

「だな、死にかけたよな、トーヤが」

「そうだよ! やられたのはオレだよ! くそう、心配してやったのに」

 俺とハルカの息を合わせた揶揄に、トーヤがへそを曲げる。

 そんなトーヤを見て、俺とハルカは軽く笑う。

「気持ちはありがたく。けど、ヴァイプ・ベアーなら大丈夫だろ。オーク以下なんだから」

「成長してるからね、私たちも。この一年で」

「そうなんだよなぁ、もう一年なんだよなぁ……」

 去年の今頃は、マジックなキノコとか採っていたんだよなぁ。

 だが、今年は採る必要も無いだろう。

 貯蓄はちょっと減っているが、ルーキーの飯の種を横取りするのも申し訳ないし。

 ディンドル? こっちは美味いので採る。

 そこは自分たち優先なので。

「よしっ! 長期間に亘って分かれるのは初めてだが、お互い注意して、気合いを入れて頑張ろう!」

「「「おう|(はい)!」」」


    ◇    ◇    ◇


 翌日の早朝、ピニングを出発した俺とハルカは、ラファンへとひた走っていた。

 男女二人でジョギングとか、それだけ聞くとなんだかリア充っぽいが、速度的には世界レベルのマラソンよりも速いので、彼女と一緒に楽しくスポーツって感じではまったくない。

 しかも縦列だから、ハルカの顔も見えないし。

 かといって、横に行ったら、『ペースメーカー役をちゃんとやって』と言われるし。

 なんか、“スリップストリーム”が重要らしい。

 て言うか、風よけの事、スリップストリームと言うのか。初めて知った。

 まぁ、トーヤがいないし、俺が前に立たざるを得ないんだけどさ。


 すぐ真後ろでハルカの息づかいが聞こえるだけで、ちっとも楽しくない数時間が過ぎ、途中のケルグに到着。

 お昼ご飯には少し早い時間だったが、ヤスエの食堂に立ち寄る事にする。

 時間帯の関係で、以前来た時ほどには混んでいないが、それでも客が入っているあたり、順調に繁盛しているのだろう。

 店に入り、空いている席に座ると、ウェイトレスが注文を聞きに来たので適当に注文。

 外れを心配せず、安心して頼めるのはやはりありがたい。

 そのまましばらく待っていると、俺たちが来ている事に気付いたのか、ヤスエがやって来た。

「二人だけなんて、今日はどうしたの? デート?」

「残念ながら、お仕事。今はちょっと別れて依頼を請けているの。私たちはラファン、ナツキたちはピニングでね」

 ニマニマと笑みを浮かべながら聞いてきたヤスエに、ハルカが肩をすくめて答える。

「そうなんだ? 二人だけで気軽に町を移動できるとか、ちょっと羨ましいわ」

「ヤスエだって、この近くなら問題ないんじゃないの? トーヤに【剣術】習ったんでしょ?」

「一応は、ね。トーヤにもゴブリン程度なら大丈夫とは言われたけど……やっぱりキツいじゃん、生き物を殺すのって」

「まぁ、そうだよな。俺たちも解体とか、最初はかなりキツかったから」

 今ではすっかり慣れたけど。

 人間、何でも慣れるもんだな、ホント。

 慣れなければ生きていけなかった、という事でもあるが。

「だよね? 私も食堂をやってるから、以前に比べたらまだ慣れたけど、生きているのは……」

「綺麗にスライスされてないもんな、ここだと」

 家庭で食べる量なら、肉屋で買ってくるのはブロック肉だが、食堂レベルになると、完全に枝肉になる。俺たちがアエラさんの食堂に卸しているのもそれ。

 綺麗に処理してあれば、そこまで生々しさは無いのだが、やっぱり皮を剥いだだけの状態というのは、慣れないうちは少し気持ち悪い。

 バラ肉とか、あばら骨の感じが如何いかにも動物っぽいし。

「けど……うん。前よりは生き物を食べているって、感謝するようになったかな。パック肉とは現実感が違うというか」

「それは少し同感。だけど、私の場合、感謝とは少し違うかもね。斃しているの、魔物だし」

「……あぁ、そっか。普通の動物の命を頂くのとは、ちょっと違う部分はあるわよね」

「肉のために育ててるわけじゃないし、放置すれば害悪だからなぁ、魔物は」

 タスク・ボアーなどの動物分類は別だが、多くの肉は魔物由来。

 日本人的『いただきます』の精神からすると、少し微妙な存在に、揃って首を捻る俺たち。

「……うん、あれね。害獣として駆除したジビエ、そんな感じで理解しましょ」

 おぉ、正にそんな感じ。解りやすい。

「それより、ヤスエの方はどうなの? お店は盛況みたいだけど」

「おかげさまで。私も料理が出来るようになったしね。ケルグの復興も順調だし、順風満帆って言っても良いかも? (それに、最近、無いし?)」

 最後、チラリとこちらを見て、ハルカの耳にコッソリと何か呟くヤスエ。

 それを聞き、ハルカは少し目を丸くする。

「……へー、それはそれは。福祥、お喜び申し上げるわ」

「ありがとう。不安も少しあるけど、必要な事だからね。ハルカの方はどうなのよ?」

「……まぁ、順調かしら」

 ハルカもまた、俺の方にチラリと視線をやり、そんな言葉を返す。

 順調じゃないと言われても困るんだが、それならそれで、もうちょっと変化があっても良くないか?

 元々距離が近いからかもしれないが、あれ以降も、いつも通り過ぎるんだが……。

 手料理……はいつも食べてるな。

 朝起こして……くれてるな、前から。

 手を繋いだりは……普通にしてたな。

 一緒に過ごす時間も……前から多い。

 デートは行く場所が無いし、買い物程度ならこれまたいつも行ってる。

 おぉぅ、改めて思うと、俺たちって……。

 いや、だがしかしっ! これからしばらくは二人っきり。

 ちょっと違った事も……無理かなぁ?

 仕事だし、急いで帰らないといけないし。


 ハルカとヤスエ、二人がガールズ・トークを始めた横で俺は、ウェイトレスが持ってきてくれた料理をもそもそと食べるのだった。

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