259 ディンドルを手に入れろ (1)

 俺たちは昼食後、しばらくの食休みを終え、再びラファンを目指してケルグを出発した。

 あまり変わり映えのしない街道。

 だが、俺たちがラファンを出発した時に比べ、南の森で伐採を行っている木こりと、それを護衛する冒険者の数が増えているのを見ると、季節が巡った事を感じる。

 これから冬にかけての期間が、最も伐採作業の盛況な時期。

 ラファンの冒険者にとっても稼ぎ時である。

 俺としては、もうちょっと他の仕事も頑張れ、と思うのだが、それでもディオラさんによると、バックパックが普及してきたおかげで、少しは変化が出ているらしい。

 もっとも、その変化は本当に少しで、ラファンに残る冒険者が増えるほどではないようだ。

 俺たちの場合、木こりの護衛は経験せずに、オーク狩りへとステップアップしたが、それであれば、サールスタットから少し東に行った所にあるキウラという町の方がやりやすいらしく……やっぱりラファンはちょっと微妙なようだ。

「家に帰る前に、冒険者ギルド、寄っておきましょうか」

「そうだな。ディオラさんにも報告はしておいた方が良いだろう。イリアス様がディオラさんの従姉妹なら、気になってるだろうし」

 ん? そういえば、ディオラさんも一応は貴族なんだよな?

 様付けすべき?

 ――いや、今更か。

 これまで何も言われていないという事は、そういう事なんだろうし。

 南門からラファンの町へ入ると、帰宅途中にある冒険者ギルドへ。

 中に入ると、ディオラさんはいつものようにカウンターに座っていて、入ってきた俺たちに気付くとニッコリと微笑んでくれた。

「お帰りなさいませ。戻られたという事は、無事に終わった……んですよね?」

 台詞の途中で、入ってきたのが俺とハルカの二人だけだった事に気付き、ディオラさんが少し不安そうな表情を浮かべた。

「あぁ、大丈夫よ。全員無事だから。もちろん、イリアス様もね」

「そうですか。良かったです」

 ホッと安堵の息を吐いたディオラさんに、今回の護衛依頼であった事を簡単に説明すると、途中、ハラハラとしたような表情を浮かべていた彼女は話を聞き終わると、改めて深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございました。ハルカさんたちにお願いして正解でした。下手な冒険者に頼んでいたら、イリアスたちが無事だったか……」

「俺たちも、少し訓練不足を認識しましたね。向こうが捨て身で来ていたら、危なかったかもしれません」

 必ずしもイリアス様の殺害が目的ではなかったようなので、そこに救われた部分はある。

 彼らは精鋭だと思いたいが、もしあのレベルの兵士が普通にいるのであれば、帝国との戦争には絶対に関わりたくないなぁ。

「あ、そういえばディオラさん、貴族だったんですね?」

「え……? あぁ、イリアスですね。ならお聞きだと思いますが、“一応は貴族”ってレベルですよ? 面倒くさい家の事情で半端な状態になっているだけの。おかげで、結婚もやりにくいですし」

 ディオラさんは苦笑を浮かべて、重いため息をつくと、俺の顔を見て悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「どうです、ナオさん。今ならほぼ確実に、爵位が付いてきますよ?」

「嬉しいお申し出ですが、辞退させて頂きます。今回の事で、貴族の面倒くささ、理解しましたので」

「ですよね~。特に、ウチみたいな貴族、願い下げですよね~。大してお金は無いし、面倒な舅、姑が付いてくるなんて、罰ゲームですよね~。私だって嫌ですもん」

 ディオラさんとしても冗談だったのだろう。

 俺が断っても、笑いながら首を振り、肩をすくめただけで特に気を悪くした様子も無く、サラリと話を変えてきた。

「それで、なんでお二人だけなんですか? トーヤさんたちはもう家の方へ?」

「いえ、トーヤたちはまだピニングです。ネーナス子爵に仕事を依頼されまして……」

 そう言って頼まれた内容を説明すると、ディオラさんは最初呆れたような表情になり、すぐに申し訳なさそうに頭を下げた。

「まったく、あの人は……。すみません、便利に使われてしまったようで」

「いえ、私たちにもメリットがある事だから。私たちが戻ってきたのは、ディンドルを採りに行きたかったからね。あ、ディオラさんにもお裾分けするわよ?」

「おぉ! ハルカさんは神ですか!? 今年はもう無理かと半ば諦めていたんですが」

「あはは……。ケルグの事があると、神と言われるのもなんだか微妙な心持ちね」

「え……? ふふふっ、この程度の軽口でどうこうするほど、神様は狭量じゃないですよ~」

 ハルカの言葉に、ディオラさんは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐにパタパタと手を振って笑う。

 まぁ結局、サトミー聖女教団にも神罰は下っていないわけで、普段の生活で気にするような事ではないのだろう。

「ナオさんたちもディンドル採取が終わったら、ピニングへ戻られるんですよね?」

「はい。数日ほどの予定ですね」

「なるほど。今年はディンドルを採りに行く人の話は聞いていませんから、存分に採ってきてください。時期的にもそろそろ終わりですしね」

「そして、たくさんお裾分けを?」

「ええ、それが最良ですね。頑張ってください!」

 混ぜっ返すように言ったハルカの言葉に、ディオラさんには平然と頷き、ぎゅっと握った手を、笑顔で軽く振ったのだった。


    ◇    ◇    ◇


「ナオ、嬉しいんだ?」

「ん? ……あぁ、さっきの話か? リップサービスだろ。『いいえ、全く願い下げです』なんて言えるわけ無いだろ、世話になってるのに。ディオラさんだって、冗談だっただろうし」

 一瞬、ハルカが何を言っているのか解らず、考え込んでしまったが、先ほどディオラさんから受けた結婚の申し込み(?)の事と解り、苦笑を浮かべつつも、少し嬉しくなる。

 もしかして、嫉妬?

 ハルカはあんまり気にするタイプじゃないと思ってたんだが。

「判らないわよ~? もし『えぇ、良いですね』とか応えてたら、サクッとまとめられたかもしれないわよ? 一応、貴族だし、『口約束だ』なんて言い訳、通じないかも?」

「………」

 ディオラさんなら大丈夫だと思うが、貴族であればやりかねないような気もする。

 それが利になるのであれば。

 クレヴィリーに行って改めて思ったが、やはり貴族も色々。

 ディオラさんの実家がどんな貴族なのかは全く知らないし、ディオラさんへの扱いを考えると、少々問題がありそうな家な気がしないでもない。

「だから、間違っても言質を取られないように注意すること!」

「了解。でも、そんなに気にする事か? そうそう無いだろ、あんな状況なんて」

「判らないわよ? 今のナオは美形のエルフだし、お金を稼げる冒険者なんだから。――あ、そうだ。ナツキから鏡を貰ってたんだった。見てみる?」

 そう言いながらハルカが取りだしたのは、コンパクトほどの大きさの鏡。

 俺とハルカがクレヴィリーで貴族相手に苦労している間、街中を散策していたナツキたちが、ハルカのために買ってきてくれた物らしい。

 さすがに日本で見る鏡のように綺麗ではないが、実用上は問題が無さそうなレベル。

 それを覗き込んでみると……確かに整った顔だな。

 自分で言うのもナルシストみたいでなんか嫌だが。

 これで十分な収入があるのなら、確かにモテる素養はあるかもしれない。

「……まぁ、それはともかく。帰る前に、アエラさんの所に行こうか。肉の納入と、せっかくだから、ディンドル採取、誘ってみるのも良くないか?」

「露骨に話を逸らしたわね。別に良いけど。……去年は、ソース作りのために、採りに行ったのよね? そう考えると、きっと行きたいと思うけど」

「問題は店を休めるか、だよな。盛況みたいだし」

「そうなのよね。まぁ、声だけは掛けておきましょ。無理そうなら私たちが採ってきたのを分けてあげても良いし」


    ◇    ◇    ◇


「明日……ですか。う~ん」

 と言う事で、アエラさんのお店を訪れ、そんな話を切り出してみたわけだが、案の定、アエラさんは少し困った表情で、考え込んでしまった。

「やっぱり、難しいわよね、突然じゃ。夕方までには戻ってくる予定だけど」

「予告もせずに休むのはさすがに……採取は一日だけなんでしょうか?」

「えーっと……状況次第だが、三日ぐらい?」

 どれだけの量を採取できるか次第ではあるのだが、幸いな事に今年はマジックバッグがある。

 運搬の事を考えず、ひたすら採取すれば良いだけだし、俺たちの身体能力も一年前とは比べるべくもない。

 去年、採取に日数が必要だったのは、物理的に一日に持ち帰れる上限が決まっていたから。

 マジックバッグさえあれば、たぶん三日もあれば、十分な量を採取できるだろう。

「それなら、三日目だけ、ご一緒させて頂けませんか? それならなんとか休みが取れますから」

「えぇ、構わないわよ。それじゃ、明々後日の朝、迎えに来るわね……って、あれ? そういえば、アエラさんってどこに住んでるの?」

「ここの二階ですよ? この建物、まるごと買ってますから。ルーチェと一緒に住んでます」

「そうだったんだ?」

「そうだったのです。かなりボロい部屋だったから、来た時は結構、驚いたんだけどねー。タダだから文句も言えないけど」

 そう言いながら話に入ってきたのは、今名前の出たルーチェさん。

 肩をすくめて首を振るその表情を見るに、本当に酷い状態だったのかもしれない。

 手伝うために都会から来たのに、用意されていた部屋がそれでは、ちょっとルーチェさんが可哀想な気もする。

「もう! 今はリフォームして綺麗になったでしょ! ……それも、ナオさんたちのおかげなんですけど」

 ラファンに来て、頑張って貯めていたお金で、やや古いこの店舗を購入したアエラさん。

 その後、なんやかんやがあって、一階部分の店舗は大幅リフォームが行われたわけだが、当然と言うべきか、二階部分に関しては完全に手つかずだったらしい。

 しかしその後、俺たちのアドバイスやアエラさんたちの頑張りもあって、お店は盛況、無事にある程度のお金を貯める事ができたので、最近、二階部分もリフォームしてもらったらしい。

「ま、あの状態じゃ、人も呼べないもんねぇ」

「そ、そんな理由じゃないです! あなたが暮らしにくいとか、冬になったら寒いとか言ったからです!」

 ルーチェさんが意味ありげに、こちらにチラリと視線を向けるが、アエラさんはそれを否定するようにワタワタと手を振って声を上げた。

 だが実際、このエリアで家一軒を購入してリフォーム、店舗として整えたとなれば、かなりのお金が掛かっているのは間違いない。

 この街に来た時、アエラさんの貯金がどれぐらいあったのかは知らないが、かなり安い物件、つまり、かなり古い物件でなければ、買うのは難しかったのではないだろうか?

「あれは、雨漏りしてないのが奇跡ってレベルだったね、うん」

「別に壁に穴も空いてなかったじゃないですか。ちょっと隙間風は入ってきましたけど」

「そうねー。虫も入ってきて困ったよねー。冬は寒かったよねー。酷い時は一階で寝てたよねー」

「……そんな事も、あったかもしれませんね」

 ルーチェさんから向けられるジト目に、そっと視線を逸らすアエラさん。

「厨房の窯の前で身を寄せ合ったのも、良い思い出だわ~」

 どうやら、思ったより苦労していたらしい。

「えーっと、アエラさん、今は大丈夫なんだよな? もし困ってるようなら、多少なら融通する事も――」

「いえっ! 大丈夫です! 今は余裕がありますから! もうっ! ルーチェが変な事言うから、ナオさんに心配掛けたじゃない」

「あははっ、ゴメンねー、ナオさん。今はホント快適になったから。あの頃の事も、ま、本当に良い思い出? 仕方ないと解ってたし、今の状況もアエラと一緒に頑張ってきた成果だからね!」

 アエラさんがちょっと頬を膨らませてルーチェさんを小突くと、ルーチェさんも明るく笑って、手を振る。

「あ、なんだったら綺麗になった部屋、見ていく?」

「ル、ルーチェ! そんな、突然――」

「あ、いや。さすがにそれは遠慮させてもらう」

 冗談だとは解っているが、俺は即座に首を振った。

「ええ、そうよね。女性の部屋に突然訪問するなんて失礼だもの」

 もちろん、ハルカの視線が怖かったわけではない。

「だよな! そ、それじゃあ、また明々後日!」

「そ、そうですよね……。はい、お待ちしています」

 ホッとしたような、それでいて少し残念そうな、そんな表情のアエラさんに見送られ、俺たちは店を後にしたのだった。

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