249 貴族の婚礼 (2)
「……まぁ、そのへんは良いです。それで、俺たち全員、ですか?」
「いえ、お願いしたいのはハルカさんとナオさんです」
「俺とハルカ?」
「はい」
俺が自分とハルカを指さすと、アーリンさんは俺を見つめ返して頷く。
「強さという事なら、トーヤの方が良いと思いますが……?」
「いえ、その……なんと言いますか……はっきり言ってしまえば、あなた方二人は見栄えが良いのです」
「「………」」
うーぷす。
身も蓋もない。
一般的に言って、トーヤはイケメンだし、ユキとナツキも可愛い。
だが、普段はあまり意識しないものの、確かにエルフになった俺とハルカは一線を画している。
なので、『見栄えが良い』と言われてしまえば、『その通りですね』としか言いようがない。
「更にエルフですので、丸腰であっても抑止力として効果があります。まさか、婚礼の場で何かしてくる事は無いと思いますが」
魔法が使えるからか。
トーヤなら、素手でも十分に戦えると思うが、判りやすいアイコンとしてのエルフなのだろうが……。
「事情は分かりました。……どうする?」
「どうするつっても、参加するのはナオとハルカだろ? お前たちで決めれば良いんじゃね?」
声を掛けた俺に、あっさりと言ったのはトーヤ。
それに対し、ナツキの方はもう少し慎重だった。
「ですが、アーリンさんのプロモーションを受けると、どうしても冒険者として目立つ事になりますよね。それに関する不利益は明鏡止水、全員の問題ですよ、トーヤくん」
「あんまり目立ちすぎるのもどうかな、とは思うよね。ボチボチがあたしたちの方針だから」
しかし、そんなユキたちの言葉に、アーリンさんはあっさりと応じる。
「いえ、ラファンにいる限り、どちらにしても目立つ事になると思いますよ? まだ一年ほどですから、そこまででも無いですが」
「あ、そのへんは知ってるんだ……」
考えてみれば、俺たちがサトミーを捕縛した事も知られているようだし、娘の護衛を依頼する冒険者について、ネーナス子爵家が調べないはずもないか。
「もっと高ランクの多い町に移れば埋没するかもしれませんが……もちろん、当家としてそれは、あまり望ましくない結果ですね。多少の厄介事ぐらいであれば、当家で対応する事はできますよ?」
「……アーリンさんの前で言うのも何だけど、結果的に有名になるのが変わらないのなら、貴族に恩を売っておく方が良いかもしれないわね」
「いえいえ、はっきりと言ってくださった方が、こちらとしてもやりやすいですから」
身も蓋もないハルカの言葉に、アーリンさんは苦笑しながらも、気を悪くした様子もなく頷く。
「請けた方が良い、かしら?」
「さっきも言ったが、そのへんはナオとハルカに任せる。大変なのは二人だし」
「そうですね。私もそれで」
「ガンバレ! 貴族の婚礼なんて、そうそう見られないよ!」
任せる風な事を言いながら、ユキは完全に背中を押しているんだが……興味あるのか?
「美味しい物、食べられるの?」
「ふふふ、ミーティアちゃん、残念ながら、味わって食べるような余裕はほぼ無いんですよ、貴族の婚礼は」
俺たちの話を聞いていたミーティアが、こてんと首をかしげて素朴な疑問を口にするが、それを聞いたアーリンさんは微笑んで首を振る。
「美味しい物は出ているんですけどね、大抵は」
やっぱ出ているのか。
貴族だけに、金は掛かってそうだし。
仕事と考えれば仕方ないのだろうが、この町の料理の美味さを考えれば、ちょっと残念である。
「ナオ、どうする?」
「う~ん、請けても良いんじゃないか? イリアス様の後ろを付いて歩くだけなら、ボロも出ないだろうし……あ、でも、服が無いよな」
「そのあたりはご安心ください。当然、こちらでご用意致します」
俺の言葉に、即座にアーリンさんが応える。
「お、おぅ、そうですか。なら問題は無い、かな?」
「ナオが問題ないなら、私も構わないわ」
「そうですか! ありがとうございます! では、早速服を作りに参りましょう!」
アーリンさんの動きは素早かった。
ハルカが答えるやいなや、俺とハルカの手を取り、強引とも言えるような力強さで、瞬く間に宿の外へと連れ出したのだった。
◇ ◇ ◇
「……おぉ、行っちまったな」
「行っちゃったの!」
「うん。アーリンさんとしては、どうしても引き受けて欲しかったのかな?」
ナオとハルカが、アーリンに連れられていなくなった宿の部屋。
あまりに手際の良い行動に、トーヤがやや呆れたような声を漏らし、ユキもまた同意するように頷く。
「で、あるならば、適当なところで引き受けて良かったですね。避けがたい状況に追い込まれる前で」
「そうなんですか? アーリンさん、良い人ですよ?」
少しホッとしたように頷くナツキを見上げ、メアリが不思議そうに首をかしげるが、ナツキの方は困ったように首を振る。
「悪い人ではありませんが、貴族の使用人です。必要であれば、手練手管、権謀術策を巡らせるのが権力者なのです」
「ま、引き受ける事によるデメリットにしても、さっさとあたしたちの噂を広げてしまえば、無意味だもんねぇ」
ナオたちが懸念する、必要以上に注目されるとトラブルが増えかねない、という問題。
だが、ネーナス子爵家側からすれば、そんな事は考慮するほどの事では無い。
むしろ積極的に広めてしまい、ネーナス子爵家の庇護を受けなければ困る状況に追い込めば、依頼も請けざるを得なくなる。
それでも請けないのなら、デメリットだけを甘受するしかないわけで、合理的に考えれば、そんな判断をナオたちが下すわけがない。
「少し報酬面で交渉しても良かったかもしれませんが、現状でも待遇が良いですから、そう悪い事にはならないでしょう」
「だよな。この宿とか、高級宿だもんな」
普通であれば、ただの護衛の冒険者相手に、高級宿に泊まらせた上、食費まで面倒を見るなんてあり得ない。
ミジャーラでは、ハルカとナツキが部屋での護衛を担当していたが、この町ではそれも無いのだから、同じ宿に泊まらせる理由も無い。
はっきり言えば、他の冒険者が知れば、かなり
とは言え、もちろんネーナス子爵家側にも思惑はある。
まず第一に、大事な娘の安全をできるだけ確保するためには、ナオたちが傍にいる方が都合が良い事。
無いと考えてはいるが、万が一襲撃を受けたりすれば、すぐにナオたちの部屋に逃げ込めるというのは大きなメリットである。
いくら宿にいる間の護衛依頼を請けていない、とは言っても、逃げ込んできたイリアスを部屋から追い出すような事をナオたちがするはずが無い事ぐらいは理解されている。
第二に、今回のような突発的な依頼が必要になった場合、別の宿にいては迅速に対応ができないし、手間も掛かる。
そして何より、ナオたちに支払う依頼料が、ネーナス子爵家としては価値がないダンジョンであるため、多少金銭的に余裕がある事が挙げられる。
ケルグの騒乱で、派遣できる人員が減ってしまったネーナス子爵家ではあるが、その人数分、必要経費も節約でき、それをナオたちに必要な実費に回せば、実質的な費用はあまり変わっていなかったりするのだ。
その程度のコストで、ナオたちがより良く働いてくれ、イリアスの安全性が高まるのであれば、ネーナス子爵からすれば全く惜しくも無いコストである。
「苦労するであろう、ナオとハルカにはちょっと申し訳ねぇけど」
「アーリンさんは、立ってれば良いとは言ってたけど……普通に考えたら、話しかけられるよね? 一〇歳の女の子の後ろに、美男美女のエルフが二人立ってるんだよ? 絶対気になるよ!」
「男性でも、女性でも、声を掛けたくなりますよね。さすがに、下品なナンパは無いと思いますが……」
無いと言いつつも、そう言ったナツキの表情は不安そうである。
そんなナツキに、トーヤは苦笑を浮かべた。
「ナツキ、それ、フラグ。好色な貴族がハルカに声を掛けて、ナオがキレるとか、ありがちじゃね?」
「物語としては、ありがちだよね。でも……ナオがキレるかな? ハルカの性格を知ってるから、静観しそうじゃない?」
「それで、ハルカが冷たくあしらって問題になる、と。……いえ、その前に、冷静に間に入るでしょうか、ナオくんなら」
「ナンパの時はそんな感じだったな。オレとナオが前に立って冷静に話せば、普通は引くからなぁ、ナンパなら」
喧嘩して勝てば女の子が付いてくる、なんて思っているのはただのバカである。
そんなバカは、そんなにいない。
そんなにはいないのだが、まれに生息していたりするので、侮れない。
「主人を無視して、従者に話しかけるのはマナー違反なの」
「……それって、貴族社会の話?」
「うん。そう習ったの!」
ミーティアの言葉に、驚いた表情を浮かべたユキが、確認するように聞き返すと、ミーティアは自信満々に深く頷く。
ナツキの方はメアリの方を確認するように見たが、メアリは自信なさげに首を振るのみ。
「ナツキも覚えてねぇの?」
「私、別に記憶力に自信があるわけじゃないですよ? あの時取ったメモを確認すれば、書いてあるかもしれませんが……」
学校でのナツキの成績は良かったが、どちらかと言えば秀才タイプで、きちんと勉強しているから成績が良かったのだ。
聞いた事を簡単に覚え、即座に理解できるから成績が良い、というわけではない。
逆にハルカの方は、天才寄りで、あまり勉強しなくても成績が良いタイプである。
「でも、それなら少し安心かな? イリアス様が防壁になってくれるから……なってくれるよね?」
「貴族とは言え、あまり子供に期待するのも……そのあたりは、ハルカのそつの無さに期待しましょう」
「だな。オレたちが心配しても、どうしようもねぇし」
ナオ、哀れ。
地味に期待されていない。
「しかしこうなると、この休暇の間は、ハルカたちとは別行動になるのかな?」
「ハルカさんたちは、休暇、無しですか?」
「ナオお兄ちゃんたち、可哀想なの……」
「仕事だから仕方ないさ。オレたちはしっかり遊んで、後でナオたちに自慢してやろうな」
「えっと……それでいいのです?」
トーヤの言葉に、ミーティアが疑問を顔に浮かべてナツキたちを見回す。
ナツキたちは顔を見合わせると、ユキが苦笑を浮かべて曖昧に頷く。
「う~ん、どうしようも無いからね。自慢は必要ないと思うけど」
「はい。朝市をのんびり散策する時間も取れるか判りませんし、私たちでしっかりと調査して、良い食材はしっかりと買い込んでおきましょう。美味しい料理を作ってあげられるように」
「美味しい料理! 明日の朝市、楽しみなの!」
ナツキのその言葉で、“可哀想なナオとハルカ”はミーティアの頭からあっさりと消え、美味しい料理に塗りつぶされてしまったのだった。
別の意味で可哀想な二人である。
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