248 貴族の婚礼 (1)

「今、お時間よろしいでしょうか?」

 米の試食を終え、時間が中途半端だから今日はのんびり過ごそうか、と話していたところにやって来たのは、アーリンさんだった。

 この町にいる間は、エカートたち領兵が護衛を務めるため、俺たちは完全休養、イリアス様も忙しいのか、メアリたちが呼ばれる事も無かったのだが……。

「えぇ、構いませんよ。今日は特に予定もありませんから」

 仕事中じゃありませんから、と追い返すわけにもいかず、俺たちは快くアーリンさんを受け入れ、椅子を勧める。

「ありがとうございます。少し情報が集まりましたので、それを共有しておこうかと思いまして」

「情報というと、あの襲撃ですか?」

「はい。あれです」

 あれ以外に俺たちと情報共有が必要な物は無いだろう、とは思ったのだが、襲撃の背景など敢えて教える必要が無いとも言えるし……なんだか不穏である。

 だが、そんな俺の心情は他所に、アーリンさんは話し始める。

「私たちで情報収集を進めた結果ですが、どうやらあの襲撃にはユピクリスア帝国が関わっている可能性が高そうなのです」

「ユピクリスア帝国って……この国の南方にある敵国ですよね? イリアス様が襲われるほど、険悪な状況なんですか?」

 聞かされた少し意外な情報に、ハルカは首をかしげる。

 俺の知る範囲では、ユピクリスア帝国は敵国の範疇で、わざわざこんな国境から離れた、しかもあまり有力とも言えない貴族の子供を狙って、ゲリラ活動を行うほどの状況にはなっていないとの認識である。

 イリアス様を拉致したとしても、レーニアム王国が何らかの要求を飲むとは思えないし、ネーナス子爵に身代金を要求したところで、所詮は弱小の貴族、国家単位で考えれば大した額でもないだろう。

 それであれば、サトミー聖女教団がどこかの手練れを雇ったと考える方が、まだしっくりとくる。

「はっきりと言ってしまえば、当家である必要性はまったく無い……いえ、ほとんど無かったようです。単純に、少人数でも襲撃が成功しそうだから狙われた、と思われます」

 実はイリアス様以外にも、今回の婚礼参加者の中に襲われた人が何人かいたらしい。

 そして、総じて襲ってきたのは少人数、襲われたのは護衛の人数が少なく、手練れもいないような弱小貴族。

「ユピクリスア帝国としても、敵国内に大人数の兵士を浸透させるのは難しいですからね。今回の婚礼を邪魔するための一手として行われたのでしょう」

「なるほど。しかしなぜ? ダイアス男爵領もユピクリスア帝国とは接していませんよね?」

「はい。ですが、結婚相手の貴族が、ユピクリスア帝国と対峙しているのです」

 今回のダイアス男爵との婚姻相手、それは時折ユピクリスア帝国と小競り合いを起こしているアシー男爵家の娘。

 当然、ユピクリスア帝国としては、金持ちのダイアス男爵とアシー男爵家が縁戚関係になるのは歓迎できない。

 距離的に見れば、アシー男爵領とダイアス男爵領はかなり離れているのだが、クレヴィリーそばを流れる川の下流、そこにあるのがアシー男爵領なのだ。

 逆はともかくとして、ダイアス男爵領からアシー男爵領へと物資を運ぶのであれば、かなり交通の便は良く、緊急支援などもやりやすい。

 そんな事を考慮すると、ユピクリスア帝国としては、確かになかなか嬉しくない婚礼だろう。

「ですが、出席者を襲撃したぐらいで婚礼の阻止ができるんですか?」

「うん。だよな? 結婚する本人たちならともかく」

 特にネーナス子爵なんて、単に隣に領地があるというだけであり、俺たちが通ってきた街道の様子を見ても判るとおり、交流も乏しく親しくも無いのだ。

 万が一、イリアス様が殺されるような事があったとしても、婚礼が中止になるとは思えない。

「もちろんそれが可能なら、やったでしょうが、お金があるダイアス男爵家の護衛は精強、頻繁に実戦を経験するアシー男爵領の兵士は言うまでもありません。ですので、次善の策でしょうね。今回の婚礼を阻止できなくても、ケチが付くだけでも意味はある、と」

 つまり、今後の外交、政策で何らかの布石になれば価値があると、そんな感じらしい。

 まぁ確かに、今回の事で殺された貴族は、ダイアス男爵とアシー男爵に対して感情的なしこりは抱えてしまうかもしれない。

 悪いのはユピクリスア帝国だと解っていたとしても。

「……あ、他に襲われた貴族はどうなったんですか?」

「二名ほど、殺されています。幸い、当主ではありませんが……。後は怪我をされた方もいますね。護衛に関してはそれなりに被害が出ています」

「うわーぉ……」

 なかなかに生々しい被害に、トーヤが思わずという風に声を漏らす。

「我々も、皆さんがおられなければ、同様だったでしょうね。改めてお礼申し上げます」

「いえいえ、お仕事ですし。そもそも、捕まえる事もできず、全員に逃げられていますから」

 そう言いながら丁寧に頭を下げるアーリンさんに、俺は慌てて手を振り、応える。

 一応、一人には重傷を負わせたが、それだけ。

 あまり誇れるような結果では無い。

 二人は領兵が相手をする事になったし、もし敵があと一人、二人多ければ、かなり危険だっただろう。

 ナツキたちも俺の言葉に頷きつつ、少し不思議そうに疑問を口にする。

「しかし、よく判りましたね? 話を聞くと、自白を得た訳じゃなさそうですが」

「はい。種々の情報を勘案して、ですね。賊を何人か斃した方もおられたようですが、何ら証拠となる物を持っていなかったそうです。ですから、外交ルートで抗議をする事もできません」

 おぉ、あのレベルの敵を斃したのか。

 こちらの被害を許容するなら斃せるかもしれないが、俺とトーヤでも攻めきれなかった事を考えれば、現実的にはナツキも参加してなんとか、という感じだろう。

 あれが実際の戦争を経験している手練れ、というものなのだろうか。

「それは残念ですが……しかし、であるならば、帰りに襲われる危険性は低い、ということでしょうか」

「おそらくはそうなります。もちろん、普通の盗賊や魔物に関しては判りませんが」

「そのあたりはまぁ、問題ないでしょう。……さすがにあんなレベルの盗賊はいないと思いますし」

 むしろ、いてくれるな。

 怖いから。

 そもそもあのレベルなら、盗賊なんてやってなくても、十分に稼げるだろう。

「で、お話はそれだけじゃ無いんですよね?」

「え? そうなのか?」

 軽くため息をつくように確認するハルカに、トーヤが少し意外そうな声を上げるが、当然と言えば当然だろう。

 今回の一行の中で、実質的に最も政治的な権限を持っているのは、恐らくイリアス様のお目付役と思われるアーリンさんなのだ。

 単に俺たちが気になっているだろうから、だけで教えに来てくれるとは思えない。

「今の情報だけなら、私たちが知る必要ないでしょ。政治的な話は、私たちに関係ないんだから」

「さすがですね、ハルカさん。はい、今のお話は前提です。これを踏まえてのお願いなのです。一応、無事に撃退しているので、なんとか面目は保っているのですが、狙われた事自体が既に問題でして」

 簡単に言えば、帝国に雑魚貴族と思われたという事であり、延いては貴族社会で侮られる原因ともなる。

 ネーナス子爵家として、それは少々マズい。

 そこで、なんとか婚礼の本番で巻き返したいところなのだが、出席するのは一〇歳に満たない女の子のイリアス様である。

 本来であれば、参加したという事実さえあればそれで良かったのだが、事件が起こってしまった事で、その当事者となったネーナス子爵家には必然的に耳目を集める事となる。

「どうしてもイリアス様では、威厳に欠けますから……」

「まぁ、年齢はどうしようも無いわよね。それで、私たちにお願いとは?」

「はい。イリアス様を補助する目的……いえ、目を逸らす目的で、一緒に参加して頂けないでしょうか? もちろん、その分は何かしらの報酬は考えさせて頂きます」

 細かい事情を話したのは、それが目的だったようだ。

 最初の契約に含まれていない以上、請ける、請けないは俺たちの自由。

 何も知らせずに『参加して』と頼むのは難しい、と考えたらしい。

「えっと……アーリンさんやケトラさんは? 他にも、エカートたちがいたと思いますけど」

 少し困惑した様子で尋ねるハルカに、アーリンさんは困ったように首を振る。

「私どもは侍女として来ています。参加はできません。エカートたちは言うまでもないですよね? フォーマルな場所など無理です」

「それを言ったら、俺たちもそうなんですが……貴族相手の受け答えなんかできないですし」

「そこは立っているだけで構いません。話しかけられる事も無いでしょう。ネーナス子爵家の下に高ランクの冒険者がいる、それが重要なのです」

「高ランクの冒険者って言っても、私たち、ランク五ですよ?」

「大丈夫です。そこは上手くやりますから」

 確認するように言ったナツキに、アーリンさんは自信ありげに胸を張る。

「停滞していたラファンの経済、その発展に寄与し――」

 ……あぁ、銘木の供給な。

 確かに仕事は増えたみたいだが。

「町を混乱に陥れた宗教団体。その指導者の捕縛に尽力し――」

 完全に運な。

 たまたま遭遇したサトミーを捕まえただけ。

 サトミー聖女教団に関しては、ホント、何もしていない。

「新たなダンジョンを発見し――」

 たまたま入った廃坑がダンジョンだっただけな。

 廃坑がある事は知られていたのだから、どちらかと言えば再発見である。

「そのダンジョンを単独のパーティーで攻略中。現在、最も深くまで潜っている高ランク冒険者」

 俺たち以外入ってないからな!

 嘘では無い。

 嘘では無いが、都合の良い部分だけをピックアップしすぎ。

 完全に『誤解を招きかねない表現』である。

 マスコミか。

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