247 クレヴィリー (6)
「ま、言ってても仕方ないから、やっていきましょ。小粒から順に炊いていけば、ほどよく時間も経つでしょ」
「はい。まずは洗って、浸水させておきましょう」
ここは高級宿だけあり、お付きの人向けと思われるこの部屋にも、簡単な台所……とまではいかないが、給湯室的な物が付属しているのだ。
俺も手伝い、そこでボールを使って、ちゃっちゃと米を洗う。
ちなみに、使っているボールはトーヤ作である。
理由は単純。
白鉄製のボールなんぞ、普通の店には売ってないから。高すぎて。
「なかなか綺麗にならないな?」
「無洗米ほどじゃなくても、普段買うような市販の米はあまり糠が残ってないからね」
「これは精米の仕方が雑ですからね。糠臭いと美味しくないですから、綺麗に洗ってくださいね」
「了解。……ちなみにこれ、『浄化』だと?」
「無理ね。食べ物は、ほぼ無理」
色々便利な『浄化』ではあるが、“野菜に土が付いている”とかなら効果があるのだが、“魚から血抜きをする”とか“果物から皮だけを取り除く”みたいな事はできない。
それができるなら精米も容易なのだが、そこまで便利ではないのだ。
だが、“服に付いた果物の汁や血液”、“皮膚に付いた自分の血”などには効果があるので、不思議と言えば不思議なのだが……魔法だしな。
「まぁ、お米を洗うぐらいは自分でしませんと。手料理なんですから」
「そういう考え方もあるな」
俺としては、美味いなら別に無洗米でも、レンジでチンするサ○ウのご飯でも……いや、サ○ウのご飯は無しだな。
家で食事するなら、ご飯ぐらいは炊飯器で炊きたい。
冷凍ご飯のレンチンは可。
浸水に一時間ほど時間を取り、小粒の米から炊飯を始める。
もちろん小粒とは言っても、四種類の中では、というだけである。
「炊飯時間に悩みますね。お水の量は、同じぐらいで大丈夫だと思いますが……」
「浸水さえできていれば、あまり気にする必要は無いんじゃない? そのへんはナツキの勘に任せるわ」
「責任重大ですね……失敗したら、次はハルカですからね?」
「……大丈夫。ナツキならできるわ!」
ジト目を向けられたハルカは、一瞬沈黙し、精米作業の大変さを思い浮かべたのか、良い笑顔でナツキの肩をポンと叩く。
「まぁ、頑張ってみますけど……」
やや不安そうに調理を始め、三〇分ほど後。
さすがはナツキと言うべきか、ご飯特有の香りをさせて、しっかりと炊き上がっていた。
ふっくらつやつや、『縮尺が微妙に違う?』と感じるだけで、見た目はしっかりと炊きたての白米だった。
それをナツキがやや深めの器に盛り、テーブルの上に。
トーヤとユキが早速スプーンを伸ばす。
「それじゃ、食べてみようぜ!」
「うん。見た目は美味しそうだよね」
ということで、取りあえず食べてみた。
味は間違いなく白米。
咀嚼した時の甘みが少なめで、ちょっと安めのお米っぽい味だが、十分に食べられる。
ただ、一粒一粒が大きいので歯応えに違いがあり、少し気になるが……許容範囲か。
「問題なく食べられるわね。これなら買い込んでも良いんじゃないかしら?」
「俺も同感。ベストとは言えないが、ベターだろ、これなら」
「メアリちゃんとミーティアちゃんは、どうですか?」
「ちょっと変わった味ですが……美味しいですよ?」
「味がしないの!」
ナツキの問いに、メアリは気を使ったのか、少し疑問形ながら美味しいと答えたのだが、それに対し、ミーティアの感想は正直だった。
「あぁ、そうですね。これだけだと美味しくは無いですね」
「パンみたいな、主食だからな」
「納得なの……」
納得と言いながらも、ミーティアの眉は下がり、耳や尻尾はへにょりと残念そうである。
「ナオ、トーヤ、そろそろお昼だし、広場に行って屋台で適当な物を買ってきて。ご飯のおかずになりそうな物」
「らじゃ」
ハルカの言葉に俺たちが腰を上げると、それと同時にミーティアが、素早くシュバッと手を挙げた。
「ミーも行きたい!」
「それじゃ、ミーティアも連れて行って。メアリはどうする?」
ご飯を炊くのを見ていても暇なだけ、とすぐにハルカが許可を出し、メアリの方に視線を向けるが、メアリは僅かに迷ってから首を振った。
「わ、私は見てます。それ、今後の食事に使うんですよね?」
屋台よりも、料理の手伝いができるようにならなければ、という意識の方が勝ったようだ。
行きたいと思っているのは、はっきりしているのだが、まぁ、この町の滞在はまだ四日もある。
また連れて行ってやれば良いだろう。
ミーティアの方は――いつの間にやら、部屋の入口でドアノブに手を掛け、足踏みをしながら待っている。
俺とトーヤは顔を見合わせて苦笑すると、ミーティアを促して宿を出たのだった。
◇ ◇ ◇
俺たちが宿に戻ってくると、もう一種類の小粒は既に炊き終わり、中粒の米がちょうど炊き上がったところだった。
「おかえり~。なんか美味しそうなのあった?」
「ご飯があるからな。焼き鳥とか買ってきたぞ」
串にサイコロ状の鶏肉を刺した、見た目はごく普通の、ただしオーク肉などよりも高価な焼き鳥。
タレは売ってなかったので、塩だが、それでも白米には合うだろう。
更に、つくねを見つけたのでそれも買ってきた。
丸いつくねが刺してあるわけでは無く、少し平たい串に巻き付けた、五平餅みたいなつくねである。
ラファンではミンチを見かける事も無かったのだが、地域によって結構料理も違うものである。
「あと、粉物があったからそれも。ご飯だけじゃ足りねぇからな」
トーヤが買ってきたのは、薄焼きのパンに野菜や肉を載せて丸めた物。
オシャレに言うならタコスというか、ブリトーというか、そんな感じの物。
俺からすれば、食事タイプのクレープである。
「ミーはこれ買って貰ったの!」
ミーティアの方は、スペアリブ。
でっかい骨が付いた肉が四本。
何の肉かは知らないが香りは良く、その屋台を見つめて動かなくなったミーティアに釣られ、トーヤの足まで止まったので、買い込んできたのだ。
……ホント、美味そうな店が多いんだよな、この町。
「それじゃ、それをおかずに食べましょうか。ちょうど中粒も炊き上がった事だし」
女性陣が手早くテーブルの上に皿を並べ、そこに俺たちが買ってきた物を盛り付ける。
骨付き肉に関しては、トーヤたち獣人の前に一本ずつ、他四人は残り一本を食べやすくカットし、皿に取り分ける。
「あとはご飯ですね。これも分けておきましょう」
炊き上がったご飯は、鍋ごとマジックバッグに入れておいたようで、まだ熱々。
その鍋から、各自の前に置かれた皿の上にご飯が盛られ、中粒の方もユキによって、その隣に盛られる。
「では、いただきます」
「「「いただきます」」」
なかなかに美味そうな昼食だが、俺は目的を忘れてはいない。
まずは小粒のご飯から、パクリ。
……こっちはちょっと粘りが少ないな?
品種なのか、炊き方なのかは判らないが、同じ小粒でも今回の物は、表面の粘りが少なく、ちょっと歯応えがある。
粒が大きいだけに少し硬くも感じるが、これはこれで悪くない。
炊き込みご飯のような、混ぜご飯的な物に向いているんじゃないだろうか?
口の中を焼き鳥と水でリセットして、次は中粒の方へ。
こちらは……明らかに表面が崩れてる。
炊くのに失敗って訳じゃないよな?
口の中に入れると、やはり表面はかなり柔らかく、少しとろけたお粥のようになっている。それでいて中心部分には若干の歯応えがあり……。
味自体は悪くないので、完全にお粥にしてしまうのなら悪くないかもしれない。
普段食べるのには向かないが。
それとも、炊き方次第で改善されるのか?
そのへんはハルカたちに期待しよう。
今度は骨付き肉と、ブリトーでインターミッション。
しばらく待って、炊飯途中だった最後の大粒が配られる。
「これはまた……凄いな」
「もっちもっちだね。完全に一体化してるよ」
お皿に盛る時も、スプーンを二つ使わないと、引っ付いてしまって無理なほど。
食べてみても、やはりもっちもっち……いや、ネトネト?
こういう物だと思えば、不味くはないのだが。
「完全に、ドロドロに溶けたお餅ね」
「これを食べるなら、蒸さないとダメでしょうね。お餅が作れそうなのは朗報ですが」
ラストは残った料理を平らげて、試食会兼昼食は終了。
久しぶりの米はかなり嬉しかったが、量が量だけに物足りなかったなぁ。
そして、感動して涙を流すってほどでもない。
日本を感じさせる料理は、普通にハルカたちが作ってくれるし。
……もし、醤油っぽいインスピールソースが無ければ、また別だったかもしれないが。
「結論としては、ご飯として食べるのは、やっぱり小粒までね」
食後の片付けも終わり、のんびりとベッドで寛ぎながら、ハルカが口にしたのはそんな言葉だった。
そしてその結論に異議のある人はいないらしく、揃って頷く俺たち。
あ、メアリとミーティアは別な。
やはり二人はこちらの人間らしく、『出てきたら食べるけど、敢えて食べたいとは思わない』という程度の感想だった。
と言うか、肉があれば不満が無いって感じである。
「大粒はお餅用に確保かな? お正月はやっぱり食べたいし」
「同感です。ですが、中粒も使えるかもしれませんので、買っておきましょう。私がお金を出しても構いませんので」
「いえ、それは共通費から出せば良いと思うけど……ナオ、このお米って朝市で買ったのよね? 今はもう出てないわよね?」
「売っている店はあるかもしれないけど、その露店は無くなっていたな」
先ほど、昼食を買った屋台があった広場、そこの周辺が朝市のあった場所なのだ。
露店の並んでいた道の両脇も、昼間は普通に店舗が営業しているので、当然露店を開いたままにはできない。
おそらくは朝限定で許可された商売なのだろう。
「お店を探しても良いけど、そこまでする必要も無いわよね。同じ品種を買えた方が安心だし」
「そうですね。もう一度、手作業で精米するのは避けたいです」
「それじゃ、明日は早起きして買いに行きましょ。色々、珍しい香辛料とかもあったって話だし、楽しみね」
「あー、ハルカにはその香辛料を使って、できればカレーを作って欲しいけど、無理か?」
俺の無茶振りに、ハルカは暫し沈黙。
少し困ったように顎に手をやる。
「……缶入りのカレー粉を使う事はあっても、さすがにスパイスを混ぜてカレー粉を作った事は無いんだけど。知ってるのは、せいぜいターメリック、唐辛子、カルダモン……」
「クミン、ガラムマサラもあるよね」
ハルカが挙げていったスパイスに、ユキも付け加えるが、それをナツキが遮る。
「あ、ユキ、ガラムマサラはスパイスミックスの事ですよ? ナツメグやクローブ、シナモン、胡椒など、中身は色々入ってますから」
「え、ホントに? 知らなかった……」
「チリパウダーなども数種類を混ぜたスパイスですね。逆にオールスパイスは、単独のスパイスですが」
ナツキの豆知識に、ハルカとユキが「そうなんだ~」と頷いているが、そもそも詳しくない俺にはさっぱりである。
「カルダモン以外はウチのキッチンにあったけど、難点は粉末になってるから、元の形が判らないところよね」
ちなみに、俺がまともに知っているのは胡椒と唐辛子ぐらいである。
あ、ターメリックはウコンだよな? それは知ってる。
『ウコン!』ってでっかい看板を掲げて、乾燥ウコンだけを売っているお店を見た事がある。
あれって、商売として成り立っていたのだろうか……?
あとは……シナモンも、シナモンスティックを見た事あるか。
あのロール状の形からして、薄く剥いだ木か?
「クローブは丁字とも言われ、特徴的ですから判りますよね?」
「あれはさすがにね」
ナツキの言葉にハルカとユキが苦笑するが……なんで?
と思って聞いてみたら、クローブは小さい釘みたいな形をしていて、食材にぶっ刺して使うらしい。
マジか。
そんな雑な(?)香辛料があったとは。
「ナツメグ、カルダモン、クミンは種ですから、匂いで判断するしか無いでしょう。と言うよりも、同じ物があるとは限らないので、似た匂いや味の香辛料を探す必要があるでしょうが」
「ま、カレーって案外いろんな味があるから、『どこどこのカレー!』って限定しなければ、それっぽい物は作れるんじゃないかな? 極論すれば、辛くてスパイスの香りがすればカレーでしょ?」
「極論っつーか、暴論って気もするが、あんま否定できねぇな」
「同意。懐が深いからなぁ」
“カレーの構成要素って何?”と問われると、確かに“スパイシーである”以外に無いような気がする。
日本だとおおよそ“カレーの香り”のイメージがあるが、インドだと各家庭で自由にスパイスをブレンドして作るらしいし、匂いも色々なんじゃないだろうか?
「美味しい話なのです?」
俺たちの会話で、食べ物の話と判ったらしく、興味深そうに俺たちの会話に入ってきた。
「美味しいかもしれない話ね。ちょっと辛いけど」
「辛いのはダメなの!」
ミーティアが手でバッテンを作り、首をフルフルと振る。
たまに子供らしくないミーティアも味覚は子供のようで、昨日の夕食に出てきたピリ辛の魚、あれも結局は食べられなかったからなぁ。
「大丈夫よ、甘口のカレーもあるから」
「甘いの? 甘いのは好きなの」
一転笑顔になるミーティアだが、甘口のカレーって、地味にコストが掛かるよな。
果物が高いから。
あ、でも俺たちの場合、自分で採取できるか。
ダンジョン以外にも、そろそろディンドルの季節だし。
「ま、いろんなスパイスを買い込んで、何種類も、好きに作ってみれば良いんじゃない? たくさん作れば、そのうち美味しいのもできるわよ」
「そうですね。幸い、そのぐらいの余裕はありますから」
スパイスの値段は決して安くは無いのだが、“金に匹敵する”ってほどにはべらぼうでも無い。
仮に毎食、材料費として金貨一枚以上使うとしても、カレーが食べられるようになるのなら無駄とは思わないし、むしろ俺が支払っても良いぐらい。
少なくともトーヤのように娼館に行って、数時間で数十枚の金貨を溶かすよりは有意義な使い方だと、俺は思う。
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