229 牛乳(精力剤)採集
ラファンの町の場合、時間帯さえ選べば、『子供が冒険者登録しようとして絡まれる』なんてテンプレイベントは起きようがない。冒険者がほぼいないので。
そんなわけで、メアリとミーティアの冒険者登録は何のイベントも無く――2人は喜んでいたが――スムーズに終了した。
前回はかなりの長期間ダンジョンに潜っていたので、いつもであれば1週間ほどは休みを取るところだが、レッド・ストライク・オックスのミルクの納期を考えるとあまり余裕も無く、俺たちは2日ほど休んだだけで、再びダンジョンへと赴いていた。
時間の関係で、今回はダンジョン内でも『
メアリたちが参加して7人になっているため、その分は少し負担が増えているのだが、ユキもある程度は使えるようになっている関係で、俺たちは何とか、出発したその日のうちに20層まで到達したのだった。
◇ ◇ ◇
「ここが20層、ですか」
「あんまり変化が無いの」
見た目的な変化が少ないのが、このダンジョンの11層から20層までの特徴。
野営のために、メアリたちも11層までは連れてきていたのだが、連れてきているだけで戦闘はさせていないし、歩き回ってもいないので、見ただけでは違いも分からないだろう。
俺たちだって、適当に転移させられたとしたら、森に入って植生を見なければ判らないぐらいだし。
さすがに階層の入口からなら、森の位置などで判るけどな?
「見た目は同じでも、ここで出てくるレッド・ストライク・オックスはかなり危ないから、気を付けるのよ? 間違っても、私たちから離れて移動したりしないこと。もし危ないと思ったら、私たちの誰でも良いから、その後ろに逃げ込むこと」
「「はい(なの)!」」
ピッと指を立てつつ、真面目な顔で言うハルカに、メアリたちも真剣な顔で頷く。
冗談抜きで、メアリたちがレッド・ストライク・オックスの突進を受けたら死ぬからな。
普通なら連れてこない方が良いのだろうが、俺たちからしてもコイツからミルクを搾るためには全員がいた方が安全だし、幸いな事に縄張りがきっちりと分かれているので、不意打ちを受ける可能性は低い。
注意しておけば、メアリたちが怪我をする事は無いだろう。
「レッド・ストライク・オックスって、どれぐらい強いんですか?」
「そうだな、ラファンの一般的な冒険者……いや、少し腕利きの1パーティーでオークが1匹斃せるんだが、それの2、3倍の強さじゃねぇか?」
「そんなに!?」
「お兄ちゃんたち、すごいの!」
尊敬の眼差しを向けてくる2人に、俺たちは苦笑して首を振る。
「いやいや、所詮はこのあたりでは、ってだけだからな? ミーティアたちも、このへんで強くなったと思っても油断はするなよ?」
「そうですね、ラファン周辺だけではなく、ネーナス子爵領自体にあまり強い冒険者がいないようですから……。メアリちゃんも決して天狗にならないようにね?」
「それは大丈夫です。ナツキさんたちがいますから」
ナツキの苦言に、メアリは苦笑を浮かべて否定したが、ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべて付け加えた。
「――でも、皆さんを追い越すようなことが、あれば解りませんけど」
「では、私たちも頑張らないといけませんね。追い越されないように」
うん。同感。
但し、それはトーヤとナツキに任せたい。
戦闘スタイルが違うし、筋力に関しては、かなーり危ないからな、俺。
◇ ◇ ◇
「それじゃ、捕獲方法は前回と同じで良いか? トーヤに『
そう言った俺に、トーヤは少し苦い表情を浮かべる。
「やっぱそれかぁ。ちょっと怖いんだよなぁ、『
「安定していないとは失敬な。せめて『測りづらい』と言ってくれ」
例えば、魔力を10注ぎ込んだ『
これは『炎耐性』が身体全体を覆うのに対し、『火矢』は同じ魔力を1点に集中するためだ。
おおよそだが、10の『炎耐性』で防げるのは1の『火矢』程度である。
逆に、ある程度拡散する『
そして、高レベルの魔法ではあるが、『
レッド・ストライク・オックスのブレスに関して言えば、一番近いのはこの『火炎放射』だろう。
「ま、最初は多少過剰なぐらいで『
「了解。マジ頼むな? 禿げにはなりたくねぇぞ?」
「大丈夫、大丈夫! 燃え尽きる前に、『
「燃える前に逃げるわ!」
気軽に言うユキにトーヤが抗議の声を上げるが、実際、前回のことを考えれば、あまり心配は無いだろう。
問答をしていても仕方ないので、さっさと掛けてしまおう。
「トーヤ、行くぞ? 『
俺が魔法を掛けると同時に、トーヤの周りにぼんやりと光の幕が発生する。
この膜が薄くなってくると効果が切れかけの合図なので、その時点で追加で『
なので、突然『炎耐性』の効果が切れて、ヤバたん! なんて事にはならない。
「よし。ほら、ちょうどあそこに居る。ガンバレ!」
「おぉい! ペース速いな!?」
「のんびりしてても仕方ないだろ?」
遠くに見えるレッド・ストライク・オックスを指さし、トーヤの背中を押すと、彼は渋々ながら俺たちの前に立ち、それに向かって歩き出した。
俺たちはメアリたちを後ろに庇う形でその後に続き、しばらく歩くとレッド・ストライク・オックスがこちらに気付いた。
後はいつも通り。
突進してきたレッド・ストライク・オックスをトーヤが躱し、振り返ったところを掴んで動きを止めると同時、俺とユキが『
「おぉ! 熱くない! けど、めっちゃ怖い!」
やはりと言うべきか、トーヤに掴まれたレッド・ストライク・オックスはブレスを吐いたが、それを浴びてもトーヤには全く影響が無かったし、トーヤに掛けた『炎耐性』も特に弱まったようには見えなかった。
トーヤの身体は炎に包まれているので、怖いというのも解るし、見た目だけはかなりヤバそうなのだが。
「一瞬だろ。我慢しろ」
持ち上げてしまえば、トーヤが正面で抑える必要も無いのだ。
いつものようにサクサクとロープで拘束しつつ、ナツキが搾乳を開始。
それと並行して、レッド・ストライク・オックスの身体にペインティングも行っていく。
ストライク・オックスに比べて拘束時間が短いのだ。のんびりしている余裕は無い。
『土壁』を強化する方法もあるが、魔力を無駄に消費することになるし、前回の様子から手早く処理すればなんとかなる範囲である。
「メアリとミーティアも手伝ってください」
「「はい(なの)!」」
メアリたちが牛乳瓶をナツキに手渡したり、蓋を閉めたりして補助。
その間俺たちは、万が一に備えて、レッド・ストライク・オックスの身体を押さえておく。かなり力が強いので、ロープだけでは少々心許ないのだ。
「よし。終わりました!」
ナツキのその声で、俺たちはロープを手早く解き、急いでレッド・ストライク・オックスから離れる。
そして、俺たちがレッド・ストライク・オックスの警戒範囲から出て比較的すぐに、土壁が崩壊した。
「ふぅ。ギリギリね」
「だな。けど、まぁ、成功じゃね? ブレスにはちょいビビったが、熱くなかったし」
「俺が魔法を使ったんだから当然。あと、押さえる人員が4人いたら、ロープ無くても良くないか?」
4人居れば、レッド・ストライク・オックスの前後左右を押さえつけることができる。
搾乳の補助とペインティングをメアリたちにさせれば、俺たちは押さえる方に専念できて、ロープを掛ける時間と解く時間も節約できるわけで。
「確かに悪くないけど、メアリ、ミーティア、できる?」
「頑張ります!」
「できるの!」
「なら、それでいこっか。牛乳の方は……ちょっと瓶が小さいのかな?」
今回搾れた牛乳の量は、丸々3本と4本目が半分以上。
俺の作った瓶では大抵3本で収まることを考えると、ギルドから提供された瓶のサイズは少し容量が少ないのかもしれない。
「このペースで行くなら、30頭ほど搾れば、110本近くにはなるでしょうか?」
「そうね、それぐらいあれば問題ないでしょ」
ネーナス子爵がご祝儀として贈るのは100本だが、それで100本しか用意しないのではあまりに不用心である。
ディオラさんにも、輸送中の破損など、万が一に備えて110本程度は用意してくれ、と頼まれている。
貴族のメンツ的にも『持ってくる途中で割れちゃったので、99本しかありません』と言うわけにもいかないのだろう。
「それじゃ、そのパターンで狩りを続けましょ」
新しいパターンでの搾乳はなかなかに効率が良く、かかる時間もかなり短縮された。
いや、正確には短縮しないと『土壁』が保たないだけなのだが、ロープを掛ける手間が無くなる分、俺たちとしてもかなり楽。
ミーティアがペインティングの担当になったことで、レッド・ストライク・オックスの身体に描かれるのが落書きになってしまったが、まぁ、大した問題では無い。区別が付けば良いのだから。
区別、と言えば、地味に面倒だったのが雌雄の判断。
警戒範囲がストライク・オックスよりも少し広いようで、相手に見つかる前に判断が付かなかった事も何度か。
その場合は、トーヤが一度いなした後で判断することになるのだが……あんまり問題は無かった。
魔法の遠距離攻撃で斃すところが、ハルカの小太刀か、ナツキの薙刀に変わるだけ。
力が強いと言っても、突進してくるだけだから、斃すだけなら簡単な魔物なんだよなぁ。さすがにメアリとミーティアでは無理にしても。
そんな感じで狩りを続けた俺たちは、数日ほどで無事に必要十分な量の牛乳を入手することができた。
そしておまけとして、俺の【看破】がレベルアップし、雌雄判断の能力が追加されたのだが……なんとも利用シーンが限られる能力である。
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