230 家族サービス

「こんなに早く!? ありがとうございます」

 俺たちがレッド・ストライク・オックスのミルクを冒険者ギルドに届けると、ディオラさんの予想よりも大分早かったようで、少し驚きながらもしっかりと現金で買い取ってもらえた。

 具体的には、115本で金貨1万5千枚。

 1本あたり金貨130枚ほどだが、この値段は品質や短納期などを考慮した結果である様だ。

 僅か1週間ほどの労働で金貨1万5千枚も稼ぐとか……凄くね?

 買う人が限られるため、滅多に売れることは無いのだろうが、メアリたちを数に入れても、1人当たり金貨2千枚。家が建つ。

 なんつーか、高ランクの冒険者が少ないのも理解できるな。

 俺たちの稼ぎの良さは魔法のおかげもあるだろうし、魔法を使える人が少ないのは理解しているが、それでもランク5の俺たちがこれだけ稼げるのだ。

 魔法が無くてもランク6とか7になれば、それなりに稼げるだろう。

 であれば、十分な老後(?)資金を貯めることも難しくないだろうし、ほどよいところで引退してしまうのではないだろうか。

 引退せずに続けているのは、冒険者としての生活が好きな人か、金遣いが荒すぎて稼ぎ続けないとやっていけない人か。

 冒険者には稼いだら稼いだだけ使うという人も多いようなので、後者についてはそれなりにいそうな気がするのが、なんとも言えない。

「あと、今すぐではありませんが、運搬についてもお願いできませんか? 護衛の依頼を請けに行く際に」

「えぇ、構わないわよ。同じ場所に行くわけだしね」

「ありがとうございます。マジックバッグが節約できます」

 100本以上のガラス瓶を破損無く運搬するとなると、やはりマジックバッグを使うのが一番効率が良いわけだが、冒険者ギルドであってもマジックバッグを多く持っているわけではない。

 その点、俺たちに依頼をすればマジックバッグを貸し出すことなく依頼が熟せる、と言う判断だろう。

 ただ、自前のマジックバッグを利用する分、報酬に上乗せしてくれるらしいので、俺たちからすればかなり美味しい依頼である。護衛依頼を請ける以上、どちらにしろピニングへの移動は必要なのだから。

「それでは、出発日にまた引き取りに来てください。準備しておきますので」


    ◇    ◇    ◇


 レッド・ストライク・オックスのミルクの採集が順調に終わり、出発予定日まではまだしばらく時間があるという事で、俺たちは久しぶりにノーリア川上流まで漁に来ていた。

 そろそろ気候的にも過ごしやすくなっているので、森の奥で鍛えるという案もあったのだが、しばらくの間休みを取っていなかったし、護衛依頼を請けると、当然ながら休みを取れなくなる。

 状況次第で流動的ではあるが、諸々を考慮すると、ラファンを出発してから再び家に戻ってくるまで1ヶ月から2ヶ月程度は掛かりそうな様子。

 その前に一度リフレッシュしておこう、となったのだ。

 今回の同行者にはメアリとミーティアに加えて、トミーも居る。

 但し、堅気の仕事をしているトミーに関しては、一泊二日で帰宅することになる。

 少し前、トミーにもアドヴァストリス様の神殿で経験値が訊けることを伝えた結果、ちょっとずつ継続的に鍛えているようで、今では釣り場の行き帰りぐらいは1人でも問題ない程度にはなっていた。

 でなければ今回は連れてこなかっただろうから、彼の努力も無駄にはなっていないわけだ。

「すごい! すごいの! いっぱい釣れるの!」

「こ、こんな簡単にお魚が手に入るなんて!!」

 生まれて初めての魚釣りにはしゃぐ2人と、そんな2人をフォローしながらも魚釣りを楽しむ俺たち。

 いや、ミーティアは単純に魚が釣れることに喜んでいるが、メアリの方は普通に買うと高い魚がスポスポと釣れることにおののいている感じか。

 ある意味、お金を一本釣りしているような物だからなぁ。

「ここはいつ来ても釣れるわねぇ」

「あぁ。大切にしたい漁場だな。俺たちの充実した食生活のために」

 男の釣りに女は付き合ってくれないとか聞いたことがあるが、ハルカたちは特に文句をいうでも無く、毎回付き合ってくれている。

 入れ食いで釣れる事と、食糧確保の面があるからかもしれないが、まぁ、ありがたい。

「僕としては、物足りない部分はあるんですけどね。工夫の余地があまり無いから」

「とか言いつつ、トミーの釣るの、デカいじゃん」

「毛針の細工や針の大きさですね。一応、僕のアドバンテージは鍛冶師ですから」

 大した違いでは無いのだが、トーヤの言うとおり、確かにトミーの釣り上げる魚は平均的に大きい。

 別に魚拓を取るわけじゃないのでどうでも良いと言えば良いのだが、大きいのが釣れるとそれはそれで嬉しいので、少し羨ましい。

「竿もちょっと違うよな?」

「えぇ、折れると困りますから、ちょっと細工はしてます」

 適当に木を切って来ただけの俺たちとは違い、トミーの竿は何やら高級感がある。

 聞いてみると、家具職人に注文して作ってもらった物に、金具などを追加して作ったのだとか。

「……でも、あんまり意味ないよな? ここで釣る場合」

「そうなんですよ~。竿のしなりが云々するほどの魚なんて掛かりませんし、ちょっと大きくても、たも網で簡単に掬えちゃいますから……。何というか、仕掛けとかあんま関係ないですよね」

「まあな。むしろ、竿すら不要な感じだよな」

 そうなのだ。多少大きい物が掛かったところで、糸を直接持って引き寄せ、たも網で掬えば終わり。

 それこそ一切しなりの無い木の枝でも、あまり困らないだろう。

 たも網さえあれば、船釣りで使う様な、糸巻きと針だけでも良いぐらいである。

「ギャフとか、リールも試作してるんですけど……海に行く予定とかありませんか?」

 ギャフとは棒の先にかぎが付いた道具で、でっかい魚を引き揚げるときに使うのだが、当たり前だが、この川にギャフが必要な魚なんて生息していない。

 リールに関しても同様で、引きが強すぎる様な魚もいないし、遠くまで仕掛けを投げないのであれば必要性は低い。少なくとも湖程度の広さがなければ、あえて使う事はないだろう。

 そう考えれば、やはり活躍するのは海なのだろうが――。

「無いなぁ。この国、海に面してないし」

「えっ! ――なんか、そんな気はしてましたが、やっぱそうなんですかぁ~~。はぁ」

 一瞬驚きに目を見開いたトミーだったが、多少は予想していたのか、肩を落としてため息を吐いた。

 冒険者をしている俺たちだって、少し前に周辺国のことを知ったぐらいなのだ。鍛冶仕事に専念しているトミーが、地理を詳しく知っているはずもない。

 ちなみに、オースティアニム公国、フェグレイ王国、ユピクリスア帝国のいずれにも海は無いので、もし海に行くのであれば、それらの国を通り抜けて別の国に行く必要があるが、トラブルを避けるのなら、選択肢としてはオースティアニム公国の1択しか無いだろう。

 そしてその旅程は、「ちょっと海釣りに」などと気軽に行ける様な物ではないことは、容易に想像できる。

「以前、『釣りに命かけるか』的な事を言った覚えがあるが、海釣りの方はマジで命懸けだと思うぜ?」

「そんなに?」

「海までに通過する国の情報すら無ぇから。下手したら、入国した途端にとっ捕まって、奴隷落ちって可能性すらあるぜ?」

「だな。周辺国だと、フェグレイ王国あたりは危ないかもしれないな。国自体はともかく、領主次第で何があるか。差別も酷いみたいだし」

 このへんの国の中では、元々領主の権限が強いところに、内紛状態なのだ。

 実際、まともそうなこの国のネーナス子爵領ですら、先々代では軽犯罪で逮捕され、奴隷のように鉱山へ放り込まれていたわけで。

 なかなかにリスクの高い世界である。

「魔物と戦うぐらいならともかく、さすがにそっち方面で『命をかける』のは嫌だなぁ」

「だよな。ま、もし安全に海に行けるようなら誘ってやるから。但し、期待はするな。無理な可能性の方が高いから」

「それでも嬉しいよ。トーヤ君、ホントお願いね!」

 俺も海の魚、特に刺身は食べたいので、トミーを誘うのはやぶさかでも無いのだが……可能性は低そうだなぁ。

 それこそ、俺が国を跨いだ転移を出来るようになった上で、俺自身がそんな遠くまで足を延ばす機会があれば、なのだから。


    ◇    ◇    ◇


 普段もこの魚釣りはレジャー要素が高いのだが、今回は初参加のメアリたちもいるという事で、焚き火を使っての魚の串焼きに挑戦である。

 当然、挑戦するのはこの2人。

「まずはウロコを取ってください」

「はい!」

「ちょっと、ぬるってしてるの……」

 ナツキの指導の下、魚の調理に挑戦するメアリとミーティア。

 獣や魔物は容赦なく解体する2人だが、初めて触る魚はやや勝手が違うらしく、手つきが覚束ない。

「ウロコを取ったら、お腹を裂いてワタを出し、エラも取り除きます」

「こんな……感じでしょうか」

「はい。良い感じです。それを綺麗に洗ってください」

 ナツキが指導する横で、俺たちの分はユキとハルカが手早く処理していく。

 そして、地味にトミーも手際が良い。

 俺たちはそちらには手を出さず、焚き火作り。

 火が無いと焼けないので、これも大事なお仕事である。

「トミー、案外慣れてるね? 結構料理とかするの?」

「いえ、ユキさんたちほどでは……。魚に関しては、あれです。釣ってきて捌かないとか許されないので……親に」

 少し意外そうなユキに、トミーは苦笑を浮かべる。

 俺たちと来た時も、魚を捌くのだけは手際が良かったし、きっと実家でもかなりの数、熟してきたのだろう。

「あぁ、なるほどね。トミーの母親は魚、捌かない人? 最近はスーパーでも丸身の魚ってあんまり売ってないし」

「いえ、恐らく平均以上には上手いと思いますよ? でも、僕がたくさん釣ってくると、さすがに……」

「数が多いと、さすがに面倒か~。あたしも、こっちに来るまでは魚を捌く機会なんて、殆ど無かったからねぇ」

「スーパーで売っているのは、切り身か、処理済みの物をトレーに入れて、だからね。丸身の物も『声を掛けたら処理します』って物だし」

「そう、それ! 確実に自分でやるより綺麗に処理してくれるから、なかなかやる機会って無いよねー。……まぁ、その分、こっちに来てからは嫌と言うほどやってるけど」

 ユキが肩をすくめて苦笑を浮かべるが、正に嫌と言うほど、だろう。

 俺たちがこれまで食べた魚の数って、数百匹ってレベルだし、それらはほぼすべてユキたちが処理してくれてるのだから。

「うーん、でも、ハルカさんたちが捌く魚って、ここで釣れる魚だけですよね? 海の魚に比べれば、簡単ですよ? 海だと、たまーに変な魚が釣れて、処理に苦労する事ってありますから」

「例えば?」

「メジャーなところでは、ハモとかアンコウとか? アンコウはネットで調べて何とか捌きましたけど、ハモの骨切りは技術が必要ですから……」

「簡単には真似できないわよね。どうしたの? 我慢して食べたの?」

「いえ。思い切ってつみれにしました。ミキサーにかけて」

「勿体ない……気もするけど、賢いのかしら? それなら確かに、骨切りも不要になるし」

「普通に美味しかったですよ? イメージするハモ料理とは少し違いますけど」

 ハルカたちがそんな話をしている間にも、ナツキの料理教室は終盤にさしかかっていた。

「最後は串に、くねらせるように刺して……塩を振れば完成です」

「「できたの(ました)!」」

 ミーティアたちが、パラッパパー、という感じに掲げた魚の串は、初めてにしては十分な仕上がりだった。

 その間に、ハルカたちは1人2本ずつになるよう、3人で13本の串を仕上げていたが、それは些細な問題だろう。

「それではその串を、焚き火の周りに並べて刺してください」

「「はい(なの)」」

 焚き火の周りにずらりと並ぶ16本の串。なかなかに壮観である。

 さすがに魚だけでは物足りないので、ナツキが別の焚き火を用意して、そこで麦粥を作る。

 ちなみに、うちの食事では比較的頻繁に、パン以外にも麦粥や麦飯が出てくる。

 本当は米が食べたいのだが、売っていないので、それの代用品である。

 麦は麦なのだが、麦の品種によって、もち麦っぽかったり、押し麦に加工したりと工夫してくれているので、なかなか美味しく食べられている。

「まだかな? まだかな?」

「ミー、落ち着きなさい。……あの、どれくらいで食べられますか?」

 ワクワクとした様子で串焼きを見つめるミーティアをたしなめつつ、自分もソワソワとした様子が隠しきれないメアリだったが、ハルカの返答に顎を落とす事になる。

「そうね、1時間ぐらい掛けてじっくりと焼くのが美味しいわね」

 炭火の上に網を乗せて焼けばもっと簡単に焼けるのだが、串焼きで良い感じに焼こうとすると、案外時間が掛かる。

「そ、そんなに!?」

「えーーっ、待ちきれないの!」

 両手をふりふり不満を表明するミーティアに、俺たちは揃って苦笑を浮かべる。

 魚の串焼き、すでにベテランの域に達した俺たちにとって、その程度の時間は織り込み済みなのだ。

 ちなみに、ハルカたちが出汁取りのために作っている焼き干しなどはもっと長く、2、3時間は焼いているのだから、1時間程度はまだ短いぐらいである。

「まぁまぁ。これでも食べて、のんびりと待ちましょ。麦粥の方も時間が掛かるんだから」

 ユキが取り出したのは、ダンジョンで入手した果物各種。

「のんびりと待つの!!」

 すぐさま態度を変え、じっとユキの手にある果物を見つめるミーティア。

 そんなミーティアの様子に和みつつ、果物やナッツで時間を潰して魚が焼けるのを待った後は、麦粥と共に焼き魚に舌鼓を打つ。

 うん。単純な味だけなら台所で料理した方が美味いのだろうが、シチュエーション効果か、とても美味く感じる。

 メアリたちも満面の笑顔で魚を頬張り、その魚の美味さに、食事後にはまた魚釣りに邁進することになる。


 そして、翌日の早朝、トミーは朝食を食べた後、後ろ髪を引かれながらも1人、ラファンの町へと帰っていった。

 対して俺たちは、その後も3日ほどその場に留まり、十分な数の魚やエビ、カニなどを補充してから帰還したのだった。

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