228 恩恵の宝珠

「これは……恩恵ギフトの宝珠ですね」

「解るんですか?」

「はい。これでも私、神官長ですよ?」

 ディオラさんと依頼に関して簡単な打ち合わせをした後、恩恵の宝珠を持って俺たちがやってきたのは、当然、アドヴァストリス様の神殿である。

 その宝珠を見て、あっさりと看破したのは、神官長イシュカさん。

 イシュカさんは何というか、親しみやすい人で、これまではあまり神官っぽいところを見たこと無かったのだが、神官長を名乗っているのは伊達では無かったらしい。

「見ただけで、簡単に解る物なんですか?」

「そうですね、うちの者たちではまだ難しいかもしれませんが、神官長ぐらいになれば、それなりに。なぜ解るか、とか訊かれると困りますけど」

 う~む、それなら今度からはこんな形の宝珠を見つけた場合、ギルドに持ち込む前にここに持ってくるべきかもしれない。

 1ヶ月以上も待たされることがなくなるし。

「ってことは、この宝珠の効果も調べられますか?」

「はい。神官長なら誰でも、とはいきませんが、私であれば。調べましょうか?」

 俺の問いに、イシュカさんが平然と頷く。

 高位神官しか無理という話だったが、さすがと言うべきか。

「是非お願いしたいですが、おいくらぐらい……?」

「そうですね、普通は金貨10枚以上ですが……鑑定証は必要ですか?」

「鑑定証?」

「はい。どのような宝珠かを証明する物です。売却する時には必須ですね。但し、それを発行すると、神殿上層部への報告が義務づけられていますので、必然的に……」

 言葉を濁しはっきりとは言わないイシュカさんだが、恐らく支払ったお布施も同時にそちらへと流れるのだろう。

 逆に鑑定証を発行しないのであれば、俺たちの支払ったお布施はすべてこの神殿――いては孤児院に使えると言うことか?

 俺が相談するようにハルカたちの方を振り返ると、ハルカは軽く頷くと、お財布から金貨を10枚ほど取り出してイシュカさんに差し出した。

「鑑定証無しでお願いします」

「ありがとうございます」

 ハルカのその言葉に、イシュカさんはニッコリと笑ってお布施を受け取った。

 支払った額は鑑定証を貰えるような額ではあるが、どうせ払うなら、よく判らないところへ吸い上げられるより、ここの孤児院に使われる方が俺たちとしても嬉しい。

 何度か訪れるうちに、仲良くなった子供も多く居るわけだし。

 どうせ自分たちで使う予定だから、鑑定証なんて無用の長物。

 もし俺たちが使えないような物で、売ることになれば鑑定証が必要になるが……その時はその時。

 そもそも使えないような恩恵ギフトの宝珠が、高く売れるとも思えないしな。

「それでは、お預かりします」

 イシュカさんは俺から宝珠を受け取ると、それをうやうやしく神殿の祭壇の上に乗せた。

 そしてその前に跪き、祈り始めた。

 そのまましばらく待つと、特に何か特別な現象も無く、イシュカさんは祈りを終えて立ち上がり、宝珠を取り上げて俺に返してきた。

 別に神秘的なエフェクトを期待していたわけでは無かったが、とても地味である。

 だが、それでもきちんと効果の判定はできていたらしい。

「この宝珠は力を増す効果があるようです」

「力……?」

「はい。攻撃力とか、筋力、そんな感じですね」

 判定はできていたが、予想以上に曖昧だった。

 スパッと『剣術のスキルが得られます』的な解答が得られるかと思ったのだが……いや、この世界の人はステータスの確認ができないし、スキルも認識してないからそんなもの?

 そんな疑問を持ったのは俺だけでは無かったようで、ナツキが少し困ったような表情で訊ねる。

「あの、『コレ』とはっきり解るわけでは? 先ほど祈っておられましたが、どういう風に判るのでしょう?」

「そうですね、これも言葉では伝えづらいのですが、イメージが浮かぶという感じですね。解りやすい物――例えば剣を扱えるようになる、などは簡単なのですが、物によっては解りづらい物もあります。今回の物は、まだ解りやすい方ですね」

「そうなのですか……」

 いや、まぁ、考えてみたら曖昧なのも当然か?

 スキルならまだしも、『攻撃力が10ポイント上がります』的なことを言えるはずも無いわけで。

 仮にそう言われても、俺たちだって「はぁ、そうなんですか?」としか応えられない。

 自分の攻撃力が何ポイントなのかも把握できないのだから、『10ポイント』の価値すら判らない。攻撃力が10しかなければ10ポイントは大きいが、1万だったら誤差である。

「判りました。少なくとも使って不利益は無いのですね?」

「はい。それは大丈夫です」

 それだけ訊ければ安心。

 最初で地雷を回避したのに、こんな所で踏んでしまうとかシャレにならないし。

「ありがとうございました」

「いえいえ。いつでも持ってきてください。特に、鑑定証不要な物は大歓迎です」

 イシュカさんはそう言って、少し悪戯っぽく微笑んだ。


    ◇    ◇    ◇


「どう思う? 何のスキルが――いや、そもそもスキルなのか……」

「筋力や攻撃力……【筋力増強】とか、か?」

「もしくは、ナオが言うように、スキルじゃないのかも? ステータスで能力値は見えないけど、ゲームで言うところのSTRストレンクスがアップするのかもね」

 神殿から自宅に戻った俺たちは、食堂のテーブルの上に恩恵ギフトの宝珠を置き、その使い道を話し合っていた。

 攻撃力アップはありがたいが、最も効果的な使い道となると……トーヤに使って最大攻撃力のアップを図るべきだろうか?

 頻繁に見つかるようなら順番に使っていけば良い気もするが、ダンジョンを20階まで潜っても見つかったのはわずか1つ。

 しかも、恩恵の宝珠によって効果が違うのだから、簡単には決めづらい。

「問題は、誰が使うかだよな」

 俺がそう言ってハルカたちを見回すと、なぜかハルカたちの視線は全員俺の方に向いていた。

 ……おや?

「いや、筋力が上がるなら、ナオが使うべきじゃない? 最近、あたしにも負けてるよね? たぶん」

「うっ!」

 ズバッと本当のことを言うユキに、俺は言葉に詰まる。

 そうなのだ。

 同じ様な訓練をして、レベルも同じぐらいにもかかわらず、最近の俺の筋力は、下から2番目。ハルカ以外には負けている気配が濃厚。

 ユキたちと模擬戦をすると、押し負けてしまうことが……。

 最初の頃には、少なくともナツキやユキとは、ほぼ差が無かったはずなのに。

 これが種族特性というヤツだろうか?

 魔力面では勝ててるから、おかしくは無いんだろうが……。

「確かにナオ、非力にはなったよな。前はオレと変わらなかったのに」

 前というのは日本に居た頃の話だろう。

 今となっては、トーヤとは比較する気にもならない。見た目はそんなマッチョでもないのに、馬鹿力になってるから、コイツ。

 魔力で身体強化をしてない状態でも、『何でそんなに力があるんだ?』って感じなのだが、パーティー内では非力で細めの俺ですら、日本に居たときの俺とは比べものにならないのだから、考えるだけ無駄だろう。

「だが、筋力が高いトーヤを強化するって方法もあるだろ?」

「いや、オレの場合、普通に上がるから」

「ハルカは――」

「さすがに、ナオよりも力があるって言うのはちょっと……」

 視線を向けた俺に、ハルカは苦笑しながら首を振った。

 ――まぁ、さすがに一番非力というのは俺の精神的ダメージがちょっと大きい。

 一応、男としては。

 下手すると、近いうちにメアリやミーティアに抜かれてしまう恐れもあるわけで。

 いや、『下手をすると』どころでは無く、順調に成長していけば確実に、だよなぁ。

 ミーティアなんてまだ幼女なワケで……種族の違いがあるとはいえ、それに負けるとさすがにキツい。

 小学生に腕相撲で負ける高校生……いや、そろそろ年齢的には大学生か。

 ――うわっ、本気で【筋力増強】スキルのレベルアップを図るべきかも知れない。

 だが、それにしても、元の筋力が多ければ有利なわけで。

「それじゃ、使っても良いか?」

「ええ」

 みんなが頷くのを確認し、俺は恩恵ギフトの宝珠を手に取る。

 確か、魔力を込めるんだったよな?

 ――これって、魔力の扱いに慣れていない人は使えるのだろうか?

 そんな疑問を抱えつつ、両手で持った恩恵の宝珠に魔力を注ぐ。


 『力が上昇しました』


「おっ! 使えた、らしい……?」

 そんな声が聞こえたと同時、俺の手の中にあった宝珠がふんわりとほのかな光を放って消える。

「みたいね。何も残らないのが……判りやすくて良いのかしら? 詐欺も防げるし」

「空の宝珠が存在しないのは、確かに良いのかもしれませんね」

 よく似た宝珠を作るという方法はあるだろうが、それにもコストは掛かるだろうし、お手軽に騙すことはできないだろう。

 ちなみに、後で知ったのだが、神殿が発行する鑑定証は宝珠が使用されると一緒に消えるという、不思議機能が付いているので、それを使っての詐欺はできないらしい。

「それで、何か違いはあるか?」

「いや、さっぱり解らん。ただ、声は聞こえた」

「声? 誰の?」

 普通なら、『声が聞こえる』とかヤバいヤツだが、この世界ならあり得る現象である。

 トーヤも特に不思議そうな表情を浮かべることも無く、普通に聞き返してきた。

「少なくとも、アドヴァストリス様じゃなかったな」

 経験値確認のたびに聞いているので、さすがに聞き間違えたりはしない。

 アドヴァストリス様は少年のような声なのだが、今回は少し女性的に感じる声だった。

「声が聞こえる、ね。やっぱりこれって、神様が作っているのかしら?」

「そうじゃないか? 宝箱から出てくる他の物ならともかく、これは錬金術では作れないだろ?」

「作れたら正にチートになるわよ」

「錬金術師の最強伝説が始まっちゃうね」

 ユキがちょっと困ったような、それでいて少し残念そうな表情で首を振りつつ、そんな事を言う。

 作れたなら凄く便利なのは間違いないが、そんな事を許すほどこの世界は甘くないだろう。

「神様じゃない可能性もありますが……神様であって欲しいですね」

「いるのかどうかは知らないが、悪魔とか? そんなん使ったら、破滅が待ってんじゃね?」

 いや、俺、今使ったんですけど?

 神官が鑑定できる物だし、普通に使われているみたいだから、大丈夫だとは思うが。

「キリスト教的悪魔なら大丈夫じゃないですか? キリスト教が悪魔と言っているだけで、基本的に元々は神様ですし」

 神様でもローカライズしてしまう日本とはそのへん、違うよなぁ。

 日本の七福神なんて、実在の人物から破壊神までバリエーション豊かだし。

 懐が深いというか、節操が無いというか。俺としては、それで無駄な争いが無くなるなら、ありだと思うが。宗教戦争を見ていると。

「まぁ、そうだな。もし日本もキリスト教に征服されてたら、天照様も悪魔になってたのかねぇ」

「どうでしょうか? 日本の場合、天皇との関係もありますから……無いとは言いきれないですが」

「この世界が宗教的に厳しくないのは、私たちにもありがたいわよね。普通に信仰されているアドヴァストリス様が、『邪神』とか名乗っちゃうぐらいに緩いみたいだし?」

「逆に、直接的な天罰があるわけだが……ま、俺たちには関係ないだろ。今後とも、ほどよく品行方正に生きていこう」

「「「さんせーい」」」


 ちなみに恩恵ギフトの宝珠の効果だが、後ほど模擬戦を行うことで、劇的とは言えないまでも、効果があったことは確認できた。

 ユキに力負けしない程度なので、ちょっと微妙な気はするが、多少は面目を施すことができたような気がしないでもない。

 まぁ、所詮、微々たる物でしか無いのだが。

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