227 依頼と国際情勢 (2)
「もし国家間の戦争になった場合、冒険者はどうなるの?」
「原則としては自由です。強制的な依頼は魔物が町を襲った場合などですから。ただ、協力を要請されることはあります」
「要請、ね」
「はい。強制ではありませんが、その国で生活するなら、請けておいた方が良いって感じですね」
まぁ、自分たちが苦労しているのに、協力もせずにのんびりと過ごしている人がいれば、周りからの視線は厳しい物になるだろう。
一時的に訪れている国なら、そんな物は無視するという手もあるだろうが……この国には知り合いがそれなりにいるしなぁ。
「とは言え、何処とは言いませんが困った国もありますので、そのような国に滞在される場合は、情勢を見て、早めに脱出することをお勧めします。冒険者ギルドの独立を尊重してくれない国もありますから」
入国するつもりは無いが、フェグレイ王国が最右翼だよな。ユピクリスア帝国もエルフを差別するなら協力したくないし。
できれば戦争には協力したくないのだが、レーニアム王国が負けそうならば、その場合は考えないといけないだろう。
過ごしやすい国が無くなるのは困るし、レーニアム王国が負ければ、次は同盟国のオースティアニム公国が危なくなる。
俺とハルカ、トーヤの種族を考えれば、この2カ国が無くなるのは不利益が大きすぎるし、全く別の国を探して逃げ出すというのも、あまり現実的とは言えない。
そう簡単には他の国の情報なんて手に入らないのだから。
「ま、心配しなくても大丈夫ですよ。他国との戦争なんて10年以上起こっていませんし、万が一があっても、国境から遠いこの領に影響が出ることはほぼありませんから。むしろ魔物が襲って来る方を心配すべきですね。こちらは強制ですから」
まぁ、こっちの方は仕方ないよな。
魔物狩りは冒険者の本分だし、俺たちの自宅もあるわけで。
あ、ちなみにこの強制依頼、日雇い労働しかやっていない名ばかり冒険者にはあまり適用されず、されたとしても後方支援程度らしい。
実際に戦わせたところで、無駄に犠牲が増えるだけだろうしな。
「解ったわ。色々ありがと。それで、もう1つのお願いは?」
「あ、はい。こちらは護衛依頼を引き受けて頂けないか、と」
「護衛依頼? ディオラさんなら解っていると思うけど、私たち、あまり得意とは言えないんだけど……」
「はい。ですが、今回はちょっと違うので……」
詳しく聞いてみると、護衛対象はネーナス子爵の息女で、ダイアス男爵領で行われる継嗣の婚礼、それに出席するための護衛を依頼したいらしい。
「そういうのって、普通、貴族の騎士とか領兵が行うことじゃないの? あまり、冒険者に依頼するようなことじゃないと思うけど……?」
「えぇ。もちろん、ネーナス子爵の領兵も護衛として付きます。ですが、残念なことにあまり練度は高くないんですよね、この領の兵は」
ネーナス子爵家はあまり裕福でもない上、基本的に平和なこの領では、強い領兵を抱える必要性も低く、人数も限られている。
今回はケルグの騒乱の影響から人的余裕も少なく、かつ道中の治安の悪さや得意とする戦い方の関係から、補完的に冒険者を雇いたい、ということになったようだ。
「皆さんへお願いしたいのは、魔物や盗賊への警戒と討伐になります。息女の直接的な護衛は領兵が行いますので、比較的楽かと。息女への対応もあまり気を使わなくて良いですし」
「……そうなの?」
「えぇ。少なくとも、変に傲慢な貴族ではありませんから、普通に対応すれば問題ないですよ?」
「それなら……検討してみても良いかも? 報酬次第だけど」
俺たちも護衛の経験を積めるという利点はあるし、万が一の際に責任が分散されるのはありがたい。
なので、ハルカがそう答えたのだが、ディオラさんは少し困った表情を浮かべた。
「そこ、なんですよねぇ……。今、ネーナス子爵にはあまり余裕が無いのです」
元々あまり裕福で無いところに、ケルグの騒乱で復興予算が必要になり、更にそこにダイアス男爵の継嗣の婚礼。
お隣の継嗣が結婚するのだから、それなりの立場の使者は必要だし、ご祝儀もケチることができない。
その点、レッド・ストライク・オックスのミルクは、金額以上に稀少性が高く価値があり、結婚のご祝儀としても最適なため、ネーナス子爵としては干天の慈雨だったようだ。
「ただ、そこは頑張ったんですが、冒険者への依頼料の方が……。大事な息女ですので、しっかりとした護衛は付けたいのでしょうが、先立つ物が無いようで。私の方も『腕の良い冒険者を安く』などと、無茶を言われていまして」
「う~ん、ディオラさんにはお世話になってるから、なんとかしてあげたいとは思うけど、適正な報酬が無いと……」
「変に高い報酬は必要ないが、妥当な金額は支払って欲しいな」
「はい。レッド・ストライク・オックスのミルクの購入者という事であれば、多少は勉強しても良いとは思いますが……」
おぉ、そういえばそれがあったな。
正当な買い取り金額ではあるが、一度に金貨1万枚分も購入してくれたと考えれば、それは考慮すべきかもしれない。
「私もギルドの職員ですので、不当な報酬で皆さんを使おうとは思っておりません。ただ、報酬内容について少しご相談に乗って頂ければ、と。皆さん、『避暑のダンジョン』、欲しくありませんか?」
「「「……はい?」」」
突然言われたそんな言葉に、俺たちは揃って首を捻った。
ダンジョンが『欲しい』?
どーゆーこと?
「通常、ダンジョンの所有権は、その土地の領主にあります。その所有権、正確には『避暑のダンジョン』とその入口付近を報酬代わりに譲る、との確約を得ています」
「……えーっと、つまり、あのダンジョンを私たちの私有地にできるって事?」
「はい。進入を禁止する権限――いえ、どのように扱うかを決める権限が得られます。それを実行するのは、皆さんの責任に於いて、となりますが」
つまり、あのダンジョンを閉鎖するのも、入場料を取るのも、中で得られた物から税金(?)を得るのも自由。
ただし、それをやりたいのであれば、警備する人員などは自分たちで用意するべし、ということのようだ。
これはつまり、俺たちが果物を独占したがったから、ディオラさんが交渉した、って感じだろうか?
「そんな事って可能なんですか?」
「可能です。普通はあまりやりませんが」
土地の所有権などは貴族の利権にも関わることなので、普通は完全に権利を譲渡することは無いらしい。
うちの自宅も一応は俺たちの所有地にはなっているが、毎年の税金は必要だし、場合によっては領主の意向が優先され、取り上げられてしまう可能性もある。
もちろん、その場合は金銭等で補償されるのが普通なのだが、それをしなかったからと言って、庶民に何ができるわけでも無い。
但し、他の貴族に対して隙を見せることになるので、普通はきちんと対応するようだが。
「ですが、今回の『報酬』は少し違います。きちんと登録も行いますので、国王以外に覆されることはありません」
「それは凄い……のよね?」
「はい。まぁ、場所的な理由もありますけど」
ダンジョンのある場所がネーナス子爵領の端も端、統治権が及んでいるのかも怪しい場所であるのもさることながら、現ネーナス子爵の先々代がやらかしてしまった場所。
ネーナス子爵としては消してしまいたい汚点であり、それが無くなることにも一定の利がある。
更に言えば潜っているのは俺たちだけしかいないし、そこで得られる物の大半はラファンのギルドで売却される事になるわけで。
ネーナス子爵としては、そこから税金が入るのだから収益としては今と変わらないし、それどころか、ダンジョンを得ることで俺たちのやる気が出るのなら、今よりも多くの収穫物も期待できる。
そんなダンジョンを譲ることで、ランク5の冒険者を雇う報酬が不要になるのなら、悪くないという判断のようだ。
「なるほどね。そう言って、ディオラさんが交渉したの?」
「えぇ、まぁ、そうです。報酬を安くしろ、と言われても困りますから、何とか妥協点を、と思いまして」
ディオラさんは苦笑しつつ、ハルカの言葉を肯定する。
俺たちの細かい事情をネーナス子爵が知るはずも無く、ディオラさんがネーナス子爵が支払いやすく、俺たちにも一定の価値がある物を探して交渉したようだ。
正直、俺たちでは貴族相手の報酬交渉はハードルが高いし、しかもそれが自分たちが住んでいる場所の領主ともなれば、多少の無茶ぐらいなら受け入れざるを得ない部分もある。
そう考えれば、ディオラさんのまとめてくれた交渉内容はかなり良さそうだが……。
「どうしようかしら? 条件的には悪くないと思うけど……」
「まぁ、そうだな。現状ではあまり関係ないが、もしあそこまで来る冒険者がいたとき、侵入を禁止できるのは大きい」
「他の物はともかく、果物は簡単に採り尽くされそうですしね」
「うん。食べ頃になる前に採られちゃったら……」
あと、ストライク・オックスを無駄に殺されると、牛乳も搾れなくなる。
仮に冒険者を入れるにしても、ルールを自分たちで決められるのは大きい。
「オレは請けて良いと思うぜ? 別の町に行く良い機会だと思うし」
「あぁ、それは確かに。こんな機会でも無いと、あんまり遠出しそうに無いもんな、俺たちって」
今の生活が安定していて、あんまり不満が無いから。
「それじゃ、請けるって事で良い? ……うん。ディオラさん、その仕事、請けさせてもらうわ」
「ありがとうございます! いやー、皆さんに請けて頂けないと、正直、信用できそうな冒険者がいなかったんですよ。助かります」
ディオラさんは話が纏まってホッとしたのか、やや柔らかい笑みを浮かべて、大きく息をつく。
「ディオラさんには普段からお世話になってるからね。少しでも恩返しになるのなら良かったわ。でも、領都――ピニングなら、それなりに居るんじゃないの?」
「いえ、あそこも平和ですからねぇ。ただ強いだけならまだしも、高ランクとなると……」
やはりこのネーナス子爵領、冒険者の仕事が少ないのは全体的な話らしい。
お困り事が少ないと考えれば良い領地なのだろうが、活性化という点からは少々微妙。
ディオラさん曰く、ネーナス子爵は『無難な領主』らしい。
「それにできれば、女性の多いパーティーが良かったですから」
「護衛対象が女性だものね」
「ネーナス子爵のお嬢様はお幾つなんでしょう?」
「9歳です。メアリちゃんより少し下ですね」
想像以上に小さかった!
ネーナス子爵の名代だから、てっきり成人していると思ったのだが、大丈夫なのだろうか?
「あ、いえ、メアリは今9歳ですよ?」
驚きに目を見張る俺たちの中で、しっかりとそう指摘したのはナツキ。
それを聞いて、今度はディオラさんが驚きを顔に表す。
「え? それにしては随分としっかりとしていたような……?」
「家庭環境でしょうね。もう少し子供でも良いと思うのですが……。そういえば、メアリやミーティアの年でも冒険者ギルドに登録ってできますか?」
「はい、一応は。保護者が居ないと、なかなか仕事は請けられませんけど。登録されるんですか?」
「そうね、登録しておこうかしら。冒険者になりたいって言ってるし」
「解りました。今、作りましょうか?」
「できるの?」
「はい。保護者が居ますから」
この世界のギルドカードには『魔力を登録する』みたいな特殊機能は無いので、本人が居なくても作れてしまう。
それでも普通は本人が来て作らないといけないのだが、ディオラさんは2人を知っているし、俺たちが保護者なのも知っている。
なので、俺たちが希望すれば作ってもらえるようだが、それに反対したのはトーヤだった。
「いや、本人に作らせようぜ? ギルドカード作るのも、何というか、嬉しいだろ?」
「……それもそうね。ごめん、ディオラさん。また今度、お願い」
「はい、解りました。お待ちしています」
トーヤの言葉に、納得したように頷くディオラさん。
思えば俺も、最初にギルドカードを作るときは希望に胸を高鳴らせて……いなかったな?
むしろ不安の方が大きかった。
あの頃は右も左も解らないような状況だったから。
それに金銭的にも、その日の宿が確保できるかどうかの瀬戸際って感じだったし。
まぁ、メアリとミーティアは全然状況が違うし、きっとトーヤの言うように、希望に胸を高鳴らせて冒険者登録するのだろう。きっと。
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