214 牛乳を分けてもらう(強引に)

「それじゃ、最終確認。相手がめすなら、突撃を一度避けて、通り過ぎたストライク・オックスをトーヤが追いかける。ストライク・オックスが方向転換したタイミングでトーヤが角を掴んで動きを止め、ユキとナオが『土壁アース・ウォール』で持ち上げる」

「その後、私とハルカが縄を掛ける。足を結ぶのは危ないので、胴体を縛って動けなくする、ですね」

 最初は両足を結ぼうか、と話していたのだが、バタバタと暴れ回るであろう足を捕まえるのは危険だし、逃がすのであれば紐を解く必要もあり、その時もまた危ない。

 その点、胴体を土壁に結びつける方法であれば、危険性は低く、逃がすときにも簡単である。

「もし無理だと思ったら、すぐに声を上げること。私かナツキが処理するわ。安全第一で」

「「了解!」」

 そんな感じでストライク・オックスを探し始めた俺たちだったが、縄張りと言うべきなのだろうか。

 何十匹もが同じ範囲に生息していたグラス・コヨーテに対し、索敵で確認した感じ、ストライク・オックスはおおよそ500メートル四方に1頭程度で、同じエリアに複数存在していたりはしない。

 これまで同様、この階層の広さが1辺10キロの、100平方キロメートルであるならば、生息数は最大でも400頭。

 但し、これまでの階層のように、森の中には恐らく別の魔物がいて、ストライク・オックスは生息していないだろう。

 森のエリアが4分の1程度を占めるとするならば、ストライク・オックスの数は300頭ほど。その半数が雌とすれば、150頭。

 雌のストライク・オックスからは、基本的に時期に関係なく乳が搾れるようなので、俺たちが消費する程度であれば十分すぎる量が得られると思われる。

 普通の牛なら、子供がいなければ乳は出ないと思うのだが、そのあたりは魔物故、なのだろう。

 とは言え、いくら魔物でも無尽蔵には乳が出ないため、頑張って捕まえてみても、他の冒険者が搾った後でさっぱり採れなかった、ということもある様だ。

 もちろん、俺たちに関して言えば、その心配は無い。

 今のところ、このダンジョンに入る冒険者はいないのだから。

「――発見。そっと回り込むぞ」

「了解」

 索敵反応を元に、遠方にストライク・オックスの姿を確認。

 横から観察するために、気付かれないように身を潜め、側面方向へ移動する……が、相手もじっとしているわけではないので、なかなかに面倒である。

 向こうはちょっと動くだけでも身体の角度が変わるが、こちらは100メートル以上移動しないと、側面に回り込むことができないのだから。

 むしろ動かずに待っている方が、まだマシかもしれない。

「ちっ。付いてる」

「そう。じゃ、処理しましょう」

 ハルカは「何が」とは聞き返さず、あっさりと言って普通に立ち上がり、ストライク・オックスへと近づいていく。

 そして、やがて俺たちの姿に気がついたストライク・オックスは、そのまま真っ直ぐに突っ込んできて――「ボギッ、ドガン、ゴキッ、ゴロゴロ!」。

 ユキの魔法であっさり斃される。

 この状況を「魔法で」と言ってしまうには、ちょっと語弊があるような気もするが、とてもスムーズである事は間違いないし、皮に穴も空かず、得られる素材もとても綺麗なので、反対する理由も無い。

 更にもう1匹、同様に処理して、都合4匹目。

「無し。やるか」

「よし。オレの出番だな!」

 やっと見つけた対象に、俺たちはトーヤを先頭に近づいていく。

 ある程度の距離まで来ると、これまで同様、ストライク・オックスが反応して、こちらへ向かって突進してきた。

 これに関しては、雄、雌関係ないらしい。

 トーヤがやや突出気味に前に出て挑発すると、ターゲットはトーヤに絞られる。

 それを確認し、俺たちはトーヤのやや後方で左右に分かれ待ち受けた。

「赤い布でも欲しいところだなっ――っと!」

 布の代わりなのか、ヒラヒラと怪しげな動きをしていたトーヤがサッと身を躱すと、ストライク・オックスはその横を駆け抜けて行く。

 すぐさま、その後ろを追いかけるトーヤ。

 だんだんと速度を緩め、方向転換したストライク・オックスだったが、トーヤが追いかけていることには気付いていなかったのか、振り返ってすぐ正面にいたトーヤに驚き、一瞬動きが止まる。

 トーヤはそれを見逃さなかった。

 素早くその角を掴み、ぐっと足を踏ん張る。

「よしっ! やれ!」

「おう!」

「了解!」

 俺とユキがすぐさま『土壁アース・ウォール』を発動、ストライク・オックスの身体をぐんぐん持ち上げる。

「うわっ、高っ! 手が届かねぇ!」

 考えてみれば当たり前。

 ストライク・オックスを持ち上げた壁の高さは2メートル。その上に乗っているストライク・オックスの頭の位置は3メートルを超えるだろう。

 当然だが、トーヤの手が届くような高さではなく、手を離さざるを得なくなる。

 それと同時にストライク・オックスが首を振り回して暴れ出すが、胴体は2枚の壁の間にきっちりと嵌まり、更に横幅もある壁の上から逃れるのは容易なことではない。

「トーヤ、手伝って」

「解った!」

 ハルカとトーヤがロープを掛けて上半身を縛り付け、下半身はナツキと俺、ユキの3人で対処する。

 かなりきっちりと縛ったので、ストライク・オックスはほぼ胴体を動かすことができなくなり、空しくヘドバンするのみ。

 すでに俎板の鯉である。あの時のトーヤの如く。

「ふぅ~~。なんとかなったな」

「そうね。概ね想定通り――手が届かなくなったのはミスだったけど、対処しようも無い、かしら?」

 土壁で持ち上げている途中でトーヤが手を離すことになったため、少々暴れられたが、その時点でストライク・オックスの足は宙に浮いていたので、大きな問題では無かった。

 今も空しく足をガツガツと土壁にぶつけているが、その程度で俺たちの土壁は壊れたりしない。

「足自体はそこまで長くないし、土壁の高さは1メートルほどでも十分だな。ただ、その高さでもトーヤが踏ん張れるかどうかは……」

「その高さなら手は届くけどよ、胴が伸びきった状態じゃ力は入らねぇよ?」

 ストライク・オックスが突進してくるときには頭を下げているので、地面からの高さは1メートル前後。

 その状態であれば、トーヤも腰を落としてガッシリと受け止められる。

 そこから2メートルほどの土壁で持ち上げた現在、ヘドバンしているストライク・オックスの頭は、2.5メートルから3メートルほどの位置にある。

 これが1.5メートルほどになれば、トーヤの身長でも角を掴んでいられそうだが、頭が動かないように抑えておけるかと言えば……ちょっと厳しいか。

「まあ、問題ないでしょ。暴れるから縄を掛けるのに少し苦労したけど、逆にトーヤが手伝ってくれたから、2人で対処できたし」

「ですね。私たちも3人でやったら簡単でした」

「頭を抑えた感じはどうだった?」

「助走区間……勢いを付けていなければ、問題なく抑えられるな。複数で同時に突っ込んでこられたらヤバいが、1頭ずつで襲ってくる限り、大して怖くない敵だな」

「簡単に避けられるしなぁ」

 速度は速いが、小回りが利かない分、適度に引きつけてやれば避けるのは難しくない。

 避けるスペースの無い通路で出てくれば、それなりの脅威にはなりそうだが、幸いここは草原である。

 縄張りがあって単独行動するのであれば、群れになる事も無さそうだし……ダンジョンの階層的には順当な強さなのかもしれないが、ちょっと残念な魔物である。

「ねぇ、検証も大事だけど、先に牛乳を搾らない? あたしの土壁もずっと保つわけじゃないんだし」

「そうね。――とは言っても、高いわね」

「土台が必要ですね。ナオくん、お願いします」

「了解。『土操作グランド・コントロール』」

 2メートル――ちょっと垂れ下がっているので、それよりは少し低いので手は届くが、その状態で乳搾りができるはずもない。

 俺は魔法を使って簡単な階段状の土台を作り、ついでに牛乳を入れるための壷も作り上げた。

「ありがとうございます。ついでにコップもお願いできますか?」

「おう」

 俺がマグカップを作って渡すと、ナツキはそれらすべてとストライク・オックスの乳房に『浄化』を掛けて、手際よくマグカップに牛乳を搾り出した。

 見るからに濃厚そうな、どろり、とでも表現したくなるような牛乳。

 魔物の乳と考えると少し躊躇する物があるが、ナツキは特に尻込みする様子も無く、それを一口。

「――っ!? そ、想像以上に美味しいです! ナオくんも飲んでみてください!」

 手をパタパタと振りつつ、俺にカップを差し出すナツキ。

 そんなちょっとレアなナツキの様子に和みつつ、カップを受け取って俺も一口。

「うわっ、ウマ! え、ナニコレ? 牛乳?」

 無言で手を差し出したハルカにカップを渡しつつ、俺は想像以上に美味かったストライク・オックスのミルクに驚く。

 生温かい牛乳には慣れないが、そんな事が関係ないほどに美味い。搾りたての牛乳は美味いとは聞くが、多分これはそんなレベルの物では無い。

「これは、搾乳器の作製が必要ね。集めるべきだわ」

「生クリームみたい……。頻繁に飲むなら、水で薄めた方が良いかも」

「牛乳とは思えねぇな……。ここで一句。『たらちねの、ははを思いて、ちちをのむ』」

 順番にコップが回され、全員が驚きに目を丸くしたのだが、そんな中、トーヤがボソリと妙なことを口にした。

「……突然どうした? ギャグ?」

「いや、あれを見て何となく思った」

 指さすのは垂れ下がったストライク・オックスの乳房。

 確かに『垂乳根』ではある。

「メアリたちを引き取ってちょっと思ったわけだ。母さんたちには悪いことをしたな、と。普通なら、賽の河原で石積み的な罪だぜ?」

「………」

 下らないギャグかと思ったら、ちょっとマジメだった。

 もちろん俺も、それを考えたことが無いとは言わない。

 最初の頃こそ、生き残ることに一所懸命だったが、ある程度余裕ができたら親のことを思い出さないわけがない。

 それはトーヤたちだって同じだっただろうが、あえてそれを口に出したりはしなかった。

 言ったところでどうしようも無い事だから。

「『すでに骨とて、帰れざるなり』。ま、あれだ。明確に死んで良かったとも言えるよな。中途半端な行方不明じゃなくて」

 死んだ上に種族まで違う俺たちは、当然帰れるはずもない。

 だが、はっきりと死んだと判っている分、召喚とか、転移とか、そんな感じの行方不明よりはマシなはずである。

 帰還のすべが無いのであれば、無駄な期待を持たせるような『行方不明』は、子供を失った親に対してかなり残酷なことで、区切りを付ける障害にもなることだろう。

 俺たちの場合はきっちり死んでいるので、ある意味こっちは死後の世界。

 両親は悲しむとは思うが、交通事故は理解できる範疇の出来事であり、いつかは立ち直ってくれると思いたい。

「それに、交通事故は俺たちの責任じゃないしなぁ」

 バスに乗っていただけなので、過失割合はゼロである。別にトラックに飛び込んだわけじゃ無いのだ。

「『死しておもうは、親の平穏』。そのへんは割り切るしかないわよ。私たちは運悪く交通事故で死んだ。ただ、不幸中の幸い、こちらの世界で第2の人生を貰えた。それだけ」

「え、あたしもなんか詠む流れ? え~~と、……『今願うのは、新たな弟妹』? 私たち、全員一人っ子だったから……。お母さんたち、もう1人ぐらい頑張れるかな? きっと保険金も入ると思うし、子育て資金的にはなんとかなると思うけど」

 俺たちの会話を聞いていたようで、ハルカとユキも話に入ってくる。律儀に下の句を考えて。

 ハルカの言は、ちょっとドライなようにも聞こえるが、死んでしまった後の事なんて、どうしようも無いというのは真理である。

 単に俺たちに記憶があると言うだけで、死んだことに間違いは無いのだから。

「『なりて浮かぶは、感謝のおもい』。私としては、お礼とお別れを言えなかったことが残念ではありますが。ナオくん、壷をもう1つお願いします」

「ほい。――確かに俺も、お礼ぐらいは言いたかったかな」

 俺は先ほどと同じサイズの壷を作り上げ、ナツキに渡す。

 ちなみにナツキが1人で搾っているのは、彼女だけが牛の乳搾りの経験があったから。ちょっと話している間に壷1つを一杯にしているのだから、なかなかに手際が良いと言える。

「普段生活していると、お礼を言う機会なんてねぇからなぁ。感謝はしてても」

「だねぇ。あたしも、できれば手紙の1つぐらいは送りたいけど、仮にできても、受け取った方も困るよね」

 ユキはそう言いながら、困ったような笑みを浮かべる。

「悪質な悪戯としか思われないでしょうね。さて、終わりましたよ、乳搾り。10リットルには満たない程度ですね」

「お疲れ様。冷やして仕舞っておくわね」

「ついでに『殺菌ディスインファクト』かけておいたら?」

「あぁ、そうね。そっちの方が安心ね」

 ナツキが差し出した壷をハルカが受け取り、魔法で殺菌、冷却してからマジックバッグの中へ。

 加熱殺菌、密閉していない生乳なんて、普通なら腐る心配をしないといけないところだが、マジックバッグと魔法様々である。

「それじゃ、縄を解いて逃がしましょうか。また牛乳を生産してもらわないと困るし」

「その前に、遠くからでも雌と判るようなマーキングをしたいところだが……」

「真っ黒だから、ペイントは難しいわね。それは次回以降の課題としましょ」

 日本の牧場だと、鼻輪や耳にタグとか付いているが、この世界でもそういうのがあるのだろうか?

 現状でもやろうと思えば、焼き印とかは可能だろうが、いくら魔物相手とは言え、強引に乳を奪って更に焼き印を押すとか、心が痛む。

「白い塗料でもあれば、オレが牛柄にしてやるのに」

「ホルスタイン的に? 確かに乳牛っぽいけど、塗料が無駄だよ、それは」

 ユキが苦笑しながら縄を解き、俺たちはその場から移動する。

 ちょっと可哀想だが、土壁はそのまま。

 魔物故、解除したら襲ってくるだろうし、襲ってこないところまで離れては解除もできない。

 土壁は破壊されなくても30分ほどで自動解除されるので、まぁ、問題は無いだろう。

 そして、そのストライク・オックスから十分に離れて観察することしばらく。

 土壁が崩れて地面に降り立ったストライク・オックスは、やや苛立たしげに地面に八つ当たりしていたが、しばらくするとそれも止め、以前と同じように辺りを徘徊し始めた。

「……問題ないみたいだな」

「よし! これで継続的に牛乳が得られるようになったね」

「ですが、手作業での搾乳には限界がありますよ? 結構疲れますし」

「ナツキにだけ任せるわけにもいかないし、慣れないながら手分けをするか?」

「もしくは一度帰るか、よね。搾乳器、本に載ってるかしら?」

 さて、どうするべきだろうな……?

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