213 牛乳を分けてもらう(準備)

「雌雄判断はそれで良いとして、どうやって生け捕りにするべきでしょうか? スリープとか、使えませんよね?」

「『誘眠スリープ』って魔法はあるけど、闇系統の魔法ね」

「闇は取らなかったんだよな。もしかするとヤバいかな、と思って」

 イメージ的に、闇魔法を使えると迫害の危険性とか、無いとは言えないからなぁ。

 特にアドヴァストリス様、最初は邪神とか言ってたし。

 実際には闇魔法を使えても殆どの国では問題無いようだが、光魔法以上に使い手が希少なので、目立つことは避けられない。

「他に使えそうな魔法は……『停滞領域スタグネント・フィールド』が個人を対象に使えたら良かったんだが、空間指定だからなぁ」

「動きを止めて、足を土魔法で固定する、とか?」

「う~ん」

 足が全く動かなければがっちりと固めることは可能だろうが、その途中で動かれると、『土操作』で固めるのは結構難しい。

 イメージ的には、セメントで固めるような感じだろうか?

 一度硬化してしまえば動けなくなるだろうが、その前であれば普通に抜け出せるし、動いていては固められないのだ。

「なかなかに難しそうね。普通はどうやって採取してるのかしら? トーヤ、書いてなかったの?」

「少なくとも、【鑑定】には書いてないな。よく判らないが、普通に力尽く、じゃね?」

「ストライク・オックスを受け止めて、その状態で頭を押さえ、前足を押さえ、後ろ足を押さえ……後は乳搾りの要員? 少なくとも怪力が3人必要って事になるけど……それ、あたしたちだと無理だよね?」

 一番非力なハルカでも一般人よりは力があるが、オーク並みの怪力に対抗できるほどではない。

 全員で協力すれば押さえ込めない事は無いかもしれないが、怪我をする危険性があるし、いくら何でもそこまでして牛乳を手に入れるべきかと考えると……。

 アイスクリームは惜しいが、ここは諦めるべきだろうか?

 俺がそう思ったとき、ユキが手を上げて提案した。

「えっと、以前、牛の爪を切るための機械を見たことをあるんだけど、それって牛の胴体をバンドで持ち上げて、踏ん張れない状態にしてたんだ。これができたら、結構安全じゃない?」

 その言葉にハルカは少し考え込んだが、すぐに首を振った。

「それなら突進することはできなくなるけど……トーヤが動きを止めて、その隙にバンドを通して持ち上げる……無理ね。そんな機械をセットするような余裕は無いわ」

「そこは魔法で対処できないでしょうか? 『土壁アース・ウォール』2枚でなんとかなりませんか?」

 『土壁』か……上手く使えばなんとかなるか?

 練習は必要そうだが……。

「トーヤ、ちょっと実験台になってくれ。そこに四つん這いになって」

「オレ!? ……まぁ、仕方ないか」

 トーヤは不満そうな声を上げつつも、少し沈黙して、諦めたように四つん這いになる。

 さすがに女性陣に「四つん這いになれ」とは言えないし、俺は魔法を使う必要があるのだから、選択肢が無いのだ。

 その状態のトーヤを見ながら、ユキと相談。

「大体、脇の下当たりと下腹のあたりに壁を立てたら、身体が持ち上がりそうだな」

「うん。持ち上げる高さは普通で良いのかな?」

「カスタマイズするより、速度優先で」

 何も考えずに使った場合で、土壁の高さは大体2メートル、厚みが20センチほど。

 それが乳搾りに向いているかは別にして、カスタマイズしたときよりも、発動にかかる時間は短くできる。

「だね。トーヤ、良い?」

「おう、いつでも来い!」

「それじゃやるぞ?」

 ユキと顔を見合わせ、頷く。

「「『土壁アース・ウォール』」」

「げふぅぅ!」

「――ヤバっ、ちょい速かったか?」

 ズバッと立ち上がった土の壁がトーヤの胸と下腹にめり込み、トーヤが苦しそうな声を上げる。

 だが、基本的に『土壁アース・ウォール』は素早く立ち上がる物だし、あまりのんびりと作り上げていては、ストライク・オックスを抑えておく時間も長くなる。

「ぐぬぬぬぅぅ……いや、大丈夫だ。ちょっと苦しかっただけで。確かにこれなら、動きづらい」

 目的通り、両手両足がぶらーんとぶら下がった状態になっている。

 トーヤは人間なので、この状態からでもゴロリと仰向けに転がったり、両手を曲げて壁の上に手を突いたりすることができるだろうが、手足が蹄のストライク・オックスの場合、それは難しい。

 できる事は壁を叩き壊すことぐらいだろうが、後ろ足を蹴り上げても壁には当たらないし、前足には後ろ足ほどの威力はないだろう。たぶん。

「後は縄を掛ければ良いかしら? ナオ、このへんに縄を掛ける突起を」

「おう」

「あ、おい!」

 ハルカがトーヤの背中に縄を掛け、それを俺が土壁に作った突起へと結ぶ。

 これでトーヤは身体が起こせなくなるし、縄を結んだ突起はトーヤの手がある側とは別の方にあるので、解くこともできない。

「ついでに、足の方も結んだ方が安全ですね」

「え、それ必要? 今必要なこと?」

 トーヤの抗議は聞き流し、ナツキがトーヤの両足をロープで縛り、これまたユキが作った突起に結びつける。

「うん。これなら、比較的安全に乳搾りができそうだね」

「くっ、マジで動けねぇ。ちょっと強く縛りすぎじゃね? しかもオレ、縛る必要ある?」

 トーヤがジタバタするが、すでに俎板の鯉、抵抗は不可能である。

「いやいや、ちゃんと実験しておかないと。乳搾りしているときに、足が頭に当たったりしたら、危険だろ?」

「そりゃそうだけど、両足は左右の壁の外側にあるんだ。内側で作業してる人に当たることは無いだろ」

「そうだな。ちょっと搾る位置が高すぎるが……。自動搾乳機でもあった方が良いか? ハルカ、作れると思うか?」

 『土壁アース・ウォール』の高さは2メートル。

 必然的に、トーヤの腹があるのもその位置。ストライク・オックスであればもう少し垂れ下がっているかも知れないが、土台でもないと乳搾りにはちょっと高すぎる。

 だが、ストライク・オックスの大きさと足の長さを考えると、高めの方が安心ではあるんだよなぁ。

 地面に足が付いた状態では、ちょっと不安がある。

「一度搾ってみて、本当に美味しければ搾乳器の作製を考えても良いかもね。短時間で作業が終われば楽だし」

「それじゃ、この方法で一度、やってみるか?」

「でも、この方法の難点は、短時間でもストライク・オックスの動きを止められることが前提なのよね。トーヤの力に懸かっていると言っても過言じゃない」

「ですね。テキサスゲートに追い込む方法もあると思いますが……骨折しそうですね」

「テキサスゲートって?」

「牛のような偶蹄目に対するトラップです。簡単に言えば、隙間の大きなスノコ……溝の蓋に使ってあるグレーチングみたいな物ですね」

 基本的には鹿などの侵入・脱走防止に使われるようだが、テキサスゲートに追い込んで動けなくするという使い方もできるらしい。

 ただ、ストライク・オックスの様な速度で突進してくれば、ほぼ確実に足は骨折、下手をすればそのまま死にかねない。

 俺たちの安全性は高いが、今回の趣旨とは少し離れてしまう。

 それに、できれば雌のストライク・オックスは搾乳の後、無傷で逃がしたい。

 次回の搾る牛乳を生産してもらうために。

「『誘眠スリープ』の代わりに、何らかの薬品で眠らせる方法は……難しいかしら?」

「即効性の薬ですか? 材料があれば【薬学】で睡眠薬は作れますが、飲み薬ですよ? すぐに眠るような物は、ちょっと……それに、薬を使うと問題がありませんか? 牛乳を搾るのに」

「……薬が混ざりかねないか」

 魔物相手に普通に考えて良いのかは謎だが、薬の効果が発揮される状態というのは、薬効が身体に吸収されている状態である。

 つまり、血液中にその薬が含まれるという事で、その血液からできている乳を集めるのはちょっとマズいだろう。

「むむむ……簡単にはいかないものだな」

「おーい、議論する前に、オレを下ろしてもらっても良いか?」

 俺たちが話し合っている横で、土壁の上に打ち上げられた状態のトーヤから抗議が入る。

「おっと、すまん」

 軽く謝って俺とユキが同時に土壁を解除すると、トーヤは四つん這いのまま、しゅたっと地面に降り立ち、自分で縄を解いた。

「ふぅ。ちょい疲れた。それより、取りあえず実験してみたら良いんじゃね? 仮に失敗してストライク・オックスが全滅しても、しばらく放置してればまた復活するんだし」

 気軽に言うトーヤに、ハルカたちは顔を見合わせて心配そうな表情を浮かべる。

 時にぞんざいな扱いをしているように見えて、結構トーヤの安全も気にしているのだ。

「でもトーヤ、ストライク・オックスを受け止めるのはトーヤなのよ? 良いの? 失敗したら結構痛いと思うけど」

「そうです。痛いで済めば良いですけど……」

「『痛い』じゃなくて、『遺体』になるかもしれないよね、ふふふっ」

 ……ユキ、心配してるよな?

「んー、そんでも、ダールズ・ベアーの一撃に比べればマシだろ? それにストライク・オックスなら、ヤバければ即殺せるし?」

「確かに、その点は安心だな。追い打ちの心配は無い」

 あの時、ダールズ・ベアーはトーヤへの追い打ちをするよりも、俺とナツキの方へ意識を向けてくれたが、もし俺たちが無視され、ダールズ・ベアーがトーヤへの攻撃を優先していたら?

 彼が殺された可能性は、決して低くないだろう。

 その点、ストライク・オックスがオークレベルという俺の感覚に間違いが無ければ、トーヤが手一杯で、俺とユキの魔法が無かったとしても、ハルカとナツキで即殺できる。

「……なら、1回試してみるか」

「おう。ま、もしも怪我したら、そん時はよろしく!」

 ――本当に大丈夫なんだろうな?

 気軽にそんな事を言うトーヤに、俺とハルカは顔を見合わせてため息をつく。

 そんな俺たちの気分を変えるように、明るい声を上げたのはユキだった。

「よしっ! それじゃ、方針も決まったところで。牛乳確保作戦、発動だよっ!」

「「「おーー!」」」

「と、その前に。ここに転移ポイント、埋めておくか」

「そうね」

「あららっ。せっかく気合い入れたのに~」

 流れをぶった切るように話を変えた俺とハルカに、ユキが、がくりと肩を落とす。

「でも、転移ポイントは大事だろ?」

「それは解ってるけど……」

「埋めるのなんてすぐだから。ほら、文句言う暇があれば、ユキも手伝え」

「はい、はい」

 14階から降りた階段の下、草原の部分に穴を掘り、転移ポイントを埋めてから、しっかりと固める。

 これの有無は今後の活動効率に影響するため、蔑ろにできないし、これまでの場所に比べると簡単に穴が掘れて、ずっと楽である。

 ちなみに、この『(仮称)果物エリア』は、地図上では上下に重なるように配置されている。

 つまり、11層、13層、15層の入口と12層14層の出口は、下から上までほぼ1直線に並んでいるのだ。

 なので、転移ポイントを奇数階の入口に埋めておけば、どの階層へ移動するのもかなり楽になるわけだ。

 しかし、ここでちょっと不思議なことが1点。

 ここから11層の転移ポイントの位置を感知すると、直線距離で100メートルほどしか離れていない様に感じられるのだ。

 間に挟まっているのは4層分。つまり、1層の天井高と地面の厚みを合わせてわずか25メートルしか無い事になる。

 13層で調べたときには11層まで50メートルだったことを考えても、1層分がおよそ25メートルというのは、あまり誤差が無いだろう。

 この高さ自体は10層までの階層とあまり違いが無いのだが、実際の感覚では比較するまでもなく、11層以降の天井の方が高い。と言うか、天井が見えないし。

 これ自体は転移には都合が良いので、ありがたくもあるのだが、やはり不思議である。

 果物エリアは階層の空間が歪んでいるのだろうか?

 空間を歪めること自体は俺自身、マジックバッグで行っているわけで、不可能と言うつもりは無いが、ここまでの規模となると……さすがはダンジョンである。

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