193 依頼とピクニック (1)
「良い依頼ですか?」
「えぇ。ランクに応じた物があればと思いまして」
1時間ほどで資料室から出てきた俺たちは、トーヤの提案通り、受付嬢に相談を持ちかけていた。
「えっと、ランク5でしたよね?」
「はい。覚えていてくれたんですね」
「そりゃ覚えますよ。ここではランク5も珍しいですが、何より目立つパーティーですから。昨日のことですし」
狙ったわけではないが、話を持ちかけたのは、昨日、宿の場所を尋ねた受付嬢。
苦笑した彼女の視線はハルカと俺、それにトーヤに向いている。
ナツキとユキも十分に目立つ容姿だとは思うのだが、種族的に目立つ俺たちの中に入れば、まだマシという感じだろうか。
「ちなみに、どのくらいの仕事を?」
「どれくらい……」
改めてそう訊かれ、俺たちは顔を見合わせて考え込む。
どのぐらいの報酬が得られるなら、請けるべきだろうか?
「冬の間は結構稼いだよな? 1日平均でも金貨300枚を下回ることは無かったし」
「さんびゃく!?」
トーヤの言葉に、受付嬢が声を上げる。
さすがにそんな仕事があるとは思えないので、ハルカが訂正を入れる。
「あ、それは季節的な物なので、春になったら大分落ちましたよ? まだ換金してない物もありますけど、5、60枚ってところじゃないですか?」
「……それって、金貨で、ですよね?」
「はい。あ、でも、ケルグでは賞金首を捕まえて一千枚貰いましたね」
「アレを捕まえたの、あなたたちだったんですか!?」
「えぇ、偶然。運良く」
「……もう、しばらくは楽しく遊んで暮らせば、良いんじゃないんですかね」
受付嬢の受け答えが投げやりになった。
いや、まぁ、ある意味、それも冒険者らしい行動と言える。
大金を手に入れたのだから。
「そもそも何でここに来たんですか? そんなに稼げるなら、別の街に移る必要なんて無いじゃないですか」
「いえ、ここには依頼の関係で。待ち時間が4日ほど発生したんです」
「なら待ちましょうよ、そのくらいの時間」
うん、納得の言い分である。
ただ、やっぱり4日というのは中途半端なんだよなぁ、日数的に。
「んー、じゃあ、何かこのピニングで、見てみたら良いような場所とか、そんな所、無いですか?」
「冒険者ギルドは観光案内する所じゃないんですけど……あ、でも、良い物がありました!」
トーヤの無茶振りに、受付嬢は少し困ったような表情を浮かべたが、すぐに何か思い当たったのか、立ち上がって掲示板の前に行き、1枚の依頼票を手に戻ってきた。
「ランク5の冒険者が請けるには物足りないと思いますが、これなんかちょっと良いと思いますよ?」
カウンターの上に差し出された依頼票を全員で覗き込む。
「……水源の調査?」
「はい。普段は立ち入り禁止になっている場所です。とても風光明媚で綺麗なところ、らしいですよ? 私は行ったことないですが」
“水に汚濁が見られるため、その原因の調査”というのが依頼内容。
調査場所はピニングから数時間ほどの場所で、依頼料が金貨15枚。
しかもこれ、ランク3制限付きである。
高ランクとは言えないが、制限付きの依頼の相場からすれば、はっきり言って安い。
ただ、普段は見られない場所を見られるという付加価値がある。
それでもランク5の冒険者に回す依頼としては、やはり微妙だろう。
「この水を使って作られるエールはとても評判が良いのですが、最近、その水に問題が発生しているようなのです。仕込みが始まる前には解決しないとマズいんですが、請けられずに残っていまして」
「依頼料が安いから?」
「まぁ……、そうです」
身も蓋もないハルカの言葉に、受付嬢は視線を逸らす。
「水が重要であるなら、きちんと依頼料を払うべきだと思いますが……」
「仕事には適正な報酬が必要だよね。ダンピングは他の人の迷惑にもなるわけだし」
そう。不当な安値で仕事を請けると、結局、回り回ってその業界全体、延いては仕事を発注する側の不利益にもなる。
原価100円の商品を、継続的に100円で売るなんて事は不可能なのだから、結局品質を落として原価を下げるしかないのだ。
冒険者で言うなら、仕事の手抜きするか、低レベルの冒険者を使うか。
それはつまり、冒険者ギルドの評判を落とすことにも繋がる。
「もちろん、それは重々承知なのですが、この醸造所、とても評判が良いところなので、なんとかしてあげたいかなぁ、と」
少し言いにくそうに応える受付嬢に、ハルカがジト目を向ける。
「エールが美味しいから?」
「もちろんそれもあります。ですが、ここはエールの評判が上がっても、
言葉に力が入る受付嬢さん。
彼女もまた、その恩恵に
「職人気質なのね。商売は下手そうだけど」
「それは否定できません。近年、色々とコストが上がってもそれを価格に反映させないものですから、結構経営も圧迫しているようでして……」
「そのしわ寄せが依頼料、と?」
「ですね」
そういう職人タイプ、嫌いじゃないが、その影響が自分に掛かってくるとなると、少々厄介である。
とは言え、俺たちは別に金銭的には苦労していないわけで……。
「どうする?」
「時間もあるし、景色が良いなら、観光がてら請けてみても良いかも? 町の外だし」
「反対するほどの理由はねぇかなぁ」
「その程度の仕事なら、メアリちゃんたちも連れて行けそうですし、良いんじゃないでしょうか」
「そうね」
積極的に賛成と言うほどでは無いが、反対者は無しか。
俺とハルカは顔を見合わせて頷いた。
「わかった。例外的に引き受けるわ」
「ありがとうございます! いやー、本当に助かります。あの醸造所が無くなると……」
受付嬢が本気でホッとしたような表情を浮かべる。
「無くなるって……そんなレベルの話なの?」
「噂、ですけど。あそこは良くも悪くも職人気質でして……。もし上質な水が確保できなければ仕込みはしない可能性が高くて。そうなると、そろそろ……」
普段エールを飲まない俺たちは知らなかったが、訊けばこのピニングで作られるエール、他国に通用するほどに有名とは言えないが、ちょっとした地域ブランド程度の知名度はあるらしい。
ミーティアが聞いたことがあったのも、それなりに理由があったようだ。
そして、ピニングに多数ある醸造所の中でも、今回問題となっている醸造所は随一の品質を誇る。
だが、その醸造所を運営しているのは、とにかく品質に拘る職人である。
良い物を作るために素材や水に拘るが、逆に言えば良い物が手に入らなければ仕込みもしない。
ブランド化があまり進んでいなかった昔であればそれでも何とかなったのだろうが、今となっては『ピニングのエール』はそれなりの知名度があり、求める人も多い。
必然的に他の醸造所は出荷量を増やすことになり、それに伴い原料の仕入れ量も増える。
結果起きるのは、原料不足による値上がりと人手不足。
それでも他の醸造所は、原料の品質の調整や産地の変更、商品価格への反映などを行って順調に業績を伸ばしていったわけだが、問題の醸造所は頑なに昔のやり方を続けた。
そうなれば当然、原料で買い負け、人手が不足し、資金不足に陥り……。
それでも未だに存続しているのは、庶民の支持がある事と、昔からの付き合いがあるためなんだとか。
「職人としては優秀なのかもしれませんが、経営者としては最悪ですよね。関係者が可哀想です」
呆れたようなナツキの言葉に、受付嬢もまた、ため息をつく。
「……否定できません。応援している人も、美味しいエールが安く飲めるから、という部分が大きいですし」
「潰れることになったら、意味が無いと思うけどねぇ、あたしは」
「オレたちが多少安く請け負っても、焼け石に水じゃね?」
確かに。
多少依頼料を節約したところで、それは一時的なもの。
やり方を変えない限り、近いうちに潰れそうである。
せめて品質に応じた価格に上げるぐらいは、すれば良いと思うのだが。
「そのあたりは私たちが考えることじゃないわ。それで老舗を潰すのも本人の選択なんだから」
「まぁ、なぁ……。ちょっと勿体ないとは思うけど」
“老舗の酒蔵”とか、“老舗の和菓子屋”とか、残っていて欲しいとは思っても、自分がそこで買うかと言えば買わないし。
日本にいたときは未成年だったので前者は当然として、後者にしても高い和菓子を買って食べる機会なんて無かったし、俺の口にはお手軽に買えるコンビニの菓子で十分だったわけで。
ただのノスタルジーに過ぎず、そこに自腹を切ろうという気持ちは無いのだ。
「多分、このまま行けば、どこかの醸造所の傘下に入ることになるとは思うんですが、あの味が無くなるのはちょっと残念です……」
「老舗だけに、潰れるのは影響が大きいわけだ?」
「はい。でも、今回お仕事を受けて頂けたら、今年は乗り切れると思いますので、何か好転するかも?」
「期待薄だと思いますが……」
彼女自身もあまり信じていそうにない言葉に、ナツキは苦笑する。
問題が経営者にあるなら、そこを変えなければどうしようも無いだろう。
「解ってはいるんですけどね。――さて、お仕事の説明に移りますね」
受付嬢も苦笑を返し、気持ちを切り替えるように改めて仕事の内容の説明に入った。
目的は件の醸造所が使っている水源の調査。
その水源は立ち入り禁止になっている森の奥にある池で、その水に含まれる異臭の原因を突き止めることが求められている。
資料としてその周辺の地図と、その森への立ち入りを認める入場許可証を渡された。
期限は1ヶ月以内。
ただし、安い依頼料の引き換えとして、仮に調査の結果、原因が掴めなくても依頼失敗にはならず、キャンセルも可能、という契約になっていた。
もちろん、その場合は一切の報酬が得られないのだが、俺たちからすればあまり問題にはならない。
タダ働きは嫌だが、専門家ではない俺たちが調査するのだ。
絶対に原因を突き止めろ、などと言われてしまっては、多少依頼料が高かったとしても受けることはできなかっただろう。
そんなわけで、俺たちはその翌日から、メアリとミーティアも連れて、半分観光気分で水源の調査に向かうことになったのだった。
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