189 再生? (2)
メアリの案内で目的地に向かっていた俺たちだったが、その途中で突然トーヤが離脱した。
曰く、「そういえば、ヤスエに【剣術】を教える約束してたんだった。ちょいと行ってくるわ」らしい。
確かに、明日には出発する予定なのだから、仕方ないのだろうが……嫁候補(俺の勝手な妄想)を放置していくのはどうなんだ?
まぁ、そんなハプニング(?)もありつつ、俺たち4人が辿り着いた場所は、小さめの戸建て住宅が密集したエリアだった。
あえて例えるなら、消防車が入るのも難しい下町の路地裏というイメージだろうか。
そんなエリアの一角。
そこでは何軒もの建物が焼失し、ポッカリと広い空間ができあがっていた。
その空き地には未だ多くの瓦礫が残っており、それを日雇い労働者らしき人たちが集めている。
「メアリ、ここ?」
「はい、ここです……何も無くなってますが……」
「何も無いの……」
メアリとミーティアが、悲しげな表情を浮かべて辺りを見回す。
解ってはいたのだろうが、改めて現実を突きつけられた、と言ったところだろうか。
「あの、ちょっと良いですか?」
「ぁん? 見ての通り仕事中なんだが?」
作業中の冒険者に声をかけたのはユキ。
ちょっと不機嫌そうに振り返ったのは、少々人相の悪い冒険者だったが、ユキの顔を見て少し頬を緩める。
対象は若い男なので、少なくとも俺が声をかけるより、ユキの方が話を聞きやすいのは間違いない。
「すぐ済みますから。ここから遺体は出てきませんでした?」
「遺体? 何体か出てきたって話はあるな」
「そ、それは? それはどうなったんですか!?」
ちょっと考えて答えた男に、メアリが急かすように訊ねる。
その声に男は少し驚き、未だ残るメアリたちの火傷痕に沈痛な視線を向け、すぐに答えてくれた。
「全部回収して、神殿へ埋葬されたらしい。一番近くのウェスシミア様の神殿に」
そう言いながら懇切丁寧に、ウェスシミア神殿の場所を教えてくれる男。
恐らくメアリたちの様子から、事情を何となく理解したのだろう。
外見はともかく、人は良いようだ。
「ありがとうございます。しかし、なんでここだけ……」
これまで通ってきた道では所々焼けた家があるだけで、ここのように密集して燃え尽きている場所は無かった。
この周辺に燃えやすい家が多く、運悪く燃え広がっただけなのかもしれないが、まさか家が藁でできていたというわけでもあるまい。
にもかかわらず、他の場所との差が明らかに大きい。
「さぁな。このへんの建物を持っている大家が、自分で火を放ったっつー噂もあるが……」
「えっ?」
ユキの言葉は別に答えを期待していたわけではないのだろうが、予想外な話が冒険者の口から飛び出した。
驚く俺たちに、冒険者は肩をすくめて、言葉を続ける。
「火元にいる大家の姿を見たって噂があるんだよ。所詮噂だけどな」
「それは……調査とかされるんですか?」
「それは無いな」
「なんで――っ! す、すみません」
思わず漏れてしまったのだろう。
メアリは冒険者を睨み付け、一瞬、責めるような口調で言葉を漏らしたが、すぐに冒険者は関係ないことを思い出したのか、慌てて頭を下げる。
冒険者の方は特にそれを気にした様子も無く、苦笑して首を振った。
「簡単なことさ。意味がねぇ。一緒に焼け死んじまってる」
「えっ、それは……」
「調べて怪しいってなったところで本人に訊くこともできねぇし、落とす首もねぇ。そもそもそんな時間がねぇんだよ、領主様からすれば」
この国でも放火は重罪であり、議論の余地無く普通に処刑される。
だが、被疑者が死亡していたらどうか。
『時間と金の無駄だから放置』である。
もし火事の被害者に貴族でもいれば、場合によっては犯人の一族まとめて斬首、という可能性もあるため、調査もされるのだろうが、所詮死んだのはただの平民。
それが一般的な見方である。
処罰する相手がいないのだから、それよりも復興に力を入れる、それも統治者として間違ってはいないだろう。
逆に言えば、今回の騒乱の原因となり、捕まえなければ禍根となり得る聖女サトミーに関しては、高額の懸賞金をかけているのだから、ある意味で優秀な統治者である。
もちろん、メンツ的な問題もあるのだろうが、被害者感情を別にすれば現実的だ。
「そうなんですね……。ありがとうございました」
「おう。……色々思うところもあるだろうが、前向きにな」
最後、メアリたちにそう声をかけ、冒険者は作業へと戻る。
「メアリ、ミーティア、大丈夫?」
ユキの心配そうな声に、メアリは少し暗い表情で頷く。
「……はい。神殿、寄っても良いですか?」
「もちろん。あっちだったか?」
冒険者に教えられた道を行くと、10分も歩かないうちに目的の神殿が見えてきた。
初めて訪れるウェスシミア様の神殿だったが、その外見は、普段訪れているアドヴァストリス様の神殿とあまり代わり映えはしなかった。
中央に祭られている神像こそ違うものの、それが無ければ俺には区別が付かない程度である。
大きさ的にも、ラファンにある神殿と大差は無い。
あえて違いを挙げるとするならば、神殿内に神官の1人も居ないことだろうか。
一瞬、『賽銭泥棒の心配とかしなくて良いのか?』と思ったのだが、よく考えればこの世界、神罰が実在するのだ。賽銭泥棒なんて、超ハイリスク、ローリターンだろう。
俺たちはいつものように……いや、いつもより多めの賽銭をチャリンと放り込み、祈りを捧げる。
――うん、特に何も無い。
それが普通なのだが、アドヴァストリス様の神殿では常に声が聞こえるので、微妙に違和感を感じてしまう。
さっさと祈りを終えた俺たちに対し、メアリとミーティアはしばらくの間、祈りを続けていたのだが、その2人も1分ほどで立ち上がった。
「もう良いの?」
「はい。ありがとうございます」
「ありがとうなの」
ある程度持ち直したのか、少し微笑みを浮かべてお礼を言うメアリとミーティア。
これも一種のお墓参りみたいな物か。
個別の墓を持たない庶民の場合、こんな感じに埋葬された神殿、もしくは別の街でも同じ神の神殿で祈るらしい。
「ただ、ラファンにはウェスシミア様の神殿がないんだよなぁ」
ラファンにあるのは、普段俺たちが訪れるアドヴァストリス様の神殿と、俺は行ったことがないベルフォーグ様の神殿。
前だけは通ったことがあるのだが、外見的にはあまり違いは無かった。
「大丈夫です。お父さんはウェスシミア様の信者ではありませんでしたから」
「そか」
「はい」
このへんは、案外臨機応変。
その神の信者という事で埋葬されたのならともかく、今回のように近いからという理由で選ばれた神殿であれば、そのあたりはあまり拘らない。
つまり今回のような場合なら、メアリたちが祈りに行く場所が、別の神様の神殿でも問題は無いのだ。
とは言え、盆と正月ではないが、年に1度ぐらいはこの神殿に墓参りに連れてきても良いかもしれない。
一応、『遺骨』に意味を見いだす日本人的感覚としては。
「――あ、ここも、裏に孤児院があるんだね」
神殿での祈りを終え、外に出た俺たちの耳に聞こえてきたのは、子供の騒ぐ声。
それが気になったのか、後ろを振り返ったユキがポツリとそんな言葉を漏らす。
俺も振り返ってみれば、ユキの視線の先には、神殿の裏手にある建物が。
「そうだな。なかなか盛況……って言うのも変か」
チラリと見える孤児院の大きさは、ラファンにある物と大差は無かったが、そこから感じられる人の気配は大違いだった。
子供の叫び声や泣き声、走り回る音や大人の怒鳴り声、余裕など一切感じられない。
神殿に神官の1人も居なかったのも、孤児院の方へ手を取られ、こちらに回す人手が無いのかもしれない。
そんな孤児院を見つめるメアリとミーティア。
2人は何を思っているのだろうか?
「メアリ、もし希望するなら、孤児院に――」
「いえっ! 是非連れて行ってください!」
「お願いなの!」
一応訊いておくか、と口にした俺の言葉を遮るようにメアリたちが声を上げる。
まぁ、外からも感じられるあの状況、種族云々以前に、とても居心地が良いとは言えないだろう。
それに、もしうちに馴染めないようなら、少々無責任かも知れないが、ラファンの孤児院に多少の寄付をして任せるという方法もある。
急いで結論を出すことも無い。
「そうか。それじゃ帰るか」
「帰るの!」
そう言いながら、俺の手を取るミーティア。
別にそんな事をしなくても置いていくつもりは無いのだが、あえて離す必要も無い。
ピコピコと少し機嫌良さそうに動く、ミーティアの尻尾を視界の隅に捉えながら、俺たちは孤児院に背を向けて、ハルカたちの待つ宿屋へと歩き出した。
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