190 ピニングへ (1)
翌朝、少し早めの朝食を食べてから、俺たちは町を出る。
ケルグからピニングまでは馬車で2、3日ほど。
俺たちが走れば数時間、ってところだが、今回はメアリたちがいる。
普通なら馬車を選択するところなのだろうが、俺たちからすれば、数時間で行ける距離に2日もかけるのは、かなりまどろっこしいワケで。
前回のような盗賊の討伐依頼や物見遊山ならそれもありなのだろうが、今の俺たちにとって移動は手段であり、目的ではない。
故に、俺たちが選択したのは、普通に徒歩である。
「そんなわけで、メアリたちはオレとナオでおんぶして走る」
「えっと、私たちも走れますよ?」
「元気になったの!」
トーヤの言葉に、メアリが小首をかしげ、ミーティアが、たたたたっと辺りを走り、俺の近くへと戻ってくる。
言葉通り、確かに元気そうであり、その速度は人間の成人男性ぐらいはありそうだが、俺たちの走る速度はその程度ではなく、持久力も必要になる。
「元気にはなったみたいだが、ピニングは遠いからな。ま、今回は素直に背負われてくれ」
「むー、わかったの」
俺が頭を撫でながらそう言うと、ミーティアは少し不満そうながらも頷く。
「それじゃ、行きましょうか。ナオは、魔物の感知もお願いね?」
「了解」
「ナオくん、疲れたら交代しますから」
一応、予定としてはトーヤがメアリをずっと背負い、ミーティアは俺とナツキで交代で背負う事になっている。
ユキは体格的な問題で、ハルカは体力的な問題で担当無し。
30分間隔で休憩を入れて交代、昼までにはピニングに着く予定である。
「それじゃ行きますか」
「行くの!」
「よ、よろしくお願いします!」
ミーティアが俺の背中で元気な声を上げ、メアリも遠慮がちながらトーヤにしっかりとしがみつく。
そして、ハルカ、ユキ、ナツキ、トーヤ、俺の順番で走り出した。
俺たちが後ろなのは、風の影響を考えて、である。
高速で走っていると、空気抵抗って、地味に効くんだよなぁ。
「わぁ! 速いの! 速いの!」
ミーティア、大はしゃぎである。
速度的には自転車なんかよりもずっと速いのだから、気持ちは解らなくも無いが――。
「ミーティア、あんまり動かないでくれ」
「あ、ごめんなさいなの」
補助として、メアリとミーティアには『
あと、上下運動をできるだけ減らすように、滑らかに走るのは地味に疲れる。
とは言え、普通に走ったら、振動が凄くてミーティアが持たないだろう。
俺も頑張ってはいるのだが、前を走るトーヤの動きは俺よりも滑らかで、獣人の面目躍如たるものがある。
「ミーティア、しんどくなったり、調子が悪くなったら遠慮せず言えよ?」
「わかったの!」
そんな風に良い返事をしたミーティアだったが、俺の背中の乗り心地は存外悪くなかったらしく、30分後の休憩までミーティアから声が掛かることは無かった……どころか、寝ていた。ぐっすりと。
きっちりとしがみついたまま寝ているのだから、なかなかに器用なものである。
「ミー! 起きなさい!」
「ふにゃ……? 着いたの?」
呆れた様子のメアリに揺すぶられ、ミーティアが寝ぼけた声を漏らす。
「休憩! ナオさんに迷惑でしょ!」
「んうん……降りる。ふぁぁぁ~~」
俺が腰を落としてやると、ミーティアはあくびをしながら、手を放して地面へと降りた。
「お疲れ様です。大丈夫ですか?」
「まぁ、何とかな。揺らさないようにするのに疲れるぐらいだな」
苦笑しながら声をかけてくるナツキに答えつつ、俺は腰を伸ばしてストレッチ。
乗り心地を考えると、どうしても身体の各所を自由に動かすことができず、ちょっとしんどい。
「もうっ! ナオさん、ちょっとぐらい揺らしてやれば良かったんですよ。みんなが走っているのに、独り寝こけて!」
メアリが手を上げて、ミーティアの頭を叩こうとするが、ミーティアはそんな姉から逃げるように俺の後ろに回り込む。
「走ってないのはお姉ちゃんも一緒なの。起きていても役に立ってないの」
「それは……そうですけど。気持ちの問題です!」
「まぁまぁ。おとなしく寝ていてくれたら、俺の走り方に問題が無いのも判るし、かまわないさ」
擬音を付けるなら『ぷんぷん』だろうか。
そんな様子のメアリを宥める。
ミーティアは寝ていてもしっかりしがみついていたし、殆ど動くことも無かったので案外走りやすかったりする。
むしろ、乗り心地最悪で嘔吐でもされたら、それの方がヤバい。
「そうね。我が儘を言うわけじゃないんだから良いんじゃない?」
「うん、普通なら、長時間おんぶされているのも疲れるしね」
「はい。ミーティアちゃんは……元気そうですけど、しばらく休憩しましょう」
ミーティアは俺から降りた後は、すぐに目も覚めた様子であたりを興味深そうに歩き回っている。
そんな彼女の様子にナツキたちは苦笑しつつ、木陰に座り、お茶の用意を始める。
「そうですか? 皆さんがそう言うなら……」
やや不満そうながらも、メアリはそれ以上何も言わず、ハルカたちの隣へ腰を下ろし、彼女たちが並べる物を興味深そうに眺めている。
ハルカたちが並べたのは、お茶に加えて何種類かの少々カロリーが高そうなお菓子。
普通、30分の休憩ごとにこんな高カロリーな物を食べていては太りそうなものだが、実は全く問題なかったりする。
走る速度とスタミナはアップしても、元となるエネルギーと水分が必要なのは変わらないので、栄養補給と水分補給は必須なのだ。
なので、日本に居たときと比べると、俺たちの食事量はかなり量が増えているのだが、それに応じた運動を行っているため、幸いなことにそれが体重に悪影響を及ぼす様子は無い。
お菓子に加えて、肉好きなトーヤのために、サンドイッチも用意されたところで準備完了。
「それじゃ、食べましょうか」
「はい。ミー! 戻ってきなさい!」
「はーい。わかったの!」
メアリに呼ばれ、少し離れたところで地面にしゃがみ込んで、何かを観察していたミーティアが戻ってきて、俺の隣に座る。
俺は隣のトーヤから回ってきた濡れタオルで手を拭くと、ミーティアの手も拭いてやる。
こういう時、魔法の『浄化』よりも、濡れタオルで拭く方が綺麗になった気がするのは、一種の固定観念だろうか?
「ありがとうなの! 食べて良いのです?」
「あぁ、好きなのを食べろ」
「やったなの!」
「あっ、ミー!」
遠慮無くお菓子に手を伸ばしたミーティアに、メアリが少し咎める様な声を上げたが、そんなメアリに、ハルカは微笑んで首を振った。
「良いから、メアリも食べなさい」
「あの……ありがとうございます」
少し遠慮がちにお菓子に手を伸ばしたメアリだったが、1つめを口に入れて目を見張った後は、遠慮を忘れた様に2つ、3つと口に運び始める。
俺たちと違って走っていないメアリたちが、毎回お菓子を食べるのはちょっとマズい様な気もするが……まぁ、育ち盛りだし、日本には乗馬を模したエクササイズマシンもある。
背中に乗っているだけでも、それなりにカロリーを消費しているかも知れない。
お腹いっぱいになれば食べなくなるだろうし、俺としては食べ過ぎて背中でリバースされたりしなければ、問題は無い。
「ねぇ、メアリ。少し気になってたんだけど、メアリたちって何の獣人なの?」
「えっ、私たちですか? 父からは猫系の獣人って聞いてます」
「お? そうなのか?」
ユキの質問に答えたメアリの言葉に、トーヤが少し不思議そうな表情を浮かべる。
「はい。……なにか?」
「あー、いや、うん。何でも無い」
曖昧なトーヤの言葉に、メアリは小首をかしげながらもそれ以上は訊ねなかったが、俺は少し気になったので、小声でトーヤに訊ねた。
「(どうかしたのか?)」
「(いや、オレの【鑑定】だと『虎系』って表示されてるんだよ)」
「(……ホントに?)」
「(ああ。間違いない)」
試しに俺も【看破】を使ってみるが、俺の【看破】で判るのは、『獣人』と言う事だけで、『何系』であるかは表示されない。
トーヤの方は『獣人(狼系)』と表示されるのだが、これは俺がすでにトーヤから聞いて知っているからだろう。
ちなみにだが、聞くところによると、獣人である本人にも何系なのかは判断できないことは、普通にあることらしい。
犬と狼、猫と虎。獣人の特徴としてはあまり差が無い。
更に混血も進んでいるため、隔世遺伝なども普通にある。
判りやすい特徴のある系統なら別なのだろうが、祖先のルーツなどを親から教えてもらって、初めて判明することも多いようだ。
そもそも俺たちだって、日本にいたときに「日本人」と答えられたのは、「両親がそう言っていたから」と言うだけのこと。
仮に外国の血が入っていたとしても、特徴が出ていなければ自分では判らない。
「(ま、似たような物だし、あえて指摘するまでもないよな)」
「(だな。父親も判ってなかったのかもしれないしな)」
実際、同じ大きさであれば、虎と猫の耳や尻尾の差なんて、俺には解らないし。
虎っぽい特徴的な縞模様でもあれば別だが、メアリの方は髪と同じ薄茶色、ミーティアの方は同様に銀に近い灰色一色で、模様は無い。
獣人同士が結婚した場合、両親どちらかの系統になるらしいが、虎系と猫系が結婚してしまうと、恐らく両親でも判断が付かないんじゃないだろうか?
まぁ、拘らなければどうでも良い部分なのだろうが。
トーヤは当初、俺が「犬?」と訊くとムキになって「狼だ!」と主張していたが……メアリの父親のことを考えると、普通の獣人はあまり気にしていないのかもしれない。
そんな事に拘るよりも、普段の生活の方がよほど重要な問題なのだろう。
「そういえばさ、街を出るときは特に問題なく出られたが、入るときはどうなるんだ? メアリたち。ギルドカードとか持ってないだろ?」
俺たちが街の出入りをする場合、ギルドカードを提示することで税金の免除が受けられるようになっている。
これは、頻繁に出入りする冒険者から、毎回税金を取っていては生活が成り立たないためだが、メアリたちは冒険者ではないし、年齢的に登録もできない。
「保護者――つまり、私たちと一緒なら不要。成人に見える様なら、税金を取られることもあるみたいだけど、今のメアリたちなら問題ないわね、普通は」
『普通は』というのは、そのあたりは門番の裁量なので、難癖を付けて小遣いをせしめようとする門番もいないわけではないらしい。
年齢を証明できる物を持っていなければ、あとはもう『何歳に見えるか』というかなり主観的な物で判断することになるのだから、銀貨の数枚でも握らせればある程度は融通が利いてしまう。
「ま、仮に難癖付けられても、払えば良いでしょ。今なら安いものだし」
「そうだな。言い争うほどの額でもないな」
ラファンが大銀貨1枚だったので、同じ領主の治めるピニングも、恐らく同じだろう。
その程度をケチって門番と争うほど、青臭い正義感なんて持っちゃいないし、俺たち。
賄賂を渡すなら多少は抵抗感もあるが、取られる必要が無い物でも一応、税金だからな。
「あの、良いんですか?」
「良いわよ。保護するって決めたんだから、必要な費用は負担するわ」
「ありがとうございます」
「その分、ちゃんと働いてもらうけどね」
お礼を言うメアリに、ハルカはそう言って微笑んだ。
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